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エスカドス戦記  作者: ひび割れた埴輪
盗賊騎士
30/32

29 シーラ/世界を巡る旅

「べ、別な部署への辞令、ですと……?」


 慣れもしない聖剣を使った反動から、一週間まともに活動できずに思いもかけず休憩と事後処理を余儀なくされた俺。

 それが明けて久々に騎士団に顔をだした際、まず挨拶とお詫びをと思い顔を見せたアルス様にいきなり突きつけられたのがこの仕打ちである。


 それは騎士団は大きな組織で、それぞれに色々なことをやっているのだから辞令の一つも出ることはあるだろうが、俺はまだアルス様に拾われてからまだ一年。

 しかもその間ほとんど通常の騎士としてではなく、密偵としてほとんど盗賊に同化するような任務に取り組んできた。

 その密偵がこの間のグスタキオのゴミ屑カス野郎のせいで少しばかり怪しくなったのは確かだが、短い期間で心からの忠誠を誓えるほど尊敬するアルス様にこんなにも早く三下り半を突きつけられてしまうとは……。


 どうみても戦力外通知である。ひどいわ! 最初から(コネ)だけが目当てだったのね!

 ……ああ、マジで結構凹むんだけど……。


「いや、僕としても非常に遺憾ではあるんだけれど、ちょっと上の、どうしても断りを入れられない相手から圧力を掛けられてしまってね、既に君の処遇は完全に決まってしまっているんだ。残念ながら君にも僕にも拒否権はないんだ。ま、運命だと思って受け入れてくれないか。

 あ、ボウセン君に確かめてもらった結果だと、クメイト君が密偵だという情報は幸運にも漏れていないようだから、そちらの方については安心してくれていい。最近はリッシュくんの活躍も目覚ましいし、既に十分といっていい成果も上がっているしね。

 この分なら僕が以前の任務に復帰する流れも近いだろうからキリがいいといえばいいし、今からここにお出でになる方の下でしっかり頑張ってほしい」


 そのアルス様らしくない、窓際送りのテンプレみたいな言葉を聞かされて更に絶望感が募る。

 しかもクメイトがOKってことは俺も多分バレるところまでいってないじゃん。

 実際密偵の任務は顔の広さが段違いのクメイトや、入り込みのうまさが半端ないリッシュがいれば俺なんかおまけではあるんだが、その条件でも左遷となるとやはりもっと凹む。


 だめだ、この若さでそういう扱いをされるということは俺はきっと騎士として生きていてはいけない人間なんだ。

 もう死のう。いや、死ぬのは経験上おっかないし苦しいから、これからはあれ以来滅茶苦茶俺に優し甘いミツハに一生養ってもらおう。

 そうだ、そうしよう。ミツハとの契約で払うはずだった金はシーラ様がマツリを治療してくれたので結局払わなくて済んでしまったし、その気になれば俺が金に困ることなんてないんだ……。いや、払うといっていた金を払わないのはどうかと思うのだが本人が受け取ってくれないのでは仕方ない。

 でもあの子、俺に金銭面で迷惑をかけまいとするあまりまた変な辻斬りとか始めないといいんだが。

 ミツハの愛が重い。


「誰がいつ立場を使って圧力など掛けましたか。あれは正当な貸し借りの清算です。それに本人がどうしても断るというのなら変更の用意はあります。今からお願いをするというのに、人がいないところで人聞きの悪いことを言わないでください!」


 いつの間にか心の中でミツハの心配をしていると、俺達がいる部屋の扉が開き、その新しい上司であるらしい人の声が聞こえた。

 あれ、俺どんなにトチ狂ってもこの声は忘れない自信があるんだけど……。


 これって、やっぱり。


「や、どうもシーラ様。態々こちらまでご足労いただきましてありがとうございます」

「シーリスフィア様……」


 つい、姿を現したその方の名前がつぶやかれる。

 そんな俺に、彼女は微笑みとともに振り返ると気遣いの言葉を掛けてくれた。

 そのお顔と声、そして流れる銀の髪は、何度見ても慣れずに、とても美しい。


「こんにちは、ソラ。マツリさんの治療をしたときには会いませんでしたから、あの夜以来ですね。

 その後、体の加減はいかがですか? それに、貴方にはシーラと呼ぶようお願いしていた筈ですが」

「こ、こんにちは。お蔭様でもう体のほうはすっかりと……。その節は大変お世話になりました、シーラ、様……」


 マジかよ、上司ってこの人か!?

