#017「シンジン」
@三途の川、左岸
蛭子「よー、坊っちゃん。景気はどうだ?」
大日「トントンですね。そちらは?」
蛭子「マズマズだな。――オッ! 見かけない顔だね。新入りかい?」
真理「はじめまして。川添真理です」
大日「拠所ない事情がありまして、しばらく住み込みで働いてもらっています」
蛭子「アッシは、蛭子って者だ。この通り、水運業を営んでる」
真理「運送業者さんでしたか。――後ろにある釣竿は?」
大日「蛭子さんは、釣りがお好きなんですよ、川添さん」
蛭子「釣果は良く無いけどな。しっかし、こんな若い嬢っちゃんが働いてるとなっちゃ、ホテルも予約殺到だろう。きっと、繁盛して仕方なくなるぜ。――オッと。油売ってる場合じゃなかった。コイツが、今日の分だ」
蛭子、舟から積荷を降ろし、台車に乗せる。
真理「ワァ。新鮮で、美味しそう」
大日「採れたての食材を、いつも、ありがとうございます」
蛭子「なぁに、これがアッシの商売だ。それじゃあ、これで失礼するよ。兄ちゃんや、シュー助とミー坊にも、よろしく言っといてくれ」
大日「お伝えしておきます」
真理「ありがとうございます」
*
@従業員出入口
真理「アラ? 真っ赤なスクーターが停まってるわ」
大日「ボディーに象のマークがありますから、間違いなく彼女でしょうね。厄介なことになりました」
真理「お知り合いですか?」
大日「えぇ、まぁ。もっとも、私の知り合いというよりも、修羅くんの知り合いでして」
*
帝釈「ヤンキーのくせに、生意気な」
修羅「とうに足を洗ったわい、ボケナスカボチャ」
帝釈「何よ、このイモタコナンキン」
修羅「トンチンカンのトウヘンボク」
帝釈「オタンコナスのスカポンタン」
不動「メンチを切るなら河川敷でやれ、クソガキども」
大日「二人につられて言葉遣いが荒れてますよ、不動くん」
真理「何を揉めてるんですか?」
修羅「ハッ! マリちゃん」
帝釈「アン? 手前は誰だ?」
不動「川添にまで喧嘩を売るな、このスケバンが」
大日「喧嘩を買わないでくださいよ、不動くん。――彼女は、帝釈さんです」
真理「あの、柴又帝釈天の帝釈ですか?」
帝釈「その通り。あたいのことを知ってるとは、憎いね」
大日「柴又帝釈天は、正式名称を経栄山題経寺と言いまして、庚申信仰と共に、広くその存在が知られるようになりました。近代以降、夏目漱石の『彼岸過迄』を始め、多くの文芸作品に、東京近郊の名所として扱われるようになり、二十世紀後半以降は、渥美清演じる人気映画の舞台として、都内有数の定番観光スポットになり、年始めや縁日には、訪れた団体客で非常な賑わいを見せています。そもそも」
不動「あぁ、支配人。ここは俺が何とかするから、フロントにいる弥勒の様子を見て来てくれないか?」
大日「そうですか。それでは、お任せしますね」
大日、ホテルの中へ。
不動「それから修羅は、この荷物をキッチンに運んでおけ。騒ぎを起こした責任だ」
修羅「ヘーイ。これ全部、オイラひとりで片付けるのか」
真理「わたしも手伝います」
不動「助太刀は不要だ。――本気を出せば三倍の早さで作業が出来ると、前に豪語してたじゃないか。楽勝だろう?」
帝釈「ヘヘン。ざまぁ見ろ」
修羅「誰のせいだと思ってるんだ」
不動「小競り合いをするな。さっさと運べ」
真理「頑張ってください」
修羅「ありがとう、マリちゃん」
修羅、台車を押し、ホテルの中へ。
不動「それで、今日は何をやらかしに来たんだ、帝釈?」
帝釈「ヒトをトラブルの種みたいに言わないで。今日は、ひとっ風呂浴びに来ただけなんだから」
真理「お客様だったようですよ、不動さん」
不動「本当に、それだけか? 他に、正面玄関から入れない、後ろめたい理由があるんじゃないのか?」
帝釈「だって、あたい。こんな見た目だし、あんなスクーターに乗ってるし」
真理「それで、ホテルに迷惑を掛けるんじゃないかと思って、こちらのほうから入ろうとしたんですね。――派手な見た目の割りに、気遣いの出来る良い子じゃありませんか、不動さん」
不動「どうにも解せないが、この場は、そういうことにしておこう。それじゃあ、川添。別館へ回って、大浴場まで案内してやれ。それで、ついでに川添も風呂を済ませてしまえ」
川添「ハイ、不動さん。――それでは、こちらへどうぞ」




