アーデルハイトからの手紙
スタンピードを越えたあとも、『鍛鉄の剣鉈』はそのままパーティーとして続いていた。
いや、そのままというのは少し違うか。
秘密を全部話してしまったせいで、前よりよほど遠慮がなくなった。
リゼは以前にも増して距離が近い。隙あらば体に触れるし、二人きりになる余裕があれば積極的に連れ込み宿に誘われる。本当に遠慮がないな……とは思うが、嫌ではないから困る。
ハルトとトビーは、俺が女であることを半分くらい忘れているみたいな調子だ。俺も外向きの仮面を被る必要のないときは自然体で話している。男同士の気楽な関係――というには、体の性別は消せない。でも、今の距離感のような付き合い方でも十分に男だった時のことを思い出せる。
精神操作の件で一番渋い顔をしていたエステルも、結局はいつも通りだった。警戒を全部解いたわけじゃないだろうが、それでも俺との距離は近い。たまに「次はいつデートするの?」と揶揄ってくるけど、なんだかんだで男としての俺とのやり取りを楽しんでいるようだ。
ナギも全く変わりはない。というよりも、さらに仲良くすることが増えた。男らしさを俺に感じるから、むしろ前より頼りがいがあっていいとそばに寄ってくる。無口なくせに、いつの間にか隣にいる。
これが秘密を共有した結果だ。ぎこちなくなるどころか、変に明け透けになった。
それが今の『鍛鉄の剣鉈』の日常だった。
変わったのは、パーティーの空気だけじゃない。
「よっ、英雄」
ギルドの受付へ行くたび、ボルクがそんなことを言う。
「やめてよ、それ」
「何言ってやがる。スタンピードを解決したんだから英雄様じゃねぇか」
笑いながら言ってくるが、こっちはたまったもんじゃない。
確かに魔獣の勢いが落ち着き、街道も少しずつ通れるようになって、グレインフォールはようやく人心を取り戻しつつある。
荷馬車が行き交い、市場に品物が並び、宿屋の灯りが夜更けまで点く。そういう当たり前の風景が、少しずつ戻ってきているのは事実だ。
でも、なんとか俺の魔法を使ったペテンで勝てただけで、本当はギリギリの勝利だった。
それにクラウスの方が俺たち六人が集まったより強いし、それで英雄ってのもな……。
というか、その英雄呼ばわりに拍車をかけたのが、クラウスだったりする。
王都へ成果を持ち帰る時、クラウスは自分の手柄は狼型の魔獣を倒したことだけで、あとは『鍛鉄の剣鉈』のものだと公言したらしい。
どう考えてもバーゲスト討伐を軽く流している。あんな化け物、俺たちだけで倒せるはずがないのに。
それでも、首謀者を討伐したということで、俺たちが過剰評価されているというわけだ。
――絶対に面倒を嫌っただろうな。あまり出世欲があるってタイプじゃないし。
まあ、魔人を討伐したのは確かで、その点で言えば英雄扱いも間違ってはいないから、少しは受け入れるべきだろう。
そして、俺たちのことより気にするべきは、まさに魔人の言っていた計画についてだ。
押収した書類にあった蜂起の話は、いまだ聞こえてこない。王国騎士団がその企みを粉砕したのであればいいことなんだけど……それについて、クラウスから連絡はない。
便りがないのはいい便り……そう考えるしかないだろう。
そんなわけでグレインフォールは平和そのもの。実にいいことだ。
だからこそ話のタネとして、スタンピードを止めた英雄というような、そんな話はなかなか消え去ることがなかった。
というか、スタンピードを解決したってことで、俺たち『鍛鉄の剣鉈』の評価は妙に上がっている。
なんと、グレインフォールでは唯一の上位扱い。もちろん実力的には看板倒れもいいところだ。
実際に陰ではそう言われているらしい。でも、それは必ずしも悪口じゃない。実力でいうなら中位冒険者になりたてのパーティーが、王国騎士もうなるような働きをした――そういう意味において、一目置かれるってことでもある。
おかげでしばらくの間、勇者リーネだの、英雄リーネだのと呼ばれているというわけだ。
とはいえ、そんなものは長く続かない。数週間も経てば熱も冷める。グレインフォールの連中だって暇じゃないからな。
スタンピードの後始末。そして森の討伐が落ち着けば、普通の冒険者として次の仕事を考えることになる。
「レオンさんのところに行って、街道護衛の話でも聞く? 魔獣討伐も落ち着いたしね」
「いいのではないでしょうか? 街道護衛の雑務を覚えるのも悪くはないと思いますよ」
「街道護衛をやっていて思ったんだけど、支援術の持久力をつけるのに最適なのよね。定期的にやるのなら私としては賛成よ」
