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異世界派遣社員の渇望  作者: よぞら
雪の章
31/41

熱気

「リアルアトランティスだ。」


 急勾配の斜面をスキップする勢いで降りながらヨウはうっとりと目下の都市を眺める。

 三つの巨大環状水路に囲まれた円状都市は電気回路図のように水路が張り巡らされており、建物より高く設置された城壁から城壁へ橋がかけられいた。

 張り巡らされた水路も環状水路も見た目より大きいようで大きめの船が行き交う。

 都市の中心部は間欠泉のように水が吹き上がり、その中心は燃え盛る炎が高く登ってた。

 あっと言う間に山を降りたヨウは再びサボテンの群生地を通り抜けて目に見える夢のような都市を目指す。しかしながら走れど走れど目的地にたどり着かない。真上にあったレアが傾いて鮮やかな赤に染まっても大きさが変わらないのだ。


「目の前のアレって蜃気楼じゃないよね。全然たどり着けないんだけど。」

≪実際にあるのは確かだけど確実に蜃気楼だよ。距離的に見えるわけないし。それに蜃気楼は幻とか幻覚じゃなくて遠くから届く光が途中で屈折して景色が通常とは違って見える現象だからね。≫

「え?」

≪そこで問題です。現在の浄化地帯は約4割。R-0009の直径は地球の約1.5倍です。円状に広がっているとして6つ存在する浄化地帯の一つずつの半径は何キロになるでしょうか。≫


突然の計算問題にヨウは首を90度傾けた。まずは浄化地帯の半径を求めるためには直径か円周か面積が必要なわけだ。ヨウは地球の外周が4万メートルとキリのよい数字だったことを思い出し頭上で4割の計算をしたところで思考が止まる。浄化地帯の4割は外周の4割ではなくR-0009の表面積の4割なのだ。とどのつまり球体の表面積の公式が必要となってくる。


「何をどう計算すればいいのかすらわからない。」

≪正解は色々端折って約4千9百キロメートルでーす。パイロープ帝国の浄化地帯に入ったのは5日前だし、山登りしたロスがあるんだからヨウの歩行スピードで今日中に着くわけないじゃん。≫


 そもそも、山頂から都市の全景が見えたのは蜃気楼という砂漠独特の現象があったからであり、通常であれば見通し距離に掠りもしないのだ。


「実は幻ってことはないよね?蜃気楼ってあんなにはっきり見えるものなの?」

≪ここの物理原理だったらよく見えるだろうね。地球の蜃気楼と違って遠くのものはより大きく、近くのものは小さく見える方式があるんだよ。だから見えてるものの大きさがかわらないでしょ。≫


 ヴィクトルの言う通り、あれから何時間も走っているというのに目標物の大きさが変化しないのだ。蜃気楼を通して見えているので近づくほど小さくなるため大きさは変異せず、現在見えている城壁が蜃気楼ではなくなった時に再び近づくに比例して大きく見えてくる。対象物の見え方が変わらないということはまだまだ距離がありそうだ。

 身代わりになった友人を救う為に走った男の話を思い浮かべながらヨウは夢の都へと想いを馳せながら走った。

 三日三晩とは言わないがそれに近しい時間を走り続けてようやく城壁へとたどり着いたヨウは再びロッククライミングのように石造りの壁を登っていた。


「何で入り口が見つからないのさ。」

≪見つからないんじゃなくて遠いんだよ。パイロープ帝国の城壁は全長1万2千キロメートルはあるからね。5つしかない城門まで行くよりは80メートルの壁を登った方が早いでしょ。≫

「万里の長城より短いじゃん。」


 時間をかけながらもなんとか登り切ったヨウは城壁の上から街を見渡す。

 水路には船が、陸には路面電車が空にはモノレールが走っている。

 ここが火の都と呼ばれた軍事国家パイロープ帝国だ。いたるところに金糸で6枚羽の火の鳥が描かれた赤い国旗が飾られていた。


「でかすぎて全形が見えないんだけど。山の上で見たのは幻?」

≪標高2千メートルから見た蜃気楼だからこそ全形がみれたんだよ。直径4千キロメートルある都市なんだから宇宙からじゃないと全貌なんて見れるわけないじゃん。≫


 蜃気楼だったとしても地球の物理法則であれば全貌が見えることはない。地球の蜃気楼の原理も理解していないヨウがR-0009で起こる蜃気楼の異常さに気づくことはない。

 そもそも蜃気楼で遠くの国がの全景がくっきりと見えることがおかしいのだ。


「直径4千キロメートルとか規模がデカすぎて理解できないって。」

≪地球のオーストラリアがすっぽり入る大きさって言えばわかりまちゅか?≫

「広すぎでしょ。国内でも時差あるじゃん。」


 規模の大きさに眩暈を起こしながら城壁から飛び降りると行き交う人に紛れて歩く。高度4千メートルから紐無しバンジーを体験しただけあり、80メートルくらいなら躊躇なく飛び降りれるようになったことが少しだけ悲しい。

