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エスカドス戦記  作者: ひび割れた埴輪
盗賊騎士
27/32

26 聖剣/最後の皇帝

「はっ!」


 先手を打ったのは、またしてもミツハだった。


 ついさっきまで取るに足らない相手であった筈の、俺の能力を見違えるほどに引き上げた鍵であろう剣の未知の能力を警戒してか、行われた攻撃は離れた間合いを保ったままの遠当による遠距離攻撃だ。

 ミツハから見て斜め前方向への瞬動で出所をごまかしつつ二連続で繰り出されたのは、ローゼス流剣技でいうところの【地走】に相当する、地を這いながら瞬く間に敵へと迫る剣閃。


 聖剣の力により、彼我の闘気量差による身体能力の優劣は既に逆転している。

 剣を抜いた瞬間から爆発的に全能力が引き上げられた今の俺が、もはやそれに劣る能力しかもたないミツハの動きを追えない道理はない。


 だというのに、俺はまたしてもミツハの動きを完全には見切れなかった。

 先程腕を落とされた時と同じ、彼女の動作の起こりが俺には捉えられない。


 卓越した暗殺技能の影に隠れた、ミツハのもつ剣技におけるもう一つの天才性。

 それは相手の呼吸を読み、その間隙をつく技術。

 同等の能力をもった相手との対人戦闘においても大きく勝敗を分ける要素となる、本来であれば遥かに長い鍛錬と経験によって得られるはずであるそれを、ミツハは圧倒的な天性の閃きによって既に容易くやってのける。


 その絶対的な剣術戦闘の技量差は、この状況に至ってもなお健在だ。

 そしてその差は、今も確実に俺の反応を一歩遅らせた。

 その一瞬のうちに、僅かな時間差で繰り出された二発の地走は狂いなく俺へと迫り、そのミスを致命的なものにする。

 ……はずだった。


 この距離でも十分に今の俺を傷つけうる速さと威力で放たれたその二条の斬撃はしかし、俺に届く前に何かにぶつかり飛散した。

 通常の闘気との干渉では生じない、甲高い音が銀に照らされた闇夜に木霊する。


「!? 何だ!?」



 今俺の手にあるこの剣は、本来その名を持たない。


 今より、約三千年もの昔。

 「人間種」が今よりも遥かに強い力をもっていた時代にあった巨大な帝国の、終末にほど近い時期。

 その帝国の頂点に、最後になるであろう一人の皇帝がいた。

 その皇帝は当時同時に隆盛を極めていた五つの種族の間を取り持ち、それらを結びつけたのだという。


 即ち、森を治める兎人(エルフ)を、大地を御する土竜人(ドワーフ)を、霊峰を総べる狼人(ライカンスロープ)を、草原を制する虎人(ウェアタイガー)を。そして、それらさえを抑え実質的に世界を制していた、彼と同じ人間達全てを。


 それまで互いにいがみ合い、殺し合ってきた彼ら全てと語り、説き伏せ、認め合い、そして共通の目的を果たすために纏め上げた。


 彼はその生の終わり、全ての種族の中で最大の力をもった王たちが皆そうしたように、その持てる『力』の全てを命と引き換えにして一振の剣に注ぎ込んだ。


 そうして生まれたこの聖剣は、決して最強の剣ではない。

 他の聖剣、彼を超える『力』を持った五人の命が宿りし剣が誇る、人知を遥かに超える能力に比すればこの剣の能力はむしろ凡庸に過ぎるというべきものだろう。



「……壁……!?」


 重ねて二回、今度は大気を切り裂きながら付近に迫る斬撃が、音を立てて見えない強固な壁に弾かれる。

 今ミツハは放ちうる威力の遠当では、何度撃とうとこの防壁を突破できない。



 この剣の持つ現在発現可能な能力は、五つ。


 一つ、手に取った人間の潜在能力を引き出し、対峙する相手の能力が大きいほどその力を増幅する。

 一つ、自らが劣勢に追い込まれるほど、剣の威力と切れ味を大きく増す。

 一つ、己が仲間と認識する者に力を分け与え、その数が多いほど力を湧き立たせる。

 一つ、火水風土雷毒、六つの属性の魔術を増幅し、瞬間的かつ感覚的な行使を可能にする。

 そして、一つ。所有者の発する闘気に実体と質量を与え、かつて彼が築いた城壁に似た盾と、彼の盟友達が用いたのに似た四つの刃を作り上げる。



「チッ!!」


 先程までよりも広範囲かつ高威力ではなたれた剣閃が、さらに三発。

 ミツハにとっても少なくないであろう闘気を消費して放たれたその攻撃でさえも、結局はそれまでと変わらずに霧散し俺へとたどり着くことはない。


 質量をもったことで通常より遥かに堅牢さを増した闘気の盾。

 例え斬ったもの全てをいずれ死に至らせる魔剣の比類なき攻撃力を転じたとしても、途中他の物質を媒介に用いる飛び道具などでは古代人類最後の時まで変わらずに人々を守った、この不落の城壁に傷一つつけられはしまい。


