荒廃
「何あれ?」
赤褐色から黄色へと色を変えた砂丘を歩いていると、巨大な機械のような人工物が目に入った。よく見ると朽ちた建築物のようなモノも砂に埋まっている。石像だろうか、人の手のようなものまであった。
≪腐食や倒壊は進んでいるけど800年で完全に風化しないなんて人類の負の遺産だね。あれは破壊神が落とした人工衛星の一部だよ。この辺には大きめの都市があったはずだから一瞬で焼け野原になったと思うよ。≫
墜落地は蒸発し、狭くない範囲が衝撃波で細切れになり、運よく逃れても数秒後の熱放射で焼け果てた。たった十数秒間の間に起きた消滅だ。
ヴィクトルの悲惨な返答にヨウは耳をふさぎたくなる。
≪人工衛星の墜落なんて序の口だよ。その後に続いた災禍のほうが身震いするような絶望的惨禍だろうし、生き延びた後も文明は失われて生活水準は原始並みに落ちた野生生活が数年は続いたと思うから最初の一撃で絶命した方が楽だったろうね。≫
「もういい、もうやめて。」
命からがら生き延びても住居はおろか食糧すらまともにない絶望。耐えられず自ら命を絶ったものも多かっただろう。滅亡的な話は背筋に悪寒が走るので聞くに堪えない。
≪破壊の全てが悪い事じゃないよ。宗教的観念の中には宇宙は生成と消滅を繰り返して成り立っているという説もあるからね。≫
様々な宗教や伝承の中には高確率で破壊の神が存在する。どれも消滅を経て清らかな無から新たな創造が始まる為、破壊と創造は表裏一体の存在なのだと説くのだ。
「いやいやないないない。」
≪神様だって堕落したものを焼いたりなんだりで真っ白に消し去るじゃん。君も納得のいかない結果になったゲームデータ消去して最初からやり直す事あるでしょ?それと一緒だよ。≫
「一緒にしないでよ。」
≪根本的には一緒だよ。知能の低い君にも分かりやすくかみ砕いて説明しているのの理解しないなんて先が思いやられるよ。≫
「なんだとっ、このクソジジィ。」
片方は烈火の如く怒りながら、片方は冷たく呆れ果てながら言い合いをしていると雷鳴が轟いた。
「びっくりした、晴天の霹靂?」
空には灼熱の太陽が燃え盛るのみで雲の一つもない。
雲の中で氷の粒がぶつかり合うことで静電気が発生し、溜めきれなくなった電気を放出する現象が雷だ。果たして気温は高いが湿度は低く、雲がない現在の気象状況で発生するだろうか。
理科の授業を思い返したところでヨウは考えを霧散する。地球の物理学とことなるR-0009のことだ、晴天に雷がなっても砂漠に雪が降ってもおかしくないと深く考えることをやめた。
≪おかしいな。≫
ヴィクトルが呟いたところで再び大きな雷鳴が轟いて目の前が真っ白になる。反射的に目を固く閉じ、数秒後に目を開けると、朽ちた瓦礫が黒焦げていた。どうやら直ぐ目の前に落ちたらしい。ヨウより背の高かった瓦礫が避雷針になったようでよかったが何もない砂漠の真ん中であればヨウに落ちていただろう。
「ヴィクトル、これってR-0009では普通のことなんでしょ、そうだよね、そうだと言って。」
≪雲一つない空に雷が発生するなんておかしいと思えないの?≫
「おかしいことがR-0009では常識だって覆ってきたじゃん。」
ヨウは精いっぱい言い返すが、そうしている間にも雷鳴は続く。ヨウは頭を抱えてへたり込むが、雷の嵐となって続いた。
≪すごい、雷が雨みたいに落ちてる。≫
「冷静に分析してないでなんとかしてよっ。」
≪これが自然現象でも人工現象でもどうやってなんとかするのさ。≫
とてつもなく長く感じた数十秒間の雷の嵐が止むとヨウは走り出した。ここに留まり再び落雷の嵐がきたら溜まったものではない。
「どっちに行けばいいのっ。」
≪取りあえず20度くらい右に真っすぐだよ。≫
「20度ってどのくらいよっ。」
≪太陽に向かってレッツゴー。≫
「太陽はR-0009にないんでしょっ。しかも太陽っぽいのは真上じゃん。」
≪会話を楽しむ余裕もないなんて妄想大好き自称文学少女が聞いてあきれるよ。仕方ないから俺が前に出てあげよう。≫
グッピーどころか金魚すら即死する温度差が生じる会話を繰り広げながらヴィクトルの先導で走るヨウ。背後では再び雷鳴が鳴り響きゾッとする。しかし難を逃れたヨウの安堵は数秒として持たなかった。
「うっぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ」
