E エスカドス戦記
「ふう、結局シーラ様に新人を二人も連れていかれてしまうね。せっかく組織が若返ったというのに、あっという間に年寄り所帯に逆戻りだ」
最後に少年と少女の微笑ましい遣り取りを見届けて、彼らが部屋を去った後、思わず愚痴っぽい言葉が零れた。
それを耳ざとく拾った副官は、中々に耳の痛い言葉を返してくれる。
「この若手集団を捕まえて年寄り所帯とは、あんまりすぎるお言葉です。第一、それを許可なされたのはアルス様ではありませんか。折角実用性と将来性を兼ね備えた期待の新人でしたのに。
それに二人ということは、彼らに同行させる騎士はやはり……」
「うん、リムルにお願いしようかと思っている。不安はなくはないけど、それが彼女にとってもきっといい方向に行くんじゃないかな」
そう言うと自然、少し歳の離れたこれまで接点の少なかった妹のことを思い出す。
最近稽古を共にしたとき、少しだけ彼女の剣に変化があったように感じた。
余人に解るようなあからさまな変化ではないが、血を分けた肉親である自分には彼女の剣の奥深くに潜んでいたぎこちなさ、歪さが解けていたように思えたのだ。
その鍵は、きっと直前にあった彼女と少年がともに赴いて解決した事件の中で見つかったのだろう。
それは兄として、とても喜ばしいことだ。
剣の実力も以前は少しばかり伸び悩んでいたようにも思えたが、最近の調子だとまだまだ十分に伸びることだろう。
二人の間にどんな会話があったかはわからないが、彼女も少年に心を開いているのは確かだし、特に問題がないようなら行動を共にさせてやるのが双方にとっていい事のように思える。
何かと優秀な自慢の妹ではあるが、生憎とこの第五騎士団の任務にはそれほど適正があるわけでもなく、心の底で友人を欲しているシーラ様にも合うのではないかと思う。
何より、妹には一度自分に替わって広い世界を見て来てもらいたいという思いがある。
きっと彼女自身も嫌がりはしまい。
「アルス様がそう仰るのであれば特に反対はいたしませんが……」
「ありがとう。でも、これからは僕達も忙しくなるね。人数が少し減るのもあるけど、それよりそろそろ本当の御役目に戻る算段も立てなくてはならない。君達にも少し面倒な仕事を手伝ってもらうことになるけど、よろしく頼む」
「はっ。何なりとお命じくださいませ」
何度言っても言葉遣いは堅いままの副官に向かって一度苦笑を見せ、自分達の今後について少し考える。
実際、自分にもそれほど他の事に気を取られている余裕はない。
本来自分のもつ聖剣が務めを担うべき北方の防衛、その時率いるべき第二騎士団の立て直し。
対魔族に特化して防衛を行うはずの彼らは、魔族達が気まぐれに見せているこのところの平穏ですっかり牙を研ぐことを怠っている。
シーラの予言はその実かなり不安定で、そのままに呑み込むことはしてはいけないのだが、例え彼女のいう事が間違っていたとしても自分にはこの平穏が何かの前触れとしか思えない。
ましてあれが本当に起こるであれば、今の乱れに乱れた騎士団では防壁を守り抜くことなど到底できはしまい。
ただでさえ一度箍が緩んだ組織を事が起きる前に締め直すのは困難を極める。
残された時間は、もうそれほどない。
だが、それにも増して少年達が赴く旅は苦しいものになるだろう。
彼らが交渉のテーブルにつけるべき人物達に、容易なる相手は一人としていない。
それは、仮についていくのが少年ではなく自分であろうとも何ら変わらないだろう。
人類が生存圏を広げてから起きた数々の諍いのせいで今では完全に断絶しきった、四種の異なる文化をもった亜人種と、一癖も二癖もあるその長たち。
ザフィアスでの権力争いに敗れたものが立ち上げ、未だその恨みを強く引きずる末裔たちが修めるミンガラム。
あらゆることに無関心を貫くナナギと、全く他者に聞く耳を持たない狂信者の集団エメス神国。
そして、最重要であり少年達も最初に赴くであろう、強力無比なエスカドスにおける新勢力ギルド連合と、その一種無秩序な集団を纏め上げるカリスマをもった七人の首領達。
中でも圧倒的な力をもつ別格、ただその称号を与えられただけの自分とは違う、文字通り世界を切り開き己の力のみでその座をつかみ取った、いずれも劣らぬ三人の英雄達。
彼ら全てを相手取った説得。
それは形はどうであろうとも、命の保証などまるでない一つの苦しい戦いであるのに間違いはない。
強大で強かすぎる相手を前に、少年達は幼く、そして甘い。
力も、知恵も、そして先程口にしていた覚悟さえも、遠くこれから挑む相手には及ぶまい。
だが、そんな少年達であればこそこそ可能性は残されているのではないかとも思う。
普通に考えればシーラを旗印に弁論に長けた交渉の経験豊富な重役が補佐につく方が、うまくいく確率は高まるのかもしれない。
