22 聖剣/ミツハ
程なく拠点に帰り着いた俺は、店の人への挨拶もそこそこに自室としている部屋に引っ込むと、引きっ放しになっていた布団の上に寝転んだ。
このところ治安が良くなってきたせいか知らないが店の中は前にも増して忙しく、店の人などは暇があるなら手伝えといわんばかりの視線を送ってきてはいたが、悪いが今はそんな作業には手につきそうもない。
理由は、まあ、先程見させられた戦闘だ。
考えずとも思い出されてしまう先程の激しい攻防。奇襲から始まったことによる劣勢を跳ね除けて最後に格の違いを見せつけたアルス様の超人的な実力は勿論、敵ながらそのアルス様を一時的に押してさえいたミツハの戦いぶりも未だに頭から離れない。
まあ早すぎて全部は見えていないんだがな。
ああいうのを見ると、多分大体の人が思うことは同じだろう。
俺も、いつかあんな風に戦えるんだろうか。
ブラントさんは非常に俺の闘気を扱う能力を買ってくれているし、客観的に見て俺自身年齢の割にはかなりやれる方なんだろうとは思う。
だが、アルス様はまるで別次元だ。扱い以前に量が違いすぎて勝負になるどころの話ではない。
今のところ俺も一年間の訓練の中では順調に伸びている実感がある一方で、今後はどうしても停滞とまではいかずとも遠からず成長が鈍化する予感がしてならない。
仮にこのペースで伸びていったとしても、今のアルス様と同い年くらいになる十年やそこらであんなになれる気がまるでしない。
そういう意味で彼は、俺など及びもつかないレベルの怪物なのだろうと思う。
対するミツハは、ブラントさんの言っていたのとは少し違うかもしれないが、技の方における一種の天才なんじゃないだろうか。
アルス様の見立てによれば、彼女のランクはAに近いB。
BからSまでの区分けはCとBほど絶対的なものではないと聞くが、それにしてもアルス様とは思いのほか差があるということになる。闘気に関してだけいえば、恐らく両者にはランク以上の差があるのだろう。
それでも、ミツハは魔剣の力と、常人には及びもつかぬ暗器術と抜刀術、その後の連撃のキレ、つまりブラントさんのいうところの閃きのようなもので一時的にとはいえその差をも覆してみせた。仮に俺が同じようなことをやろうとしたとしても、剣を持っている時点で警戒され、抜いて斬りかかった時点でバレて殺され、何かの間違いで初撃を終えたとしても即座の反撃でこれまた殺される。
ミツハの年齢は正確に知りようもないが、恐らくいっていて20代前半くらいだと思われる。
闘気の扱いに優れる人間は老化さえも大幅に遅らせるというから正確ではないかもしれないが、アルス様よりは若いのではないだろうか。
俺が暗殺に向く技術を学んでも仕方ないが、別な戦闘に使える特殊技能を学ぶにしてもこれまた後六、七年でモノになるとは思えない。
元々、俺は剣技の方の才能は、秀才ではあるが天才でないとブラントさんのお墨付きだ。
それも、弟子に対する贔屓目なのではないかと自分では思う。
闘気の方はかなりのものと言ってもらっているが、それにしてもアルス様には遠く及ばない。
その俺が彼らのように闘えるようになるには、一体どうしたらいいのだろうか。
高望みしすぎと言われればそれまでだが、俺とその周りに限らず今の状況はある意味で紙一重すぎる。
仮にミツハ以上の力をもった天才が、ミツハ以上に分別なく無差別にその牙を向いたとしたら、最後に立っていられるのはアルス様や、それに類する極一部の超人だけということになりかねない。
卓越した個人の戦闘力が並の集団以上より遥かに強くて、バランスが致命的に悪いのだ、今の現実は。
よく考えると今の秩序が成り立っているのが一種の奇跡なんじゃないかとさえ思える。
そんな世界の理を俺がどうこうするのは無理だが、せめてある程度の良識を持った人間が、願わくば俺自身がそういうのと闘える力を得たい。
