#062「ソレカラ」
――それから毎日、テンヤワンヤの大忙しだったので、ここからは日誌の記述や忘却曲線のロングテールに位置する拙い記憶を基に、ダイジェスト版でお送りしていきます。
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■十日、昼過ぎ
「バクダン」@三途の川、左岸
西瓜は前だ、右だ、左だと指示する修羅さんと、目隠しをしたまま、何の躊躇も迷いも無く修羅さんの声のするほうへ歩み寄る帝釈さんの様子が、傍で見てる限りは、とっても微笑ましいものでした。
ちなみに、一本足打法でフルスイングされたバットは、修羅さんのお尻にジャストミートしました。撃たれた修羅さんは、尾骶骨が粉微塵だと騒いでました。もちろん、打撲ひとつしていませんので、ご安心を。
その後、不動さんの軸がぶれない一閃によって芯から真っ二つにされた西瓜は、従業員五人と、帝釈さん、鬼子さんの七人で美味しくいただきました。
皮の白いところまで削いで食べる弥勒さんを、修羅さんと帝釈さんは甲虫のようだと笑ってましたが、わたしは食べ物を最後まで粗末にしない姿勢に、感心してました。スプーンを使わず歯形で凸凹になった皮を残すより、ずっと良いと思います。
揶揄した罰が当たったという訳ではないでしょうが、勢い良く齧っては種を飛ばし合っていた二人には、まとめて不動さんの鉄槌が下りました。食べ物を乱雑に扱ってはいけませんね。汚らしいですわ。
視点を変えて、フッと大日さんを見ると、口の端に種をつけたままにしていたので、わたしがそのことを指摘したところ、慌てていたのか、何か哲学的な思索に耽っていたのか、左右を間違えてしまいました。それを見て、アラアラといった調子で取ってあげる鬼子さんと、頬を赤らめながら為すがままにさせる大日さんの様子には、思わずこちらが照れてしまいました。
■十一日、深夜
「ヤマノヒ」@スタッフルーム
現世日本では「山の日」で祝日ですけど、常世では毎日が祝日のようなもの。それに、数年前の出来事は、お年を召したお客様にとっては、ほんの少し前にしか過ぎないので、祝日としての認知度は、今ひとつでした。海の日のように、必ず月曜日になる訳では無ければ、学校は夏休み期間でもあり、会社とて、そろそろお盆休みに入ろうかという時期。恩恵を被るヒトが少なく、有難みに薄いところも、知名度が低い理由かもしれません。
■十二日、未明
「ガーデン」@ひんどうや
窓をノックする音がするので、誰かと思えば帝釈さんでした。店の裏庭に咲く朝顔を見においでと誘われて、観察日記を書かされたとき以来だと思いながら、簡単な身支度だけして、スクーターの後部に乗りこみました。
綺麗に整えられているので、どちらが庭弄りをしてるのか尋ねてみたところ、花の手入れをするのは鬼子さんで、草抜きや剪定などの身体を張った仕事は帝釈さんが請け負っているのだそうな。
露草、百日紅、鳳仙花、向日葵あたりまでは、学校の授業でもお馴染みですけど、待宵草、浜木綿、芙蓉、鶏頭あたりになってくると、ハッキリ植物名を断言する自信が無くなってきます。これは何々、あれは何々と、淀みなく答えられるようになるには、どれだけ植物と触れ合えばいいのだろうかと、花と戯れる二人を見ながら、深く考え込まずにはいられませんでした。
■十三日、夕方
「シュラバ」@ロビーラウンジ
膝枕は魅力的だけど、耳掃除は勘弁してくれよ、という修羅さんの断末魔にも似た悲痛な叫びが聞こえてきたので、何かと思って様子を伺うと、修羅さんが梵天つきの耳掻きを持った帝釈さんに追い回されていました。その後、観念したのか、諦念してしまったのか、ソファーに横になり、右耳を上にして膝枕される修羅さんの姿を見かけました。ただ、一緒に聞こえてきた会話は、どこか不穏なものだったので、引用しておきます。
修羅「さらば、オイラの鼓膜」
帝釈「縁起でもないことを言うな。そんな奥まで深堀りしないから、安心しろ。それより、あたいに膝枕されて、何か感想はないのか?」
修羅「悪くないよ。こっち向きなら、絶壁を見ないで済む」
帝釈「ヨーシ。宝探しの洞穴探検を始めるぞ」
このあと、わたしにガーゼで手当てしてくれと求めてきた修羅さんを掴み、まだ左が残ってると言いながら引き摺って行こうとする帝釈さんの笑顔には、底知れない恐怖を感じました。阿鼻叫喚の渦、とでも形容すれば良いのでしょうか? ウーン、凄まじい納涼体験でした。
■十四日、昼前