だが、今回の場合そんな常識的な小賢しさや、自分を含めた大人達の打算など、むしろ致命的な足枷にしかならないだろう。
老人たちが得意なのはかねてから妥協点が存在する交渉だけだ。
そしてそのやり方では、成功しても得られるのは上辺の利益だけ。
根本から常識の異なる亜人種は勿論、同じ理の内に生きる他国の人間とさえ決して通じ合うことなどできはしない。
元より、見込みのない交渉に挑み、相手から誠意まで引き出せる見込みがあるとするならば。
それは少年達のひたむきさにしかないと思うのは、果たして自分だけだろうか。
知らず自分達の事から離れ、少年達のことを考えていると気づいたとき、部屋に再び扉をノックする音が響いた。
すぐに返事を返し、入室を促す。
入ってきたのは先程もシーラと共にこの部屋を訪れていた護衛騎士、マリアという名の一人の少女だ。
「アルス様、度々お手数おかけいたしまして申し訳ありません。シーラ様より、ソラ=シドの所属を変更するのにこちらから頂戴する書類があれば預かってくるように仰せつかって参りました」
「ああ、そうだったね。幾つかあるけど、ちょっと直には出てこないかな。後でこちらから必ず届けるようにしよう」
「はっ、畏まりました。そのようにお伝えさせていただきます」
「うん、よろしく頼む。それよりマリア、シーラ様のところでは、どうだい?」
マリアは三年程前、自分が世話を預かっていた際にシーラの護衛を一人見繕う必要があったためにそちらへ回ってもらったという経緯がある。
同意の上であったとはいえ、騎士の花形ともいえる第二騎士団から日陰ともいえるシーラの元に回ってもらったことに若干引け目を感じていないとは言えない。
彼女もシーラや少年と歳は同じくらいのはず。
当時の彼女の歳では、ある意味たらい回しにされたことは少なくとも愉快ではなかっただろう。
「問題ありません。シーラ様は自分が剣を捧げるのにふさわしいお方です。今回の旅にも私は同行させていただきますが、旅中の安全は私が命に代えても守ってみせます。無論あのソラ=シドの無礼も一度たりとも許しはしません」
にも拘わらず力強くそう言い切ってくれる彼女に少し救われた思いを感じさせられながら、後半の言葉を少し不安に思う。
彼女やリムル、そしてソラにはシーラだけでなく自分の命もしっかりと大事にしてもらわなくては。
「それならよかったが、道中はくれぐれの自分も労わるようにね。騎士が守るべきものの一つに、自分の命があることを忘れないように」
「はっ。お心遣い誠に感謝いたします。肝に銘じておきます。では、失礼します」
殊勝な言葉を発してはいるが、真面目すぎる彼女が本当の意味で言葉を聞いてくれているかは怪しい。
だが、ここで言葉を尽くしてもそれを伝えることは叶うまい。
少年には悪いが、道中での彼の活躍がそのあたりを変えてくれることも期待しよう。
去っていく彼女の背をそのまま見送ろうとして、一つ思いついたことがあり、その背中に声を掛けた。
「あ、すまないマリア。一つ聞くけど、君、筆はマメなほうだったかな?」
「は? ……はい、筆を多く取ることは全く苦になりませんが、それが何か?」
「うん、できれば君に今回の旅をしっかりと記録しておいてほしくてね。報告書を見る限り、ソラもリムルもそんなにマメなほうではないようだから」
「はあ……、わかりました。そう仰るのであれば私の方で出来るだけ正確な記録をとるように致します」
その言葉にありがとうと返すと、今度こそマリアは部屋を去っていく。
それを見送り少しだけ目を閉じて、もう一度、マリアに記録されるであろう彼らの旅の行く先に思いを馳せる。
それはきっと、一つの戦いの記録。
少年と少女達がその小さな足で世界を巡り紡ぐ、エスカドスの戦記。
ここまで、テンポの悪い小説をお読みいただきまして誠に有難うございます。
本話によって一応の区切りを迎えられましたと思いますので、これをもちましてこのエスカドス戦記というタイトルの小説投稿を終了させていただこうと思います。
(残り一話は思い切り蛇足となります)
生憎お世辞にも大勢の方というわけには参りませんでしたが、それでも何名かの方には最後までお読みいただきましたようで、作者として本当に有り難く思っております。
皆様のおかげで何とか区切りまでもっていくことができました。
以後は皆様のお書きになられました小説の感想欄や、万一ですが私の別作品等でお会いする機会があるかもしれません。
そのときはまたよろしくお願いいたします。
最後に、改めてここまで拙い文章にお付き合いいただきましたこと、重ねて御礼申し上げます。
ありがとうございました。
20150629 ひび割れた埴輪




