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白髪の魔法使い

読んでいただきありがとうございます。

 目覚めると、知らない()()だった。


(えっ!? 此処、どこ?)


 慌てて起き上がろうとして、走る激痛に思わず歯を食いしばる。なんとか首だけを動かして周囲を観察すると、知らない部屋だった。フェリシアの寝かされているらしいベッドと小さなチェストの他に物は無く、ひどく殺風景な部屋だ。

 無駄な物が何もない様は、一度だけにネイサン院長の手伝いで訪れた、町の医院を思い出させる。


 考えるまでもなく、此処はあの赤い森ではない。


 必死に記憶を辿っても、最後の記憶はあの奇妙な生き物に襲いかかられ返り討ちにしたところまでだ。あの後自分は沢に倒れ込んで眠るように気を失った……気がする。

 それがどうしてこの場所に……?

 もしかして此処は夢の中で、本当は未だにあの森の中にいるのだろうか。

 

 それにしては、寝かされたベッドの柔らかさや、相変わらず走る身体中の痛みは現実味を帯びている。


 考えこんでいると、視界の端――ちょうど自分の頭の左横、ベッドの空いたスペースに薄いグレーのふわふわした塊が目に入る。


(何、これ……? 毛玉?)


 いつから其処にあったのだろう。さっき見た時は、ベッドの周りには何も無かった気がした。

 好奇心を抑えきれずに、痛む左手を動かし毛玉にそっと触れてみる。


(なんだか温かいような……。)


「わっ、動いた!?」


 毛玉だと思っていたそれは、ぴょんっとベッドの上で跳ねたかと思うとくるっと半回転し、フェリシアに顔を向けた。

 

「ウサギ……?」


 毛に覆われた長い耳に円な二対の瞳。身体全体をふわふわの長い毛に覆われているそれは、一見ウサギのようだが、フェリシアの知っているウサギとは何かが違っているように見える。

 かなりの至近距離にいるにも関わらず、そのウサギのような生き物は大人しく座ったままで、フェリシアから逃げる素振りは無い。


「……キミは、この家の子?」

「ナァァァ」


 思わず話しかけたフェリシアに答えるよう、ウサギのような生き物が鳴くのと、ノック無しに扉が開くのは同時だった。


「よぉ、起きたか」


 視線だけ動かし声の主を辿ると、フェリシアの正面に位置する扉から、白髪の少年が室内に入ってくるところだった。戸惑いに声を出せないフェリシアの様子に構わず、ずんずん近づいてくる。ベッドのすぐそばまで来たかと思うと、すうっと目を細めた。


「やはり()()か」

「え?」


 少年が素早くウサギもどきに手を伸ばす。その瞬間ぴょん、っとフェリシアの顔を飛び越え反対側に行ったかと思うと、ウサギもどきの姿がすっと消えた。


「ええっ!? 消えた!?」


 思わず身体の痛みも忘れ横を向く。

 確かに、つい今し方まではそこにあのふわふわの生き物がいた。それなのに、ベッドに着地したほんの一瞬でいなくなってしまった……。


 自分の目が信じられず、ウサギもどきがいる筈のその場所を凝視する。


「いなくなったわけじゃない。姿を消しただけだ」


 少年の言葉に、フェリシアは首を捻る。


「その二つにどう違いが……」


 ふん、と鼻を鳴らすと、少年がフェリシアの右側を顎でしゃくった。


「いいから()()()()()。俺がやったら逃げられるが、お前なら平気だろう。わざわざ此処まで付いて来たくらいだからな」


 少年の言葉に釈然としないものを感じながら、フェリシアは恐る恐る頭の右横――フェリシアの目には何も無いように見える――に手を伸ばした。相変わらず身体を動かすだけで激しい痛みが走るが仕方無い。

 半信半疑で手を伸ばしたフェリシアだが、驚くことに空を切る筈の手の先にふわふわとした感触が触れ、驚きに息を呑む。

 相変わらず、自分の目には何もない空間が映ったまま。けれどフェリシアの手は先程の動物らしきものをしっかりと撫でている。


 驚きに思わず少年を仰ぐと、大袈裟に肩を竦め、フェリシアの手の辺りを睨みつけた。


「おい、毛玉。俺がお前に危害を加える気がないのは分かっているだろう。此処から追い出されたくなければいい加減()()を解け」


()()ってなんだろう……?)


