32.相談事
「珍しく連絡が来たと思ったら……」
「……」
コロッセオ地下街の片隅にある料理屋、そこの個室。
フレンド登録から2週間が経ち、挨拶以外では初めてのメッセージを受けて来てみれば、そこにはシフと一緒に見知らぬ人物が居た。
「紹介は、してもらえるよねえ」
じいっと彼女を見つめて言う。
何が狙いか知らないが、私にパスして終わりだと思うなよ。
──ギーメル家がスポンサーをしているプレイヤーは、現在6人いるらしい。
シフが連れて来たのがその6人目であり、黒潮丸と言うそうだ。
巨体を縮こませて丁寧な挨拶をされた。
申し訳なさそうに眉をハの字にして、穏やかな笑みを浮かべている男だった。
「実は、お聞きしたいことがあるのです」
黒潮丸は真面目な顔で、カルマ値を知っているかと質問してきた。
言葉の意味は分かる。
他のゲームでも度々登場していた概念で、善行で上昇して悪行で低下する、要は善悪の数値だ。
カルマ値の高低でイベントに変化やルートが分岐したりするのは、それなりにポピュラーだった。
だが、『OIG』の中ではあまり聞き馴染みがない。
ステータス画面にも表示はされておらず、そもそも確認が出来るものなのか。
マスクデータになっていると言うのは割とある話だし、別に実装されていないとしてもおかしなことではない。
疑問に思いながらシフに視線を送れば、彼女は躊躇いがちに頷いた。
カルマ値は実在しているらしい。
躊躇ったところを見るに、シフもあると思っていなかったのだろう。
それでも頷いたあたり、確認も出来ているようだ。
「いや、あるのは知らなかったねえ。
それで? カルマ値を上げる方法なんて、残念ながら知らないよ」
わざわざ探していることは、数値を操作したいのだろう。下げる方法としてはPKが定番だが、このゲームではどうなのだろうか。
まあ、下げるのはいくらでも出来る。問題は上げる方法だ。
あるのなら教えて欲しいくらいだ。
神官ロールをするのなら善悪は偏らせたい。だが、負に寄せるのは簡単でも正に傾かせるのは骨が折れる。
だから初めの内はカルマ値を高くしておきたいのだ。どちらに転ぶにせよ、上げるよりも落とす方が楽だ。
黒潮丸にはにこやかに否定された。
カルマ値を上げる方法は既に知っている。聞きたいのは、自分のカルマ値を知っているかどうかだ。と。
思っていた反応と違う様子に少し面食らった。
あと、先走りすぎていたようで少し恥ずかしい。
何故そんなことを聞くのか。
その理由が分からない。
私のカルマ値が黒潮丸の何かに関係する?
今さっき会ったばかりの見ず知らずのプレイヤーだというのに?
さすがに試合で当たったりしていれば、名前は忘れていても見覚えくらいはある。それもないと言うことは全くの初対面だ。
それは黒潮丸だって分かっていて、「初めまして」と挨拶されていた。
一体どうして、そんな相手からカルマ値について聞かれているのか。
条件に該当するプレイヤーを探している?
