義勇兵となれ
女騎士はエリスと名乗った。彼女は難民の中から志願兵たる者を募った。
「では諸君らはついてきたまえ」彼女はそう言い、森の中を北に向かい、崩れた遺跡にたどり着いた。
遺跡の天井は崩れ、本来石畳であろう屋内の床には千年にも渡って降り積もった落ち葉の腐葉土で埋まり、植物が一面に生えていた。
彼らは遺跡の階段を降りた。遺跡の地下には既に八人ほどの人間がいた。彼ら騎士でないし避難民でもない。おそらく義勇兵だろう。部屋の隅には百歳を越えているとしか思えない、年の知れない異様な風体の男もいた。
志願兵達は部屋の真ん中に集められた。
「まず諸君らに礼を言いたい。諸君らの命を国家にささげてくれることに、まず感謝を」エリスは軽く会釈をして、続けた。「さて薄々気づいていると思うが、今この場に集められているのは一人の兵士もいなければ大人すらいない。このことを奇妙に感じている者もいるだろう。まずこのことを説明したい……」
エリスは息をついで、続けた。
「今から二十年前のことだ。一人の国家魔道士、名をスタウダマイアーと言うが、彼が法の禁忌を破り人体錬成を行った。人体錬成は、当時は失敗したと判断されたのだが、今ではほとんど成功の寸前だったのだと考えられている。
その直後に”アスタロト”が彼に接触してきた。アスタロトとは魔王ソロモンが呼び出した七十二の大悪魔のうちの一人だ。この悪魔はスタウダマイアーの他にもいくつかの魔法使いに接触し、それらを配下に降らせた。そして彼らはアナトマ山脈を越えて、北方の地ローデシアへと旅立っていったのだ。
アスタロトの目的はソロモン王の復活だ。そして彼の復活には”肉”が必要なのだ。
”肉”とはなにか。それは文字通りソロモンの肉体のことだ。彼の肉体を受け継ぐ、子孫たちのことだ。
伝承では、ソロモンはクシャンドリア王国の末裔だということだ。クシャンドリアとはおよそ三千年前にこの地を支配していた古代の王国のことだ。
今、ソロモンの復活を目論む悪魔たちがこの地ロードランに侵入し、子供たちを攫っている。子供を狙う理由は、人体錬成の触媒としては子供だけが有用だからだ。
そしてこの人攫いに協力している裏切り者がいる。彼らは二十年前にアスタロトの接触を受けた者たちだ。
だから二十年前に生を受けていない君たちの力が必要だ。特に、アスタロトの影響下にある者とも一切接触のない人間が。辺境の民である君たちはこの条件を満たしている。この任務には絶対的な潔白が求められる。
君たちを”特命”として義勇兵団に迎えたい。
君たちには国王から”毒手”を経て直接命令が下される。その命令に拒否権はない。
この任務には特段の危険が伴う。そして人に知られず名誉もない。この王命を受ける者のみここに残れ……」
エリスは話を終え口を閉じた。
一人もその場を去る者はいなかった。
「いま君たちは特命に任ぜられた。では今から義勇兵の誓いを立よう。さすれば君たちは魔法の力を授かるだろう。魔法が使えないものには扉が開かれる。魔法が使えるものには、より大きな力が与えられるだろう。
誓いは簡単だ。”義に殉じ勇猛果敢たれ。弱気を助け悪を挫け”。簡単だろ?破れば誓約が君たちの腕を切り落とす」
エルサは自分の右腕をめくり見せた。そこには黒い入れ墨の様な線が一本、腕をぐるりと一周していた。
「もう一度聞くが、今の話を聞いて、命を賭し王命に準ずる者のみ残れ」
だれひとりとして動くものはいなかった。みな顔を上げ、断固たる決意を漲らせてそこに立っていた。
エルサが机の上の蝋燭に手を掲げた。皆それに習い腕を伸ばし重ねた。
エルサが呪文を唱えた。
「juäna hekegnönima condrizza isu urünasü ois…」
その時、突然の衝撃と閃光がアイルの視界を真っ白に焼いた。
体を辛く閃光があらゆる筋肉と内蔵とを貫き、全身が背後に吹き飛んだのかと錯覚した。
直後に見た、体から立ち昇る魔力の衝撃。全身が感覚を取り戻すにつれて、体中にエネルギーが漲り同時に鋭敏な感覚まで研ぎ澄まされていく。
体が軽い。
あたかも宙に浮遊しているようだ!
エリスが大声で言った。
「今の諸君は言わば初めて夢精した赤子のようなものだ!そのほとばしる力はいまだかつて外部に出ることのなかった魔力、すなわちエーテルが体中から噴出しているのだ。
君たちの体は今はじめて魔力に充溢している。
体が軽いだろう。足が地面につかないほどじゃないか?
いまこの瞬間の君たちは並の義勇兵たちよりも強い。
さあいくぞ!!川を塞ぐあの帆船のゴブリン共を皆殺しにするのだ!」




