35.時給換算でいくらになるかは考えないこととした
「ゼンザイ!」
横合いからかけられた声。
そちらを見やれば、髪の長い女性プレイヤーが1人。誰だろうか。
見覚えはあるのだ。
私は彼女を知っている。
人形のような女だ。その白い肌、銀の髪に漆黒の瞳、血のように紅い唇。見覚えはある。話したことだってあるのだ。キャラメイクによって作り上げられた美貌は、敢えて残した不自然さを怪しく見せる。
ただ、その名前が喉より上にやって来ない。
あと少し、ほんの少しで答えを得られる予感と、それがどうしようもなく遠いむず痒さ、それから名前が出ない申し訳無さが胸に去来する。
「ちょうど良かったです。貴方ならクエストの条件に合うことでしょう」
近付いてきた彼女は、私に構うことなく話し始めた。
この丁寧なようでいて相手をぞんざいに扱う話し方にも覚えがある。
たしか……。
「……セイロン」
「あら、思い出してくれましたか。わたしの予想よりも早いですね」
セイロンはつまらなそうに微笑んだ。
忘れていたことはバッチリばれていたようで、チクりと嫌味を言われてしまう。
返す言葉もない。
儚げな風貌の美女は、亡羊とした瞳を向けて要件を話してくる。
どうでも良いのだが、焦点は合わせて欲しい。いくら綺麗でも不気味である。
狙ったキャラメイクなのは知っているが、そのガラス玉のような瞳で見つめられるとひどく居心地が悪かった。
ましてや、こちらに非があるとなれば尚更だ。
「わたしは今、住人からクエストを受けていて、レベル40を超えたプレイヤーを探していたのです。貴方はきっと超えているでしょう?」
濁しつつも頷く。レベルについて吹聴する気は無いが、これくらいなら答えて良いか。
これはきっと断れない話だ。何かを引き受けさせられることだろう。
せめて厄介事であってくれるな。そう祈りつつ続きを促す。
「レベル40を超えたプレイヤー5名を探し出して戦わなければなりません」
そこまで言われて、何を言いたいのかを察した。そういうクエストもあるのか。
力試しの派生系になるだろう。
珍しいのはNPCではなく、プレイヤー間での勝負が条件であることか。オンゲーならではかもしれない。
受けるに吝かではない。
今日はもう店仕舞いのつもりでいたが、あと一戦くらいなら都合はつけられる。
試合は好きだし、そもそも名前を忘れていた負い目がある。
「一戦交えていただいて、報酬は20000CPでどうでしょう」
「そんなに良いのかい?」
「構いません。貴方の時間を買うならこれでも安い方ですから」
報酬まで提示されては断るわけにはいくまい。それが立派な値段であればなおのこと。
コロッセオで当たる相手のレベルはこちらに合わせて変わり、レベルが上がるに比例して得られるCPも増えていた。それでも一戦で800~1000CPに届かないほど。負ければもっと少なくなる。
比べてみれば一目瞭然。
破格の報酬だ。
20000CPが具体的にどれくらいかと言えば、10連ガチャチケットの交換に必要な額を半分賄えるくらいになる。……ガチャチケットって高いね、やはり悪い文明だ。
ただ、気がかりが1つあった。
「私はそれで良いけどねえ。
他のプレイヤーへの報酬はどうするんだい?」
コロッセオは狭いコミュニティだ。
誰それだけが得をした、なんて話が出回ればどうなるかは想像に難くない。
あっという間に村八分は確定だね。
他のプレイヤー分の報酬までガメた噂が広まった日には、表を歩くことすら出来なくなるだろう。まあ、ゲームの中での話だが。
嫌がらせは禁じられていようといまいと起こるものだからね。わざわざ切っ掛けをくれてやる必要は無かろうよ。
「まずツバメに頼みましたが、住人の知り合いを何人か紹介すると満足してくれました。アイツのストライクゾーンは分かりやすくて助かりましたね。
それからシフは、アイテムガチャで出たアクセサリを渡したら引き受けてくれました。ゴテゴテした飾りのついた眼帯を喜んで着ける様は子どものようでしたよ」
なんで一々、毒を含んだ言い方をするのだろうか。
「あとはジマーマンにクエスト攻略アイテムを融通して、オマダにはスポンサーへの口利きで取り引き成立となりました。
ところで、オマダは知っていますか?
