1軒目
店は、大通りから一本入った路地にあった。
看板は小さく、ガラス越しに、カウンターだけが見える。
扉を開けると、低い声が迎えた。
「いらっしゃいませ」
席は、カウンターに8つ。
BGMはなく、鉄板の上で肉の焼ける音だけが、一定の間隔で響いている。
白井が、慣れた様子で注文した。
「ヒレを、ハーフで2つ。焼き加減は、ミディアムでお願いします」
「かしこまりました」
——ハーフ。
少ないな、と思ったが、口には出さなかった。
肉が出てくるまで、15分ほどかかった。
その間、白井は何も話さなかった。
カケルも、話しかけなかった。
運ばれてきた皿には、厚みのある肉が1枚だけ。
ソースはなく、横に岩塩とわさびが添えてある。
ナイフを入れると、赤い断面から、肉汁がにじんだ。
一口、口に運ぶ。
「……うまい」
思わず、声が出た。
久しぶりに、温かいものを食べた気がした。
白井も、黙って食べていた。
皿が空になるまで、10分もかからなかった。
ナイフとフォークを置く。
「ごちそうさまでした」
店を出る間際、白井が扉の前で足を止めた。
「高峰さま」
「はい」
「この店の特徴を、覚えておいてください」
「……特徴、ですか」
「はい」
それだけだった。
理由は、言わなかった。
「……はい」
白井は、路地を歩き出した。
何を覚えればいいのか。
カケルは、一度だけ店を振り返ってから、白井の背中を追った。




