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異世界派遣社員の渇望  作者: よぞら
花の章
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異花

 クラシックエッグベネディクト、ロゼッタ、ポタージュスープとフレッシュなフルーツジュースがテーブルに並んでいる。高級ホテルの朝食のような料理はお洒落な食器に彩りよく盛りつけられていた。

 調律師の出す食事は何故こんなにも煌びやかなのだろうか。料理名を聞いたが長い横文字でヨウには覚える事ができなかった。そして正しい食べ方の作法も皆無である。

 ヨウはライネと向かい合い、食堂にて朝食をとっている。服装もシースルーのベビードール1枚から空想上のお嬢様が着る様なワンピースに変わっていた。

 数十分前までの緊迫した空気が嘘のようだ。

 何故状況が一変しているかというと寝起きのライネが空腹を訴えたからである。すぐ横では小柄で可愛いらしいメイド服の人物が給仕をしてくれていた。箱庭専門の管理調律師である通称ネオと紹介されたが会話は交わしていない。

 トマトのような野菜を咀嚼しながらヨウは視線を上げる。一番左端にあったフォークを適当に使って食べるヨウと違い、並べられたカラトリーを作法に倣って丁寧に使うライネ。顔も仕草も綺麗など不公平感を覚えつつ、素朴な疑問が思い浮かんだ。


「あのさ、ライネさんはなんでお腹が空くの?そもそもなんで寝てたの?」


 付与された能力を全て失っているヨウが腹を減らすことも眠ることも当たり前である。しかしライネは力を失っていない調律師なのだ。当然の疑問点である。


「俺は旧式だから君たちとは理が違うんだよ。ほぼ不老だけど完全な不死じゃない。生命維持には最低限の食事と睡眠は必要だし環境上可能であれば常時人並に食事も睡眠も摂るよ。」

「調律師に旧式なんてあるの?」

「シドが統括になって色々と変わるまではさ、調律師なんて使い捨ての手駒に過ぎなかったんだよ。」


 200年前、シドが統括になる前の調律師は今ほど万能ではなかった。報酬である記憶を持って人生の好きな時間帯に帰還できる特典もない。統率もほとんどとれておらず、レイの与える任務を手探りでこなす個人戦であった。世界情勢も治安も悪く殆どの調律師は戦闘を強いられていたのだ。


「シドがレイの付与能力と転移機能を解明してから今の人外的な身体能力と特典がつくようになったってわけ。そして新式と君みたいな特殊な機能を付随された違式の調律師はシドに管理されて組織的に動くようになったんだよ。異世界派遣社員なんてふざけてるとしか思えないけど。」

「じゃあ、ライネさんは。」

「俺の話はいいよ。」


 そう言ってライネは口元を拭くと頭に乗っていたヤモリを手に乗せる。ずっと気になっていたが聞くことが出来なかった存在だ。水色に白い花模様が付いたヤモリと思われる生物。


「アルドを浄化する供犠の始祖ドロシー。その依代のだよ。俺たちはドールって呼んでる。」

≪初めましてヨウさん。ライネが手荒な真似をして申し訳なく存じます。私から謝罪させてくださいませ。≫


 ヤモリ改めドロシーから発せられたのは高くもなく低くもない聞きやすい女性の声。見た目に反して物腰柔らかで丁寧だ。レイも丁寧で物腰が柔らかいが声が残念である。


≪貴女がアルドに招かれるよう態とライネに騒ぎを起こしてもらいましたの。≫

「騒ぎ?」

「正しくは調律師の選別。協力者を探していたんだよ。非賛同者には退場してもらったけど。」


 補足するライネの口から不穏な単語が出てきて飲みかけていたジュースが気管に入りそうになった。退場とは会場や競技場から出ていくこと。または俳優などが舞台から引き下がることを意味するがこの場合は良からぬ意味が含まれていそうな雰囲気だ。