多分、貴方のことだから会っていても覚えていないでしょうが」
私のことも忘れてましたし。そう付け加えられると、こちらも弱る。平謝りだ。
ようやく気付いたのだが、セイロンはかなり気を悪くしていた。
忘れられていたことが許せないらしい。
「いえ、忘れられていたことそのものよりも、その理由がムカつきます」
「……すいませんでした」
「自覚があるようなので少しは安心しました。改善するなら許しましょう」
最後に会ってから時間が空いたから、なんて言い訳は出来ない。
何故なら、恐らくだけどそもそもあんまり覚えていなかったことまで気付かれてしまっているからね。いや、その、初めて対戦した時はそれほど強くないからもう関わること無いかもしれない、なんて考えてしまったのだ。
100%私が悪いので笑って誤魔化すことも出来ない。
大人しく決闘モードを起動した。
♦️
試合と同じような会場に飛ばされて、セイロンと向かい合う。距離は15mほどか。
その時々の面々に合わせて変化するようで、よく分からない所に力を入れているなという感想を抱く。
セイロンは白いワンピースの上から黒いローブを纏い、大きな杖を携えていた。三角帽子を被れば昔ながらの魔女が完成しそうだ。
そう、彼女は魔法使いだった。
ここまで来たら段々と思い出してきた。
魔法メインアタッカーの彼女は、機動力を犠牲にした固定砲台であった。
コロッセオの試合会場はあまり広くない。低レベル層のそれは狭いと言っても良い。
そのため弓使いと同じく、中遠距離アタッカーである魔法使いもまた、相性がよろしくなかった。それでも移動砲台型や近接複合型などであれば戦えただろうが、セイロンは砲撃を主武器とした大砲型だ。
勝つには厳しいものがある。
事実として、初期にマッチングして以降一度も対戦相手に選出されていない。
何しろ魔法には明確な弱点があった。
それは詠唱時間。発動準備の時間が要求される魔法は、対人には過剰な火力と遅すぎる発動速度で環境から置いていかれてしまった。
モンスター相手なら決め手として頼れる存在であったが、コロッセオでは無用の長物扱いまでされていた。
大抵の魔法使いはコロッセオで魔法が通用しないことを悟ると、他の武器へと転向するかコロッセオを出るかの2つの選択肢から身の振り方を決めていた。
だが、セイロンは違うらしい。
あの装備がブラフの可能性もあるが、変わらず魔法使いのままだと直感が囁いていた。
つまり、何か勝つための方策があると言うことだ。
銅鑼の音と同時に、セイロンに向かって踏み出す。レベルとともに上昇するステータスは、15mをわずか数歩に縮めることすら可能であった。
だが、間に合わない。
「<フレイムウォール>」
「う、そだろ!」
ゴオ、と炎の壁が鼻先で展開された。すんでの所で踏み止まり、衝突を避ける。
あり得ない速度での魔法の発動に驚き、動きが止まる。一瞬だが、その場に立ち尽くしてしまっていた。
完全に意識を持っていかれた。
「【チェイン・マジック・ガトリング】<フレイムランス><アドバンス・ローン30's>」
我に返った時には、万端が整っていた。
わずかな思考の間隙を縫って、勝利の方程式が組み上げられる。
炎の壁の向こうからそれが聞こえた瞬間、霰のように魔法が飛んできた。
着弾。
腰を落とし盾を構えて、どうにか耐え凌ごうとする。
炎の塊がやたらめったらに私の身体を打ち据えた。
とてもじゃないが、1人で発動出来る量ではない。
一体どんな仕掛けをしたのか。
MNDやRESを上げていなければ一瞬で火だるまだった。
【免罪】はこうした連続攻撃には無力であるし、盾での防御が封じられるために使えない。ここぞの場面で頼りにならない奴だ。
「……ぐ、くぅぁ」
盾に、鎧に、腕に、足に。全身を蹂躙していく炎の弾丸。
一つ一つは弱いものだ。大したことはない。だがその物量に押されてしまう。
威力を落として数を増しているのはスキルの効果だろうか。
弾ける火の粉が視界を奪う。
こちらの動きを確実に阻んでくる。
それでも前へ。
退くことは出来ない。的にしかならないからだ。
避けることも出来ない。もう既に的にされているのだから。
だから前へ。
活路はそこにある。
炎の壁。
紅蓮の弾幕。
私は、己れの身体を盾にして強引に突破を図る。
ダメージが少ないことは既に把握していた。
頑丈さに物を言わせて、群がる火炎を振り払う。
舌打ちが聞こえた。
私のものではない。
自然、そちらへ意識が向いた。見つけたよ。
最初よりも右側に動いたようだが、私から10mほどだろうか。近い。
瞬時にメイスを振りかぶる。
隙が出来れば良い。
唸りをあげて飛翔したメイスは、脇へと逸れた。セイロンの横を勢いよく通り過ぎる。
だが十分だ。
「【罪滅星】」
突如減少したHPに、セイロンは目を丸くして驚いた。大きな隙だ。
弾幕が緩んだ一瞬を逃さず、体勢を変える。
身体を前へと倒し、渾身の力で地面を蹴った。
「っ、しまっ!!」
セイロンの足目掛けてタックル。
足を刈り、一気に引き倒す。
抑えつけながら、盾を振り上げた。
「……王手だねえ」
「…………」
魔法は途切れ、間合いを詰められたセイロンに打つ手は無いだろう。それでも逆転には注意しながら投降を促す。
やがて、彼女はゆるゆると諦めた。
「……降参します」
ああ、良かった。互いに殴り合っているのならともかく、万策尽きた相手を殴り倒すのはさすがに気が引ける。
そんなことにならなくて良かったよ。
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