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異世界派遣社員の渇望  作者: よぞら
水の章
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旅路

 早くもなく遅くもない速度で、線路も道もない大地を列車が走る。

電子回路図のような青い幾何学模様が入った黒い機体、世界横断鉄道ヴァージル。

 R-0009の国と国をつなぐ唯一の交通手段だ。窓に映る景色は荒廃した大地と埃っぽい淀んだ空気に灰色の空。現地では神の領域と言われているがα元素変異体以外の現存する生物が住めない腐った陸地だ。

 こんな景色がずっと続くのかと思えば薄暗いが緑豊かな樹海が広がったり、ほのかな光を発する神秘的な植物があったりと幻想的な景色もあった。中には歪な生き物の姿も見られた。進化したのか退化したのか。

 全ての動植物はα元素変異体であり、普通の人間や動植物にとっては有害になるものが多いらしいが新しい生態系が出来ているのならばそれでよいのではないのかとさえ思える。

 今は海上を走行しており、紅茶のような色をした海が広がっていた。真っ赤な海に灰色の空。血の池地獄が存在したならばこんな光景なのだろうかと丸く象られた窓を覗きながら思う。


「冒険じゃないよね。旅行だよね。」


 ヨウは赤い花びらの浮かぶ猫脚のバスタブに浸かっていた。

 アロマオイルの香りと間接照明の仄かな香りが贅沢な空間をより一層引き立てている。ここが列車の一室などと未だに信じることが出来ない。

 非現実的空間に浸っていたが鏡に映る自身の容姿を見て夢から覚めたような気分になり湯船から上がった。

 右目が碧、左目が翠。さらに髪は透けるような銀髪だ。なかなか素晴らしいカラーリングではあるが、R-0009では地球よりも瞳の虹彩と頭髪の色が多種多様であり銀髪はおろかオッドアイですら珍しくはない。オマケに顔は平々凡々 な地顔のままだ。

 骨格や造形などはR-0009の人に寄せられているがベースは宮野葉湖のまま。どうせなら世界一の美女とまではいかないがゲームセンターの写真機程度に補正してくれてもよかったと恨めしく思う。

 着替えを済ませたヨウは豪華寝台列車の最上級客室のような一室のソファーに座った。実際、スイートルームなのだが。テーブルの上にはこれから行く先のアルドの観光案内のパンフレットと高級そうなお菓子。食事のいらない身体なのだが、こちらに来てから贅沢な間食ばかりしている気がする。

 ヒメのエスコートでここへ案内された時は現実離れした豪華さに吐気を感じだ。

 一車両がまるまる一室となっており、エントランスから階段を上るとゆったりとしたモデルルームのようなリビングルームがある。豪華なソファーが配され、その向かいには床から天井まで届く大きな窓に景色が広がっている。その窓はスクリーンにもなり、様々な映像がみられた。観光案内やR-0009での著名人の歌やダンスに映像作品、海や森などの景色など様々だ。

 中央にはダイニングテーブルもあり、簡易キッチンまで供えられていた。通話一つでメニュー表の品を持ってきてくれるサービスがあるので使う事はなさそうだが。

 リビングルームから続く部屋にはベッドルーム。旅番組のスイートルームに出てくるような大きなベッドが置かれ天上はアーチ状になり間接照明と合わせて非日常的な空間が演出されており、このふわふわなベッドにダイブした瞬間、このまま死んでも後悔しないと思えるほどだった。

 一番奥にあるバスルームを見た時は、顎が外れるほど開いた口が塞がらなかった。ヨーロッパのリゾートホテルを思わせるような空間に猫足のバスタブがおかれ、ガラス張りのシャワールーム。幼児期に嗜んだお人形遊びですら普通のバスタブだったというのに、列車の一室に猫足のバスタブが置かれるなど贅沢の極みである。

 ホテルのスイートルームの様なゴージャス空間に最初こそ怖気づいて部屋の隅に居たが、慣れてくると豪華さも気にならなくなり何度もシャワーを浴びたり、花風呂泡風呂に入ったりリビングの巨大スクリーンで映像を見たりはしゃいで心のままに堪能したがそろそろ飽きてきた。

