#060「パチパチ」
@ロビーラウンジ
――それから、どうしたかというとね。浴室掃除は、帝釈さんと修羅さんの幼馴染ペアの担当になって、板塀を挟んで男湯バーサス女湯で、どちらが早く終わるか競い合ってたみたいなんだけど、途中から桶と啖呵が飛び交う熱戦乱闘騒ぎになってね。あとで見に行った不動さんが、地の底から震えるような怒号で一括するまで収まらなかったの。そういう不動さんは、その鎮火前は、わたしと客室準備をテキパキとこなしてたの。能率重視の共同作業で、一切無駄のない指示だったわ。それから、あとは、スタッフルームで弥勒さんが帳簿の確認をしてたそうなんだけど、修羅さんの計算はケアレスミスが多くて、ほとんど修正しなければならなかったそうな。ご愁傷様です。それで、残りの二人は何をしていたかというとね。
大日「聞いてよ、不動くん。鬼子さんの指示に従ったら、生卵の殻を、綺麗に真っ二つに割ることが出来たよ」
不動「何っ! それは飛躍的な進歩だな」
修羅「おめでとう、ダイさん。これで、りょうりのうでまえ、が、五、あがったよ」
弥勒「おめでとうございます。これで経験値がアップしましたね」
帝釈「リーダーは、次元の違う料理下手だったろうに。一体全体、どんな裏技を使ったんだ?」
鬼子「失礼ね。正攻法ですよ」
――作り置きできる料理を次々と仕込みながら、同時に特別な配慮が必要な生徒の指導までこなしてしまうとは。鬼子さん、只者では無さそうです。謙遜のオブラートに何重にも包まれた中には、とんでもないポテンシャルが眠っていそうで、これからが楽しみになってきました。
不動「これから、支配人の調理指導担当は、鬼子に一任するべきだな」
大日「お手すきのときだけで構いませんので、お願いできますでしょうか?」
鬼子「いつでも、喜んでお引き受けいたします」
修羅「さーて。次回の仲良しクッキングは、どんなメニューが飛び出すんだろうな」
修羅「ワクワクするね」
真理「そうね、修羅さん」
――これで明日の昼までは、飛び込みのお客様でも居ない限り、ノンビリできると思ってたんだけどね。これが嵐の前の静けさだったとは、このときはまだ、知る由も無かったの。
*
弥勒「お寿司ずくしだったね」
修羅「ホントだよ。太巻き、稲荷、散らし。お昼のおにぎりもそうだったけど、お米の素材の良さが、最大限に引き出されてたよ。――良いよな、タイは。いつでも最高の料理を食べられてさ。オイラ、昔っから羨ましいと思ってたんだ。何で、キー姉ちゃんの子に生まれなかったんだろう?」
帝釈「別に、いつも成功するって訳でもないし、あたいが作ることだってあるんだからな?」
不動「その口ぶりだと、遠回しに、俺や弥勒の作る料理では満足してないって言ってるように聞こえるが?」
修羅「そ、そ、そんなことないよ。ヤだなぁ、フーさんは。案外、ヤキモチ焼きなんだから。繋がった沢庵だ」
真理「繋がった沢庵?」
大日「とある白黒映画に出てくる台詞ですよ」
鬼子「ヒロインが、自分はヤキモチ焼きだから、お沢庵を切ると繋がったままだって言うシーンがあるんです。――そろそろ、時間じゃありませんか?」
大日「アァ、本当。ウッカリ見逃すところでしたね。――それでは不動くん、お願いします」
不動「あいよ。それじゃあ、電源を入れるぞ」
不動、主電源ボタンを押す。
――ひんどうやにはラジオしかない、という帝釈さんの発言から、お夕食後に皆でテレビを囲むことになったんです。それは良いんですけど、まさか、こんな旧式のテレビだとは予想外でした。ブラウン管式のカラーテレビで、ハイビジョンには対応してそうですけど、地上デジタル放送には対応してなさそうです。おまけに、久々に出したこともあり、リモコンを紛失してしまっているのです。
修羅「映った、映った。――アッ!」
修羅、指を画面に近付け、急いで放す。
不動「コラ、修羅。指紋が付くから、画面に触るな」
弥勒「雷属性の魔法か」
帝釈「静電気だって。――冬場にスクーターの金属部分に触ると、バチッと来るんだよな」
鬼子「指先が乾燥してるからよ。小まめにハンドクリームを塗りなさいって言ってるのに」
真理「まぁまぁ。もうすぐ、始まりますから」
※『晩春』という映画で、原節子の台詞です。念のため、書き添えておきます。