クエストにしてもイベントにしても不可解だ。
混乱する私に構わず、黒潮丸はさらに言った。
「私の推測が正しければ、ゼンザイさんのカルマ値も低くなっているはずです」
「……ちょっと聞いてなかったよ。もう一回言ってもらえるかな」
「あー、私の推測が正しければ、ゼンザイさんのカルマ値も低くなっているはずです」
聞き間違いなら良かったのになあ……。
「私はカルマ値の変動をずっと確認し続けていて、ログインとログアウトごとに記録をとっているのです」
「何でまた」
「アンタは口挟まないで聞いてろ」
シフに窘められ、大人しく話を聞くべく居ずまいを正す。
咎める視線が胸に痛い。
変わったことをしている自覚はありますよ、と黒潮丸は笑った。彼のルーティンを聞くと大抵の人は「どうして?」と質問をすると言う。実際、シフもそうだったとか。
彼女に視線を向ければ逸らされた。
「それで」
視線を黒潮丸へと戻す。
「記録の中で大きな変動がいくつか見られたのです」
彼が言うには、普通のプレイでカルマ値は殆ど変動しないのだとか。
彼が言う普通のプレイは魔物を倒すとか、あるいは物を作るとかのことだ。
しかしある時、そのカルマ値が大きく動いた。
「コロッセオだろう?」
「ええ。間違いないと思います。タイミングがピッタリ合うので」
だがおかしい。
コロッセオではカルマ値が下がらないものだと思っていた。
ゲーム内に備えられた施設を利用して、不利益を被るなどあってはならない。
「いえ、カルマ値は下がっていませんよ。その時は上がったのです」
「その時は?」
「上がりました。コロッセオ挑戦の時にぐん、と」
予想が悉く外れてしまうね。
思わず唸り声が出てしまう。呻き声かもしれない。
チラリと見れば、シフは無理もないと言いたげな顔をしていた。
「しかし、コロッセオで戦うことが善行ねえ……」
そう呟けば黒潮丸に、それは少し違うと否定された。
カルマ値は善悪のバロメーターではない。彼はそう言った。
ルールに則った行動をするかどうか。それを示しているそうだ。
秩序を守る行いが善に繋がり、混沌を良しとすることは悪に進む。このゲームではそうなっているらしい。
つまり善悪は結果であり、カルマ値そのものは過程を表しているのだとか。
ううむ、難しいね。
気を取り直すように、黒潮丸は頭を振った。
戦う度にカルマ値が上昇しているわけではない。彼はそう言いながら1枚のメモを取り出した。
ズラリと並ぶ日付けと数字。
「これは……」
「そうですよ。カルマ値の記録です」
受け取り、目を通す。
少しずつ上昇していた数値があるタイミングで大きく跳ねている。これがコロッセオに挑戦した時だろう。
そして、ガクンと落ちている所が2つ。
そういえば、あなたも低くなっていると言われたような。
「トータルではマイナスになっています。その2ヶ所の低下が響いてのことです」
下がったカルマ値は上がった分の倍近い。それが2度も起きれば、プラスを維持など出来るはずがなかった。
「この2つにはある言葉が絡んでいる。私はそう見ています」
「……ある言葉?」
「『エヘイエー』。
あなたも聞き覚えがあるでしょう?」
それはステータスを開く度に、目にする言葉。
何のためにあるのか分からずに設定していた称号。そこに載せられた馴染みの薄い名前。
まさかそれが?
いや待て、そうか。
「称号を手に入れた日か!」
「ええそうです。"エヘイエーの魔術師"と"導き"、それらを得た日はカルマ値が減少していました」
それは無関係と思えない。
片方だけならともかくどちらともとなれば、偶然を疑うよりも関係しているものと考える方が自然だろう。
エヘイエー。
これまで影の薄かったそれは、ここに来て急に存在感を増していた。
ふとあることに思い至る。
「どうして私の称号を?」
実際のところ、称号は大した働きをしていない。
【鑑定】すれば見えるが普段から見えているわけでもなく、特別な効果やスキルが付いているわけでもない。トロフィーみたいなものだ。飾りである。
だからか、他人の称号を気にかけるプレイヤーは少ない。私は会ったことがないし、掲示板でも見かけていない。
まあ、トロコン勢とかなら別なのだろう。ただ、この手のゲームでそんな真似は現実的な話ではない。
「エヘイエーの称号は私たちだけのものじゃないんですよ」
「……シフや、その他にもいるということで合っているかい」
「ギーメル家みたいな大きい所に声をかけられたプレイヤーの何人かは持っているみたいですよ」
私とかシフみたいなプレイヤーだね。
ツバメとかジマーマン辺りも持っているかもしれない。
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