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彼は確かにそこそこ有名だったらしい。
一緒に登校する姿を見ていたらしいクラスメイトがこっそりと教えてくれた。
あの人と付き合っているの、と少々不躾な質問とともに。
「確か宇都木先輩の金魚のふんだよね、あの人って」
「金魚のふん?」
「そうそう。いっつも宇都木先輩といるんだって。他の人とは話もしなければ、にこりともしない。何か用事あるときは宇都木先輩経由で伝えなきゃいけないんだって」
「大してかっこよくもないのにねー」
ねー、と相槌を打ち合う彼女たちに合わせて陽依も苦笑いを浮かべた。
それだけ話すと彼女たちはいつも集まって話している、その中の一人の席に戻っていった。
彼の名前を聞いてみたものの、彼女たちもそこまでは知らないようだった。
「そこそこ有名って……」
本当にそこそこの有名だ。
宇都木先輩の有名具合からして、名前も一緒に流れておかしくないと思うのだけれど。
金魚の、ふん。
昨日今日の印象ではそんな雰囲気は全然なかったのに。
むしろ宇都木先輩の噂での印象に近い。
一人の友人の後ろをついて回り、他の人とは一切コミュニケーションを取らない。
そんな人には見えなかった。
「本当なんなんだろ、あの人」
よくわからない彼の姿に、陽依は首をただ傾げるばかりだった。
*
今までとガラリと変わった朝だったから、これ以上何があってももう驚くことはないと思っていた。
しかし、直面するとそうもいかないものらしい。
昼休み、教室を訪ねてきた二人を見て、陽依は開いた口が塞がらなかった。
「こんにちは。一緒にお昼食べようか」
「あの……」
「学食? 購買? いつもどこで食べてるの?」
「お弁当なので教室で食べます、けど」
「じゃ、席どこ?」
先程からニコニコと話しかけてくる人は誰だろうか。
彼が一緒にいるということは、一人しかいないけれど。
「ほら、そんなぶすーっとしてたら嫌われるよ?」
「じゃあ春日井さんと話すなよ」
「はは、やきもち?」
宇都木春馬は彼をからかうのが相当楽しいようだ。
周りで湧き上がる女子の悲鳴も気にせず、彼ばかり見ている。
「俺が由奈一筋ってお前が一番知ってるだろ」
「……知ってるけど、知ってても不愉快だろ、こういうのは」
彼がむすっとしているのは朝のことを引きずっているからだろうか。
さっきから何度か彼に視線を向けているが、一度も目が合っていない。
偶然かもしれない、でもわざと逸らされているように感じた。
「何しにきたんですか」
「え……一緒にお昼食べようと思って……?」
宇都木が困ったように答えるが、陽依は彼を見つめ続けた。
「宇都木先輩はわかりました。じゃああなたは?」
「……俺の噂、聞いたでしょ」
そのまんまだよ、と彼は目を逸らしたまま笑った。
「かし、」
「春馬、戻ろうか」
ふいっと顔まで逸らされて、陽依の中の何かが音を立てた。
宇都木が話しかけてきたような気がしたが、何を言ったかまではわからなかった。
ただ背中を見せて遠ざかっていく彼に苛々が募って。
「こっの……っ! 金魚のふん! くず! もう顔見せないで、やり逃げっ!」
陽依は思いっきり力を込めて教室のドアを閉めた。
壊れそうなくらい大きな音を立てたからか一瞬だけ静寂が流れる。
そしてざわめきが戻った頃。
「や、やり逃げ!?」
彼の戸惑う声が微かに聞こえた。