 ジュビアからアルドまでの走行距離は約1万5千キロメートル、7日間近くかかるそうだ。あと半分程残っており何もすることがないので暇である。こんな時にアプリゲームがあれば暇を潰せるがヨウが使える端末は家のWi-Fiでしか通信できないように制限された親のお古だ。端末があったとしてもこの世界で使える筈もないのだから無意味だが。

 ヨウが暇を持て余しているなか、ヒメはリビング入口近くの椅子に座ったままだ。列車に乗り込んだとき椅子に座り、それからは置物になってしまったかのように同じ姿勢のまま動かない。

 話しかければ受け答えるが必要最低限であり会話が弾むことはなく話し相手にならず仕事に徹するプロのガードマンのようだ。さすが元警察特殊部隊なだけはある。柴犬の皮を被ったドーベルマンだ。


「暇ぁ~。」


 溜息と一緒に呟きながらソファーに寝転がる。転寝でもしたいところだが睡眠を必要としない身体では叶わない。

 レイが施した洗礼の後に頭に入っていたお伽噺を問わず語りに語った。



「昔々、双子の魔女が生まれました。」





。+・゜・❆.。.*・゜hunger゜・*.。.❆・゜・+。




 黒髪に青色の瞳を持つ黒い魔女。金髪に青色の瞳を持つ金の魔女。

 似てない双子の魔女は何でも出来た。

 あらゆる病気を治し、夢を叶え、願いを叶え、失った命すら取り戻すことが出来たのです。世界中の人々に感謝され、慕われた優しい魔女。

 二人は1羽の鳥を飼っていました。魔術で生み出された白い鳥の囀りはとても美しく不思議な力を持っています。

 魔女は鳥と海の星に住んでいます。光り輝く美しい庭には数種類の花が咲き乱れ魔女が創りだした不思議な生物が平穏に暮らしていました。


 ある日、魔女は5つの卵を創ります。不思議な力を持つ鳥が生まれると噂され、欲望のあまり人々は魔女のから卵を盗み、奪い合いになります。

 卵がかえるときを楽しみにしていた黒い魔女は悲しみ、白い鳥を連れてバラバラになってしまった卵を取り返しに向いました。

 折角手に入れた美しい卵を手放すはずもなく、人々は魔女を忌み嫌い火炙りにしてしまったのです。怒り狂った黒い魔女は身を焼かれながら歌った。黒い魔女の唄は呪いの言霊となり世界中に響いたのです。


『世界なんて壊れればいい。』


 そう言い残して黒い魔女は燃え尽き灰塵となりました。


 白い鳥に連れられて金の魔女が来たとき、黒い魔女は灰になっていました。金の魔女は嘆き、黒い魔女の灰を抱えて悲しみの中で眠りについたのです。


 唄を聞いていた五つの卵。次々と殻を破って雛達が産声を上げました。

 一つ目の卵が孵った時、世界は炎に包まれた。

 二つ目の卵が孵った時、血の雨が降り注ぎ、海と川の三分の一が毒された。

 三つ目の卵が孵った時、太陽は光を失い、世界は闇に呑まれる。

 四つ目の卵が孵った時、数億の毒虫の群れが人々を襲った。

 五つ目の卵が孵る前、海の星で一輪の花が咲きました。開いたその中心から、鈴のような音が響いた。そして庭の花が一声に歌いだします。すると四羽の小鳥は卵に戻り、眠りに就きました。


