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異世界派遣社員の渇望  作者: よぞら
花の章
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花客

 一面が淡い桃色に染まり、美しい花が満開を向かえている。一見、心地よい春の様な気候だが浄化地帯であるこの地に季節など存在しない。

 気候や地質に関係なく常に多種多様の花が咲き乱れていた。それが花の都と言われる国、アルド公国の異常現象だった。故に農産と畜産に特化しておりR-0009の人の領域全ての食を支える命綱となっている。

 軍事国家であるパイロープ帝国からの派遣軍による防衛は6ヵ国で一番力が入っており、入国審査も厳しくなっていた。鎖国までとは言わないが商業人以外の出入りは皆無に等しい。

 鎖国的な文化が数百年も続き、同一系種族しか存在しないこの国の人種は漆黒や銀髪などモノトーンな髪色に青や黄色の瞳をしているものが多い。カラフルな髪色と瞳を持つ者もいるが、総人口の2割程度だ。


 アルドの首都、セレサでは多くのシュコウの花が蕾を膨らませていた。もうすぐ花が咲くだろう。今は前座のように梅の様なカランと呼ばれる黄色と白い色の花が咲き香っていた。

 柔らかな日差しの中、昼間の繁華街は人で賑わっている。客と何気ない会話を交わす商人や子連れの女性たち。そんな中、一人の青年が風に長い髪を靡かせて街中を歩いている。

 ゆるく巻いた金髪に湖水を思わせる深緑の双眸。見た目で分かるようにアルドでは珍しい毛色だ。

 人々の目線は当然のように青年に寄せられる。青年は何かを探すように大通りを歩いていた。寄せられる視線の波など気にも留めずに雑踏の中へと消える。

 金髪の青年が大通りからひとつ角を曲がっただけで街の雰囲気はがらりと変わった。

 最新の流行を競う表通りとは別に人通りはなく和風の家屋や蔦の絡まる古びた洋館など時代に取り残されているかのような感じだ。

 きょろきょろと周りを見ながら歩いていた青年が、とある洋館の前で足を止める。蔦の絡まる白い壁、花で飾られた優雅な出窓などこの辺りの建物から見るとかなり立派な館だった。


「見つけた。」


 確信を得たように呟くと青年は戸惑いもせずに館の門をくぐった。

 敷き詰められた絨毯。家具の上に飾られた数々の花。壁には無数の絵が飾られている。まるで地球の明治時代の貴族の屋敷のようだ。

 一室の前で足を止め、部屋の扉を軽くノックして開けるとその部屋には蜂蜜色の猫がいた。


「ウメ君?」


 上質なソファーで昼寝をしている猫に話しかけると猫は目を開いて欠伸をする。


「なんだ。ユキか」

「酷い言い草。」


 ユキと言われた青年はワザとらしく泣き真似をすると猫の隣のソファーに座った。


「酷い。居場所も教えずに人を呼び出して昼寝ごっこなんて随分な御身分だね。探す身にもなってよね。」

「良い散歩になったろ?引き籠り。」


 引き籠りと言われてぐうの音も出ないユキは天を仰ぐ。アルド支部管理調律師の立場を大いに利用して普段は拠点となっている屋敷からは出ない。情報収集を担う実働調律師とのやり取りは通信具で間に合い、外の様子はレイに付与された能力の『天眼通』で見られるのだから文字通り引き籠りなのだ。外に出たのは何日ぶりか何か月ぶりか。


「この姿凄く目立つんだから仕方ないじゃないかっ。」


 幼い女の子が好む童話の王子様のような容姿をユキは嘆いた。本来の姿と懸け離れている為、洗礼整形マジックと罵られた事もある。

 当然、レイに抗議したが合わせ水鏡の間で容姿を変化させていたイケメン姿のシドを僻み中傷したから麗人にしたと返され黙らされたのである。身に覚えがありすぎる愚行のツケだとすれば受け入れるしかない。

 地球で過ごした人生と容姿に劣等感しかない地味で日陰の存在であったユキ。チュートリアルの美しいシドに常識ではありえない異世界の説明をされている最中、理不尽に怒りの矛先を向けたことは少しだけ反省しているが後悔はしていない。


「それで、直接話さないといけないほどの情報ってなにかな?」

「オーブリオリースの様子が変だ。そんで管理と依代護衛以外の調律師がいねぇ。護衛と監視で5人はいたはずだ。」


 依代とは供儀となった始祖の転移者が自由に動くための身体だ。レイの知識と能力だけでは足りない事象を補う為に、依代となる動物などに供儀の始祖の思念を移し対話を可能としている。そのため、依代には専属護衛の他に護衛が複数付いている筈なのだが一人もいないとなると一大事だ。ただでさえ、数日間に何人か消息を絶っているというのに。


「もうアルド支部で前線に出れる実働調律師は俺しかいねぇな。」

「困ったねぇ。支援専門の実働を前線に出すわけにいかないし、俺も動くしかないかなぁ。唯でさえお姫様が来るってのに。」

「面倒臭ぇ。応援要請はしたのか?」

「……したよ。」


 意味深に間の空いた返答をしたユキにウメは目を細める。応援要請をすれば統括は誰かしら手の空いているものを派遣するだろう。開いてなくとも余裕のある支部から引き抜くはずだ。ユキが言葉を濁す理由はただ一つ、派遣される人種に難ありなのだ。


「……まさかのまさかか?」

「他に手が空いてないってさ。」


 名前を出さなくとも顔面が歪む存在に、ユキとウメは長い溜息を吐いて項垂れた。

 二人の脳内は、シドへの報告と相談。新規護衛の配置、依代と消えた調律師の安否確認、オーブリオリースの情報収集などこれからやらなくてはならない事でグルグルと思考を巡らせて現実逃避をするのだった。