そんな似合わない分不相応な思いとともに今更ながらに世の不条理を思いつつ、俺の目は自然と一つ残る可能性に向けられた。
上体だけ起こし、手を伸ばしてそれを手元に引き寄せる。
そこにあるのは期待というには小さすぎる、それでも一番もしかしたらと思ってしまう可能性。
『聖剣』。
ミツハの使っていたような恐ろしい力を持った魔剣を、例外なく遥かに上回る奇跡を秘めているというこの世で最強の剣。
優れた武器を手に入れるのもその人間の実力のうちとはいえ、100%成り行きで所有することになったこの剣はとても俺の実力とはいえないが、それでも今確かにその可能性はここにある。
じいさんが貴族から聞いたことによると、入手されたときより何らかの強固なロックが掛けられており、今まで一度たりとも起動されたことのないのだというこの剣。
当然、俺にとっても例外でなくただ切れ味がよいだけで、そのくせ人目に出せない無用の長物。
……もし。いつか何かの弾みでこれを使えたのなら。
あるいは、俺も、彼らのように闘って――――
「ソラさん、ソラさーん?」
そこで、俺を呼ぶ声に引き戻された。
あれは、女将さんの声だ。
空気を読んで遠慮してくれたのかと思ったが、どうやらそんなことはなかったらしい。
仕方ない、これ以上愚にもつかないことを考えていても無駄なのだ。
態々呼びに来るようなら皿洗いくらい手伝うかと、剣を戻しつつ体を起こす。
しかし、女将さんの用件は俺が予想したものとは違っていた。
「お疲れのところすみませんねぇ。でも、ソラさんにお客さんですよぉ。女の方ですぅ」
「俺に、客?」
はて誰だろう?
いつも付き合いのある女性であれば、女将さんも知っているから名でいってくれるはずだ。
さりとて彼女ら以外に俺の居所を知っており訪ねてくる心当たりはない。
さては、今までここを訪ねたことのない騎士団の誰かか?
「今行きますけど、どんな人です?」
「背の高い、すらっとした美人さんですよぉ。
ソラさんの名前は知らないみたいでしたけど、ここに入っているはずの男の子に会いたい、って。そんなのソラさんしかいませんからねぇ。
ソラさんったらリッちゃんやリムル様だけでなくあんな歳上の美人さんとまでなんて、意外と隅におけませんねぇ、このぉ!」
リムルはともかくなんでリッシュまでとか、意外とってなんだとか色々突っ込むべきことはあるが、そんなことより最初の言葉だ。
思い浮かぶのは一人だけ、とまでは言わないがこのタイミングだとあの女が最も可能性が高い。
だが、そうだとしたらなぜ態々俺に会いに?
「い、今行きます!」
「はぁい、お願いしますねぇ。ソラさんったら慌てちゃってぇ! 中に入らず入口で待っておられますからねぇ」
女将さんは呑気な事を言っているが、こっちはそれどころじゃない。
下手をしたらその女は俺を殺しに来ているまであるのだ。
いや、それはないか。元々あの女がその気になれば俺などいつでも片づけられる。態々人目について呼び出したりはしないだろう。
それだと尚更なんの用だ? まさか一人では無理だと悟って手を貸せとでもいうのだろうか。
今日の様子を見るになくはなさそうだし、それであるならそれは好都合だ。
まあ、何にせよ会ってみたほうがいいだろう。
急いで一応再度武器を武装し一階へと降りる。
女将さんのいう入口で待っていたのは、果たして、ミツハだった。
俺が出てきたのに気付いたミツハは挨拶の間もなく向こうから口を開いてきた。
「ああ、呼び出して悪かったな。別に重要な用があったわけではないが、現場にいたようだったのと、ここで見かけたので少し話をしたかった。ついでに自分の食事を済ませようとも思っていたが、生憎此処は満席のようだな……」
大した用がない? それなのに話をしたい?