「退場って?」


 恐る恐る聞いたヨウに口元を吊り上げて意味深に笑うライネ。ここで笑みを出されると不気味だ。


「気にすることはないさ。俺たちは消えたところで運命が元に戻るだけだから。」

「どういう事?」

「ヨウちゃんは何も知らされてないんだね。」


 何を知らされていないのか聞こうとしたとき背後より腕が飛び出て新しいグラスが音を立てて置かれた。中身が揺れて芳醇なフルーツの香りがヨウの鼻を擽る。


「ライネ様、ドール様。知性の乏しいお子様の疑問に付き合っていたらいつまでも本題にはいれません。」

≪ネオちゃん。お言葉が過ぎますわ。≫


 ネオの貶し言葉にヨウが反論する前にドロシーが諌める。先ほどから発言を邪魔されているヨウはあんぐりと口を開けた。


「それじゃ本題。ヨウちゃんはR-0009に転移された経緯も与えられた能力も他の調律師に比べると異質なんだよね。俺達が待っていた唯一無二の調律師。そんなわけで協力してほしい。」

「えええええええ。」


 面倒事が起こりそうなフラグにヨウは嫌な顔をする。ただでさえ攻略難航の任務を与えられていると言うのにこれ以上は御免被りたい。


「そんな顔しなくてもいいよ。こっちに協力してくれれば君の任務も達成されるからね。」

「うへあぁぁ。」


 感情が声に出たヨウをライネが笑った。笑うライネの手から降りたドロシーがテーブルを爬行してヨウの前に来る。


≪ヨウさん。ヴィクトルを助けてくださいませ。≫

「びくとる?」

破壊神(アポック)を封じた始祖、通称ヴィーって言えばわかる?」


 ドロシーの頼みとライネの補足にヨウはフォークを落とした。アルド公国での捜索は無駄足かと諦めかけていたヴィーの名がでてくるなど思いもよらなかったのだ。


「ドロシーさんはヴィーの居場所を知ってるの?」

≪ええ。でも今はお伝えできませんわ。≫


 これは済し崩しに協力させられる流れだとヨウは項垂れながらフォークを拾い、朝食を再開しつつドロシーの話に耳を傾けた。


≪ヴィクトルは破壊神(アポック)に接触した始祖の唯一の生き残りだからこそ私たちの知りえないα元素の法則をご存じでしたわ。彼の話が真実なら今、私たち始祖が供儀となりα元素を浄化している事は無意味ですの。≫


 言われた言葉にヨウは静止した。理解が追い付かない内にドロシーは話を続ける。


≪彼の話を鵜吞みにするなら供儀となった始祖には浄化能力が存在いたしません。体内に無理矢理α元素を取り込んでいるだけのようです。だからこそα元素が本体を蝕み、身体が異形に歪み数百メートル範囲内に異常が生じていますの。このままでは浄化地帯全域に広がってしまい数百年もしない内に、各地の始祖が起こす異常現象が世界を覆うことになりますわ。≫

「そのこと、レイさんは……。」

≪レイさん?レイモンドの事ですわね。彼には伝えておりませんの。≫


 ヨウがレイの名を出すとドロシーの雰囲気が険しくなった。ヨウの前からライネのもとへ戻っていく。始祖同士でもいろいろあるのだろう。


≪ただ、私たちが供犠とならなければR-0009の人々が生存できなかったことは事実。そして今の状況を打開するためには破壊神(アポック)を探すしか方法はございませんわ。≫


 何かに堪えるように声が震えだしたドロシーを肩に乗せると、ライネが話の続きを引き継いだ。


破壊神(アポック)の大きすぎる力と溢れ出した力が世界を覆いR-0009に多大な影響を与えている。本体である破壊神(アポック)と全世界のα元素を利用してR-0009を真面な状態に戻すことは理論上のみ可能なんだよ。」

「……理論上のみ?」

「α元素によって変異した生物は今の代で息絶え、血の海も灰の空も死の大地も元に戻る。α元素を失う事によって命尽き果てる生物も多いかもね。でも犠牲もなく元に戻すことなど今更出来ない。浄化地帯が異常気象に飲まれればR-0009 で浄化地帯の生物が生き残ることは無理じゃないかな。まぁ最終的に異常気象は浄化地帯どころか世界を飲みこむだろうからα元素変異種どころか世界がどうなるかわからないけどね。つまり現状を維持して緩やかに崩壊を待つか、犠牲覚悟で全ての異物を完全排除するか。俺たちの選択肢は二択しかない。」

「ねぇ、まって。理論上のみって何?」


 ヨウの疑問を無視して話を進めるライネを制止する。理論上のみ可能など不可能と断言しているような聞き逃すことが出来ない単語だ。


「世界をまともに戻すには莫大なエネルギーが必要なんだよ。破壊神(アポック)自身の力と世界に散らばる全てのα元素を根こそぎ使う必要があるんだけど、全てのα元素を使えるような化け物通り越した化け物がいないから理論上から発展しないんだ。」