 わけがわからないながらも一気にテンションが上がってきた俺に、


「貴様! 不敬であるぞ! 畏れ多くも王族たるシーリスフィア様に対して馴れ馴れしいにもほどがある! 一体普段どんな教育を受けているのだ!」


 と以前見たシーラの御付き女性騎士から冷水のような言葉がかけられる。

 どないせいっちゅうねん。

 それに俺が受けてきた教育なんて、決まってるだろ。皆大好きストーキングと不法侵入、その他諸々の訓練ばっかりだよ!


「やめなさい、マリア。先程言ったように、彼には私からそう呼ぶようお願いしました。いつの間にか勝手に呼び始めたどこかの英雄とは違います。そうですね、今後外での都合もありますし、この機会に貴方もそのように改めていただけると助かります」

「王族の方は割とフィアフィアと続く名前を普段使いにするのをお嫌いになりますからね。私としては気を利かせたつもりだったのですが」


 その御付きを嗜めつつ何か皮肉を混ぜるシーラと、それを意に介した様子のないアルス様。

 うーん、この二人やっぱり微妙に距離感が近い気がするな。

 王族と国の英雄なら当たり前かもしれんが……。俺が街の方の聖堂で起きたときにも何故か一緒にいたし。

 美形同士お似合いとはいえ、やはり気になる。アルス様、もしかしてロリコンじゃないですよね?


「シーリ、シーラ様がそう仰るのであれば、勿論従いますが……」

「ありがとう、ではそのように。さて、ソラ。本題に入りますが、先程言ったように今日は貴方にお願いがあって参りました」


 未だ不承不承といった態度のマリアと呼ばれた従者の言葉を軽やかに流し、シーラは改めて俺に前口上をつきつける。


 アルス様から払い下げられた先の受け手がこの方というのであれば不幸中の大幸いというか、他の今まで見たこともない人の下で働くよりよほどいいのだが、王族の人が俺にするお願いってなんだろう……。

 そりゃまあ聖剣がらみということぐらいはわかるが、やっぱり返せとか言われるのかな……。

 ひどいわ、貴方の方は財産だけが目当てだったのね!


 まあ例えそうだとしても、俺には姿勢を正してそのお願いとやらを聞くしかできないんだが。


「私はこの度、以前より考えていました一つの行動を実行に移したいと考えています。貴方にお願いしたいのは、他でもないその間のお手伝いということです」


 一つの行動と、その間のお手伝いって……。

 聖剣を使ったお手伝い……究極の料理? なわけないから……まさかクーデターとかか?

 嫌だなあ、いくら俺が普段盗賊の真似ごとしてる不良騎士だってそう簡単にそんなこと手伝えるわけないじゃないですかー。

 まあ、アルス様とシーラがやるならそっちに付くは付くけど。逆側について聖剣同士とかでアルス様とぶつけられるとか御免だし。


 脳内で勝手に二人を反乱軍に仕立て上げている失礼極まりない俺の妄想など知る由もなく、シーラ様の言葉は続く。


「その行動とは、口にすれば何のことはない、各地の説得周りです。これより訪れる危機に備え、現在幾つもの組織に分裂している人間達を、そして可能であるならば不可侵にある比較的友好な関係にある四つの亜人種たちに協力を呼びかけたいのです」

