LV8
……身体の節々が痛ぇ。マジに布団をはねのけるだけで、腕周りの筋が断末魔の悲鳴をあげてるんですが。てか、信じられねぇだろうが、これが単なる筋肉痛なんだぜ? 血反吐を吐きそうなぐらいツライのに……。
これもそれも、エリーゼ様の忠言を聞き届けない、勇者のせいだ。
毎朝ロバにドナドナされつつ訓練に参加させられている。
「基本が大事っ!」が、合言葉のジョセフの訓練は、相変わらずの上段切りからの横薙ぎ。ってメニュー。いや、これが地味にキツイんだわ。
踏み込み時の瞬発や、薙ぎ払いからの引きの動きは、上体だけじゃなく下の動きが重要なんで、自然と身体全体を使う羽目になる。
なかでも手首の負担は半端なくて、最初の訓練の翌日なんて石膏になったかと思ったわ。
ウチの実家の手伝いでねり餡作りにひーひーしたもんだけど。元の身体で鍛えた蓄積はすべてリセット状態な上、さらにか弱い女子のマイナスパッシブスキルまで付与されるし、非道いものよ。
まあ、それでもがんばって、木剣を振り続けるのも5分が限界だったのが、10分、20分って徐々に伸びて、いまでは30分も振り続けることができるようになったし。俺って凄いでしょう? まあ、訓練は一時間も続くんだけどね!
「…………」
「…………」
倒れた脳天に、非難の矢がズカズカ刺さってくる。
ジョセフも他の連中みたく鉄拳が飛んでこないだけ遠慮してんだろうけど、無言の圧力もキツイ……でも、もう限界っす。腕も上がんないし眩暈がするし。せめて呼吸が落ち着くまで休ませて。
「なんだ、これは、新しい、敷物か?」
「いえ、敷物じゃないですただの死体です」
「なら、墓で眠ってろよ、訓練の、邪魔だ」
風切り音に混じって、無慈悲なシャナンの声が降ってきた。なら無視すりゃいいのに。嫌味ったらしいったらないなもう。
「オマエは、辞めたい、んだろ。なら僕と、もう一回、勝負しろ。そうすれば、父上もっ、オマエに、訓練をさせるのがっ、無駄だって、悟るはず、だっ!」
「…………」
心惹かれる申し出だけどどうかなぁ。
「遠慮しておきます」
「逃げるのかっ!」
シャナンは顔を真っ赤にした。いや、子供は考えることが単純だな。
少し考えればわかるっしょ。あのクライスさんの性格からして、一度負けたくらいじゃ俺のこと見捨てないって。
逆に「負けたならば更なる精進を!」って、目ん玉に熱って字を書き込んで張り切りそうな悪寒。骨折り損のくたびれ儲けなんてごめんだよ。
「卑怯者! 勝ち逃げなんてズルいぞ!」
シャナンが一方的に吠えてきた。俺は当然のように無視する。
そうしたら、俺にまでジョセフの「マジメにやらんかっ!」と、怒声が飛んできた。
なんで俺まで怒鳴られるんだよ……。
さらなる追撃も怖いので神妙にハイッ、って立ち上がると、隣の顔も若干引きつってた。こいつもジョセフは怖いらしいな。
訓練がようやっと終わった。しかし、家に帰るまでが遠足なのです。重たい身体を引きずって、こっからの帰り道を歩いて帰る。
家には昼前にたどり着けた。「疲れたでしょう」と、母さんから水桶に浸した布巾を受け取る。額に当てると冷たい感触が心地いい。ようやく帰ってきたな、と実感できるよ。
俺が帰ったのを聞きつけてか、父さんが書斎から出てきた。
「ただいま帰りました」
「ああ、お帰り。勇者様のせっかくのご厚意なのだから頑張らないとね」
「……はは」
父さんも必死だなぁ。俺を通じて少しでもクライスさんの歓心を買おうって。父さんとしちゃ気が気でないんだろうけど。俺にまで揉み手しなくてもいいのに。
父さんがクライスさんに気を揉んでるのは、憧れの勇者ってのもあるけど、ウチの商売が領民から嫌われる職業ナンバー1の高利貸しだからなのよねぇ。
こんな評判の悪い仕事は、借り手の評判なんてのよりも、領主様からの覚えがめでたい方が大事だ。あくどいやつだと、地方の領主と結託して無理な取り立てをしてるそうだが、ウチは普通に良心経営です。
だって、ウチの領主は「勇者」だし、そもそもが私腹を肥やすほどに儲かってもない。てか貧窮しているのはむしろウチの方だ。
それもこれも、勇者のせいで……!
