27 結末/勝利
「う……、あ……」
俺の聖剣の力にものを言わせた一撃を防げもせずにその身に受け、その勢いのままに背後の壁に叩きつけられたミツハは、その手にあった魔剣さえとり落とし、そのままぐったりとその壁に体を預けている。
その体は満身創痍だ。
途中から自身を狙い続けた四つの刃を完全には躱しきれず、その長く美しい手足や体にはいくつもの傷がつけられている。
それだけならまだしも、最後の一撃で大きな質量同士に挟まれたがために全身が圧迫され、恐らくは何箇所もが骨折しているのだろう。
そこには、残された反撃の力というものが感じられなかった。
ここに、勝敗は決した。
この勝利は、とても俺自身の力によるものとは言えない。
己の能力以外を対等にそろえての条件では勿論、聖剣による能力向上効果まで加えても恐らくは俺はこの女に勝ち得なかっただろう。
聖剣が持つ規格外の特殊能力に物を言わせた、拙い勝利。
だが、つい先程までただ持っていただけだったのとは違い、今の俺は自分の意志でこの剣をとっている。
ならば、この勝利を誇ることはあっても、恥じることはすまい。
ましてやこの女は、普段から対等の立ち合いという条件をかなぐり捨てて依頼を達成する暗殺者だ。
きっとこの女も、この戦いの結果に文句などはないのだろう。
ミツハは一度だけ呻いた後、何も言わない。
俺も今更彼女と語ることはない。
俺は一度、この女に殺された。
ミツハは口では俺を殺したくはないと言いつつも結局は自身の望みを果たすため、金の為だけに俺を切った。
そんな奴をここで見逃すほど俺はお人好しじゃないし、そんなことをすれば次に戦ったときに殺されるのは俺だ。
この再戦では圧倒した形にはなったが、既に俺の闘気は慣れない聖剣の制御で大半が消耗されており、実際のところは薄氷の勝利だ。
そもそもこの女が本来の仕事に徹したとしたら、例え聖剣を所持していたとしてもそれを抜く前に、戦いに持ち込むことさえできすに殺される。
そんな奴をそのままで生かしておく余裕などない。
俺は、今ここでミツハを殺す。
彼女もそれをわかっているだろう。
ならば、戦いの勝者である俺が掛けられる言葉は、今度も一つだけであるはずだ。
「……何か、言い残す言葉はあるか?」
この女は今回、流儀を捨てて誇りを賭けての尋常な戦いに応じた。
ならばせめて、最後の望みがあるならば可能な限りは叶えてやろう。
ミツハは、その俺の言葉に少しだけ目を閉じると、やがて小さいながらもしっかりとした声で、こう言った。
「……サザランズにある一番大きな病院にいる、マツリ=アメノという少年に届け物と、伝言をしてほしい。
……懐にある鍵のもとである宿の、借りている部屋にある金を、彼に……」
「……伝言は?」
「……すまない、お前は何とか生きろ、と」
ミツハは戦いの前の名乗りで、自分の姓を確かにアメノと名乗った。
ならば、その少年というのは彼女の弟のような存在なのだろう。
……確かめる気はないが、想像はつく。つまり、ミツハの闘う理由は肉親の病か。
「わかった。確かにその二つをマツリに届けよう。……だから、安心して死ね」
「……感謝する。……面倒かけて、すまなかったな」
「いいさ、こうなったらお互い様だ」
そこで、会話は途切れた。
俺は剣を構え、動かないミツハの胸の中心に向ける。
彼女の瞳から、一筋だけ光るものが落ちた。
俺は出来るだけそれを見ないように努めながら、せめてできるだけ静かに彼女の心臓に剣を突き入れようとして……。
「待ちなさい、ソラ=シド」
その少女の声に動きを止めた。
背後を振り返れば、俺を救ってくれた少女、シーリスフィアがいつの間にかすぐ近くまで来ていた。
「……何でしょう、シーリスフィア様。例えどれだけ弱っていても、この女は危険です。お離れ下さい」
「彼女を殺すのは、やめなさい。それに実はその名前はあまり好きではありません。以後はシーラと呼んでください」
見たところミツハにはもう動くことはできないとは思うが、それでも完全に安全とは言い切れない。
それを指摘して離れさせようとする俺に向かい、シーリスフィアはとても聞き入れられないことと、聞き入れることはできるがよくわからない、この場にはそぐわないことを要求してきた。
少しだけ、身を包んでいた緊張が削がれる。
「しかし、し、シーラ、様。彼女は私や、王国にとっても危険な存在です。今この女を逃がせば、次会った時に殺されるのは私の方です。逃がすわけには参りません。
それにこの女は今まで何人もの罪のない人間を殺めています。この場は殺さずに捕えたとしても、どのみち極刑は免れません。ならば、せめて彼女のことを少しだけでも知っている、この私の手で」