「いや、それは……」


 難しいんじゃないかな、と言いそうになったが途中でそんな感想はわかりきっていると気付いたのでやめた。


 俺はダメダメ騎士モドキなのでとてもそれ関連の知識が怪しいが、それでも現在の主要人間組織があまり仲良くないことくらいは知っている。

 もう一つの大国ミンガラムは昔ザフィアスから独立して以来、小競り合いが絶えずに何度かガチで遣り合う仲で目下のところバリバリの敵対国だし、ギルド連合はそもそもの成り立ちがそれら王国らいずれもの支配を嫌った人間の集まりだという。

 他だとナナギ共和国は何かにつけて他に対して無関心だし、エメス神国は何というか色々理解できないので個人的に関わり合いになりたくない。

 人間同士でさえこの有様なのだから、見た目や考え方、文化道徳が根本からして結構違うらしい亜人種とうまくやるのはより難儀するだろう。


「勿論、簡単でないことは百も承知です。それでも私はやってみなくてはならないと、いえ、やってみたいのです」

「僕からもお願いするよ、ソラ。シーラ様の行動の成否は、僕が君に無理をいう切っ掛けとなった目的であったこの国の治安レベルの早期回復を為す意義にも関係することだからね」


 そう、そんなことはこの二人なら俺の百倍くらいはよくわかっているだろう。

 だから、それを押してシーラがそれを為さんといい、アルス様も支援するというのなら、俺が口にすべきはそんな所感ではなく。


「理由をお聞かせください。シーラ様がその難行を為そうとする、その意義を」


 その目的を問うための質問だ。

 実際のところ俺に拒否権があるのかないのかはわからないが、そんなこととは関係なく俺にはこの質問の答えを聞かなくてはならない予感がある。


「はい。この旅の最終的な目的は、人類の未来を守ること。

 遠くない未来に訪れる、人類の危機に対抗するための戦力の調達と、統合です」


 それはかつて、俺をこの場に導いた人物が、俺を密偵に引き入れる場で少し触れたのと同じ内容。

 あの時はわけもわからぬまま流してしまったけれど、聖剣を取った今こそ、この国の騎士としてその内容を確かめよう。


「その人類の危機とは? そして、そんな危機が起きるという根拠はなんですか?」


 シーラは俺の問に一度頷くと、迷うことなくその可憐な口を開く。

 自分の願いが心からのものだと、真摯に訴えかけるかのように。


「一つ目の問から順に答えましょう。その人類の危機とは、人類生存圏への魔族大侵攻、それに伴う魔族とのこれまでにない規模での戦争です」


 人類領域への魔族の侵攻。


 現在の人類にとって最大の脅威といえばまず浮かぶのが魔族であり、侵攻してくるとなればそれは確かに危機と言えるのかもしれないし、可能性がない話というわけではない。

 そういう意味では頷けなくもない言葉ではあるが、しかし多分に疑問は残る。


 それが何故大規模で起きると断言できるのかということと、脅威の度合いの問題だ。

 ある意味で魔族の攻撃は現時点でも日常であり、それを千年以上に渡り撃退し続けているというのがこの国の現状なのだから。


「二つ目の問については、僕からも少し口を挟ませてもらおう。

 ソラももう気が付いているかもしれないけど、シーラ様には普通の人間とは少し違った特別な『力』がある。君も何度か目の当たりにしているはずだけれど、心当たりはあるかな?」