「オノロケ」@脱衣所
この日は、懲りずに増築と融資の相談に来た茨木さんと一緒に、お昼ご飯の前に汗を流すことにしました。
そして着替えていると、ワンピースの下がレモンイエローのスポーツ用下着であることに対して、茨木さんからクレームがつきました。せっかくの豊胸を利用して、お色気ムンムンで不動さんを悩殺してやれというのですが、わたしには茨木さんの真似は、とても出来そうにありません。以下は、そのときの会話です。
茨木「活かせるモンは、マキシマムに活かさな損や。ナァ、チョコっと想像してみ? そこそこ育ちの良さそうなお嬢さんがやな、清楚な服の下に、際どい下着を着けとったら、実は結構大胆なんちゃうかなぁって思うやろう?」
真理「そりゃあ、ギャップを感じると思いますけど」
茨木「せやろ? ヨッシャ! 今日から、うちと同じように、黒の総レースで臨戦体勢や」
茨木、後ろから抱きつき、指を這わせる。
真理「ちょっと、何ですか? ――ヒャッ!」
茨木「抵抗せんといてや、尺を取ってるんやから。――ロールキャベツな酒呑兄さんと違うて、番頭はアスパラベーコンやもんな。城砦を陥落させる気が無い兵士には、こっちから攻撃せなアカンのや」
このあと、窮地に立たされたわたしを救ってくれたのは、大日さんにお料理を教えに来てた鬼子さんです。それまで、落ちない城と攻めない兵というパワーワードが、シツコイ頑固汚れのように頭にこびりついて放れませんでした。しかも、酒呑さんは赤の六尺褌で、不動さんは青と白の縦縞のトランクスだという余計な情報まで付加してくれちゃいました。もう。ウッカリ本人の前で妄想して気まずい雰囲気になったら、すべて茨木さんのせいにしますからね!
■十五日、宵の口
「チンコン」@三途の川、左岸
十日の昼、半切り西瓜の断面は、種の並びが打ち上げ花火に似ているという話から、今度、河川敷で花火を見ようという話になり、どうせなら終わったあとに自分たちも花火をしようというところまで話が膨らみました。
黄色はナトリウム、紫はカリウム、赤はリチウムかストロンチウム。青はリン、オレンジはカルシウム、緑は銅かバリウムだという大日さんの話は、原子がどのように動くことで炎色反応が起きるかという説明あたりから軽く受け流し、不動さんと一緒にターマヤーと掛け声を上げました。
ちなみに、大日さんの話は、花火は火薬の平和利用であるという結論に到ったそうです。最後まで傾聴していたのは、あなただけですよ、鬼子さん。
最後にドーンと大きな花火が打ち上がったあとは、不動さんのマッチをお借りして、ミニ花火大会となりました。もちろん、水を張ったバケツも用意してましたので、ご心配なく。噴出花火を不動さんに向けて追い掛け回す修羅さんや、帝釈さんが仕掛けた鼠花火に翻弄される弥勒さんなど、なかなかの盛り上がりでした。
最後は、全員で線香花火を楽しみ、お開きとなりました。
■十六日、黄昏時
「トンキン」@燕の間
夕暮れが赤々と空を焼く頃、茄子の馬にでも乗ってきたのか、水走さんが再訪されました。今回は日帰りで、宿代には南瓜と冬瓜を一貫ずつ、つまり、都合七キロ半の背負子を渡されました。それら多量の瓜は、挽き肉と一緒に炒り子の出汁で煮込み、出涸らしの煮干しともども、従業員五人で美味しくいただきました。
ルームサービスをお持ちすると、前回の答え合わせのあと、明治に建てられた浅草の八角柱、戦後昭和に建てられた芝の四角錘、平成に入ってから建てられた本所の三角錘と、東京の人間は高層建築が好きで、上昇志向が強いという話をされました。何とかと煙は高いところへ登るというが、躍らされるくらなら踊ってしまえ、だとか。
東京を冠する、昭和のタワーと平成のツリーは解ったのですが、浅草の八角柱が何かサッパリだったので、ヨドヤホテルが誇る知恵袋に質問を投稿しました。入浴中だったので、スタッフルームの机に置いたのですが、わたしがお湯から上がるころには、達筆な字で以下の回答が返ってきてました。調べる時間があったとは思えませんから、読んだあと、すぐに筆を執ったものと思われます。さすが、博覧強記。以下は、わたしへのベストアンサーにしてオンリーアンサーです。
恐らく水走様が仰っているのは、凌雲閣という建物のことであると推測されます。十二階建てであったことから、通称、十二階とも呼ばれたこの建物は、八角柱の赤煉瓦造りで、お雇い外国人ウィリアム・バルトンによって設計されました。ちなみに、厳密には十一階と十二階は木造なので、総煉瓦造りとは言えません。