……この間依頼の場での去り際もそうだが、何かこの女は俺に対して少しだけ態度が違う……のか?
年中ピンク色思考の女将さんではないが、ひょっとしてショタコンなのか?
いや、俺はショタという歳じゃないからその場合でも単なる年下趣味か。
「じ、じゃあ折角なので僕もいきますからどこかそこらで……。そうだ、すみません、女将さん、ちょっとアンテオまで行ってきます!」
「はぁい、ごゆっくりどうぞぉ。いやぁ、若いっていいわねぇー」
性懲りもなくいつまでも馬鹿なことを言っている女将さんに少々イラっとする。警護騎士団の手が入っている店で働いているくせに平和ボケしすぎだ。
俺を訪ねてくる客など大体想像つくのだし騎士団に連絡でも走らせるくらいしてくれ!、と意味もなく心の中で八つ当たりしつつ、俺はミツハとともにアンテオに向かった。
「ふむ。なかなか向いた店だ。御用達というわけか。それで、偶々現場にいたようだが、依頼主へは報告したのか?」
アンテオにつきそれぞれにオーダーを済ませ、それらが届くなりミツハが問うてきた。
依頼主……て、ああグスタキオ……だっけ?、のことか。
そうか、この女は俺があいつと繋がっていると思っているのか。
ある意味では逆の繋がりはあるといえばあるが。
「いや、俺は別にグスタキオ……さんの部下じゃないですし。居場所も知りませんし。
それにそうだとしても依頼が済んだわけでも、ミツハさんが死んだわけでも、区切りがきたわけでもないので……」
まああの流れでは無理もないだろうが、グスタキオの部下とか想像の中でも御免被りたい。
「ん? そうなのか? 依頼の場にいたもので勘違いした、許せ。だが、それなら面倒がなくてよかった」
「報告されると何が面倒なんです? 別にまだ失敗にはならないでしょう?」
「その通りだが、あの手の依頼者はやたらと口を出したがるので面倒だ。特にあの男は生理的に受け付けないので尚更だな」
思ったより喋るな。まあ普段人とあまりしゃべらない仕事な分たまには人恋しくもなるのかね。
しかし、この口ぶりだとまだ諦めてはいなそうだな。
「まあ、気持ちはわかりますがね。僕もあの手のタイプは嫌いです」
とりあえず、そこに同意しておく。
あまり行儀のいい方法ではないが共通の敵がいると仲良くなりやすいかもしれない。
と、そこで話しながらも食事を進めていたミツハが不意に顔をしかめた後、忌々しげに左手を見た。
「左手、どうかしたんですか?」
その動きが気になったので聞いてみた。
するとミツハは淡々と、
「折られた。最後のただ一撃でな。見えていたんだろう? 後で治療はするが、まだ直していない」
と言ったのだった。
ただ一度受け太刀させただけで相手の腕を粉砕するアルス様にも、治療より先に飯を食べているミツハにも呆れたが、まあ人それぞれと気を取り直す。死ぬほど腹が減っていたのかもしれないしな。
とりあえず、治癒魔術の詠唱を始める。
別に敵である俺が直してやる必要などないのだが……、まあどうせ直すアテはあるらしいし、取り入るための作戦だ、作戦。
……えーと、聖属性魔術、肉体再生、サイズ中、強度大、接触部位治療……ゴニョゴニョ……、
「レフラジオケアニル!」
ミツハの左手に触れゼロ距離の治療を発動する。
ミツハは俺の突然の行動に驚いたようだったが、大人しくされるがままにしている。
まあこれは善意だからな……打算だけど。
俺如きの魔術だと一回じゃ全然直らないので三回ほど繰り返す。
魔術は意味の分からない文字の羅列を叫ぶのが恥ずかしいし、消耗が激しいから嫌いだ。
そういえばミツハは克己術は使えないのかな。それとも燃費の問題か?
