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LV7

 エリーゼ様は天空神エドナを信仰する巫女さんであった。

 かつてはとある田舎街の神殿にこもりっきりの生活を送っていた所、その街が突如として魔物の襲来にあった。そして、彼女自身も危ない所を勇者に助けられ――という、まさにテンプレ通りの結果。勇者に随行するパーティの一員となり、補助や回復魔術の使い手として魔王討伐に貢献したとかなんとか。

 その麗しい美貌と、天女のごとき優しい心は大陸全土でも評判となり、勇者との婚姻が発表されたとき、滂沱の涙を流した男は数知れぬという。遅まきながら、俺もそのひとりに数えられよう。

 悔しいけど、威厳に溢れる勇者の傍らでたおやかにほほ笑むエリーゼ様がいたら、どっからもケチがつかないぐらいお似合いすぎてそりゃ諦めるっきゃないよな。

 あ~あ、出会うのがもう少し早ければ。って、いまは女子の俺にはどっちみち芽はないけれども。



 ひとしきり、旦那さんを問い詰めてたエリーゼ様は「もうっ!」と腰に両手をやってご立腹。だが、その様子もかわいい。

 眼福、眼福。と拝んでいると、エリーゼ様は不意にこちらを振り返った。


「貴女はフレイちゃん、でよかったかしら? これから朝食なんだけれど貴女もよければどうかしら」

「ほんとですか?」


 とくに断る理由もないので「行く行く―!」と、はしゃいで答えると、クライス一家と揃って、領主館へと向かった――のだが……我ながらこんなみすぼらしい姿で領主館をくぐっていいのかね。所々がほつれてるし、訓練で汗かいたから臭いと思うんだけど。

 いやさ、クライスさんは気にしない風だけど、エリーゼ様に誘われた時、ジョセフなんかは少し表情が曇ったのだ。

 見知らぬ子供が気軽にくぐっていい場所じゃないよね……やっぱ、遠慮しとこうかな。


「どうかしたの?」

「い、いえ、……あの、やっぱりわたしはウチに」

「そんな子供が遠慮なんてしないの! 主人が無理を言って付き合わせたんだから」


 ね。と、ばかりにこちらに差し出してくれた手を、躊躇しつつ握ると、やさしく包むように握り返してくれた。うわぁ……なんだかそれだけで天にも昇る心地だ。


「それよりシャナン? フレイちゃんが腰にさした剣を引き摺ってるじゃないの。貴方が持っておあげなさい」

「え?」

「幼くとも貴方は騎士の子です。女性への気遣いとやさしさがないといけませんよ」

「……ハイ」


 チッ、とシャナンはあからさまに舌打ちして、俺の手から乱暴に剣を受け取った。

 ふっふーん! とさらに俺は気を良くしてエリーゼ様にだけ「ありがとうございます」と、感謝の念を捧げる。

 あぁ、有無を言わさぬ淑女然とした振る舞いに後光がさしている!

 こういった気遣いも優しさも持ち合わせてる人って、男女を問わずに憧れるよなぁ……俺も将来こんな人に――なったらマズイか。てか、淑女になっても近寄る男がウザいし、かといって野性味剥き出しの女ってのも違う気がするし。これから先、どういう振る舞いを身につけるべきなんかね。




 領主館は黒檀の建材を使っているせいか、見た目からも頑丈な造りだが、内装も華美な雰囲気がまるでなかった。

 質実剛健を表すように、目立った調度品の類も見当たらず、それでも寂しい印象でないのは、日頃の掃除がしっかり行き届いてるからだろう。

 そのなかでも面白いのは、隅っこに置かれたデカイ花瓶に、庭でつんだ小さな花々が飾られていて、不釣り合いにも逆にかわいらしい。


「朝から動いて疲れたでしょう。たくさん召し上がれ」

「ハイ! ありがとうございます」


 うわーい! とがっつきたいけど我慢、我慢。

 仮にも目の前にいる人たちって領主様だからね。クライスさんやシャナンも神妙に口をつけてるので、俺も気を付けながらスープに手を付けた。

 ……ああ、塩味がきいてる。こっちのベーコンも下味がついてるし、白パンも柔らけぇ。こっちの世界に来てからといもの、メシには苦い思いしかないからなこれだけでじんわり涙が出そう……。

 あ、そっちのバターも塗っていっすかね? いや~、朝食だけをいただきに毎日来たい。

 感動に震えつつ上品に貪り尽くしていくと、クライスさんが不躾な視線を俺に向けてた。……俺、喰いすぎてました?


「なんでしょうか、領主様?」

「いや、オマエは奇妙な奴だ、と思ってな」

「そう、ですか?」

「村の子供は、私の前に立つと緊張しきりで言葉はおろか、水も喉を通らない。という有様だからな。それが、オマエは領主の前にでも物怖じひとつせず、かといって、まったくの作法知らずでもない。普通の村の子にしては……妙だな、とな」


 ゲッ!?

 よそ行きの振る舞いをしたのに。ヤバイ、怪しまれてる。

 でも、考えてみればそっか。いくら領主様の前で緊張したとこで、そもそも村の子供はマナー教育なんてされてない子供がほとんどだ。それが作法だなんて守れるわけがないじゃん。

 くっ、俺様としてはマズったぜ。いまから皿に口をつけて啜る……ってのもあざといし、誤魔化すっきゃない!


「さ、さぁ……わたしは普通にしてるだけなので、よくわかりません」


 しら~ん。ととぼけるも、クライスさんは納得いかなそうに俺の顔を探るようにしてる。

 ……うっ、さすがは勇者。このプレッシャーは伊達じゃない。こちらになんの非がなくても「ずみません! ずみまぜぇん!」と、土下座謝罪したい誘惑に駆られる。が、しか~し、俺には幸運の女神さまがついていた!


「もう、貴方? せっかくフレイちゃんが来てくれてるのに、そんな詮索しないでも良いでしょう?」

「む、それはそうだが……」


 クライスさんはエリーゼ様に渋々答えたら、脇腹にエリーゼ様が掣肘を繰り出されて、「グッ」と苦悶した。

 

「……ま、まあ、そう、だな。子供のうちにマナーが身についてるのは、悪いことではない。かく言う私も作法を身につけたのは旅に出て、様々な身分の人と会うのに必要だったからだ。生まれながら身につけるものなど、生粋の貴族以外にはおるまい……そこのシャナンのようにな?」

「父様!」

「ふふっ。今日はちゃんとしてるのも、フレイちゃんがいるからかしらね。普段はパン屑を散らかしたりスープをこぼしたり大騒ぎなのよ」

「そんなことはありません。僕はいつでも作法は守っている!」


 顔を真っ赤にしてる時点でお察し~。てか、最期の言葉をなんで俺に向けるかね?

 それにしても、クライスさんの悪い笑顔が気になる……なんか口端がニヤリと吊ってて「策略がうまくいったわい」って言葉が顔に書いてあるぞ。

 勇者のライバルなんてゴメンだよ。勇者の血統のシャナンは、成長するたび加速度つけて伸びてくだろうけど、俺が伸びる保証はないし。俺は普通の異世界人ですから。


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