ドッキリ番組のダイナマイトドッキリ仕掛けのように炎を伴った爆発が連続で襲い掛かり、火の粉が舞う中ヨウは決死の形相で走り抜けた。これがドッキリ番組であれば良い構図が撮れただろう。
「なんなのさこれはっ。」
≪本日の天気は晴天、所によって雷時々爆破だね。≫
「呑気にリポートするなっ。」
慌てふためくヨウと対照的に冷静なヴィクトルが呑気でいられたのはここまでであった。先程の雷や爆破は可愛いもので、鎌鼬のように切り裂く風や突風、ウォーターカッターのように高圧の水が飛んできたり、空間が歪むほどの引力が発生したりととんでもない場所だった。
引力に捕まったヨウの片足を風が切り落とした時点でヴィクトルは体の主導権を奪い、同じ身体とは信じられない身のこなしで駆け抜けた。
≪なんなのここ、なんなのここ、なんなのここぉぉ!ってゆーかなんで私の体でくるくる連続でバク転できるの!?凄いずるい!≫
「人体の構造は一緒なんだから五体満足の健康体で最低限の筋力があれば出来るに決まってるでしょ。出来ないのは持ち主がポンコツだからだよ。」
≪ポンコツでもなんでもいいから早く走ってっ。≫
目の前に迫る水の塊にヨウの思念は全力で叫ぶ。頭の中の声をうるさいとイラつきつつヴィクトルはロンダートからバク宙して体を捻って避けた。
≪やべぇっ、私かっけー。なんでヴィクトルだけ出来るのさ、ずるいずるい。≫
「馬鹿と鋏は使いよう。」
≪くたばれクソジジィっ。≫
ヨウの声を煩わしく思いつつ、ヴィクトルは目的地に向かって異常現象をアクロバティックな動きで避けながら駆ける。走り方のフォームの違いか本来の体の持ち主よりも断然に速い。
瓦礫の埋まる砂漠地帯から人の数倍の背丈を持つサボテンの群生地に辿り着くと漸く落ち着ちつき、ヴィクトルはヨウへと体の主導権を返した。
「なんなの?あの場所……。」
スタントマンも目玉を落とす身のこなしで通り抜けた異常現象地帯。これもα元素の影響だろうか。
≪もしかしたら兵器とかの演習場か魔導隊の訓練場だったのかもね。これから行くパイロープは軍事国家だし。≫
「は?マジで?ってか魔導隊って何。」
≪これから行く国は軍事国家だから十分にありえるよ。≫
「あんな地獄の兵器が実在するって鬼なんだけど。ってか魔導隊って何。」
≪あの程度の兵器なんて可愛いものだよ。800年前は地球レベルの惑星一つ吹き飛ばす兵器あったし。≫
「何その神格めいた兵器、嫌だ怖すぎる。そして魔導隊って何。」
琴線を擽る単語への疑問に答えてもらえず、いやいやとくびを振って歩くヨウの前に高い岩山が現れる。
「あれ登るって言わないよね?」
≪垂直じゃないし2千メートルもないから楽勝でしょ?≫
確かにイエロ連合王国の標高4千メートルのロッククライミングに比べれば標高2千メートル以下の登山などハイキング並みに楽だろう。
イエロ連合王国は酷かった。行きは果てしなく帰りは4千メートルのコードレスバンジーを強要されたのだから。更に異常現象の濃霧は綺麗さっぱり無くなり、見晴らしの良すぎる高所から飛べと言われたのだ。着地100メートル前にヴィクトルが氷の滑り台を作ってくれたおかげで地面に叩きつけられることはなかったがショック死してもおかしくない程の恐怖であった。
数秒で時速数百キロメートルに加速し、30秒の自由落下の後に腰を抜かすことなく歩行できた自身に泣きたくなったことは割愛する。
悲しい思い出を遡っていると山も登っており、ヨウは難なく頂上へと辿り着いた。
「何あれ!何あれ!!何あれ――――――――っ。」
興奮気味に大騒ぎするヨウの目には、アトランティスを想像させる三つの環状水路に囲まれた円状都市が映っていたのだ。白い石造りの建物が規則正しく並んでいる。
「早く行こうっ。」
≪観光に来たんじゃないからね。≫
心躍らせて山を駆け降りるヨウに呆れながらヴィクトルは付いていった。
◆パイロープ帝国…軍事国家。ヨウとヴィクトルの目的地。
◆魔道隊演習場…パイロープ帝国軍の魔道隊と呼ばれる特殊部隊の演習場。天変地異が起こる為、半径50キロメートル以内には誰も近づかない。ヨウとヴィクトルはこのど真ん中を直進した。
ヨウの体は調律師特有のバフがかかっているので使い手によっては120パーセントの身体能力を引き出せる。