「すまんな、手間が省けて助かる。それにしても治癒魔術か、その若さで確かに便利な男だな」
一応ちゃんとつなげられたはずの腕をさすりながら、感心したようにミツハが言う。
ふむ、この感触はアレだな。もう少し使えるところでも見せれば次の計画を引き出したり、あわよくば行動を把握できる可能性もないではないな。
俺の危険は増すかもしれないが、やる価値は多分ある。
とりあえず適当に会話を続けつつ探ってみよう。
「しかしあの一回の受け太刀でそれですか……。バラバラとまではいきませんがポッキリ逝ってましたね」
「ああ。……聞きしに勝る化け物だ。あれを4000ではやはり安い。それに妙な期間制限を飲んだのも失敗だったな」
「ミツハさんも十分以上に強かったように見えましたがね。あと少しだったでしょう?」
「そうでもない。あの怪物はまだ余力を残していたように思える。
それに今回は完全に奇襲が成功したのにも関わらず切り抜けられるどころか最終的にこの様だ。それに私の太刀筋も見られた。
……次回は、もっと厳しくなるだろう」
やはりまだやる気だ。
根はそう悪い人間じゃない気がするし、諦めてくれるとこっちは気が楽なんだが。
まあこんな金次第では誰でも殺すという凄腕を野に放ったままでいいのかという問題はあるが、一応言うだけいってみるか。
「……まだやる気ですか? 今の時代他にも依頼はあるでしょうし、それ以前にその腕なら暗殺以外でも引く手数多でしょう? 適当に放っておいて傭兵でもやりながらアルスさ……、悪魔が寿命で死ぬのを待ってあと2000貰うとか、どうです?
今なら腕次第では騎士にもなれるみたいですよ?」
俺の言葉を聞いたミツハは一瞬きょとんとした後、軽く吹き出し苦笑っぽく笑った。
我ながらナイスなアイディアだと思うのだがな。笑うところだっただろうか。
「面白いことを言う奴だな。グスタキオの部下ではないとはいえ、奴がいない方が都合がいいのは間違いないんだろう?」
「それは、そうなんですけど……。いや、実はそうでもないというか……」
むしろいなくなられると非常に困るというか。
「ふうん、一枚岩ではないというわけか。まあいい。
それはそうと、そういう訳にはいかんさ。この業界は広いようで狭い。
私がこの依頼を放って他をやっているようでは依頼をするものはいなくなるだろう。
それに奴の寿命を待っていては私か依頼主のどちらかはとっくに死んでいるだろう?」
それは、そうなんだろうけど。
大体なんでこいつは暗殺者などやっているんだろう。
「ミツハさんは何故暗殺者をやっているんですか?」
ド真ん中直球163km/hで聞いてみることにした。
それを受けたミツハは苦笑を重ねると、答えをはぐらかした。
「そんなことを聞いてもしかたあるまい。何故そんなことを聞く?」
「いや、単に気になったので。先程の治療費とでも思って教えてくれませんか?」
「そう来られると弱いな。……そうだな、単に金が必要になった時、私の芸を活かして手っ取り早く稼げるのがコレだった。単にそれだけの理由だ。これ以外言うことはない。
治療の礼にしては安いが、まあ先出した自分を恨むんだな」
懲りずに恩着せがましく迫ってみると教えてくれた。
うーん、割と義理堅い人だな。金が必要となった理由は敢えてくれなかったが、それはこちらとしても聞かない方がいいような気がする。こういう根が悪くない人に情が移ると整理が面倒だ。
「そういうお前こそ何故盗賊などやっている? その若さで治癒まで使えるのであれば、それこそ引く手数多だろうに」
おや、こっちのことを聞いてきたか。
ふむ、こちらは別に話す義理がないと突っぱねるのは簡単だろうが、まあ適当に話すか。
「はあ、実は祖父や父が少しは知られた盗賊だったらしく、小さい頃からそれと知らず訓練させられていたので……。やはりそれを活かそうとするとどうしてもこういった仕事にですね……。
最近の盗の方針転換といい、色々と思うところはあるのですが……」
それなりに事実も盛り込みつつ適当にでっち上げてみる。多分信じただろう。
最後に付け加えた一言はなくてもよかったとは思うが、どうもこの女はグスタキオを嫌っているようだしこういう流れにした方がよいのではないかと思った。
考えてみれば、ミツハが手っ取り早く金を稼ぐ手段として暗殺者を選択したのは、被害が標的のみとなる分邪道の盗賊をやられるよりはマシだとは言えるのかもしれない。
根拠は全くないが彼女も手段を選択するに当たり、そうも考えたのではないだろうか。
「家庭の事情か。それだけ聞くと遣り様があるようにも思えるが、そうでもないのだろうな……」
うーん、何ていうか。普通に会話が成立しているな。
しかもその口ぶりは俺を心配しているようでさえある。
本当に交渉でなんとかならんか、コレ?
