雪花
ある日の学校帰り、足元へオレンジ色に発光する魔法陣が浮かび上がり中世ヨーロッパのような雰囲気の異世界へ転移した。
人類を脅かす魔王勢力に対抗するために、王国の魔術師が神の使いを召喚して選ばれたのが自分だったというわけだ。
元々は異世界へ神子として生まれるはずだったが神の手違いで地球へ生まれたため、転移の過程で平凡な姿から元の美しい姿へ戻った。そして元から備わっていたかのように魔法の知識があふれている。
「私、魔王を倒します。」
声高らかに宣言し王子と騎士団長、魔術師を連れて魔王討伐の旅にでるのだった。襲い来る魔王の手先を夢で先読みする能力で撥ねつけ、除外し仲間たちと親交を深め冒険を進める。
そんな楽しい夢を見ていたヨウは息苦しさを感じ微睡から覚醒する。
身動きが取れなず寝返りさえ打てなかった。上からの重圧に肺が圧迫されて虚ながらに目を開ければ同時に酷い頭痛が襲う。脱力し、ベッドに沈み込むと何か違和感があった。
誰かが自分の身体を抱きしめているような違和感に視線を向けると背後から腕を回して誰が抱きこんでいるのだ。ヨウは恐る恐る振り返って絶句した。
背後にはすやすやと眠るライネと名乗った青年がいたのだ。信仰深い者が見れば神の使いと妄信してしまいそうなほど綺麗な顔と黒い髪が真っ白なシーツによく映えていた。
現実離れした状況と寝起きの鈍った思考回路に数々の疑問が脳裏に浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返している。とりあえず落ち着けとヨウは自分で自分に言い聞かせた。
抱きしめるライネの腕を慎重に外しベッドから脱出を試みるが肝心の身体が思うように動かない。頭痛に加えだるさもあった。風邪でも引いたのだろうか。
ヨウはまず大きく息を吸って気持ちを整える。身体にはまだ酷い倦怠感が残り、全く眠った気がしない。
「あれ?」
ふと気付いた自身の違和感に間抜けな声がこぼれる。寝ぼけているだけかと思ったが直接伝わる肌とシーツの感触は現実のもので寝起きのはっきりといない頭は混乱する。
そっとかけられた布団を捲って中をのぞいた後に、ゆっくりと捲った布団を元に戻した。
「……なにこれ、夢?」
夢に現実逃避した今のヨウはふしだらな雑誌に乗っている大人の女性が着るようなひらひらとしたシースルーのベビードールを身に着けているだけで何一つまともな服を着ていない。更に言えば寝具から覗くライネの肌にも衣服の気配はなかった。
「え?うえ?うわっ!!?」
突然、布団の中から手が伸びてきてヨウを中へと引きずり込んだ。
「ラ、ライネさん!?」
ヨウが驚いて声を荒げると、ライネは低い声で唸った。
「Ta gueule.」
「たぎょ?」
「Ah, bon….」
「あぼん?」
幾つか日本語ではない単語をつぶやくと大きな欠伸をしながら頭を持ち上げたライネ。半裸の青年相手に顔を赤くしながら慌ててヨウは出来る限り布団の中に体を隠す。怠そうに半身を起こしたライネはヨウの耳に手をかざした。
「これで通じる?」
何をしたのだろう。発光も温度変化もなくただ手をかざしただけだ。それだけで、聞き取れなかったライネの言葉が理解できるようになっている。そんなことよりも、ヨウは今一番の問題点を抗議した。
「私の服は!?なんで私ほぼ裸なの?」
チェストに置かれたメガネをかけてシャツを着ながら顔をしかめるライネに対し、ヨウは茹蛸のように頬を紅潮させていた。
「脱がした。」
更なる困惑の返答をもらいヨウは口を半開きに放心した。思考回路はパニックに陥り、混乱のあまり正常に機能しない。
「な、何で?」
「ずぶ濡れだったし身体が冷えてたからシャワー浴びたんだよ。連れが傷の手当した後に着せたのがソレだったってだけ。」
とどのつまり、ヨウは初対面の異性に服を脱がされ初対面も果たしていない第三者にこのような服を着せられて同衾したという事だ。まだ小さいから平気だと思える程の子供でも、裸を見られたくらい慌てるほどでもないと思える程の大人でもない。中途半端な年齢の14歳のヨウにとっては受け入れ難い事態だ。
