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アヴェクトワ  作者: 希沙
4/7

 遅れるから、と火照った顔をどうにかする間もなく、陽依は彼と歩き出した。

 隣を歩く彼は昨日よりも離れて歩いているが、昨日と同様に嬉しそうな表情を浮かべている。

 自意識過剰なのかもしれない、歩いているだけなのに嬉しそうに見えるだなんて。

 駅を越えると同じ制服の学生が一段と多くなる。

 ちょうど電車が着いたところなのだろう。

 そこまで大きくない駅だが、人が溢れ返っている。

 彼は少し距離を詰めると、何事もなかったように陽依の手を握った。


「駅前、抜けるまでね?」


 握った手を少し持ち上げて、彼は言う。

 その言葉通り、駅前を過ぎて人が減ると手はすぐに離された。


「本当は学校まで繋いでおきたいところなんだけど」

「それはやめてください」

「だよね」


 少しだけ寂しそうに笑って、彼は陽依から視線を外す。

 手は離されたけれど、少し縮まった距離はそのままだった。

 学校に近づくにつれて、感じる視線が増えてきたような気がする。

 ちらりと隣に目を向けてみるが、彼はさきほどと変わらず平然と歩いている。

 見られることに慣れているのだろうか。

 陽依の耳に入っていないだけで、もしかしたら彼は有名な人なのかもしれない。

 まぁこの容姿だと当たり前なのかもしれないけれど。


「ねぇ、ひよちゃん」

「はい?」

「今日も一緒に帰っていい?」


 陽依の顔を覗き込むようにして彼は尋ねてきた。

 少し目を逸らされているのは、断られることを恐れているからだろうか。

 そんな彼をじっと見ていたら、目があってふっと笑われた。


「何? 俺に興味持ってくれた?」

「あの、今更すぎるかもしれないんですが」

「ん?」

「……私、あなたの名前も知らないんですけど」


 小さく続けたそれに、彼は盛大に吹き出した。

 ツボに入ったのかお腹を抱えて笑い出して、向けられる視線が一気に増える。

 なんだか申し訳ない気持ちになって、陽依は顔を隠すように俯いた。


「あははっ、え、今まで誰かわからないのに一緒にいたの?」

「はぁ。同じ学校だし、そこまで怪しくないかなぁと」

「ひよちゃん、不用心すぎ」


 涙まで浮かべる彼に、陽依はむっとなる。

 そこまで笑わなくてもいいのに。

 確かに不用心かもしれないけれど、先に強引に進めてきたのは彼の方だ。

 自分は巻き込まれただけで……そこまで笑われるほどではないと思う。


「じゃあさ、当ててみて」

「え?」

「まぁそこそこ有名だから。たぶん聞いたことあると思うよ、俺の名前」


 記憶を巡らしてみるが、噂で聞いたことがある名前は一つだけだ。

 しかし、聞いた噂をどう並べてみても彼には当てはまりそうにない。

 それなのに、彼はきっと当ててくれると思っているのだろう。

 不安そうな色も隠せていないけれど、期待した視線を向けてくる。


「えっと……宇都木先輩、しか聞いたことないんですけど」

「……うん、それ、俺の連れの名前だ」


 その後、陽依の教室の前で別れるまで、どんよりとした気まずい空気がなくなることはなかった。

 間違えてほしくないなら、最初からちゃんと名乗ればいいのに。

 教室の前で彼の背中を見送りつつ、陽依はため息を零した。

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