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禁じられた継承 Side Y

いつも読んでいただきありがとうございます。

昨日寝落ちしてしまいまして、遅くなりました(´;ω;`)

 いつものように研究に没頭し、気付けば夜が明けていた。人里離れた山中に隠れるように住むヤンがそこにある筈のない他人の魔力を感知したのは、差し込む日差しの眩しさに目を細め、カーテンに手を伸ばした時だった。


 この小さな家の周囲は、魔道具により常に強固な結界が張られている。自分と番犬ヴィッキーの他に生き物は入り込め無い筈だ。


 瞬時に戦闘態勢に入り振り向くと、目に入ったのは予想外の光景だった。


「馬鹿な……」


 力の抜けた左手からコーヒーの入ったカップが落ち、音を立てて床に転がった。

 コーヒーが絨毯に染み込んでいくことも気にせず、気付けばヤンは食い入るように目の前の()()を見つめていた。


 焦げ茶色の硬そうな髪に黒瑪瑙の瞳。普段は凛々しいくせに笑うと幼くなる顔立ち。イタズラした後の、ヤンに向けるバツの悪そうな表情。自ら鍛え上げた身体。


 其処にいたのは、紛れもなくかつて自身の養い子として、短くはない期間生活を共にした唯一の弟子。

 ――もう何年も前にその早すぎる死を弔った筈の男の姿だった。


「トマ、ス……」


 分かっている。これはトマスではない。だってアイツはとっくの昔に神の庭に召されたのだ。血の通わない青白い頬をこの手で確かに撫でた。冷たい蝋を撫でるような感覚と共に去来した遣る瀬無さは、今もヤンの胸の内で燻っている。


 それでも、ヤンの胸を占めるのは有り得ない光景に対する危機感よりもこみ上げる懐かしさで――。


(やっと、迎えが来てくれたのか……? 俺も、お前と一緒に……――。)


 思わず震える手を伸ばしたところで、ヤンを我に返したのは、目前の男から発された声だった。それは懐かしいトマスのものではなく、聞き馴染みのない女の声で。


『オネガイ、タスケテ。アノコヲ、タスケテ……』


 ――そうか、これは。


 伸ばした手が目の前のそれに触れた瞬間、ぐにゃり、と視界が揺れた。

 

 過去の己の経験と()()()違えど、確かに覚えのある()()は、継承魔法だ――。


 ヤンにとって、すぐ後ろがソファなのは幸いだった。

 ベッドに転移する間もなく、流れ込んでくる大量の情報に意識を失ったヤンが目覚めたのは、五日後だった。



******



 喉の渇きで目が覚めた。ヤンの小さな身体はソファの上に横たえられている。


 クウウゥン。


 鳴き声に首を横に向けると、ずっとソファ横にいてくれたらしいヴィッキーが鼻先をくっつけてくる。忠実な番犬は、ヤンの意識が無い間しっかりとその役目を果たしてくれていたらしい。

 絹のような触り心地の毛をかき混ぜる様にわしゃわしゃ撫でてやる。


「ソファに運んでくれたんだな。心配かけてすまない」


 暫くそうして戯れた後、足りない水分と栄養をゆっくり補給する。魔力を持たない普通の人間だったら死の危機に瀕しているところだが、幸いヤンには膨大な魔力がある。魔力持ちは魔力が身体を維持する手助けをするためか、そうでない人間より飲まず食わずでも平気な場合が多い。ヤンが普段から不摂生を繰り返して平気な顔をしていられるのも、魔力の恩恵によるものが大きいのだ。


 胃の負担を考え、パンを牛乳と蜂蜜で煮たスープを用意し、ゆっくりと咀嚼する。傍らでは数日ぶりに目覚めた主人のことが心配なのか、落ち着かない様子のヴィッキーがヤンの周囲をうろついている。


 因みに、ヴィッキーには自動で食事が用意されるようになっている。今回のようなことがなくとも、しばしば研究に没頭したり、突発的にあちこち出かけて行くものだから、ヴィッキーが飢えて死ぬようなことはあってはいけないと、付き合いのある肉屋兼食事処から定期的にヴィッキー用の皿へ魔法で食事が届くようにしているのだ。


 目が覚めてヤンが最初にしたことは、自身の魔力を辿ることだった。


 かつて自らの養い子であり、唯一の弟子であったトマスが、彼の元を巣立つ時に渡した指輪。シンプルな鈍色の台座についた赤い石は、ヤンの魔力を結晶化させたものだ。結晶化した魔力石は限られた人間しか作ることが出来ず、魔力石を媒介にして様々な魔法の行使に利用出来る。価値の分かる魔法使いなら、大金を積んででも欲しがる物だ。