「そうでもないですけど……。どこか他で俺やミツハさんの技能を活かしてまっとうにいい金作れる仕事とかないんですかね?」
「私はともかく、お前は医者では駄目なのか?」
「高度な医療には毒魔術適正も必要なもので。生憎そちらには恵まれなかったので直せるのは傷だけなんです。
だから、やはりやれるのは戦闘関連かなって」
俺の言葉にミツハは難しそうな顔をして少し考えた後、口を開いた。
「それだと、やはり難しいな。一昔前のギルド連合であれば活躍の場は多かったと聞くが、数年前に訪れたときにはそうでもないらしかった。それ以前にあそこにはかなりの使い手がゴロゴロいるから競争が激しいしな」
いかん、脱線してきて世間話みたいになってきてしまった。
軌道修正したいのは山々だが、普通にちょっと気になる。
「最近というわけではなしによく耳にしますが、ギルド連合はそれほどのものなんですか?」
「ああ。流石に今回のターゲットほどの使い手は限られるが、平均のレベルはこちらよりもかなり高いと思えた。まあ当時は私が未熟だったことを差し引いて考える必要があるが、な。
……当時は、この剣も、持っていなかったしな」
この剣というのは勿論アルス様との戦闘で使っていた魔剣だ。
魔剣の入手法、それこそ気になる話だ。
もし俺にも入手できるようであればかなり今後の戦力になるのは間違いない。
まさか向こうから話の切っ掛けを振ってきてくれるとは思わなかった。
「魔剣の入手経路ってとても興味があるんですが……。王都でも見たことがありませんが、今の話だとギルドというわけでもないんですか? 差障りがなければ教えてくださると助かります」
「いや、これはギルド連合で仕事をしていた折に手に入れたものだ」
思いのほかあっさり教えてくれた割に、そう語るミツハの顔は苦々しげだ。
嫌な思い出なのだろうか。
「仕留めた標的が偶々もっていたんですか?」
「近いが、違う。
……あまり思い出したくないのだがな。五年ほど前にギルド連合のとある重要人物らしい相手の暗殺を頼まれたが、あっさりと返り討ちにされた。
その時何故かその相手が私の芸を面白がって、これを寄越したんだ。二度と自分と、自分の組織に刃向わないことを条件に、だがな。
……結局その時の依頼は取り下げになったのだが、その時ゴタゴタしたせいで未だに向こうには顔を出しにくいのはある」
い、意外すぎる入手方法だ。しっかしその相手ってのはとんでもない人物だな。
五年前とはいえあっさりミツハを返り討ちにしたというのもそうだが、魔剣をひょいと渡してしまうなんて……。
うらやましいけど、何て周りに迷惑なことしてくれるんだろうか。
「色々ととんでもない人ですね」
「全くの変人だな。ただ、腕の方も確かだった。もっともそちらについては今回の標的も負けていないとは思うが」
都合よく話が戻ってきた。これまでの話は興味深かったが、所詮この女は敵だ。
もういつ話を切り上げられるかもわからないし、次の襲撃があるのならば聞けることは聞き出しておく必要がある。ここで捕えるのは俺には不可能だ。
「その標的についてですが、次はどうする気ですか?」
やれるアテはあるんですか? ということを含ませて核心を尋ねる。
「そうだな。……同じ手が通じるとは思っていないが、次の手が打てるようになるまでに時間がある。
その間に隙があるようなら再度今日と同じようにトライすることになるだろうな」
「つまりその次の手というのが本命ですか」
