煉獄
赤々と静かに燃える朽ちた街中を進むと中心部には井戸のような穴があった。実際は井戸のような小さい穴からでなく30メートルほどありそうな大きな穴だ。中心からも炎が渦を巻いて吹き上がる。
覗き込むと内側には螺旋階段があり、果てしなく深い縦穴の底へと続いていた。
「ここ、行くの?深いし、燃えてるし、手すりもないし。」
≪嫌なら俺が君の体で飛び降りてあげるよ。≫
「自分で階段降りるから飛び降りないで。」
地獄の入り口のような階段をヨウは恐る恐る降り始めた。一段一段が普通の階段よりも高く踏み外したらどうなるか考えただけで背筋が凍る。底の方が暗闇でなく、真っ赤に染まっていることも恐怖の一つだ。
穴の底はマグマだまりなのだろうと想像がつく。
≪もう少し早く降りなよ。日が暮れてるよ。≫
「時間制限がないなら私のペースで歩かせてよ。」
一段一段慎重に下りるヨウに焦れたヴィクトルは問答無用でヨウから体の主導権を奪った。そして五段飛ばしで落ちるように降っていく。
≪ちょっと!なんでよっ。イエロの崖登るときは何もしなかったくせにっ≫
「いつ調律師が出てきてもおかしくない場所でのんびり歩いてられないでしょ。」
一括したヴィクトルは数分で階段を降ったのだった。ヨウのペースで降りていたら夜が明けて再び日が沈んでいただろう。
「おかしいな。」
燃える洞窟の底に着くとヴィクトルが進行を止めた。壁には石造が彫られ、地面は平らに整備されている。奥の開きっぱなしの巨大な扉の先には真っ赤なマグマだまりが見えた。
≪人を散々急かしたんだから止まってないで早く行けばいいじゃん、クソジジィ。≫
螺旋階段を降りてもなお体の主導権を返してもらえないヨウはご機嫌斜めだ。
「メルビンの時みたいに調律師がいない。」
イエロ連合王国での夢寐の箱庭では供犠の柱に近づくにつれて調律師が表れて進行を妨害してきた。全てヴィクトルが氷の像へと変えてしまったが依代と始祖を護衛する調律師が何人もいたのだ。
今回も同じものだと身構えていたが人の気配すらない。
複雑な彫刻をほどこされた扉をくぐると玉座のような空間に出た。柱はところどころ砕け壊れかけの神殿のような雰囲気で巨大な椅子に座る石像がある。その顔をみたヴィクトルは嫌そうに顔を歪めた。
日も差さない地下だというのに石の隙間から青い花が咲き、青い炎を纏っている。回りの石は花の発する高温の炎で真っ赤に焼けていた。
≪よう、ヴィー。≫
「げっ。」
野太い声にヴィクトルは拒否反応を起こし、一歩どころか3メートルほど後退った。。
≪逃げるなよ。相変わらず失礼なやつだな。≫
目の前に出てきたのは燃えるような赤毛の狒狒だった。供犠の1柱となったウィリアムの依代だ。
「あんたに用はない。やる事やったらさっさと出ていくよ。」
ヴィクトルはさっさと石像を通り抜け隠すように設置された小さな扉をくぐる。マグマの池の中に獣と一体化した燃える男がいた。
獅子の鬣のような緋色の髪が炎に靡き、頭からは悪魔を象徴するような太い巻角が生えている。下半身はケンタウロスのように四足の緋色の獣と繋がり背には4枚の緋色の羽根が生えていた。
「全身真っ赤で暑苦しい姿。」
≪嘘でもいいから褒めろよ。邪魔する気も止める気もないが説明くらいしてほしいもんだな。≫
後をついてきたウィリアムを一瞥すると、面倒くさそうにヴィクトルは口を開いた。
「人払いしたのはあんた?」
≪まぁな。適わないと分かってて無駄死にさせる訳にはいかん。俺の力が充満する空間には入れないようにした。≫
いくら調律師が優れた能力と強靭な身体を持っていたとしても始祖の一人であるレイの力の一欠片に過ぎない。始祖であるウィリアムが拒絶すれば力の満ちた空間など近づけないしヴィクトルには束になっても適わないだろう。
ウィリアムの独断ではあるが撤退は賢明な判断だ。
≪それ以前に、俺はヴィクトルの味方だ。妨げにはならんさ。≫
ヴィクトルは冷たい吐息の溜息を吐く。温度差に空間が歪んで見えた。
「確信はないけど俺はもうすぐ消滅すると思う。もう本体は指先ひとつ動かないんだ。その前に、姉さんを助ける。その副産物で破壊神とα元素がR-0009から消えるから世界もまともに戻るさ。」
≪姉さん?オリガの事か?≫
ウィリアムが知る限り、ヴィクトルが姉と慕う始祖は一人。
≪ヴィー、オリガは800年前にレイに呑まれて消滅したんだ。≫
「もう話すことはないよ。」
≪ヴィー!アデルはこんなこと望まないぞっ。≫
ウィリアムの言葉にヴィクトルは一瞬だけ動きを止めるが凍らせながらマグマだまりを渡ってウィリアムの本体に触れて結晶化させる。ふつふつと熱気放っていたマグマすらクリスタルのように固まり、冷気があたりを包んだ。
熱気に包まれていた地下は瞬く間に冷え切り、石畳みも彫刻を施された壁も螺旋階段も凍てつく。
≪……ヴィー。≫
狒狒を模したウィリアムの依代は止める様にヴィクトルに手を伸ばしながら土塊となって崩れた。破壊神によって髪一本残さず消滅した同胞への詫びながらウィリアムの意識は霧散した。
「君は暑苦しい上にうざったいし面倒くさくて嫌いだった。でも、ずっと俺の味方でいてくれたことは感謝するよウィリアム。」
氷像となったウィリアムを撫でたヴィクトルは踵を返して歩き出した。忍者のように螺旋階段を駆け登るとぽっかりとあいた上空より花弁雪が落ちてくる。
「あと二つか。意外と長いな。」
≪年取ると独り言が多くなるよね。私の見た目でそれやると痛いからやめてくれない?ってゆーか体返してくれない。≫
縦穴の螺旋階段を登り切ったタイミングを見計らったようにヨウが声を出した。ヴィクトルは少し考えるそぶりをして走り出す。
≪ちょっと、シカトしないでっ≫
「静かだから君の存在忘れてたよ。調律師に見つかると面倒だから人のいるところに出たら返してあげる。」
赤々と燃えていた炎が消えた朽ちた建物を飛び越えて、再び忍者のような動きで直線移動した。
≪好戦的な戦闘狂が何、平和ぶってるのさ。≫
「戦闘狂じゃないし無駄なことは避けたいよ。」
≪説得力って言葉知ってる?≫
疑い深いヨウに溜息を吐くとヴィクトルは言葉を返さずに走り続ける。絶えず噴き出してた湯柱も消え、熱気に満ちていた国は不自然に静まり返っていた。
灼熱の太陽が降り注ぐ砂漠の国に白く冷たい雪が舞う異様な光景であった。
◆ウィリアム…火の都パイロープ帝国で浄化する供犠の一柱。義理堅く暑苦しい。
◆紅蓮の箱庭…ウィリアムの力のあふれる場所。石すらも赤く燃えるパイロープの中心部。高温の熱気に覆われているため人は住めない。
ひねくれているヴィクトルは体育会系が苦手。