 ミコノスを思わせるような綺麗な街並みで、張り巡らされた水路の水は炭酸水のように泡沫が弾けている。そして温泉のように湯気が上がっていた。


「軍事国家っていうのに温泉リゾート地みたい。温泉卵とか饅頭みたいなの売ってるし。」


 行きかう人々も軍人のように屈強な男性ばかりではなく細身の男性や綺麗な女性など軍事とは縁のなさそうな人も多い。


≪砂漠のど真ん中だし、訓練場は地下や建物の中じゃない。それか城壁外の辺境の地にあるか。≫


 例のごとくヨウの髪に留まった雪の結晶の姿のヴィクトルはヨウにだけ聞こえる声で答えた。


「1000年近くもR-0009にいるのに知らないの?」

≪基本的には文明が崩壊する前しか知らないよ。800年間海底2万マイルにいたんだから。≫

「騙されないからね。海底が2万マイルもあったら星割れるでしょーが。」


 R-0009が地球より1.5倍ほど大きいとはいっても最も深いところでは20キロメートルもないだろう。2万マイルはメートル法に換算すると約3.2万キロメートル。惑星の直径より深い海底があるはずがない。それ以前に有名小説の2万マイルの単位は海底の深さではなく移動距離である。


≪阿呆そうなのに計算できるんだ。今度から気兼ねなく馬鹿って言えるよ。≫

「どうゆう意味?」

≪本当の馬鹿には面と向かって馬鹿って言えないでしょ?≫


 確かに仲間内で頭に来た時やふざけて馬鹿というときはあるが、本当に愚かな人間には冗談でも本人に直接馬鹿と言いう言葉を使うことは出来ない。


「ちょっと待って、私のことシャレにならない馬鹿って思ってったって事?」

≪あ、屋台がある。美味しそうだね。≫

「おいコラ。」


 それからも静かに言い合いしながらヨウは数日間歩いた。

 山の上で前景を見ていたので目的地までは直ぐだと錯覚するが、円状都市の半径は2千キロメートル程あるのだ。そして歩く街中は直線で進めず、街中の方が移動に時間がかかる。中心部へ行くほど熱気が強くなり、人気もなくなっていた。


≪この先で間違いなさそうだね。煉獄みたいな場所なんて暑苦しいウィリアムらしいな。≫


 絶えず噴き出す熱湯が降り注ぐエリアを抜けるとそこは炎の海だった。

 燃えている石造りの建物を見て、ヴィクトルは心底嫌そうに溜息を吐きながらヨウの髪から離れて中に入っていく。

 因みに煉獄とは天国と地獄の間に位置する生前の罪を償う為の世界である。煉獄に入った者は炎に焼かれ苦しむとされているが、地獄のように違い永遠の苦しみではなく罪を浄化するための炎だという。

 炎が浄化するというのはスピリチュアル的な表現であり実際は燃えて炭か灰になるだけだ。


「こんな中で平気な自分が嫌になるよ、なんか服も燃えないし。」

≪体は人外になってるからいいとして服が燃えないなんてご都合主義だね。あ、また一つヨウの好きな王道とやらに巡り合えたじゃないか。犬みたいに飛び跳ねながら喜びなよ。≫

「そんな王道嬉しくないし。」


 ヨウは舌打ちしてヴィクトルをにらんだ。

 余談であるがヨウの服が燃えないのは調律師の技術班が作り出した耐熱服と防弾・防刃チョッキ並みの頑丈さを誇る特殊な素材だからだ。戦闘要員は任務時にこの特殊な服を使用している者が多い。

 ヨウがボロボロの状態でアーシーに保護されたとき、女の子の服が破損しては大変だと気を利かせてウメが用意した着替えだが着ている本人が気づくことは永遠に来ないだろう。

◆パイロープ帝国…軍事国家。三つの環状水路に囲まれた円状型の都市。水路は温度の高い炭酸水が流れている。高さ80メートル全長1万2千キロメートルの城壁に囲まれていおり直径4千キロメートルある。

◆調律師の戦闘服…技術班が作り出した耐熱服と防弾・防刃チョッキ並みの頑丈さを誇る特殊な素材で縫製した服。素材の関係で丸いフォルムでシンプルなデザインが多く、使用時と使用者は限られている。


アトランティスが海に沈んだんじゃなくて砂漠にあったって説が好きすぎます。

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