 横から加えられた、俺の疑問に回答する前の前提を説明しようとするアルス様の言葉に、俺は先に頷いてから答えを簡潔にするための間をもらう。

 これまでシーラと会い、言葉を交わし、更に行使された力と触れた際に感じた違和感。

 それらを総合し、考えられる力と言えば……。答えは、俺の中では一つにはならないのだが。


「特殊な治癒魔術と……もしかしたら他者の思考、を読む能力?」


 あ、あと聖剣のロック解除も多分そうか。

 うん、それぞれにあんまり関連が見出せなくて纏まらんね。


「大体、御明察と言えるだろうね。

 でもソラが体感したその二つに加えていくつかあるんだけれど、その『力』は魔術や闘気と同じで表し方によって幾つかの現象として発現するが、その本質といえば一つなんだ。

 それは、ずばり言ってしまうと【神】と呼ばれるべき存在と通じる力。

 事情を知る一握りの者たちの間ではそのままに『力』、もしくは【神通力】と呼んでいる。

 ソラが見てきた力の詳細については後で説明していただくとして、今は先程の話の根拠になる力だね」


 大体合ってはいたらしい。

 治癒の方はともかく読心の方は半信半疑だったが、まあ初めてあったとき手に触れた際の反応からして何かはあるのだろうとは思った。

 あのゴーボ-ンの悪事を暴いた信頼できる手段ってのもそれだな、きっと。そりゃ頭の中を覗ければ確実だわ。

 俺も、ちょっと自分について読まれた内容がどの程度のものなのか、すごい気になるというか怖いんだけど……。多分触らないと使えないっぽいので大丈夫だと信じたい。

 あれだけなら、大丈夫だろ、うん。


「私が発現できる限られたその神通力の形態の一つに、極めて限定的な範囲と事象に関する予知能力というべきものが存在します。

 その力で予知されたのが、先程お伝えした大侵攻。これまで一つの種族内でもバラバラだった魔族が種族の垣根を越えて集結し、人類に戦いを挑むという状況です」


 アルス様の言葉を自ら引き継ぎ、シーラは自身の力を語る。


 しかし、予知ときたか。

 限定というのがどういったものなのかにもよるが、本当ならすごい力なんじゃないだろうか。

 待てよ、じゃあ俺がミツハに殺されかけたとき聖堂にいたのも予知か?

 いや、どうもそんな感じでもなかった気が……、あれが演技か? だとしたら中々の役者だが。

 うーん、微妙。


「約三千年前、人類種がそれ以前にあった栄光から突如として転落し、逆に苦難の時代へと陥ったことは知られている歴史です。

 人と亜人が、ともに世界の北端ごく限られた地域に押し込められての生活を余儀なくされた、人類史上最も人が弱かった時代。その始まりと魔族の台頭の時期がほぼ重なることから、その時古代人類を滅ぼしたのも今私たちが恐れている事態に近い状況が発生したと考えられています」


 おっと、力の方ばかり考えていて予知の内容に頭が回っていなかった。

 かつてエスカドスに栄えていた古代人を滅ぼしたのと同じ魔族による災害の予言……か。

 古代人の事も、魔族の事も全くといっていいほど知らない俺には実感がわかないというのが正直なところだが……。

 ただ、聖剣を握った時に伝わってきた情報とは一致しているかな? 実は今ではあの時大量に流れてきた知識が一部を覗いて頭から飛んでしまったのだが、それでも覚えている内容と基本的にはつながっているはずだ。

 少しだけ、齟齬がある気もするが……。


「かつて、世界のほぼ全てを手中に収めていた古代人間種。彼らは今を生きる人類と比べ、遥かに優れた力と高い技術を誇っていたといいます。

 その彼らは、全ての個体が例外なく私と同様の、いえ違いますね、私とは比べ物にならない自由度でこの神へとつながり得る力を行使することができた。

 そんな、当時この世界の寵児ともいえる存在だった彼らさえ滅ぼした魔族の底力は、私達が想像しているのよりも遥かに強力なものである筈なのです」


 そう思っていたらシーラが古代人について教えてくれた。


 その内容は、驚くべきものだ。

 古代人は全員がシーラと同じ力を、もっと優れた形で使用できた?

 今語ったような予知やテレパシーぽい力、それにあの桁違いの回復能力のような力を自在に使用できたというのならそれは確かに強力極まりない存在だっただろうが、それを滅ぼすことができるほど魔族の本当の力は強力だというのか。

 それに、そんな人間っていうのは本当に俺達とつながった存在なのかな? そもそものルーツが違う別種と考える方が無理がない気もする。

 いや、シーラという今でも神通力を使える例もあるし……。でも、シーラとあるいは王族は実は古代人、とかいう話もあり得るか?


