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34.敗因はアクセルベタ踏みを嫌ってしまうこと


 ──どうすれば勝てるのか。


 赤富士は焦りとともに足を動かす。

 少しでも隙を作り出そうと、試合のフィールドを端から端まで駆け回る。

 時に直角に曲がり、時にフェイントを混ぜながら接近し、時に急停止からの後退のような予測を外す動きをする。


 彼の自慢であるAGI。

 コロッセオに屯するプレイヤーの中でも一二を争うものと自負しているそれは、相対するあの男を遥かに上回っていることは明らかだった。


 頼れるものは速さだけだった。

 最初に武器を打ち合わせた時に、力負けしていることを悟った。

 だから、自分の土俵で勝負をする。


 そう決めたものの、赤富士は攻めあぐねていた。


 赤富士はAGIに特化したプレイヤーである。

 操作性と思考への追従性を高めるためにDEXにもステータスを割り振っているが、速さこそを追い求めてきた。

 先んずれば人を制す。

 彼はその言葉のままに、相手の先を取ることで試合を制してきた。


 その目論みは概ねうまくはまって勝率は8割近くを誇り、勝ち星の数は150を超えた。


 だがしかし、苦手とする手合いもいる。




 赤富士が突き込んだ短剣は盾に受け止められた。すぐさまバックステップで距離を取り、さらにもう一度踏み込む。

 ぐん、と勢いを増して突き込まれた短剣は、しかし易々と盾に防がれた。軽い音とともに弾かれて、体が流れた赤富士をメイスが襲う。


「【アクセルドッジ】!」


 スキルによって強引に横へ跳び、赤富士はどうにか攻撃を避けた。追撃が来る前に駆け出して間合いを離す。


 先ほどからこの繰り返しだ。

 いや正確には、徐々に勝敗の天秤が傾きつつあった。

 赤富士の手から勝利がすり抜けて、離れていこうとしているのがハッキリと理解出来た。


 赤富士は、己れの攻撃力が不足していることに歯噛みした。


 速さを維持するために武器は軽くした。

 STRよりもAGIに優先してステータスを割り振った。

 スキルも移動を補助するものを重点的に組んでいた。

 多くのプレイヤーとNPCを撃破してきた自慢の構成だ。


 だが、何かが足りない。

 目の前の男のように、一部の敵にはそれが通じない。



 速さで惑わせようにもどうしてか正面を向いて捕捉され続け、攻撃はどこを狙っているのか読み切られて防がれる。挙げ句の果てには、カウンターを叩き込まれて勝負にならないことすらあった。


「くっ……!」


 塵も積もれば山となる。

 あるいは、雨垂れ石を穿つ。

 わずかなダメージなれど、重ね上げれば致命となる。赤富士の戦闘スタイルはそういうものだった。

 カスダメであってもダメはダメ。10のダメージで死なないならば100に届くまでダメージを与えよう。

 赤富士の速さをもってすれば、それは叶う。


 はずだった。


 希に出遭う、速さの通じぬ容易ならざる敵手。

 今、相対しているのもそうだ。

 赤富士の200に迫るAGIでも撹乱し切れぬ尋常ならざる戦士。


 速さでは勝っている。

 間違いない話だ。揺らぎようのない事実として、AGIの数値で赤富士は相手を上回っている。


 だが、動きを読まれていた。


 攻撃を見切られ、防がれ、躱され、いなされていた。


 じり貧であった。




「【クイックブースト】【フラッシュステップ】!」


 エフェクトを纏い加速をする赤富士は、分身を生み出しそうなほどで。速度を増したその動きに、対面の神官戦士(ゼンザイ)はワンテンポ反応が遅れる。


 チャンスだ。赤富士はそう思った。

 今だと直感した。

 ここしかない、と確信した。


「【バーンアクセル】!」


 スキルを重ねる。三重の加速。

 獲物の急所に食らいつく猛獣と化して、迫る。


 辛うじて追いついて来る視線をも置き去りにせんと、赤富士は足に力を込めた。

 矢のように加速し、神官戦士の周りを跳ね回る。


 左右に揺さぶりをかけてそれでも切れぬ視線に苛立ちを覚えた時、赤富士はそれに気付いた。

 僅かな、だが確かな隙。

 目の前の、同レベルにしては堅牢に過ぎる戦士の明らかな弱点に。


 微かに口元を吊り上げつつ、最後のフェイントをかけた。


 試合開始から赤富士を捉え続けていた目が、初めてその姿から外れる。


 姿勢を低くして滑り込むように相手の左に身体を沈めた。

 盾による死角。

 思えば当然あるべきものだ。ここまで攻撃を綺麗に防がれていたために、赤富士の脳内からその可能性は消え失せていた。

 しかし揺さぶりをかける内に、気付いてしまったのだ。左側に回り込まれることを嫌う神官戦士の素振りに。


 完全に意表を突いたと、赤富士は確信とともに笑みを深める。しかしまだだ。ここから勝利への道をより完全なものへと整える。


「【エアロホッパー】!」


 地を這わんばかりに低い体勢から、赤富士はバネ仕掛けの如く飛び上がった。

 神官戦士の頭上をとる。それは今まで隠してきた奥の手。

 横方向から縦方向への動きの急激な変化。

 作戦が嵌まったことに内心舌なめずりをする。


「【アサシネート】」


 ダメ押しの攻撃スキルを発動させ、エフェクトを纏った短剣が神官戦士の首筋へと迫る。鎧の隙間を縫うように、刺す!


 ()った!





