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30.物事は単純が一番


「──むしろ、10日かそこらで戦いになってることへの僕の心情を慮って?」


 そう言われてしまうと返す言葉もない。

 冗談交じりのようだがその実、見つめてくる目が真剣であった。


 ゲームの中とはいえ立ち居振る舞いには、その人物のこれまでが反映されるものだ。何を成したか、望んできたのか。身に付けた技術に嗜好、考え方の癖に性格の偏り。

 それを踏まえると、ツバメが常日頃から戦いが身近にあるような生活を送っているのでは、そう推察出来た。

 いや、彼がリアルで何をしているのかは知らないのだが。



 持つべきものは友とよく言ったもので、ツバメとは戦う度に反省会をしていた。

 一方的に教えを請う形になってしまうが、彼はそれを楽しんでいるようで気前良く話してくれる。

 他人が強くなるのが気に食わないプレイヤーはそれなりにいるが、それと真逆のタイプであるのだ。


 自分に追いつけ。あるいは、追いかけさせてくれ。ツバメは時折そう口にした。


「まぁ僕より強い奴は結構見るけど、巧い奴はそう見ないよ」


 決まって同じ文句で誤魔化されるが、きっとこれは本心だ。

 だから私は、彼に負ける度に食事へと誘う。


 今回来ているのは銀縁メガネ亭だ。

 ツバメお気に入りの未亡人が切り盛りする店は、1人の時に行きたいと言われたからだ。




「つまりね、ゼンザイは相討ち覚悟でスキルを使うべきだったんだよ!」

「そうなのかい?

そんなことを許してはくれそうになかったけども」

「そりゃ、そう簡単にやらせるつもりはないよ! でも持久戦が無理筋なのは分かっていただろう」


 言われてみればそういう手もあった。

 私はあの時、スキルを使う隙が無いと判断した。

 だがツバメ曰く、強引にでも攻めに出るべきだったらしい。


 守りを固めたところで勝てはしなかった。ならば勝てるように策を変える必要があったのだ。

 彼はそう言いたいようであった。



「はい、ワクチャプラシェーゴの殻チップスだよ」


 給仕の少女がテーブルにどんと皿を置く。その上には素揚げが山盛りだ。


 ガチャから出たワクチャプラシェーゴは、反省会ついでに店主へ直接売却していた。

 皿に盛られているのは、それを捌いた後の殻を砕いて揚げたおつまみだそうだ。

 仕入れが難しくそこそこの高級品だと店主は言っていた。


 メニューに無いのによくやってくれるものだ。

 NPCの対応力に感心しながら、1つ素揚げを口に放る。


 カリカリした軽い食感。思いの外柔らかいと言うか、簡単に噛み砕ける。ポテトチップス、それも薄めの奴と大差無い感じの固さだ。

 味はまんま海老だ。ただ少し風味が違っていて、プレスするタイプのえびせんに近い。

 噛むごとにじんわりと味が染み出してきて、ついつい食べる手が進んでしまう。


 こうも美味しいと、お酒が欲しくなってくる。


 だが悲しいかな。

 『OIG』でアルコール飲料は全部それっぽいだけだ。酩酊感も高揚感もきちんとあるがどちらも状態異常であり、抵抗判定に成功し続けるとまるで酔わない。


 その2つがあればお酒では、と思うなかれ。

 現実生活への影響を懸念して、酒類をはじめとした嗜好品には感覚再現を制限している部分がある。ゲーム内では不思議と味気無いのだ。

 どれだけ飲もうと、何を飲もうと、誰と飲もうとそれは変わらない。


 運営からも、酒類に関しては現実でお楽しみくださいと勧められていた。


「これ美味しいね!

さっきの大きな海老だろう?」

「ああ、美味しいねえ。ガチャから出たんだよ」

「それ、ご相伴に預かっていいのか?」


 不安がる彼に笑って肯定してやる。


 良いとも。どうせ食べ切れやしないのだ。

 店主も2人分として大皿に盛ってくれたのだろう。


 それでも代金を払おうとするツバメは良い奴だ。

 最終的に、反省会であるのだからと改善点をメモにまとめてフレンドメッセージで送ることで手打ちとなった。




「僕が思うにさ」


 カランとコップの氷を鳴らして、ツバメが反省会に話を戻す。


 ハードボイルドを気取っても、コップの中身がほうじ茶では様にならないと伝えた方が良いのだろうか。ただ、このゲームのお酒は物足りないため、どうしてもノンアルコールに手が伸びる。私も飲んでいるのは普通の紅茶だ。

 ……ハードボイルド云々は黙っていよう。


「僕が思うにだよ。ゲームなんだから相討ち上等でも良いんじゃないかな。

ゼンザイのスタイルは受けて返す形だから、それをワンテンポ早めてやろうよ」

「なるほど」


 どうせ死なないものな。彼と一緒に笑い合う。


 これまでは攻撃に対して防御と回避のどちらかを選んでいたが、ここにわざと食らうという選択肢を増やそう。そう提案されたのだ。


 その没入感とリアリティから、ゲームであってもダメージを受けないように立ち回っていた。あまり大きな声で言えたことではないが、どうしたって怖いじゃないか。

 剣も槍も魔法も弓矢も、食らわずに済むなら越したことはない。

 そんな風に考えていたのだ。



 それは甘いと、ツバメは言う。

 高く厳しい理想を掲げているからこそ、それでは甘く温い地点で終わる。

 いつでも完封するなんてことは不可能だ。

 だからこそ、いつでも攻撃は受けるものと想定して動くべきで、その中から防御出来るもの回避出来るものを選んでいくのだ、と。


「妥協じゃないよ。当然の備えさ」


 ゲームであることを活かせと言われれば、自分がいかに勿体ないことをしていたのか気付かされる。

 ライフで受けるなど現実では無理な話だ。だからそれはゲームの特権になる。

 その特権を最初から視界に入れていなかったのは、ただただ損をしていただけだ。




「それからこれはついでなんだけどさ」


 さらに続けてツバメは言った。

 窮屈じゃない?


「それは、……どういうことだい?」


 投げかけられた問いに戸惑う。

 窮屈? どこがだろうか。

 店内に余裕はある。悠々と座れている。


 ゲーム内での立ち位置の話にしても、スポンサー関係は向こうに丸投げだ。

 フレンドは少ないし、クランに入っているわけでもない。

 コロッセオはギルドに入るのだろうか。

 だとしてもまあ、特に困った覚えは無い。


 大本命の試合での話だとしても、思い当たる節は無い。

 そりゃ防戦一方で攻め立てられれば苦しいが、それを窮屈と表現するのは少し違うだろう。


「戦い方の話なんだけどね。僕から見たら考え過ぎだよ」


 大本命が正解だったね。

 それにしても、考え過ぎか。


「そうそう。考え過ぎで予想し過ぎで観察し過ぎで頭でっかちになってるよ。

あれじゃあ自分の動きを自分で縛ってしまう」


 もっと肩の力抜いてけー。

 へらへらと笑うツバメに、自然とこちらも穏やかな心持ちになっていく。


 直感的で野性的な戦いを嫌がるあまり、私の戦いの引き出しが少なくなっていたのか。


「要はバランスだよ。バランス。

満遍なく、全ての力を出し切るのさ!」

「……それ、バランスとれてるわけじゃないよねえ」



ご覧いただきありがとうございます。

評価、いいねをいただけると大変励みになりますので、よろしくお願いします。



干支が一回り前くらいのノンアルコール飲料を思い浮かべると『OIG』のお酒の味が分かると思います。



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