33.迂遠
黒潮丸の頼みは結局のところ、カルマ値を教えて欲しいということだった。
長々話した割には軽いお願いに拍子抜けしつつ、店を出て街の教会に向かう。
コロッセオは神殿を兼ねているが、日々の礼拝や説教には不向きである。そのため、街のあちこちに学びの場という名目で教会が建てられていた。
その教会では様々なことが出来た。
条件を満たしての特殊なスキルの習得、奉仕活動による好感度稼ぎやジョブの解放と転職。NPC職人への弟子入りの斡旋や住居の紹介まで。
カルマ値の測定もその1つ。
考察勢は神官の話を聞くために入り浸りらしい。『穴だらけの神話』というクエストが出るのだとか。
世界観に迫る感じがして、少しだけ興味が引かれる。
まあ、クエストのことは置いておいてカルマ値の測定をしてみれば、私の数値はシフも黒潮丸も戸惑うほどに低かった。
一緒に測った2人よりも、だいぶ低いものだから仕方ない。2人は-30に届かないのに、私はと言えば-50に迫っていた。
初期値が0であることを考えると、私だけ多く下がり続けていたようである。
称号を得たタイミングが他のプレイヤーよりも早いようなので、その影響なのだろうか。
黒潮丸は貴重なサンプルを得られたと喜んでいた。私は少し複雑な気持ちだったが。
♦️
『──それじゃあ、何か面倒なクエストが出た時にでも呼んでください。
私の方も人手が必要な時に頼らせてもらいますので』
別れ際、黒潮丸は一方的に告げて去っていった。
フレンド登録はしてあるため、連絡はいつでも出来る。おそらく、そうしておくことが目的だったのだろう。
渡りをつけるというか、面通しを済ませるというか。
カルマ値云々は口実だったということだ。
しかしまあ、考えることが増えてしまった。
最終的には棚上げして見ない振りをするかもしれないが、それをするまではモヤモヤした物を抱えることになってしまう。
黒潮丸の去り際の表情。
そこには確信があった。
何に対してのものか。
それはクエストについてだ。何なのかまでは知らないが。
既出かどうかまでは分からないものだがクエスト、それも面倒な部類、に私が関わると彼は予想しているに違いない。
そう思わせるだけの目の輝きであった。
あの男は大柄な身体を竦めて控えめな振る舞いをしていたが、芯からそういう人間には見えなかった。あれは利益を求める人間だ。隠していたつもりかもしれないが、言動の端々に見え隠れしていた。
そう思うと、わざわざシフ経由で呼び出してきたことも納得出来る。
逸る気持ちを抑えられなかったのかな。いや、シフの動きを読み違えたか。
彼女は迂遠な遣り取りを好まない。どうせ会うのなら、と段階を飛ばして私を呼びつけたのだと考えると、性格的にしっくりとくる。
もしかすると、自分が遣り取りの仲介をするのを嫌がったのかもしれない。
甘いねえ。
猫を被るならもっと上手に被りなよ。
ふん、と鼻を鳴らす。
あまり面白い話ではなかった。
ゲームの中でまで人間関係に頭を悩ませたくはない。
だがまあ、そういうことと無縁でいられないとは思ってもいた。何せ、プレイヤーは私だけではない。
お一人様を楽しみたいならオフゲーに行けと言うもの。諦めは重要だ。
つまりは、面白くもないし予想通りの話だったというわけだ。
考え事をしつつも、宿屋まで戻ってきた。
少し状況をまとめたい。
借りている部屋で椅子に腰掛けて、メニューからメモ機能を引っ張り出す。
ゲーム開始1ヶ月記念イベントにレベル50での試練、ギーメル家からのクエスト。それからカルマ値の謎と面倒な人間関係。
タスクが少しずつ積み重なる様には、ゲームをしている実感が湧いてくる。
これで最後のが無ければ言うことなしだったんだけどね。
運営はいくらか反省をしたのか、サービス開始1ヶ月を記念したイベントについて、2週間前にお知らせを出してきた。
昨日のことである。良かった。
サプライズは親しい間柄だから成り立つことを覚えておいてもらいたい。
