#001「ホッタン」
@三途の川、左岸
真理「ここは、どこ。わたしは、川添真理」
――皆さん、聞いてください。わたしは、花も恥らう十八歳。ごくごく普通の家庭に育った、天真爛漫で、ちょっぴり方向音痴な女子大学生です。そう、方向音痴なんです。大事なことだから、繰り返しました。ただいま、絶賛迷子中。
真理「リゾートバイトの集合場所って、ここじゃないわよね。だって、ホテルらしい建物なんて、どこにも」
――無い、と言おうとしたんです。口は、すでにエヌの形でした。でも、見上げた先に見つけちゃったんです。川沿いに建つ瀟洒なホテルを。だから、思わず。
真理「あったー」
――叫びました。それこそ、ヤマビコが返ってきそうな勢いで。ヤッホー。
修羅「アレ? ひょっとして、飛び入りのお客様かな? それとも、予約済み? まぁ、どっちでもいいや。場所が場所だから、いつも爺さん婆さんばっかなんだよね。だから、可愛い子ちゃんなら大歓迎だよ。あっ、そうだ」
修羅、ポケットから飴を取り出す。
修羅「キャンディーをどうぞ。荷物はオイラが預かるよ」
真理「ありがとうございます」
真理、荷物を預け、飴を受け取る。
――お客じゃないんだけど、どう言ったら良いんだろう? とりあえず、飴を舐めつつ考えよう。
修羅「一名様、ごあんなーい」
*
@ロビーラウンジ
修羅「えっ! お客様じゃなかったの?」
不動「まったく、お前と言う奴は、いつもいつも早とちりで厄介事を持ち込みよって」
大日「お説教は後回しにしてくださいな、不動くん。――弊社の修羅が、ご迷惑をお掛けいたしました。支配人として、深くお詫び申し上げます。大変、申し訳ございませんでした」
大日、深々と頭を垂れる。
真理「頭を上げてください。あたしも、説明不足でした」
修羅「ごめんよ。まさか、現世から迷い込んで来たとは思わなかったんだ」
不動「とにかく、ここは現世の人間が居るべき場所でないから、さっさと還さないと」
大日「追い払うように扱っては失礼ですよ、不動くん。――それにしても、よく存在感が希薄になりませんでしたね」
真理「と言いますと?」
――ウツシヨから迷い込んで来た、ウツシヨの人間が居る場所でないって、どういうこと? ここは、一体どこなの?
修羅、手を挙げる。
修羅「ハーイ。もう一つ懺悔します。怒らないでね、フーさん」
不動「怒るかどうかは、内容次第だ」
大日「まぁまぁ。ひとまず、話を伺いましょう」
*
不動「客室の飴を勝手に失敬した上に、よりによって現世の人間に食わせるとは」
不動、頭を抱える。
大日「困ったことになりましたね。常世の食べ物を口にしてしまった以上、すぐには還せませんし」
真理、手を挙げる。
真理「あのー。さっきから、ウツシヨとかトコヨとか話されてますけど、それって、つまり」
修羅「簡単に言えば、ここは成仏した人間が来る場所なんだ」
不動「原理原則に従えば、の話だけどな」
大日「世俗的な言いかたをすれば、現世は此の世、常世は彼の世です」
真理「それじゃあ、あたしは」
――何かの拍子に死んでしまったのかしら? まだまだやりたいことがいっぱいあったのに。
修羅「あっ! 安心して。稀に、現世で生きたまま迷い込むこともあるんだ」
真理「えっ?」
不動「実際に遭遇したのは初めてだが、そういう事例が無い訳ではない。どうやって右岸から渡って来るのかは、ハッキリ解明されてないけどな」
大日「私たちに任せてください。必ず、元の世界におかえしします」
――何が何だかサッパリ分からないけど、他に頼れる相手も居ないし、ここで様子を見るしかないか。それに、三人とも悪意は持って無さそう。
真理「よろしくお願いします」