「シド統括から全調律師に協力要請でているんだけど来賓の接客とトラブル改善のどっちを優先させるべきかな?」

「分担しよう。俺がトラブル改善のための情報収集。ユキは依怙贔屓の接客だ」


 そう言ってウメはソファーから飛び降りると窓から身を乗り出して部屋から出て行った。


「え?ずるくない。明らかに僕に面倒な方押し付けたよね?」


 このまま贅沢なソファーでアフタヌーンティーして優雅なひと時を過ごしたいと頭の片隅に思った事は罪ではないだろう。





。+・゜・❆.。.*・゜hunger゜・*.。.❆・゜・+。





「冒険じゃないよね。観光だよね、これ。」


 アルドに着いたヨウは和風カフェの様な喫茶店で和菓子の様なものを食べていた。悔しいかなとても美味である。

 エルフもいない、ドラゴンもいない、レベルアップもない、スキルボードもない。ファンタジー要素はあるが、異世界を夢見る少女にとっては面白みのないつまらない異世界トリップだ。復興支援が地球人な為、街並み、服装、料理まで見覚えのあるものばかり。更に類義語に自動翻訳する能力のおかげで耳に入る言葉までも聞きなれた単語なのだ。


「挙句の果てにキャッシュレスって。」


 金貨銀貨銅貨鉄貨が常識なはずが通貨は立方体の小さな石にインストールされたお財布機能による国際連合共通通貨のキャッシュレス。さらにサイコロくらいの大きさの石には通話や映像記録、ナビゲートなど様々な機能が搭載され、まるでガラパゴス携帯電話のようなスペックの高さだ。そんな高機能の半透明の石にはさぞかしクールな名詞があるかと思えばティスクとあまりそそられない名前である。正式名称はTisa-Cであるが語源も意味も解らない。

 通貨が『モス』という事も含め、R-0009の人はシドのネーミングセンスに匹敵する残念なネーミングセンスらしい。

 残念だ。非常に残念だ。


「君が最弱勇者のヨウちゃんかな。」


 ブツブツと文句を言いながらお菓子を堪能するヨウの頭上から失礼極まりない声がかかった。


「最弱勇者?」


 振り返ると某歌劇団の男役で出てきそうな見た目の青年が立っていた。事前に資料で見たアルドの管理調律師の通称ユキだ。


「チル統括補佐がそう言ってたよ。それ以前に調律師の情報は公開されているからね。君ちょっとだけ有名だよ。」

「チルさん酷いっ。」

「初めましてヨウちゃん。知ってると思うけど俺は管理調律師の通称ユキ。ここにいる間の衣食住は僕が保証するから安心してね。」


 差し出された握手に応じようと手を出すがヒメが突き出した杖に遮られた。


「気安く触るな。」

「え?ヒメちゃん固い。握手ぐらいいいじゃん。」

「貴様の様な軽率な男は信用できん。本名くらい名乗ったらどうだ?」


 まるで溺愛する孫娘を軟派男から守る祖父の様だ。同僚の差し出す握手すら拒むなど過剰防衛ではないだろうか。


「仲良しごっこする為の自己紹介じゃないんだから役職と通称だけで十分でしょ?」


 苦笑を浮かべながらユキはヨウの向かいに座った。すると腕に付けたティスクを操作する。


「今、君の為に用意したセーフティハウスの情報を送ったから拠点にするなりなんなり好きに使っていいよ。本当はアルドの中心街とか案内してあげたいんだけどトラブルで取り込んでてね。チル統括補佐から聞いていると思うけど、今アルドの調律師はかなり混乱しているんだ。」


 アルドで諜報活動を行っていた調律師が数日前から消息を絶っている。箱庭の管理調律師と依代の専属護衛の安否は確認できるが一定の距離以上近づくことが出来ずにいる。もちろんティスクによる通信も不通であり、完全に連絡手段が途絶えているのだ。


「更にさ調律師が入れていた筈の箱庭の中心部に入れないんだよね。そんな不可解な所には少なくとも始祖が関わっているはずだからヴィーじゃないかなぁってチル統括補佐は推測していたんだけど、護衛補佐と監視が消息を絶って依代専属護衛と箱庭の管理調律師だけ無事。そして接触できないとなるとヴィーじゃなくて絢爛の箱庭の浄化の始祖が関わっているんじゃないかって思ってきたんだよね。」

「え?ヴィーいないの?」


 まさかの事態にヨウは表情を歪めた。7日もかけて来たというのに辿り着いた早々に無駄足の可能性が浮上したのだ。始祖違いもよいところだ。ここにヴィーがいないとなると捜索は白紙に戻る。先にアポカリプスがいるかも知りれない国へ行くべきだろうか。


「やだ。雨降ってきた。」


 他の女性客のその言葉に複数人が窓をみた。硝子は水滴で水玉模様になり外の景色がゆがんで見える。

 静かに音も無く雨が降っていた。

◆ユキ…管理調律師。洗礼整形と言われている引き籠り。

◆ウメ…実働調律師。蜂蜜色の猫。

◆最弱勇者…調律師達が使うヨウの呼び名。

◆セレサ…アルドの首都。

◆依代…供儀となった始祖の転移者が自由に動くための身体。

◆ティスク…通話や映像記録、キャッシュやナビゲートなど様々な機能が搭載されたさいころくらいの大きさの石。

◆モス…世界共通の通貨。

◆絢爛の箱庭…植物が異常成長するアルドの中心部。蔓延る蔦や根で建物が崩され人が住めなくなった。


旅先では予定外のトラブルが付き物。

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