 フェリシアが不思議に思っていると、驚くべきことに徐々に何も見えなかった空間が色づき、あっという間に再びあのウサギのような生物が姿を現していた。

 どうやら少年の言う通り、自分の意思で姿を消していたらしい。


「えっ、ど、どういうこと。この子、なんで」

「あんた、ソイツが何に見える?」

「ええっと、ウサギ……? 何かちょっと違うような気もするけど」


 フェリシアの言葉に、少年が腕を組んで小さく頷く。見た目は幼い少年なのに、その仕草はまるで落ち着いた大人の男の人のようだ。


「そいつは、ウサギのような見た目をしているがウサギじゃない。詳しく調べないと何とも言えないが、俺の見立てではカーバンクルの幼体だな」

「カーバンクル……ってなに?」

「魔獣の一種だ」

「魔獣?」

「魔法が使える動物を、そう呼んでいる」

「ま、魔法が使える動物!?そんな動物がいるわけ――」


 そこまで言ったところで、フェリシアは思い出した。

 赤い森で遭遇した、鷲に似たあの奇妙な獣。


 孤児院で、こっそり庭に来る野鳥に餌付けしていたフェリシアは知っている。鳥の身体は見た目よりもずっと軽く出来ている。そうでないと空を飛べないからだ。ふっくらとした羽毛で身体が大きく見えるだけで、実際はとても細い身体をしていて、食べ物の消化も早い。

 そして、空を飛ぶ鳥ならば必ず、翼は身体よりずっと大きいものだ。軽い身体と大きな翼。この二つが無ければ、空は飛べない。

 

 あの奇妙な獣に対して、抱いた違和感はそれだったのだ。あの獣の翼は身体よりも一回りは小さかった。だが決してそれが役に立たないものではないことを、襲われたフェリシアは知っている。

 何しろあの獣は翼を使い、あっという間に離れた場所にいたフェリシアとの距離を詰めたのだから。


 身体よりずっと小さな翼で空を飛ぶ。それも、鳥なんかよりずっと重量のありそうな身体で、だ。

 どう考えても、骨格的に不可能なそれを可能にしているものがあるとすれば、それは魔法なのではないか?

 あの森で見たあの獣は、魔獣だったのでは?


「魔獣ならいるさ。でなければ、今目の前で起こったことをどう説明する? ()()()は恐らく認識阻害の魔法を使っている。本来はそこに居ることすら気取らせない筈だが、そいつはまだ幼いから完全には使いこなせず、そこまでは至っていないんだろう。ソイツに触れているついでに、額の辺りを探って見てくれないか」


 言われた通りに、ふわふわの毛に覆われた両耳の間辺りを撫でると、手の平に硬い感触が当たる部分がある。カーバンクルが抵抗することなくされるがままになっているのをいいことに、そっと長い毛をかき分けると、親指の爪程の大きさの赤い石が額に張り付いていた。引っ掛かっているだけかと思ったが、どうやら深く身体に埋まっているようで、少し触ったくらいではびくともしない。


「わっ、なんか宝石?みたいなものが埋まってるみたい」

「やはりな」


 フェリシアの言葉に、少年が納得したように頷いている。


「カーバンクルは額に赤い宝石がある生き物だと、古い文献に記述がある。俺も実際に目にするのは初めてだが、ソイツはカーバンクルで間違い無い」


 へえぇ、と純粋に関して、フェリシアは頭の横でじっとしているカーバンクルを見つめた。


「キミ、カーバンクルなの」

「ナァァァ」


 カーバンクルはフェリシアの言葉に答えるように鳴くと、フェリシアの頭上に移動し額の上に飛び乗った。


「あ、コラ」


 どうにか下ろそうと身動ぎした瞬間、カーバンクルの触れた辺りから温かい何かが流れ込む。温かいお湯に使った時のような心地良さがじんわりと全身に広がっていく。


「ウソ……」


 暫くしてカーバンクルがぴょん、と再びベッドに下りた時、フェリシアの身体の痛みは大分マシになっていた。思い切って腕に力を入れると、そのまま問題なく上体を起こすことが出来た。

 驚きに目を見開いてカーバンクルを見つめると、心なしか得意げな顔をしている。


「キミがやってくれたの?」

「ナァァァァ!」


 先程より力強く鳴いたカーバンクルは、まるでフェリシアの言葉を理解しているようだ。先程少年に言われて姿を現したことといい、人間の言葉を完全に理解しているのかも知れない。

 ふわふわな頭をそっと撫でる。


「どうやったのかは分からないけど、とっても楽になったよ。どうもありがとう」


 その様子を、少年がじっと観察していたことにフェリシアが気付くことは無かった。



******


 

 身体の痛みがマシになったところで、上体をベッドに起こした体勢のまま少年と向き合う。

 フェリシアとしては、恐らく自分をあの森から保護してくれたのであろう少年に対し失礼では、とベッドから降りようとしたのだが、少年がそれを止めた。

 少年によると、カーバンクルは一時的に身体の痛みを抑えてくれただけで、フェリシアは未だ危険な状態にあるという。

 大丈夫だ、と言いたいところだが、生憎痛みは和らいだだけでまだ少し残っているし、体調が万全でないのは自分でも分かっていたので、大人しく従うことにした。


 少年がパチリと指を鳴らすと、たちまちベッドサイドにポットとカップの載った小さなサイドテーブルと椅子が出現した。目の前でなんてことない風に使われた魔法に釘付けなフェリシアには構わず、少年は慣れた手付きでポットからお茶を淹れると、カップをフェリシアに差し出す。