 暗闇の世界に広がる花の唄。その唄に合わせて白い鳥が囀ると魔女と卵と小鳥が眠った場所の炎が消え、血の海が蒼に戻り、光が戻ったのです。


『最後の卵が孵った時、世界は白に包まれる。魔女の唄は消えない。』


 そういい残すと白い鳥は淀んだ空へ飛んでいきました。

 黒い魔女の唄で世界が壊れてしまいますが花の唄が続く限り、五つの卵は眠り続けます。

 今でも小さな声で花達は歌い続けるのです。

 いつまでも、いつまでも。


 誰が語り始めたのか、何処から語り始められたのか。

 R-0009の全ての人が知っていて、全ての人が信じない双子の魔女のお話。



「今日も見ているんですか?金の魔女さん。」


 数百年前よりいつの間にか広がっていた真実の混ざったお伽噺をヨウに合わせて読み上げた白い小鳥姿のレイへ、年相応の容姿をしたシドは皮肉を言う。

 天地が紺地に蛍光ブルーの方眼罫で出来た暗くて明るい空間でレイは水面に映ったヨウを見ていた。ジュビアへ送ってから見守るかのように見ている。


「少し休んだらどうですか?ヨウを呼ぶために相当な無理をしたでしょう。」


 重力を無視し四方に浮かぶ水鏡に囲まれて職務を遂行しているシドの方が余程休憩が必要ではないだろうか。レイはため息を付いてシドの肩に降りた。


≪シドは意地悪ですね。私に疲労なんて存在しないのに。≫


 水鏡に映るレイの顔が波紋で歪む。泣いているような、笑っているような悲しい表情だった。


≪ヨウにはアリアドネの糸になってもらいたいです。≫

「アリアドネの糸ですか。」


 静かな呟きにシドは笑った。


「何故、ヨウは能力が使えないんでしょうね。」

≪偶然でしょうね。≫


 天華蜘蛛。言葉だけでは何を意味するかは定かではないが全てを真っ白に覆い尽くす雪の能力なのか凍てつさせる雪の能力なのか。本物の蜘蛛のように糸でからめとり、毒液で仕留めて食いつくす能力なのか、幸運を運ぶ神の使いと呼ばれるスピリチュアルな能力なのか不明のままだ。


「ヴィーと同じ雪に属する能力であることが関係していますか?」

≪ヴィーとは関係ありません。私はヴィーの能力をよく知りませんし、能力は深層心理の波長によって決まりますから偶然です。≫


 続く問いに、レイは即答した。雪兎のように真っ白い肌と髪に赤い瞳の外見のように凍てつく雪の様な能力を得意としていたヴィー。800年経った今となっては記憶が薄れてレイには彼の声すら思い出せない。思い返せば会話をするほど親しくはなかった。


「偶然が重なると運命なんて言葉が過りますね。」

≪現実主義のシドらしくない言葉です。≫

「こんな経験を200年もしていたら幻想主義にもなりますよ。」


 幽霊や超常現象すら否定的に暮らしていたある日、異世界へ飛ばされた挙げ句、フィクションでしかありえなかった現象が次々と起これば思想など変わってしまうだろう。


「ともあれ、ヨウがアリアドネの糸となるかカンダタの糸となるか見ものですね。」

≪シド、ギリシャの女神様とお釈迦様が混ざってますよ。≫


 ギリシャの伝説と日本の短編小説。どちらの糸も救いの糸だが繋がったまま好転の道標となるか切れて破滅の道標となるか二つに一つだ。


「ねぇ、レイモンド。」


 シドは多数の水鏡から視線を外さず、レイの本名を呼んだ。


≪なんですか?夕弦。≫


 思惑へ応える様にレイもまたシドの本名を呼ぶ。この名前をレイが口にしたのは数十年ぶりだろうか。


「私たちのやっている事は正しい事でしょうか?」

≪さてね。ただ。≫


 くだらないお伽噺は終わらせないといけない。

◆レイ改めレイモンド…白い小鳥姿で水鏡からヨーコを見守る。

◆シド…宙に浮いた複数の水鏡を見ながら職務遂行するオッサン。


ゲームなら適当に読み飛ばすチュートリアルは豪華寝台列車で時速80㎞の旅立ちにて終幕です。

ここまで御覧いただきましてありがとうございます。

お気に召してくださいましたら恐れ入りますが下記にてご評価頂けますと裸踊りして喜びます。

励みになりますのでよろしくお願いします。

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