 ♦️





 「【バーンアクセル】!」


 凄まじい速さに内心で舌を巻く。

 私のAGIではまるで追い付けない。目で追うのが精一杯、いや、既に追い切れていなかった。


 だからこそ、そこに活路があるのだが。


 罠は仕込んである。後は、彼が気付いてくれるかにかかっている。


 まだか。


 まだか。


 わざと隙を晒して見せようか。

 そう思った瞬間に試合相手の赤富士の姿が消えた。

 策にかかったことを直感する。


「【エアロホッパー】!」


 左側から何かが跳ね飛ぶ。いや、それは彼だ。赤富士だ。


「【アサシネート】」


 スキル発動の声は上から聞こえた。

 時間が引き延ばされるような感覚。鋭敏な知覚が、振り下ろされる刃が視界の端を掠めていくのを捉えていた。

 あらゆるものの動きがゆっくりとした中で私だけが動けるなんてわけもなく、短剣の冷ややかな光をただ瞳に映す。

 躱すことなど出来るはずがない。

 その白刃を受け入れる他ないのだ。


「【免罪】」


 無防備に攻撃を受け止める。

 1つだけ、スキルを添えて。



 ズブリ、と首に突き立てられた異物感は、ぞわぞわとした気持ち悪さと本能的な恐怖を駆り立てる。

 肉を断って身体に刃物が(うず)まる感触は、何度受けてもまるで慣れることなど無い。

 ここまで作り込むからクオリティに反して売り上げが伸びないのだと、ゲーム会社への恨み言が脳裏に浮かぶ。

 その偏執な拘りに惹かれてプレイしているが故に、あまり強くは言えないのだが。



 メイスを捨て、短剣を握る手をはっしと掴む。逃がす気は無い。

 ついでに条件達成だ。


 驚きに目を見開く彼に笑いかける。


「【罪滅星(つみほろぼし)】」


 武器を手放したことで、受けたダメージ分のHPを強制的に削るスキルが発動。今の一撃も含めて、赤富士にお返しをする。

 ただ、私の受けていたダメージはそこまで多くない。仕留め切るまでは行かないはずだ。



 やはり、彼は耐えていた。

 驚愕に声を漏らしつつも身を捩り、逃れようとしてくる。



 地面へ引き倒しながら、左腕を振り上げた。


 これは反則だと思いながらも、しかし便利で使ってしまうのだが。

 盾は武器扱いではないらしく、【罪滅星】の発動条件に引っ掛からない。


「【パワースイング】【シールドスラム】【衝撃(インパクト・)注入(インジェクション)】【スパイク】」


 スキルを四重に起動し、盾を渾身の力で叩きつける!


 赤富士の頭部に刺さるように決まった一撃は、スタンを起こさせて彼に抵抗を許さない。

 ガクン、と彼の膝が折れてその場に崩れ落ちる。


 一拍遅れて、赤富士の体内で衝撃が荒れ狂った。

 骨が砕け肉が割け、眼球が弾け飛ぶ。


 赤富士はポリゴンを撒き散らして、消失した。






 彼が爆散する様を見届けながら、残心を解く。

 構えていた盾を下ろしメイスを拾えば、地下街への転送が為される。



 今のも良い試合であった。

 策が上手く運び、相手を手の内で転がすような戦いも楽しいものだ。


 しかし、ツバメの『敢えて攻撃を受ける』提案がここまで見事にはまるとは。


 【免罪】は使い所に困っていたスキルだった。

 ダメージカット効果は強力なのだが、防御をすると無効になってしまう性質上、盾で攻撃を受ける時には使えない。

 強力だが、微妙にこちらの需要とは噛み合っておらず持て余していた。


 だが、攻撃を身体で受ける判断が増えれば、それだけ活躍の機会が増えると言うもの。

 迷ってしまえば発動の判断が出来ないものだが、受けとスキルの発動を紐付けてしまえば、あら簡単。

 【免罪】でダメージをカットしつつ相手を捕まえる、一連の流れが完成した。

 今回はその派生だね。ほぼほぼ10割コンボみたいなものだ。ロマンである。

 まあ、さすがにここまで綺麗に決まることは滅多に無いが。



 正直な話をすれば、私からするとAGI自慢のプレイヤーはカモだった。ステータスが補正値的な役割をしている都合上、2倍の差はそのまま2倍速い、というようなことは無い。

 彼らは確かに速いのだが、しかしどうにもならないほどに速いわけではない。ついでに言えば、動きに無駄の多いプレイヤーも多く、その予備動作から次の動きをそれなりに読み取ることが可能であった。


 攻撃か防御か。右か左か。しゃがむのか跳ぶのか。突きか切りつけてくるのか。殴るのか投げるのか。咄嗟の判断を迫られるが、思考が追いつきさえすればつき放されずに追随出来る。

 プレイヤーも人間だ。いくら速く動けるとしても、操るには限界がある。無意識にセーブをかけているということだね。


 反対に、同じAGI自慢でも住人(NPC)は恐ろしく手強い。簡単な話だ。こちらはどんな速さであっても制御が出来てしまえるというだけのこと。

 中身が人間かどうかで強さが大きく変わってしまうのだ。


 とにかく、赤富士は手練れであったが、私からすればかなり戦い易い手合いであったのだ。







 地下街に戻ってきた。

 今日もそろそろ終わろうか。

 夜も更けてきて、これ以上は明日に響く。


 平日はどうしても、ログイン出来る時間が限られてしまう。

 ああ、休みが待ち遠しい。ようやく週も折り返し。あと2日の辛抱だ。


 うだうだと思考を回して、重い足を引きずりながら宿屋へ向かう。仕方がない、ログアウトだ。


「ゼンザイ!」


 モニュメントの広場を出たところで声をかけられた。




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