「……そうだな、やめておけ。今少年が言ったように、もし私を逃せば私はまた乞われるままに人を殺す。それだけでなく自分と、弟が生き永らえるためになら、どんな手段にだって手を染めるだろう。それでも、自分の手も汚さずに裁きだけを下す人間と、それに従うだけの連中に裁かれるのも御免だ。
だから、ここで殺してくれ。……私にとっても、それが出来るせめてもの償いだ」
シーラの言葉を、論理だてて否定する俺の言葉に、目の前の少女からでなく背後のミツハから同意がなされる。
俺のいう事は間違っていないし、実際にこれから殺される当人だってそう言っている。
これなら、いくらこの少女が甘く優しかろうともミツハを庇う理由はもうないだろう。
だというのに、シーラは迷う素振りもなく違う言葉で同じ要求を繰り返す。
「それでもです。……私も、少しだけ彼女を知っています。
彼女は少し反りを帯びただけの剣です。彼女の行ってきた誤った殺人は、全て使ったものが望んだことでしょう。彼女自身は使い方しだいでは薬にも毒にもなるはずです。騎士達も、己が信ずるもののために剣をとり時に人を殺すのですから。
……聖剣をも使いこなした貴方なら、きっと彼女も使いこなせるのではないですか?」
知っている、か。
確か戦いの前、聖剣を前にした遣り取りでも、彼女は俺に向かって同じ言葉を使った。
そのときは、そこから続く言葉がすんなりと腑に落ち、またそれが俺の背中を押してくれたのは確かだ。
だが、だからといって今回もそれを簡単に聞き入れるという訳にはいかない。
シーラのいった事は詭弁だ。今の言葉は俺には目の前にいる死にかけの人間を救いたいがためだけの綺麗事にしか見えない。
確かに実際に殺しを行ったのはミツハでも、それを望んだのは頼んだ人間であるだろう。どちらにより否があるかを問えば後者だという考えは理解できる。
だがそんなことは彼女の驚異的な暗殺術でわけもわからぬまま殺された被害者にとって何の慰めにもならない。
彼女は金の為にその力を半ば無作為に提供し、本人であれば為し得なかったであろう暗殺でも成功に導いてしまっている。
ミツハがこれまで何人の人間を殺してきたのか知らないが、話に聞いた限り少なくとも五年前からはそうしてきているはずだ。その期間の中で殺されるほど悪い事を何もしていないのに、逆恨みや嫉妬で殺された人間がいないとは俺には思えない。
それを見逃そうなんてお人好し過ぎるし、多分許されることではない。
「綺麗事だけでは世界は回らない。一般論であり、同時に王国の英雄と呼ばれる人物の口癖でもあります。彼も望む、人類の存亡を賭けた戦いで勝利を得るためには戦力は一人でも多く必要なのです。
……これほど強力な剣士である彼女を殺すのは、勿体ないです」
迷うというよりは反論の言葉を選んでいた俺に、聞き覚えのある言葉が掛けられた。
使われた意味は違うけれど、いつか自分がいって貰えたとき確かに嬉しかったその言葉。
それに続けてちょっと悪戯っぽい態度で似合わない言葉を挟んだと思ったら、次には大きく態度を変えてシーラは決定的な言葉を口にした。
「ソラ=シド。
シーリスフィア=マルクトアス=エマシス=ザフィアスの名において、王国の騎士である貴方に命じます。
彼女の命を救い、その力を王国と人類のために役立てなさい。
……ミツハとやら。貴方にとってもそれを受け入れる事が償いとやらになるはずです」
ザフィアス。この王国とその首都に同じくつけられた名にして、約1400年前に活躍しこの国を築いた英雄の子孫だけが代々名乗ることを許された名。
準備していた言葉も全てが吹き飛び、驚きに言葉もない。
ある程度の事は覚悟していたが、流石に衝撃だ。大分貴い身分と聞いてはいたが、まさかこの国の王家に連なる御方であったとは。
いやはや、参った。
先程の戦いでこの国の騎士を名乗ったからには、その名に基づいて下された命令には逆らえないじゃないか。
……仕方ないなぁ。
「……ふう、やれやれ。俺にはスパルタなのに、敵には甘いのですね、シーラ様は」
彼女の正体を知った後だと、とても人には聞かせられない馴れ馴れしい軽口を口にしたその時、口ばかりか心までが軽くなっている自分に気が付いた。
結局俺はどうやら、いつか不思議な昼食でこちら側へ来るなと俺を案じたミツハを、殺したくはなかったらしい。
それは、いくら理論や規則で武装しても殺しきれなかった俺の感情。
そして騎士にして本格派盗賊でもある俺は、残念ながら時にそういうものを法よりも大事にしてしまう性質があるのだ。
大体、本当に殺さなければ済まない気だったのなら、いつかの盗賊達のように制止の声など構わず突き殺していたに決まっている。