「こ、のっ!!」


 埒が明かぬと間合いを詰めてきたミツハの動きを、今度ははっきりと認識して万全に迎え撃つ。

 魔剣の意地をも賭け、壁と干渉し鈍い音を立ててながらも流石に守りを突破してきたその攻撃を、ガッチリと刀身で受け止め軽くはじき返す。

 馴れか、学習か。いつか、才能に恵まれずとも長い鍛錬の果てに似た技術を習得した師が見せてくれるとともに教えてくれた、無拍子打ちへの対処方法が質もタイミングも違う相手に対してようやく機能してくれた。


 逆に飛ばされ体勢を崩したミツハに向けて、今度はこちらから打って出た。

 青眼から剣を振り上げ、そのまま切り下げる。


「はっ!」

「ふっ!」


 と、そこでミツハは得たりとばかりに身をひねりながらカウンターとなる突きを放ってきた。


 先程の隙は誘いのつもりか。だが甘い。俺がこのところの九か月、騎士団が誇る屈指のミラージュ使いとの模擬戦で何度似たような攻撃を喰らってきたと思っている。

 いくら身体能力や一部の剣技が上だろうと、ことカウンターにおいてミツハが彼女に勝ることなど有り得ない。


 繰り出していたのはローゼス流剣技、雷神剣。

 俺の得意技であるこの技は、その軌道変化でミツハの突き技の払い落としと、彼女本人への攻撃を同時に行ってみせた。

 ミツハの右胸辺りが切り裂かれ、血しぶきが舞う。


 まだ浅い。情けないことに相手の獲物の長さにつられて少し踏み込みが甘くなったか。


 だが、今度こそたまらずに一旦距離と間を欲しがったミツハの動きを、しかし俺の意志を待たずに動く四本の刃が阻む。

 今まで衛星のように剣を中心に回っていたそれらの刃は、その時をきっかけに生き生きと脈動を始めた。


 あるいは風を纏いて天を駆け、あるいは岩に覆われつつも地に潜み、あるいは雷を受けながら宙を舞い、またあるいは、毒を帯びて影に踊り。

 それらの刃はてんでに思い思いの軌道を取りつつも、その全てが一つの事を為さんがために、標的となる暗殺者の身体を執拗なまでに追尾する。


「あっ……、くっ……!」


 卓越した危機回避能力で何とか直撃を避けてはいるものの、全方位から延々と襲いくる刃は彼女をもってしても完全にはかわしきれず次々とミツハの身体に幾つもの裂傷が刻まれていく。


 あるいは理不尽とさえも思える聖剣の力に嬲られ翻弄されながら少し離れた位置まで押しやられたミツハに向けて、俺は勝負を決するための技を繰り出さんとした。


 長引けば負ける。


 今この瞬間を圧倒していても、この剣により無理矢理にでも引き出されている闘気が尽きたその瞬間、俺の敗北と死は速やかに訪れる。

 容赦する余裕も、またその必要もない。


「――」


 刀身を後ろに引き、とある技の構えをとる。

 これから繰り出す技は名を【空破斬】。

 俺が今まで一度たりとも成功したことのない、ソラを馳せ標的を切り裂く遠当攻撃。


 携えるは、人間の未来を憂いたとある貴族によって見つけられ、とある盗賊によって俺にもたらされた第六の聖剣。


 そうして心と体の準備ができてから、幾分も間をおかずに俺は渾身の力と気合をこめて、その一撃を放った。


「お、おおおぉぉォ!!!!」



 この剣とともに皇帝の残した手記を発見した貴族は、それを最後まで読み進め彼を知った後、その生き様に対する最大限の敬意を込め、その剣にある銘をつけた。


 "最後の皇帝(ラスト・エンペラー)"。


 人とその意志を繋ぎ自分亡き後も人類を守ろうとした真の皇帝が残した、様々な奇跡をもって今ここにある、いつかヒトの行末を左右するかもしれない人類種最後最弱の聖剣である。



 叫びとともに繰り出したのは、未熟にすぎるただの一撃。

 遠当を為すために二番目に肝要である闘気の収束を全く無視した、お粗末極まりない渾身の一撃。


 だが、本来僅かも進まずに拡散しきってしまうだけのはずのその一撃は、聖剣により確かな質量をもった実体を得、このエスカドスに確かな足跡を残す。


「……っ、……あっ……!!」


 全くその威力を落とさぬまま広範囲へ拡散したことにより却って不可避の一撃となったその攻撃は、同時に帯びた全属性の魔力ごと容易く女暗殺者の防御をも突き破り。


 あっさりと、その重さをもってこの戦いの天秤を完全に傾かせた。

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