 はっとしたフェリシアは慌ててそれを受け取った。


「ありがとう」


 フェリシアに力を使い疲れたためか、カーバンクルはフェリシアの膝の上で丸くなって寝ている。


「あの、言うのが遅くなってしまったけど、私はフェリシアと言います。あなたが私を助けてくれたんですよね? ありがとうございます」

「……ああ」


 照れているのか、少年はぶっきらぼうに答えるとそのまま黙ってお茶に手を伸ばした。その様子は、言うべき言葉を探しているようにも見える。

 思わずまじまじと見つめてしまった少年は、年の頃はフェリシアより少し幼いくらいに見える。真っ白な髪と、金色の瞳という珍しい色合いだ。フェリシアの住んでいたノースマルゴは辺境地だけあって他国の人間も沢山見掛けたが、少年と同じ色合いの人間は見たことが無い。髪色といい、自分と同じように平民ではなく貴族の血が入っているのだろうか。


「あの、此処はどこですか」

「俺の家だ。場所的に言うと、ルベルテ公国北東の外れだな」

「ルベルテ公国……」


 確か、フェリシア達のいたザナディン王国と森を挟んで隣接している国だ。


(そうか、自分は今ザナディンの外に居るんだ……。)


「あの、私が居たのは赤の森でもザナディンに近い所の筈で、此処まで来るとしたらかなり時間が掛かった筈です。どうやって此処まで運んだんですか? そもそも何故赤い森に――」

「そこまでだ。色々と聞きたいことがあるのは分かるが、質問は一度にひとつにしろ」


 矢継ぎ早に質問を始めるフェリシアを、少年が面倒くさそうに遮った。自分よりも年下に見える少年に、まるで大人が子どもに言い聞かせるような口調で諭されたのが恥ずかしくて、フェリシアは頬を染めた。


「まず、俺の名前はヤン。その内分かると思うが、こんな()()でもあんたの数倍、いや数十倍か?は生きているので子ども扱いは止めてくれ。年下扱いもだ。それから、俺があの森にあんたを迎えに行ったのはあんたの知り合いの女から頼まれたからで、魔法を使って此処まで運んだ」


 さらりと告げたヤンの言葉は驚きと疑問だらけで、何から聞けばいいか分からない。 

 まず、明らかにフェリシアより幼い見た目で、フェリシアより数倍生きている? そんなことがあり得るのか? これまでの様子からもヤンの発言からも、彼が魔法使いであるのは間違い無いだろう。魔法で年齢を若く見せているということ? もしそうなら何のために?


 でも今はそれよりも――。


「私の知り合いの女って、シスター・セレナのことですかっ?!」


 胸元を探ると、シスター・セレナから渡された指輪の感触がきちんとある。

 この指輪を渡してくれた時、シスター・セレナが言っていた。フェリシアを助けられそうな人に心当たりがある。この指輪を持っていれば、その人にはフェリシアの居場所が分かる、と。


「シスター・セレナ……あぁ、()()()ではそう呼ばれていたんだったな。そうだ。セレスティーナ嬢からの頼みで、俺はあんたを助けた」

「セレスティーナ……? それがシスター・セレナの本当の名前……?」


 フェリシアの知らないシスター・セレナの呼び方を口にしたヤンは、何故か切なそうに目を細めてフェリシアが手の中に握りしめた指輪を見つめていた。

 どうやら、ヤンはフェリシアの知らないシスター・セレナを知っているようだった。


「じゃあ、あなたがシスター・セレナの言っていた“私を助けられるかもしれない人”……」

「ああ、そうなんだろうな」


 目の前のヤンはどうみても医師ではなさそうだが、魔法に精通していそうなことはこの僅かな時間でも分かった。

 どういう意図があって、またどういう意味の“助け”を期待して、シスター・セレナがフェリシアのためにヤンを頼ったのかは分からないが、ヤンを頼ったということは、きっと魔法に関わることなんだろう。


 ぼんやり自分を眺めているフェリシアに向かい、ヤンはきっぱりと言った。


「セレスティーナ嬢の話は、今は後だ。流石にもう気付いていると思うが、お前には魔力がある。今は俺の力で一時的にあんたの魔力を封じているが、断言する。このまま放置しておけば、そう遠く無い内にお前は死ぬ」


 ひゅっと、喉が詰まった。

 逃げることを許さない金の瞳が、真っすぐフェリシアを射抜く。


「お前、生き延びるために人間を止める覚悟はあるか?」

12話目にしてやっともふもふ成分を出せました。

次回は別視点……の予定です。(まだ500字も書けてない;つД`)

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