明治二十三年から、関東大震災があった大正十二年まで、浅草のランドマークとして広く親しまれ、内部には日本初のエレベーターや、電話、電灯などが設置された、当時の最先端技術を結集した建造物でした。避雷針を除く高さは百七十三尺であったと記憶してますから、メートル法に直せば、およそ五十二メートルです。現代東京ならビルの谷間に埋もれてしまう高さですが、当時は他に邪魔する建物がありませんでしたので、遠くから建物を一望でき、また八階から上の展望台からは、東京市内一円が見渡せたことでしょう。そのあたりは、江戸川乱歩の小説『押絵と旅する男』などに描写が残されています。
■十七日、
「オイノリ」@ツクヨミ神社
明日の一時帰宅が無事に済むようにと、神頼みに行ったところ、参拝の帰りに、手水場で側溝に釣り糸を垂らしてる変人、いや、賀茂さんにお会いしました。何というか、交通事故にでも遭った気分でしたよ。これは、そのときの無駄話です。
真理「釣れますか?」
賀茂「鯛焼きが釣れたらと思って、小さな釣り針を垂らしてるんだが、一向に釣れる気配が無いね。長靴や下駄は、それぞれ片方ずつ引っ掛かったんだけど」
真理「海老を餌にして、難破船が沈んでそうな海へ行ってはいかがですか?」
賀茂「クックック。川添氏は、昭和ヒット歌謡についても、なかなか造詣が深いようだね」
真理「中学高校と、昼休みや放課後には、よく放送部の皆さんが懐メロ特集を流していたものですから。不思議なことに、周期的に人気になるんですよね」
賀茂「ご機嫌なナンバーをお送りしようとすると、どうしても、誰もが知ってる馴染み深い曲を選択せざるを得ない面が出てくるのだろう。すでに一定の評価を下された曲なら、ベタで新鮮味に欠けるが、ハズレがないからね」
♪クルックーという鳴き声。
賀茂「オヤ、豆助。君も小生に賛成かね?」
♪クークーという鳴き声。
真理「違うみたいですね」
賀茂「愚問だったね、豆助。ホラ、ちょいと肩に乗るが良い。君が欲してるのは、コレだろう?」
賀茂、片手で懐から鳩を出し、肩に乗せ、反対の手でポケットから袋を出す。
真理「アッ、大豆だ」
♪クルックーという鳴き声。
賀茂「あいにく、小生は食べられないからね。好きなだけ食べると良い」
■十八日、早朝
「タビダチ」@フロントエントランス
毎朝毎朝、喧しいくらいに聴こえていた鳴き声が聴こえないので、どうしたのかしらと思って巣を見上げると、わたしが今日還ること知ってか知らずか、五匹いたうちの最後の末雛が巣立つところでした。今にも落ちそうでハラハラしながら見守っていると、意を決して飛び立ち、無事に大空へ羽ばたくことができました。変わらないように見えても、着実に時は流れていて、ちょっとずつ変わっているものです。
ホッと胸を撫で下ろしていると、背後には不動さんが立っていました。気配がしなかったことも驚きましたが、それより何より、眼の下に隈が浮かんでいるのが見てとれました。打ち水撒きから戻ってきた大日さん曰く、ひどく心配したようすで、一睡も出来なかったのだとか。飛び立てない雛は、ここにも居た訳です。
用事を済ませたら、またすぐに戻ってくると、再三、口が酸っぱくなるほど言い聞かせたにも係わらず、ついていこうとか、悪い虫が付いたらとか、実の父親以上に心配するものですから、つい、吹き出してしまいました。しょうがないので、黄色のほうの髪ゴム外して、不動さんの左腕に通し、預けておくから、わたしの代わりだと思って大事にするようにと言い残して、何とか解放されました。まだ、不満そうで不安そうな面持ちだったけど、名残惜しんでたら、キリが無いんだもの。
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――五組のペアが成立したのは、わたしが迷い込んだから? そうだとしたら、わたしは、ジグソーパズルの最終ピースだったってことだけど……。いやいや。すべては、ほんの小さな偶然の連続に過ぎない。永い永い常世の歴史の中では、僅かでチッポケな出来事でしかない。そう言いたいんでしょう? もちろん、わたしだって、そんな当たり前のことに気づいてない訳ではないわ。でもね。たとえ、史実はそうであったとしても、わたしは、この八月の出来事は、運命付けられた大きなものであったと信じていたいの。
真理「ここは、常世。わたしは、川添真理。もう、迷いません」