 そして元々の魔力の持ち主であるヤンには、自身の魔力で出来た魔晶石の居場所を辿ることが出来る。

 この五日の間に()()()()()()()通りなら、今の指輪の持ち主は幼い少女の筈だ。


「赤い森……それもかなりザナディンよりか……」


 ヤンが拠点にしているこの家は、森を挟んで隣接するルベルテ公国の北東部。

 魔法への造詣が深く、膨大な魔力を持つヤンは、一般には御伽噺の世界にしか存在しないと認識されている空間転移が出来る。出来る、と言っても、勿論簡単なことではない。高度な魔法故に、失敗すれば死に直結する可能性もあるため、余程の緊急時か、万全の状態でないと積極的には使いたくないのが本音だ。


 それでも特殊な事情がある以上、()()()()()フェリシアと呼ばれていた少女を連れてくるには空間転移を使うしかない。

 問題は、空間転移は距離が離れていれば離れている程魔力を消費する、ということだ。ザナディン近くまで往復で、しかも自分だけでなく少女を連れて、となると五日も寝ていて魔力が著しく減っている今の自分では厳しい。

 おまけに少女が居るのはあの“赤い森”。ある意味、異界に等しいあの場所で、空間転移が普通に使えるかどうか……。


 悩んでいても仕方ない。自分に今出来ることは魔力を回復させることだ。後のことは、それから考えればいい。

 頭では分かっているのに、早く助けに行かなければ、と焦燥が湧きあがり気が急く。だが、その感情は自分の内から生まれたものでは無く、受け継いだばかりの記憶に引きずられてのもの。


 焦燥をねじ伏せるようにひとまず直近の問題を頭の隅に追いやって、食事を摂ることに専念することにした。



******


 

 食事を終えたヤンは、ベッドのヘッドボードに身体を寄りかからせながら、受け継いだ記憶を順に思い出していた。記憶を受け継いだ直後は、自らの自我が曖昧になりやすい。そういう意味でも、頭を整理する作業は必要なことだ。


 五日前、ヤンの目の前に死んだ筈のトマスの姿が現れた。最初はトマスが生き返ったのかと動揺したが、すぐに違うと気が付いた。幻のようなそれに触れた瞬間、継承魔法だと分かった。理解した次の瞬間には気を失っていたが。


 継承魔法を発動させたのは、セレスティーナ・マリエル・グレイ。

 ザナディン王国の元公爵令嬢で、今は辺境の地でシスター・セレナとして暮らしている女性、そしてかつて自らの養い子であったトマスが伴侶に選んだ女性でもあった。


 継承魔法とは、その名の通り自身の持つ全ての知識や記憶、術者の技量によってはその魔力までをも、譲りたい相手に継承させることが出来る魔法だ。術者が魔法を発動させると、術者と受け手、双方に関係する()()の形を取って受け手の前に現れ、受け手がそれに触れた瞬間に継承が始まる。大抵は両者にとって共通する物や、思い出深い物の形を取って現れるのだが、()の形を取ることがあるとは、ヤンも知らなかった。

 これだけ聞くと大変便利な魔法に聞こえるが、禁術とされているからには当然禁じられるだけの理由がある。


 前提として、継承魔法の発動対価はその人間の命だ。自身の持つ知識や記憶、時には魔力までをも他人に譲り渡すのだ。長年の魔法研究の中でえげつない魔法をいくつも知っているヤンからしてみれば、対価が発動者一人分の命ならむしろ、少ない方だ。


 加えて、この魔法には、発動にいくつか条件がある。


 一つ、送り手(発動者)と受け手に面識があること。

 二つ、受け手が継承魔法の発動時点で生きていること。

 三つ、継承させることが出来るのは一人だけ。

 四つ、継承の際に受け手の状況は考慮されない。


 つまり、名前だけ知っているとか、存在は知っていても会ったことの無いような人間を継承相手に選ぶことは出来ない。継承相手に選べる相手は一人だけ。それも仮に選んだ相手が突然の事故や病気で死んでいたら発動は失敗に終わる。

 条件を満たしていなければ、たとえ命を賭して魔法を発動させようとも、その記憶や知識は誰にも受け継がれることなく、ただ死ぬだけなのだ。


 そして何より恐ろしいのが、魔法の発動時に、受け手の状況が考慮されないこと。

 継承魔法は記憶や知識を譲る、というその性質故に、受け手側の負担が非常に大きい魔法でもある、

 人ひとり分の記憶や知識が突然自分に()()()()()のだ。当然短時間で処理出来るようなものではなく、結果として――ヤンがそうであったように――数日間意識不明に陥る。たまたまベッドで寝ている時や、周囲に信頼出来る人間しかいない状況ならばいい。