 化け物を通り越した化け物とはどんな化け物だろうか。想像が追い付かない。


破壊神(アポック)本人は?」

「ヴィクトルの話だとアレに意志はないらしいよ。実現可能な空想を具現化するα元素を創りだす製造機みたいな存在と言うのが一番近いかな?」

「じゃあ誰が800年前の災厄を起こしたの?」

「オリガだよ。地球では信仰深かったオリガの破滅の空想が具現化したんだ。まぁ世界を壊す為に彼女が破壊神(アポック)を転移したんだからオリガがα元素を使いこなすなんて当たり前な話だけど。」


 しかし、オリガは既に存在しない。頭を落とされた毒虫が暴れまわっている状態なのだ。


「とどのつまり行き詰まりってこと?」

「ヨウちゃんが転移して来るまではね。」


 R-0009に転移された経緯も与えられた能力も他の調律師に比べると異質だとライネに言われた言葉がヨウの脳裏を過る。


「……私は化け物を通り越した化け物って事?」

「自信のあることは良いことだけど過大評価はいただけないな。」


 意味深に話を振っておいて貶さないでほしいとヨウは唇を尖らせた。


「ヴィクトルがヨウちゃんをご指名なんだよ。君じゃなきゃダメなんだってさ。」

≪ですからヨウちゃんにはヴィクトルをちょっと寄り道しながら破壊神(アポック)のところへ連れて行ってほしいの。もう彼は一人じゃ動くこともできないから。≫

「始祖は不死で凄い力もってるんじゃないの?」

≪ヴィクトルには、もう殆どの力が残っておりませんわ。800年もの間、1人で破壊神(アポック)を抑え込んでおりましたから。そして慕う人を助けるために全てを掛けたから。よくもった方ですわ。≫


 ドロシーに聞かされたヴィーの身の上に溜息がでる。


「そんな事、言われても困る。私には無理。」

「君って血も涙もないの?」

「身を守るもんどころが身ぐるみまで剥されて拉致されてんだから好意も共感もあるもんか。私にストックホルム症候群とか期待しないで。」


 ヨウの意見は正しい。しかし、今まで穏やかに話していたライネから表情が消えた。立ち上がると間のテーブルを弾き飛ばしてヨウとの距離を詰め右手を顎に、左手を腰に当てて目を合わせた。


「快く協力してくれないなら実力行使しか選択肢ないよ?」


 ヨウは顔を青くさせて硬直する。恋人同士が戯れるような体制だが顎に置かれていた右手は何時の間にか細い首を掴んでいた。


「ずるい。」

「流れに逆らう能力なんてないんだから悪あがきせずに身を委ねればいいんだよ。水中を漂うクラゲちゃんみたいにね。」


 付与の消えている今のヨウに抵抗する術はない。たとえ万全だったとしても特殊能力が使えないのだから勝機は皆無だろう。


「ライネ様。」


 注意を促すようなネオの呟きに、ライネはヨウから手を離した。頭の上のドロシーをネオに渡した次の瞬間、観音開きの大きな扉が勢いよく乱暴に開けられた。

 重厚な扉の片方は二つに割れ、片方は蝶番が外れて部屋の隅にまで弾き飛ばされている。

 壊された扉の前に立っていたのはベリーショートで赤メッシュの入った黒髪をした背が高く見とれるほどの美女。しかし、形のいい眉は不機嫌に吊り上げられ、眉間には深く三本の皺が刻まれている。


「相変わらず乱暴だね、ゴリカちゃん。」


 ピクリと眉毛を揺らしたその人は怒気を撒き散らしながら大股で近づいて来たかと思うとライネの胸倉を掴み、力いっぱい殴り飛ばした。

 そして腕をブンブン振りながら、つんと顎を上げて言葉を発する。


「その仇名で呼ぶな、裏切り者っ。」

◆ヤモリ改めドロシー…アルドを浄化する供犠の始祖。ヤモリは依代。

◆ゴリカちゃん…ベリーショートの赤メッシュの入った黒髪で背が高く見とれるほどの美女。

◆旧式の調律師…不老だが不死ではない。エネルギー摂取や睡眠が必要。特別報酬もない。


次回、ゴリカちゃんが大暴れ!

良い子は人の嫌がる仇名を付けちゃダメだよ。

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