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リーネの冒険~異世界の女の子と入れ替わった俺のTS娘生活~  作者: RCAS


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空想魔術読本の痕跡

 三羽雀亭の朝は、いつも通り煮込みの匂いから始まる。

 スープに使う骨を煮出す香りが、鼻腔をくすぐり食欲をそそる。

 食堂のテーブルで朝食を待ちながら、俺は昨日までの怒涛のスケジュールを思い返していた。


 一昨日に冒険者活動の許可をもぎ取り、即座に出立準備。昨日の朝には馬を駆って、グレインフォールへ戻ってきた。

 急いだ理由はシンプルだ。トビーとの優先契約を切らさないため。

 荷役士あってこその稼ぎだ。冒険者を続けるという意志を、ギルドにもトビーにも早めに示しておきたかった。


 結果、昨日は大忙しだった。

 ギルドでの活動再開手続きに、トビーとの契約更新。鍛冶屋への挨拶回り、三羽雀亭との長期滞在契約。

 ただ泊まるだけでなく、資材置き場を兼ねた広い部屋への引っ越し手続きまでやった。


 やることなすこと、規模が一回り大きくなった。

 長期戦を見据えた投資だ。試用期間以上に、稼がなきゃならん。

 俺とリゼは休む間もなく一日を使い切り――気がつけば、日が暮れていた。


 慣れない正式手続きの連続に、肉体より先に頭がパンクした。

 精神操作で無理やり気合を入れたが、事務作業の疲労までは誤魔化しきれない。

 というわけで、今日は休息日と相成ったのだが……。


「本当に、お一人でよろしいのですか?」


 朝食後、リゼが不満げに確認してきた。


「今日は街をぶらつきたいんだ。一人でな」


 そう答えると、リゼはあからさまに肩を落とした。


「……てっきり、ご一緒にどこかへ出かけられるのかと」


 どうやらリゼは、俺とデートができると思い込んでいたらしい。

 昨日は疲れて泥のように眠ったからな。

 悶々とした夜を過ごした彼女が、今日こそはナニをしたいのか……その目を見れば一目瞭然だ。


 ――多分、色街あたりに繰り出して発散したいんだろうな……。


 普段は堅物騎士のリゼだが、タガが外れると案外はっちゃける。

 今日はそれを期待していたのだろうが、あいにく俺はゆったりと街を歩きたい気分だ。


「また今度、丸一日遊ぶ日を作るからさ。今日はリゼも好きに過ごしてくれ」


 いくらリゼとの時間が好きでも、一人の時間は必須だ。

 諭すように言うと、彼女はしばらく沈黙した後、小さく頷いた。


「……承知しました。では、夕方にまた合流ということで」




 というわけで、初めてのソロ街歩きだ。

 外に出れば、陽光は優しく、風は少し冷たい。

 グレインフォールの喧騒も、俺の中ではすっかり日常だ。


 あてもなく歩きながら、戻ってきたんだなと実感する。

 ここは、もうただの試験場じゃない。俺達の稼ぎ場だ。


 小腹が空いたので、屋台のある通りへ。

 高級な串焼きから、怪しげな臓物串までラインナップは豊富だ。

 中でも魔獣肉の串焼きはアホみたいに安い。銅貨一枚で三本。一食として済ますには十分な大きさで、貧民の胃袋を支える生命線だ。


「おっちゃん。串焼きくれ」

「毎度!」


 グレインフォールの味を思い出すべく、魔獣肉の串焼きを購入。

 脂の乗った肉に粗塩と香草をまぶしたシンプルな一品。噛めば肉汁があふれ、強めの塩気が舌に残る。

 臭みをハーブと炭の香ばしさで誤魔化しているが、この野性味が悪くない。


「んー……この臭さ。戻って来たって感じだな」


 こういうのを片手に食べ歩くなんて、貴族の屋敷では絶対に味わえない。

 肉はすぐに胃に納まり、その腹ごなしとして散策を再開。

 武具屋や防具屋を冷やかして回ることにした。


 今の装備に不満はないし、本格的なメンテはギルドから紹介された鍛冶屋に任せることになっている。

 だが、もっといい装備があるなら乗り換えるのに躊躇はない。

 まあ、そんな掘り出し物がそうそうあるわけもないが。俺の剣は実家が用意した特注品だ。そんじょそこらの店売り品とは格が違う。


 それでも、武器を見て回るのは楽しい。

 刃こぼれの少ない中古剣や、鞣しの良い革鎧を眺めていると、つい予備として欲しくなる。


 ――うん。完全に冒険者の思考回路だ。我ながら染まってきたな。


 自嘲気味に笑いながら店を出ると、ふと、通りの先に目当ての看板が見えた。


 看板に描かれた古めかしい本の絵――本屋だ。

 ここで目的のものが見つかるとは期待していない。だが、情報だけでも拾えれば御の字だ。


 扉を押す。

 一軒目。二軒目。

 どちらの店主も、そんな本は聞いたことがないと首を振った。


 まあ、当然だ。

 リーネの日記に出てきた『空想魔術読本』……あれは洒落本の類。

