狂花
朽ちた建物に植物が蔓延る古びた無人の街。
ここは数百年前にアルドの地図から消えた街、オーブリオリース。
とある屋敷の周りには薄紅色の花が咲いている。早咲きなのか狂い咲きなのか寒すぎる中満開に咲いた枝垂れ桜に似たシュコウと呼ばれる花。
シュコウの花咲く屋敷の屋根に一人の青年が寝転んでいた。漆黒の髪、琥珀色の瞳。普通の人間と変わらないように見えるが浮世離れしていて妖艶な雰囲気を醸し出している。彼の頭には一匹のヤモリが張り付いていた。水色に白い花柄をした異質なヤモリ。
澄み切った青空は次第に曇り、薄暗い雨空が広がる。暫くすると複数の水滴が青年の顔に落ち、頬に沿って流れ落ちた。
「雨か。」
独り言のように呟くと顔に影がかかり、上から一人の人物が自分を見下ろした。桃色がかった茶髪に翡翠色の大きな目。猫のような顔立ちの人物は不機嫌そうに眉を吊り上げている。
「またここに居た。あんまり出歩かないでって言ってるのに酷いですっ。」
烈火のごとく怒って怒鳴る姿に青年はうんざりと体を起こすと視線だけ向ける。
「ネオ。いたの。」
素っ気無い答えにネオと呼ばれた人物は大袈裟なほど驚く。
「いたの?ひどい。信じられないっ。ネオはずっと貴方の身の安全を神様にお祈りしてましてねぇ。」
「はいはい。」
己の存在を力説するネオの話を適当に遮る。
「一体、何考えてるんです。」
濡れて張り付いた前髪を掻き揚げる青年の傍らでネオは腕組みをして不機嫌に眉を寄せる。
「何が?」
「こんなに貢献しているのに置いてけぼりにするなんて浮気者っ。」
全く相手にされてないような生返事にネオは屋根に足を叩きつけながら話す。
「その自惚れた妄想癖と勘違い治しなよ。」
「意地悪ぅ。」
からかうような青年の態度にネオは半泣きで怒鳴った。
「怒ると肌に悪いよ?」
「ネオはまだピチピチデス。」
顔を真っ赤にして怒るネオの頭を撫でてやる。頬を膨らましながらもそれだけでネオは大人しくなった。
「いい加減、気をつけてください。そろそろ感づかれてもおかしくありませんよ?」
ネオの言葉に、青年は口元を弧のように吊り上げた。
「どうする気です。」
「どうとでも出来るさ。」
それだけ言うと青年は空を見る。冷たい静かな雨が絶えず降り続けていて、咲き始めた花を濡らしていた。
「この雨、気に入らない。」
そう言って屋上から飛び降りた。
「何処行くんですか。」
慌ててネオも屋根から飛び降りて追いかける。振り返り際に青年は何かを投げた。受け取るとそれは彼の頭に張り付いていたヤモリだった。
「先に帰ってて。」
そういうと青年は雨の中へと消えた。
「勝手なんだから。そんなところも好きだけど。」
寂しそうに呟かれた言葉。しかし、その眼光は嬉しそうに輝いている。ネオは家に帰らず、青年と逆の方向へ歩いていった。
「花舞う街、亡霊の街。地図から消された知られざる街。」
口ずさむのはこの国に伝わる御伽噺。人間の欲望を物語った愚かで哀れな噺。
ふと、猫の鳴き声がして視線を上げると蜂蜜色の猫が瓦礫の上を歩いていた。黄金の瞳でネオを見つめている。
ニャー
一度鳴くと瓦礫の間を通り抜けて行ってしまった。微風が花を散らす。
雨の降り出した曇天の空を見上げて自然とネオの口元が笑みの形に吊上った。
「始めるニャ。終らせる為に。」
氷雨に流れる薄紅の花弁。散り逝く姿も美しき花は景色を彩った。
◆青年…屋根で昼寝をしていた。漆黒の髪と琥珀色の瞳を持つ。
◆ヤモリ…白い花柄の水色をしている。
◆ネオ…淡い桃茶髪に翡翠色の大きな目をした猫のような顔立ちの子。
◆猫…瓦礫の上を歩いていた蜂蜜色の猫。
◆オーブリオリース…地図から消えた廃墟の街。
◆シュコウ…枝垂桜に似た薄紅色の花。
花の章☆開幕!