「槍持ちは運ぶのがきついんだ……だが、そこはリーダーに従うぜ」
「それなら次はオレもついて行く。行商人の真似事をしてみたいと思ってたんだ」
「……リーネさんが決めたのなら、私はついて行くだけだよ」
ギルドホールで食事をしながら次の依頼について話していると、受付から声がかかる。
何事? ということで皆を代表してボルクの元へ向かえば、受付台の上に何かが置いてある。
「手紙?」
「おう。王都からだ。リーネ宛ってことしか分からん。隊商経由で送られてきた」
思わず眉をひそめながら封筒を手に取る。
王都アルトハインから。宛先は、リーネ・リンデベルク個人。そして、ボルクの言う通り差出人の名前はない。
見たこともない封蝋が押されていて、嫌な意味で目立っていた。蝋の色は深い紫で、押された紋章は円の中に星を刻んだようなものだ。どこの家紋にも見覚えがない。
「確かに渡したぞ」
「うん、確かに受け取った」
手紙を手に、受付から仲間のいるテーブルに戻る。
「何それ、手紙? ずいぶんと綺麗ね」
「なんだろうね? ま、戻ったら開けてみるよ」
エステルにとってはあまり見ない形式だろうな。これって貴族とかが使う封筒だし。
厄介なことでなければいいけど……そんな不安を持ちつつも、この場で開けるのも気が引ける。
手紙は三羽雀亭まで持ち帰ることになった。
そうして部屋へ戻って、皆の前で封を切る。
俺個人へ宛てたものならいいけど、差出人不明だからな……パーティーに無関係とも言えない。
封蝋を割って、封筒から手紙を取り出す。そこに書かれていたのは短い文章だった。
丁寧だが飾り気のない筆跡。インクは黒で紙は上質。
それだけで、差出人がどういう階層にいるか分かる。
「何て書いてあるの?」
エステルに急かされて、俺はゆっくり読み上げた。
「……リーネ・リンデベルクでないリーネへ」
その一文だけで、部屋の空気が変わった。
皆の視線が、手紙を持つ俺に集まる。
「私、アーデルハイト・ヴァレンシュタインが王都で待っています。この手紙があれば、王立魔法研究所へ入ることができるように取り計らっています。私の正体が気になるのなら、是非王都へ来てください」
たったそれだけだ。内容としてあまりにも薄い……。
でも、それを聞いた瞬間、皆が黙り込んだ。
――リーネでないリーネ。それはここいる俺たちしか知り得ないはずのこと。それに王立魔法研究所だと? ……それに俺が関係するのは、一つだけだ。
背中が底冷えするような、そんな感覚に襲われる。
俺の顔色が変わったことを察したのか、部屋の空気が、すっと冷えた気がした。
「リーネでないリーネって……それはリーネの中身の男についてのこと? ……それに王立魔法研究所。何それ?」
「王都にある魔法の研究機関です。我々冒険者にはまるで縁のない施設です。――気味が悪いですね」
「その雰囲気からして、リーネは何か知っているよな? いったい何があるんだ?」
ハルトの言う通り、俺だけが知っていることがある。
アーデルハイト・ヴァレンシュタイン……それは、『空想魔術読本』の著者。オリジナルリーネを狂わせた元凶。
……なぜアーデルハイトとやらが、俺のことを知っている?
「……空想魔術読本という、リーネが狂った原因を作った本の著者。それが――アーデルハイトだ」
あまりにも気味が悪い。
俺が調べていた。しかし、王都の本屋の老人に忠告された……その名前。
「……ヴァレンシュタイン家と言えば王族の分家筋の家です。となると、無視することはできませんね」
「ああ……家柄もそうなんだけど、色々と曰くつきの人物。その彼女が、俺をわざわざ名指ししたっていうのなら――」
考えるまでもない。俺がこの体に入った理由、魂交換の秘術、リーネに何が起きたのか。その全部に繋がる可能性が、この紙一枚の向こうにある。
「次に向かう先は、王都しかない」
当然気持ち悪さはあるし、何かの罠であることも否定できない。
何故俺のことを知っている? リーネと何か関係があるのか?
分からない……分からないけど、それでも行かないという選択肢はない。
――だって、リーネ・リンデベルクではないリーネ。それは、他の誰でもなく、俺のことなんだから……。
王都アルトハイン。
王立魔法研究所。
アーデルハイト・ヴァレンシュタイン。
俺は手紙を折りたたみ、強く握る。リーネの細い指が、紙を皺だらけにしていた。
スタンピードが終わって、一息付けたと思ったらこれか? 一難去ってまた一難とはこのことか。
――リーネとしての冒険は、まだまだ続きそうだな。