 微妙に情報を処理しきれていないが、とりあえずは続くシーラの声に耳を傾ける。


「歴史上一度は地の果てに追い込まれた人類は、それでも諦めずに必死の奮闘をもって魔族達へと挑み、今では世界の半分までも奪い返すことに成功しています。

 そんなことができたのは、同種族間でも互いに憎み合い殺し合う魔族の性質に助けられたという側面が大いにはありますが、どん底からでも立ち上がった多くの不滅の意志をもった戦士と、それを纏め上げた英雄の活躍、古代人の中でも特別に強い力をもった個体が残した五振りの聖剣の存在。そして何より、全ての人々が同じ目的に向かい手をとっていたという事実が大きく影響したのは間違いないのではないでしょうか」


 うーん、この辺りに一番齟齬を感じかな?


 剣から伝わってきた情報によれば、確かに皇帝マルクトアは「戦い」の前には人間種を纏め上げており、それでも尚その戦いに敗れた。

 その戦いがシーラが未来に予知したのと同じ魔族とのものであるというのなら、魔族と、当時より弱くなって数も減っただろう人間の間には更に大きな差ができているはず。


 にもかかわらず人間はその後世界を半分までも取り返した。

 これは、ちょっとおかしいというか不思議なことなんじゃないだろうか。

 いや、その戦争の際には両方がそれぞれに団結していたからいい勝負になって、その後は魔族が仲間割れし人間の方は弱くなったために更に団結し聖剣もあったから何とかなったと考えれば、辻褄が合わないこともないかな?

 それでもかなりの違和感は残るが。


「それに比して今の人類はどうでしょう。魔族達が与えてくれている気まぐれとも言える平穏に酔い、亜人種達とは愚か同じ人間同士達でさえいがみ合い、互いに協力することのない幾つもの枠組みに分かたれているでのはないでしょうか。

 只でさえ人類一人一人の力が落ちているというのに、こんな状況で、かつての古代人をも滅びへと追いやった大侵攻のときを迎えたとしたら、今度こそ人類は一遍の可能性も残さずに絶滅へと追いやられてしまうように思われてならないのです」


 感じる違和感は今は置いておくとして。

 その後のシーラの言葉に関しては、それはもっともかもしれないな。

 今度は逆に人間が分裂している状況で魔族だけが団結するような状態になるとしたら、今度こそ全く勝負にならないだろう。

 シーラのいうように今度は復活の可能性さえ残らずに滅びきってしまうような気がする。


 しかし、だからといって……。


「流れは何となく理解できた気がするのですが。その、シーラ様には何か手がおありなのですか? この話を各地の要人達に信じさせ、全力の協力をさせるための手段が?

 私はシーラ様の力もお人柄も目の当たりにしているので無条件に信じますが、残念ながらそうでない人達がそう簡単に動いてくれるとは……」


 全国でシーラ様握手会&力お披露目ショーとかやれば何とかなるのかな?

 いや、直接は予知能力の証明にはならなそうだし、信じたと言ってくれても今仲違いしている人たちが心から協力するかというと……。

 まあそれをやれば追っかけみたいなのならいくらでもできそうではあるが、セオドリー然りいざという時に頼れない見方ほど厄介なものもあまりないぞ。


「……ありません。この神通力以外に何の力も知恵もない私には、この話を信じさせ、状況を克服し、人々を説得するための確実で具体的な方法を見つけることはまだできていないのです。

 そんな私が貴方達を巻き込んで各地を回っても、要人を説得するのは愚か会談を得るまで漕ぎ着けることさえできないのかもしれない。私だけでなく、信じてついて来てくれる人がいても、その人にもとても惨めな思いをさせることになってしまうかもしれない。それは、とても恐ろしいです」


 そう告白するシーラの顔は、今まで見たどの表情よりも硬い。

 その顔はどれほどの言葉を尽くすよりも、その告白が本心であると雄弁に語っているように見えた。


「でも、私は動きたい。

 かつて、最後に人類を率いた皇帝マルクトアは丁度今と同じように平穏から多くに分かたれていた人や亜人を言葉で纏め上げ、皆で来るはずの戦いに備えた。

 結果は無残だったけれど、それでも彼が多くの人の信頼を勝ち取り、荒唐無稽ともいえる話を信じさせることで人間種を纏め上げたという事実は残っているはずです。

 私は信じます。お飾りとはいえ今なお彼の名の一部を継ぐものがいて、彼の力を伝える聖剣さえあったというのなら。彼が見せた人間種結束の可能性だって、きっと残っているのだと」