イベントの内容は『失せ物探し』。
第一の街の中にばらまかれた財宝を探す、シティアドベンチャー的なイベントだ。誰でも参加が出来る点は良さそうである。
1週間記念クエストと逆で良かっただろう、と個人的には思ってしまうが。
パーティを組んで協力するも、ソロで地道に探すも良し。
ヒントは既に隠されていて、当日までに目星を付けることが出来ると言う。
財宝はそのまま賞品の一部になるということで、掲示板は一瞬だけヒントの誤情報を流そうとしていた。
さすがにまだ本番まで間があって、そこまで盛り上がらずすぐに沈静化したものだったが。
それから試練を受けるのもそう遠い話ではなかった。
このペースならイベントの直前、あるいは直後くらいに試練へと挑めそうである。
レベル50で解禁される試練。
これをクリアすると、さらに上位への挑戦とランキングへの参加が可能になる。
権利を獲得するわけだ。
クエストにも関わることだし、私としてももっと強い相手に挑めるのは遣り甲斐を感じる。
ライツィへのリベンジを果たすためにも、一歩一歩積み重ねていかなければいけない。
ただ、不安が1つ。
このまま、ライツィを倒すことを目的に進めても良いのだろうか。
ギーメル家からのクエストはライツィに絡んでいた。しかし、この2つは反目した仲とも聞く。
穏やかな話と思えない。
深読みのし過ぎであるのなら、それはそれで良いのだ。
だが、カルマ値の話もある。
エヘイエーの称号がカルマ値低下に関わるのであれば、ギーメル家もカルマ値が低い側の勢力だと考えられた。
いや、エヘイエーの勢力と言うべきだろうか。
根拠は2つ。
1つは、ギーメル家で転職が出来たこと。
教会を必要としないように設備が整えられているということは、メタ的に見て教会を必要としないルートであるということだ。普通の進行ルートではないだろうよ。
必要としないとは、単純に関わりを持たないなんてこともあるだろうが、敵対という方向も考えられる。
エヘイエーと神殿の神は別物であるという話もあった。
実にきな臭いね。
それから、アロイジアが語ったこと。
ライツィが不死だと断じたことは良い。老いることがないのなら、自然とその結論に行き着くだろう。
不死が受け継がれる話もまだよい。長い年月を生きる中で、誰かにふと話すことをあり得ないとは言い切れない。あるいは当てずっぽうであるかもしれない。確信が無いような口振りであった。
だが、不死の弊害について。
それをよく知るように語っていたのは宜しくない。
同情心に訴えかけようとしたのであれば、普通は苦しむ姿を伝えるべきだろう。
魂へのダメージなど、一体誰が確認出来ると言うのか。それをさも当然のように話すとは、あまりにも怪し過ぎる。
進め続けるには躊躇いを覚えてしまう。
ギーメル家の狙いとしては、まず間違いなくライツィの死が含まれている。いくらNPCと言えど、思うところの無い相手が死ぬと分かってクエストを進行させるのは……。
延びをすれば、背もたれが音を立てて軋んだ。
まあ、まだ序盤も序盤だ。ここで投げ出すわけにも行かないか。
コロッセオはこのまま挑み続けるべきだ。
ギーメル家に怪しんでいることを悟られずに情報や戦力を集めていった方が良い。向こうさんも利用する気でいるようだが、化かし合いということだ。
ライツィに挑めるようになるまでにきちんと考えを固める必要があるが、一先ずリベンジは果たす方向で行く。
それで起きる問題も防げる可能性だってある。何かのクエストとかだね。
もしそうなら、今の私がしているのは杞憂と言えるかもしれない。
椅子から立ち上がる。
コロッセオに行こう。
凝り固まった頭を解すのだ。
シンプルな思考が欠落している。
多分、全部ぶっ潰すくらいでちょうど良いのだ。
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