俺はふっと湧き上がった怒りを沈めつつ、悩める父へのプレゼントを取り出した。
「父さん、ハイこれ」
「……お、おやこれは! 白パンじゃないか!」
「領主様に頼んで頂いてきたんです。母さんの分と父さんの分も一緒に」
ほんとは朝食のをコッソリ包んできたんだけどね。エリーゼ様から訓練終わりに、毎日食事に誘われてるし、その一部をほんのおすそ分け。
父さんはニコニコした俺と、掌中の白パンをまじまじと見、感動したように洟をすすって
「ありがとう」と俺の頭を撫でてきた。
「ああ! でも食べるのが少しもったいないぐらいね」
「ああ確かにな。だがカビを生やすわけにはいかんだろ。今日の夕食に皆で食べよう」
冗談っぽくくすくす笑う母さんに父さんは笑って言った。
俺はそんな喜ぶふたりに作り笑顔をして、疲れたんでお昼寝します。と、部屋に戻った。
「……はぁ」
……なんだかいたたまれないな。
俺は閉じたドアに背中を預けて頭をかきむしった。さっきまでのほころんでた気持ちが急に萎えたわ。
こんな善良な高利貸し一家が貧窮してるのはぜ~んぶ勇者が悪い!
たまに父さんは青い顔をしてふらっとどこかへと出かけることがある。
しかも、帰ってくるなりさらに表情を暗く、顔を土気色にしてる母さんに慰められるのが日課なのだ。俺はてっきり、そんなにも商売が行き詰まってるのか、と心配になってふたり話を盗み聞いて愕然とした。
父さんが通ってるのは領主館で、その要件てのは領民たちの借金の棒引きをしてる――って、ふざけんなよっ!?
ウチが貧乏なのは勇者のせいかい!
と、俺は生まれたてのスライムベスのように真っ赤に震えた。貧乏をわが家に押し付け、人気だけは総取りとはどこの大魔王だ! 口惜しい。ぜったいに復讐してやる!
って、心に誓ったもんだが、肝心の父さんにはやる気がない。
「勇者様に頼まれては嫌とは言えない……たとえいま私たちが苦しくとも、なんとかしていこうじゃないか」
なんだよ、その骨抜きされたミイラさんは。いまじゃ、勇者の言い分そのままに儲けもでない低利率で貸し付けてるし。商売っ気を棄てちゃ、商人失格じゃね?
って、俺はあきれ果てたもんだけど……父さんの、その、炯々と光ってる目が怖いんだよね。なんかそのうち、勇者教でも始めそうな悪寒がする。まあ、開闢して早々、勇者に討伐されるに一億円賭けてもよいが。
「あ~あ。このプランもダメかー」
父さんの家業を手伝って貧乏から脱出! なんて甘い考えをもってたことがありました。でも現実味がないし気が進まないよな。だって、俺らが出張るってことは、相対的に村が貧しいときか、危機に陥ったときぐらいだもの。いくら無視されてるつっても、高利貸しの出番なんて少ないにこしたことない。
「そう、まずは発想の転換をしないとな」
村人から金をぶんどって――なんて重商主義的な思考は止めだ。お互いにwinwinの関係になれる商売をやるとか。ン~、それとも商売のやり口を温厚にする……って、いまでも十分温厚か。
てか、もうウチは高利貸しじゃなく低利貸しじゃない? しかも借金の棒引きまでしてんだよ。なのになんで村中から嫌われなきゃならんのかね。
「さすが勇者様っ」って褒める相手が違うだろ。領主の名声が上がってうちは下がるっておかしくないかそれっ!
て、いかんいかん。
暗黒面に堕ちては貧乏がこびりついてしまう。病は気から貧乏も気からだ。
ふむ、と腕組みして考えるに、いくつか思い浮かんだプランがあるにはある。それは俺の菓子作りの腕を活かして”洋菓子店”を開くこと――だが、
「現実味がないんだよなぁ~」
俺様の備わったスキルを活かすには、どうしたって糖が必要。だがこの国に流通してる砂糖はいまだに高級品であり、俺も領主館でしか口にする機会がない。
つまりは万が一、砂糖を手に入ることができても、村民相手の商売なんて成立するどころか、親子揃っての赤字垂れ流し経営で、父さんをワロえなくなる。
「くっ、俺の輝かしい未来への布石には、お金が必要なのに……」
魔術を使って冒険者無双、するには魔術を習う必要があって、その魔術を習うためには先生を雇って覚えるしかなく、その先生を雇うにはお金が必要で、ウチには金がない!
なんて八方ふさがりなっ!
……あ~、もう! なにか真剣に金儲けの手段を見つけないと、人生が積んでしまう。なんとかせねば……。