 だが、それでも彼女は、動くといった。

 自分と、残された古代人の力と意志、そして見ず知らずの他人を信じて先へ進むのだと迷いなく言ってのけた。


 そんな彼女の意志を、俺は貴いと思った。

 いくらそれが夢見がちで現実に即していなかろうと、それでも自分の意志で動くのであれば、それは尊敬できる挑戦であるはずだ。


 だから、俺は彼女に付いていこう。

 それはもう決めた。

 決めたけれど、最後にもう一つだけ聞いておきたいことがあった。


「最後に、一つだけ聞かせてください。何故、私なのですか?」


 短い言葉に幾つかの意味を込めたつもりの質問に、シーラは微笑みを浮かべ、真っ直ぐ俺の目を見つめると、今度も迷うことなく答えを口にした。


「私が、貴方がいいと思ったからです。貴方なら頼り、信じられると。

 ……私が赴く旅は、過酷なものになると思います。失敗するだけならまだいい。道中で、ただの病や魔獣に倒れるかもしれない。この国の王族を憎む者や、団結の動きを邪魔に思うものに殺されるかもしれない。例え全てを犠牲にし、成し遂げたとしても、大きすぎる力の前には何にもならないかもしれない。

 それでも、私は貴方に頼みます。どうか私に、それを為すための力を、貴方の力を貸してください」

「――」


 その時、自分の中で何かが生まれたような気がした。

 いつかどこかで誓いを立てたときによく似た、でもそれとは少しだけ違うその気持ち。


 あるいは突飛しすぎているとさえ思える、彼女の言葉の裏は知らない。

 そこに、うっかり俺に渡してしまった聖剣をうまく利用しようとする意志がないはずがないとは思う。

 幾ら相手も心の内が読めるとしても、そう簡単に他人を心から信じるなんていうのは逆に胡散臭いという考えはは確かに俺の中の冷静な部分に生まれている。


 だが、そんなことは問題じゃない。

 俺にはシーラのように相手の内心を探る術などない。だから元より俺には、人の考えていることなどわからず、信じるということと思い込むということを明確に切り分けられない。


 だから、今はこの胸に生まれてしまったものに従うのだ。

 そして今回その行動は、人を信じた皇帝の力を宿すこの剣をとった責任を果たすことにもきっとつながるはずだ。


 彼女は、俺に頼むといった。

 例え言葉だけでも、聖剣の力ではなく俺自身を信じ頼りたいと。

 それを聞いて、昔アルス様に誓いを立てた後でさえも空白だった部分が、埋まったのだと思えたのだ。


 だから、俺は、今ここでまた新たな誓いを口にしよう。


「この剣と、二人の祖父の名にかけて力の限り貴女を守り、その旅をお助けすることを誓います。

 どうか、私をお連れくださり、この剣を盗った責任を果たさせてください」


 その言葉を聞いた少女はもう一度微笑むと、一度手を差出そうとしながら、慌てて自分の力を恐れるかのようにその手を引っ込めようとする。

 その前に俺は手を伸ばし、彼女の手が戻される前に捕まえた。


 彼女はそんな俺の行動に少し驚いてから、それでもまた笑顔を浮かべ手を握り返してくれた。

 どうやら、俺の不敬な行動は許してもらえるらしい。


 さあ、今すぐにでも出発しよう。

 ここまで俺を導き守ってくれた剣と、これから俺が共に歩み守るべき少女の腕をそれぞれの手に。

 俺は今度こそ100%自分の意志で、これからこの広い世界(エスカドス)を廻る旅路へと一歩を踏み出すのだ。


――――エスカドス戦記『盗賊騎士』 了――――

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