 けれど、誰かと戦闘中だったり、危険な場所にいる時、知らない人間に囲まれている時は? そんな時に何日間も意識を失うようなことがあれば、それこそ命は無い。

 

 この魔法の受け手は、魔力の有無に関係なく選ぶことが出来るが、相手が魔力無しだった場合は更に悲惨だ。上記のように、周囲の状況によって命が危ぶまれるだけでなく、安全な場所で意識を失ったとしても、生き残れるかは五分五分だ。魔力の豊富なヤンですら、直後は休養を必要とするくらいなのだ。魔力の無い人間が飲まず食わずで何日間も眠り続ければ、命を繋ぐことすら危ういだろう。


 そうした理由から、遥か昔に禁術とされ、封印されていた筈の魔法だ。

 受け継いだ記憶の中の()()は、公爵令嬢だった頃、魔法や魔道具の知識を得ることに貪欲だった。歴史ある公爵家の書庫には、王宮の書庫にすら保管されていないような書物もあったようだから、そこで継承魔法の存在を知ったのだろう。何年も前に書物で見ただけの魔法を覚えていただけでなく、一度会っただけのヤンを相手に見事に成功させたその技量は、彼女がかつてはそれなりに研鑽を積んだ魔法使いであった記憶と矛盾しない。


 ヤンが彼女と直接顔を合わせたのは僅か二回。

 その時の彼女は、セレスティーナ・マリエル・グレイでもシスター・セレナでもなく、ただの“セレスティーナ”だった。自身の下を離れ隣国に渡ったトマスから連絡を受け訪ねてみれば、結婚したことを知らされた。トマスは彼女を自分の“最愛の人”だと語り、熱く見つめ合うふたりの姿は誰がどう見ても相思相愛の幸せそうな恋人同士だった。

 

 だが、その幸せは長くは続かなかった。

 次にセレスティーナと顔を合わせたのは、トマスが亡くなった時。

 密かにトマスに掛けていた防護魔法に反応があり、駆け付けてみれば大量の血を流し横たわっているトマスの身体を、号泣しながら固く抱きしめていた。

 駆け落ちしたセレスティーナを追って来た公爵家の手の者に襲われ、相打ちしたらしい。周囲に散らばる幾人もの死体が、激しい戦いであったことを示していた。


 突然最愛の夫を失い茫然としながらも、魔法使いとして優れた才を持っていたセレスティーナは、トマスの持つ指輪の魔晶石に気付いていた。今は形見となってしまったそれをヤンに返そうとするセレスティーナの手を押し返したのはヤン自身だ。

 トマスが最期まで身に着けていた形見の指輪だ。トマスが最も愛した彼女が持っているべきだと思った。涙を流しながらヤンに向かい、深く頭を下げるセレスティーナの姿は今も鮮明に思い出せる。


 血の繋がりこそ無くとも、家族として長年共に暮らしたトマスの死はヤンにとって受け入れがたい出来事で、セレスティーナとの縁もそこで切れたと思っていた。


 セレスティーナの記憶を受け継いだ今なら、彼女がどんな気持ちで自分を継承魔法の相手に選んだのか分かる。

 辺境の修道女となった時、セレスティーナは絶望していた。愛した夫と、更には夫の遺してくれた子までも失い、生きる屍のようだった。そんな彼女の生きる希望を取り戻させたのが、生まれたばかりのフェリシアだった。

 だから、フェリシアの命と安全が脅かされた時、彼女はかつて夫が師と仰いでいたヤンの存在を思い出したのだ。魔法使いとして規格外の力を持つヤンなら、フェリシアを救えるかも知れない、と。


 けれどたった二度、亡き夫を通してしか会ったことの無いヤンに連絡を取る術をセレスティーナは持たなかった。その上、万が一ヤンに連絡を取ることが出来たとして、悠長に全てを説明している時間は残されていない。


 だから、セレスティーナは勝負に出ることにした。自分の命を賭けた、一か八かの勝負に。

 フェリシアという少女にヤンの魔晶石の嵌った指輪を持たせ、自らはヤンを受け手に継承魔法を発動した。


 そして彼女は見事賭けに勝ったのだ。


 継承魔法が()()()()()を取ったのは、たった二度、短い時間顔を合わせただけのヤンとセレスティーナを繋ぐものが他に無かったから。


 セレスティーナの判断は正しかった。フェリシアという少女を救える可能性があるとすれば、それは恐らくこの世界で自分だけだ。

 トマスの姿から聞こえた『アノコヲ、タスケテ』という声。

 ヤンには少女を見捨てることも出来たが、トマスが愛し、命と引き換えに守り抜いたセレスティーナの最期の願いを無下にすることは出来なかった。



 目が覚めて丸一日、記憶の整理に時間を費やしたヤンは、翌日、魔力の回復を待って赤い森へと旅立った。


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