偉そうにいっておいて甘いのは俺も一緒だった。自覚がなかった分より質が悪いとも言えるな。
「自分の国の騎士に厳しくして、取り込みたい相手に優しくするのは当たり前でしょう? 厳しいついでに、やり方はあなたに任せます。どうか、丸く収まる方法をとってください」
そんな俺の不敬を楽しむかのように、シーラは微笑みながら無茶振りをする。
本当にスパルタだな。知り合ったばかりでそんなことまで任せられるようでは、これから先が思いやられる。
だが、まあ。
自分が剣を捧げた国を総べる一族の一人に、こんな人がいるとわかったことが何故か嬉しく感じられもした。
では、とりあえずは頑張って、この場を丸く修めるとしますかね。
幸い偉い人はどうやら許してくれそうだし。
「シーラ様にも少しは手伝っていただきますからね?」
「はい?」
そこで背後を振り返り、変わらず気怠そうに壁に身を預けながら黙って事の成り行きを見守っていたミツハを見る。
彼女は事が妙な展開になっていることに対する驚きを隠さず、不思議そうな顔で自分を振り返った俺と変な事を言い出した少女を交互に観察している。
少しポカンとしたようなその顔は、とても冷徹な暗殺者には向いていないようにも見えた。
「ミツハ=アメノ。シーラ様はこう仰せだが、この国では私欲に基づいた重罪を犯した人間の処罰は死刑か、よくて奴隷送りと相場が決まっている。お前だけを特別扱いするわけにはいかない」
その俺の言葉に、ミツハは再び表情を戻して静かに頷いた。
結局そうなることは分かっていたと言わんばかりの顔をする女が横たわる前の地面に、腰に掛けていた金貨が入ったポーチを鞄ごと放り投げる。
ガチャリと重い音がして、それだけで若造には似合わない結構な額の金が入っていることがわかる。
言うまでもなく有事のために持ち歩いていた、じいさんが残した金の一部である。
「それは手付金だ。ミツハ=アメノは今から奴隷送り、だからその金で俺がこの場で買い取ってやる。
向ける方向が致命的に間違っているお前の無駄に高い能力を、精々俺がいい方向へ向けてこき使ってやる。
だから、これからは俺に従え。俺に尽くせ。今まで迷惑をかけてきた人間の代表であるこの俺のために生きて、いつか俺のために死んでみろ。
安心しろ、知っての通り俺は寛大だからな。今渡したのも合わせて奴隷とその家族の生活が守れるくらいの金は出してやる。
それに、こちらにいらっしゃるシーラ様は、こう見えてさっきの俺の傷さえ跡形もなく直すほどの凄腕治癒術師だ。お前の弟がどれだけ重病かは知らないが、先程お前を庇ってくれた以上頼めばきっと治してくれるだろう。
分かったらさっさとその金を拾って、その口で俺に忠誠を誓え。一応言っておくが、お前に選択の余地はないぞ」
「……!!」
かなり吹っ飛んだ自己中を言い切った俺の言葉に、背後で見ていたシーラから若干引いたような気配が漂ってくるが、当のミツハは目を大きく見開いた後、その満足に動かない手を必死に動かして俺が投げた金を拾おうとする。
もう少し取りやすいように投げればよかったと思うし、それ以前に奴隷を買うなら金を渡すのはミツハ本人じゃなくね、と一人反省をしていると、何とか鞄を拾い上げたミツハはそれを胸の前にかき抱き、そしてまた一筋の涙を流した。
……全く、えらく生真面目な癖に頭の悪い女だ。
やりたいことを全く顧みずやれることだけで仕事を選ぶから泣きながら奴隷なんて立場を受け入れることになるんだ。
仮にそれで得た金で弟が助かったとしてもミツハ本人の人生が潰れたら±0にしかならないだろうが、常識で考えて。
そんなことを思っている間にも、ミツハは誓いの言葉を口にする。
その姿勢は、動くこともできないと思っていたのに、かろうじてだが律儀に地面に手をついた忠誠のポーズをとっている。
「……貴方に忠誠を誓い、貴方のためだけに力を使うことをお約束します。これより私の命は貴方様の物。……何なりとお命じください、ソラ様」
……まあ、俺の鞄を大事そうに抱えて神妙に反省している様子なので、働きぶりによってはそのうちある程度自由にしてやることも吝かではないがな。
寛大な主人をもって幸せだな、ミツハは。精々それまではしっかりサービスしてもらおうか。
ところで勝手に奴隷にする判決にしちゃったけど、王族の人黙認だから大丈夫だよね?
それにシーラ様がやってくれないと今言った条件で一番大事なところを満たせずに契約不履行で訴えられるまであるんですけど、そっちも大丈夫ですよね?
し、シーラ様? そ、そんな引いたような顔されるとゾクゾク来ちゃいますよう、色んな意味で。
……こうして。ある新月に起きた戦いは、遂に俺の大勝利で幕を閉じたのであった。