せめてもの救いは相手が恵まれた容姿だったことだろう。
ライネが芸能人であればアイドルであろうとモデルであろうと俳優であろうと莫大な人気を誇ったはずだ。カメラの前に立つだけで大金を稼げただろう。活火山のマグマのように羞恥心が止めどなく湧きあがるが嫌悪感は塵ほどもない。
「……せ、セクハラ。」
「うるさいな。汚れた小動物を洗って一緒に寝ただけじゃん。」
一瞬、呼吸の仕方さえ忘れてヨウの頭も体も機能を停止した。扱いが人間ですらない。ライネの言い方だと霊長類にすら分類されていないだろう。
「しょ、小動物ぅ!!?」
「500年近く生きてたら君なんて小動物でしょ。」
出された年月の数字にヨウは絶句した。
500年も人間から逸脱した身体で生活をしていれば、人としての概念など消え失せ性別など関係ないのかもしれない。関係ないかもしれないが納得できるかと言えば別の話だ。
「それでも私は女の子だよっ」
「200年も人間やめて紳士気取ってるシドの方が変態なんだよ。」
なんとか持ち直して激情に任せて反論しようとするも相手は至極冷静で落ち着いている。あまつさえサイドテーブルに置かれたグラスに水を注いで飲みだすという寛ぎっぷりだ。もう、話を変えてしまおうとヨウは現状の打破を諦めた。
「ここ、どこ?」
「一応、俺の家。気絶した君をわざわざ運んできました。」
溜息交じりで綴られるが意識放棄する原因を作ったのはライネなのだからヨウは悪くないだろう。
「君、見た目より重くて腕折れるかと思った。」
しみじみ言われ、ヨウの怒りは頂点に達した。ヨウは毛布の中でシーツを剝ぎ取って体に巻巻くとベッドから飛び出て距離をとる。
「うっさい、私をどうする気?」
1人で騒ぐヨウにイラついたライネはグラスを落とす。静かな部屋で陶器の割れる耳障りな音が響き渡った。
そしてライネを中心に部屋が音を立てて部屋が凍りつく。空気までも凍てつきダイアモンドダストが窓から差し込む光で輝いた。
グラスの破片を踏みながら、ライネは一歩、また一歩とヨウに近付く。彼の纏う空気が怖くて下がろうとするが瞬時に手を掴まれ、顔を近づけられる。
「さっきからうるさいよ?」
息の掛かる距離で眼鏡の奥で琥珀色の瞳が光る。低い声に怯える。張り付いた笑顔が怖い。
無意識なのか故意なのか、掴まれたままの手首を絞められる。
「放して。」
蚊の鳴くような声で哀願され、ライネは視線を掴んだ手首のほうへ向けた。力を緩めると細い手首には赤く痣が出来てしまっている。
「普通の強度の人と接するのは久しぶりでさ、ごめんね?」
悪びれた様子もなく赤くなった手首に唇を寄せるとライネは離れた。部屋はまだ凍ったままで凍てついた空気が痛い。
赤みを帯びた痛む手首を見てヨウの脳裏に不穏な疑問が過る。超再生能力があるはずなのに痣がいつまでたっても消えないのだ。嫌な予感に冷や汗が流れた。思えば、おかしい事だらけだ。
睡眠を必要としないのに何故寝ていたのか。そして頭痛や怠さなど起こらないはずだ。起きたら通じなくなっていた言葉。感じる痛みと寒さ。即座に消えない傷。
横目で見た窓に映った自身の姿に息が止まる。
「……うそ。」
レイの付与で銀髪に変貌した髪が黒く戻っていたのだ。同様に瞳の色も黒い。
青ざめながら元に戻っている自身の姿を見つめるヨウを見てライネは笑った。
「君の脳幹を氷の銃弾で打ち抜いた。調律師を能力無効にする俺の必殺技だよ。」
芝居がかった台詞で悪役のように告げられた衝撃的な事実にヨウはその場に崩れ落ちた。纏っているのはどす黒い闇のオーラのエフェクトではなく、後光が差すような眩しい笑みと屈託のない笑い声なのだから達が悪い。
「今の君はレイから授かった数々の能力が使えなくなっている状態。命が惜しいならおとなしくしててね、最弱勇者ちゃん。」
さわやかな笑顔と声で綴られた脅し文句に、ヨウはライネが危険な存在だと認識したのだった。
◆ライネ…勤続年数約500年。固有特殊能力『凍』
最弱勇者、迷子からの誘拐で能力も失い、何も偉業を成し遂げる事なくピンチ。




