#014「バイブル」
@スタッフルーム
――メモやスケッチくらいで、怒ったりしないっていうのに。現世のストーカーやナンパ師に比べたら、よっぽど純真で大人しいわ。まぁ、あとをつけられたことも、声を掛けられたこともないんだけど。お年寄りに道案内してあげたことは何度もあるから、声を掛けにくい訳ではないんでしょうけど、何でかしらねぇ。……いや、薄々勘付いてはいるのよ。己の女子力の低さには。でも、どうしようもないじゃない。色気や可愛さは、作ろうと思って作るモノじゃないわ。わたしは、流行に左右されるような軽い女じゃないもの。あざとさに騙されるな、男子諸君!
♪ノックの音。
真理「ハイ。開けます」
真理、ドアを開ける。
大日「休憩中、失礼します」
真理「アラ、大日さん。休憩は終わりですか?」
大日「いいえ、そうではないんです。今日の日誌の記入は、川添さんにお任せしようと思いまして。ハイ、どうぞ」
真理、大日から日誌を受け取る。
真理「ハイ、お預かりします。――そちらの分厚い本は何ですか?」
大日「これは『極地典』という書物です。前編が極楽篇で、極楽生活での倫理やマナーについての理想像をまとめたもの、後編が地獄篇で、地獄暮らしの法規やルールについての現実論をまとめたものです。常世の文化を調べられるように、一緒にお渡ししておこうと思いまして。ハイ、どうぞ。重たいですよ」
真理「(ズッシリと持ち重りのする書物だこと。)ありがとうございます」
真理、受け取った書物を傍の机の上に置く。
真理「ずいぶん使い古されてますね」
大日「えぇ。全文を諳んじられるくらい、何度も読み返しましたから。私の愛読書です。――書けましたら、私の部屋に持ってきてくださいね。不在なら、机の上に置いておいてください。ランプと花瓶が置いてあるほうが、私の机です」
真理「ハイ。書けたら持っていきます。何を書けば良いんでしょう?」
大日「何でも構いませんよ。内容の指定は、設けていません。何を書けば良いか分からなければ、以前の記載を参考にしてください。――ところで、このホテルでの生活や、常世での暮らしには慣れてきましたか?」
真理「ハイ。少しずつですけど」
大日「それは、重畳です。不動くんも心配していましてね」
真理「エッ、そうなんですか?」
大日「はい。判りにくいかもしれませんが、あぁ見えても心配性なんですよ。――血の繋がりはありませんけど、ここにいるあいだは、私たちのことを家族のようなものだと思って、ご両親や妹さんに接するように、気軽に接してくださいね」
真理「そんな気安い真似は、とてもとても」
大日「畏れ多いですか? 気配りや遠慮は不要ですよ?」
真理「昨日来たばかりですし、徐々に慣れますから」
大日「フフッ。責任感が強くて、礼儀正しいのですね。でも、上手に甘えることを覚えたほうがいいですよ。それでは、書き上がるのを楽しみにしてますね」
大日、ドアを閉め、自室に戻る。
――家族のようなもの、か。大日さんは、優しくも強かなお母さん。不動さんは、厳しくも情け深いお父さん。それから、能天気な兄と、引っ込み思案な弟。わたしは、さしずめ、ちょっとドジを踏みやすい末娘かしら? フフッ。これでは、お父さんが手を焼きそうね。とても本人には言えないわ。