「ああ。奴の克己は桁違いの闘気量でこの魔剣の毒さえ解毒することが可能なようだが、それでも殺れる毒に心当たりがなくはない。故郷に手配するので時間も、それなりの費用もかかるがな」
「毒殺ですか。盛る方のお手伝いなら僕にもできるかもしれません。今日戦いを見ていたように近づいても警戒されないはずですし」
何とかその毒とやらを抑えられないかと売り込んでみるが、ミツハの返事は芳しくない。
「いや。近づけても見ず知らずから受け取ったものをそのまま口に入れるほど甘くはないだろう。
何、方法はある。余計な人間を巻き込むのは本意ではないが、奴の雇っている料理人の何人かには人質やらで弱みをとれる者がいる。それなり以上に忠誠心もあるに違いないが、何とかなるだろう」
「でも……」
「それに、お前はこの件にはかかわらない方がいい。成功の保証がないし、何よりお前には向いていなそうだ。
……そうだな。私に言えた義理ではないが、盗賊をやめるとは言わずとも、グスタキオのような連中と付き合うのもなるべくなら控えた方がいい」
尚も食い下がろうとする俺を相手にミツハが発した言葉の内容は、俺の感情を軽く動かす。
やはり、失敗した。
倒すべき相手と余計なコミュニケーションをとるべきじゃなかった。
……待てよ? そういえばこいつ、依頼が意味をなさなくなったらどうする気だ?
「肝に銘じておきます。
……でも、もし、ですよ? 依頼主であるグスタキオが先に騎士団に捕えられたらどうする気です?」
「そうだな、あり得ることではある。依頼を継ぐものが残るようなら継続するが、諸共潰されるようであれば、あの化け物を態々敵に回す理由はなくなる。その時はせいぜいグスタキオの手持ちからキャンセル料を回収して消えさせてもらおう。
……もういい時間だ。呼び出してつまらん話をさせて悪かったな。治療の件も含め、改めて礼をいう」
期待通りといえる答えが返ってきた。
これなら、この女とこれ以上敵対せずにすむことがあるかもしれない。
「こちらこそ、関係ない話にまで付き合っていただき、参考になりました。……くれぐれも慎重にお願いします。金も大切ですが、自分の命も大切にしてくださいね。あと、ここの会計は持ちましょう」
その俺の言葉にミツハは驚いたようだったが、すぐにまた少し苦笑すると、
「そうだな、そうするとしよう。……ではな。もう会うことはないかもしれんが」
「ええ、そうですね。さようなら」
そうだな。
できればこの女と、俺やアルス様が二度と出会わないのが一番いい。
グスタキオはミツハの暗殺が済むまで動かないようなことを言っていたが、俺には奴が三か月も大人しくしていられるとは思えない。
奴は大所帯を抱えていることだし、ミツハに前金を払っているために懐はそこまで余裕はないだろう。
クメイトには嫌な思いをさせるかもしれないので悪いが、今度直接接触して探れないか試してみよう。
また相手に変な思い入れを抱く自分の悪い癖が出ているのを自覚はしているが、折を見てグスタキオを捕えるのは決定している事項だ。
それを多少早めることでミツハの相手もしなくていいなら悪いことでもあるまい。
他の誰かにミツハが雇われるようなことがあると振り出しだが、アルス様の厄介さを身をもって知ったミツハが回避する可能性だって低くはないだろう。
要するに、なるようになれだ。
少し気が軽くなるのを感じつつ、俺も、間違いなく敵である暗殺者と不思議な会話をした店を後にした。




