#029「ウチミズ」
@大浴場
真理「大日さんも不動さんも、現世にいたら熱血教師になりそう。不登校生徒を通学するまで家庭訪問する大日先生と、不良生徒と正面からぶつかって更正させる不動先生。めげない、挫けない、へこたれない、諦めない」
――ハーイ。下駄履きにデッキブラシという出で立ちでお掃除をするという苦役から解放され、一番風呂を満喫してます。アッ、決してサボタージュではございません。大日さんから許可をいただいております。というより、大日さんからの提案です。汗を流してはいかがでしょうと言われて、ノーとは言えません。お言葉に甘えました。わたしはノーと言える日本人ですが、やっぱりホテルマンにノーは禁句ですから。
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@従業員出入口
大日「これくらい撒いておけば、涼しくなりますかね」
鬼子「お暑うございますね」
大日「アァ、鬼子さん。ご無沙汰しております」
鬼子「先だっては、妹の帝釈がご迷惑をおかけしまして、申し訳ございませんでした」
大日「いえいえ。こちらのほうこそ、修羅がご迷惑をおかけいたしまして、申し訳なく存じます」
鬼子「こちら、謝罪も兼ねて、夏のご挨拶に。お素麺なんですけど」
大日、鬼子から桐箱を受け取る。
大日「お中元ですか。ありがとうございます。早速、夕方にみんなでいただきますね」
鬼子、控えめにハッと息を呑む。
鬼子「そうですね。どうぞ、皆さんでお召し上がりください。それでは、あたしは、これで。ごめんあそばせ」
大日「せっかくですから、上がってくださいよ。何か、冷たい飲み物を用意しますから」
鬼子「いえいえ。用事半分で出てきてしまいましたし、帝釈が待ってますので」
大日「そうですか。お気をつけてお帰りください」
鬼子「お気遣い、ありがとうございます。ごきげんよう」
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@脱衣所
真理「アー、良いお湯だった。サッパリした」
弥勒『真理さん。もう、上がりましたか?』
真理「(弥勒さんだわ。)上がりましたよ。いま、着替えてるところです」
弥勒『終わりましたら、支配人さんの部屋へ行ってください』
真理「(日誌のことかしら?)わかりました。すぐに向かいます」
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@スタッフルーム
真理「失礼します」
――大日さんだけだと思っていたら、そこには、もう一人の人物が居たの。青いダブルのブレザーに、赤いスラックス、白い手袋に、黒いステッキ。だから、思わず言ってしまったの。
真理「マジシャン?」
賀茂「クックック。いかにも、世を忍ぶ仮の姿はマジシャンだよ。胸ポケットには、この通り」
賀茂、懐から鳩を出し、指に乗せる。
大日「羽根が散らばると不動くんが不機嫌になりますから、飛ばさないでくださいね、賀茂さん」
賀茂「御意に。それでは、豆助には、もうしばらく寝ていてもらおう」
賀茂、鳩を懐に仕舞う。
真理「カモさんが、鳩の豆助くんを飼ってるんですね」
賀茂「ややこしいかい? 名前は賀茂だが、懐に飼い慣らしているのは鳩。ついでに言うと、小生は大豆アレルギーだ。それから、プライベートな質問はしないでくれたまえ。特に、生年月日とフルネームは門外不出なのだよ。呪詛を予防せねばならないのでね」
大日「そろそろ、本題に入っていただけますか?」
賀茂「これは失敬。小生が来たのは、他でもない。川添氏」
真理「ハイ」
賀茂「明日の夕暮れ時、現世に還ることができるということを伝えるためだ」
――その言葉を賀茂さんから聞いた瞬間、わたしは頭の中が真っ白になって、何も考えられなくなった。
真理「それは、つまり、エーッと」
大日「驚かせてしまったようですよ、賀茂さん」
賀茂「無理もない。理解の範疇を超えた情報に接したのだからな。小学生が、出し抜けに高等数学の数式を見せられたようなものだ。本題に入る前に、エクスキューズを挟むべきだったようだね。クックック」