 しかも個人製作っぽい匂いがする。簡単に見つかるはずがない。


 三軒目。

 店主は年季の入った眼鏡を掛けた、いかにも本の虫といった風貌の老人だった。

 店の奥には古びた本棚が並び、紙と革の匂いが鼻をくすぐる。


 店内を一通り見て回り、最後に店主へ声をかけた。


「少し、聞きたいことがある」


 カウンターに近づき、例の書名を口にする。


「『空想魔術読本』という本を知っているかな?」


 店主は驚いたように目を瞬かせ、それから、ふっと遠くを見る目になった。


「懐かしい名だねえ。……知っているとも。扱ったこともある」

「本当!?」


 まさかのヒット! 思わず声が上ずる。

 老人は帳面を引っ張り出し、ページをめくりながら、簡潔に説明してくれた。

 

 曰く――あの本は王立魔法研究所の研究者が書いたもの。

 

 王族の血筋で、役に立たない魔法ばかり追いかけている変わり者らしい。

 内容も、滅びの光とか神との対話とか、魂を別の肉体に憑依させる魔法とか。

 だが著者は王族なので、完全に没にもできず、少数だけ洒落本として流通させた……という話だった。


「辺境にまで回ってきたのは、その一部ってこと?」

「そうだろうねえ。うちにも数冊入ったが、全部売れちまったよ。安かったからね。話のタネにはなると思って仕入れたんだが……」


 店主が思い出すように語る内容――それは、あまりにも荒唐無稽。

 でも、リーネの日記を知っている俺からしたら与太話とはとても思えない。

 だからこそ、手に入れなきゃならない。


「……それは、研究所で保管されていたり、王都の大きな本屋に行けば手に入ったりは?」

「さあねえ。王族絡みだから、王都にこそ置いていないなんてこともあり得る。かと言って、うちのような辺境の本屋に今後また回ってくる可能性は低いだろうさ」


 店主は肩をすくめる。


「だが、手に入らないと言い切ることもできない。倉庫を整理した商人がまとめて流してくることもあるし、誰かが遺品の中から見つけて売りに来ることもある。本との出会いなんて、そんなものさ」


 確かに、一理ある。

 本は時々、思わぬタイミングで人の手に転がり込むものだ。


「……もし、また手に入ることがあれば」


 俺は一呼吸おいて、言葉を続けた。


「必ず買い取る。値段にも色を付けてもいい。……個人的な事情があって、探しているんだ」


 店主は目を丸くし、それから愉快そうに目を細めた。


「事情……ね。ま、そういうこともあるか。君は代官家の娘なのに冒険者をやっているって子だろ?」

「知ってたの?」

「この街じゃ、有名人だからね」


 思った以上に名が売れていたらしい。

 一応人助けもしているし、すぐに稼げるようになったからな。

 話題になるのも当然か。

 

「そっか。でも、実家は関係ない。実はその本を紛失してしまってね。だから探しているっていう、あくまで個人的な事情だよ」

「そうかい。なら私としても安心だ。もし見つけたら取っておくよ。ただしその代わり――」

「ここのお得意様になれってことでしょ? 商売上手だね。じゃあ、何か実戦的な魔法の練習に使えそうな本を見繕ってよ」

「毎度あり。そうだね、ならこの本は――」


 『空想魔術読本』の手がかりは掴めたが、代わりに出費も増えた。

 しかし、この店主の選書センスは悪くない。今後も贔屓にしてやろう。

 買い物を済ませ、本屋を後にする。


 ――王都まで行って、その王族研究者本人に当たるという手もある。

 

 本人が書いたなら、何か知っているはずだ。

 だが、時期尚早。俺はまだ、ただの駆け出し冒険者。

 グレインフォールでの立場も実績も、まだまだ積み上げ途中だ。


「まずは、ここで足場固めだな」


 自分に言い聞かせるように呟いて、三羽雀亭への道を戻る。

 宿に戻り、マルタに軽く挨拶をして二階の自室へ。

 扉を開けると、そこにはすでにリゼがいた。


「おかえりなさい、リーネ」


 リゼは剣の手入れをしていたようだ。

 油を塗る手つきは熟練そのもの。見事なものだ。


「ただいまリゼ。今日はゆっくりできたから、明日から活動再開しよう」

「はい。ですがその件で相談があります。実は他の冒険者から誘いがありました」


 他の冒険者からの誘い?

 試用期間の後半でも似たような話があったが、またか。


「一緒に討伐に出ないか、とのお誘いです。パーティーは『街道の守護剣』」

「ああ、あの時助けてもらった人たちか。でも一体なぜ?」

「私達の実力が知りたい……とのことでした。ただ、格上からの誘いであっても、断っても構わないと。ギルドにも話は通してあるそうです」


 詳細は不明、か。

 だが、何か思惑があるのは確かだ。そしてギルド仲介ということは、ボルクも一枚噛んでいるな。


「……受けよう。ギルドの仲介なら信用できるし、ボルクさんは俺達が本格的に冒険者活動を再開することを知っている」


 おそらく、これは一つの転換点だ。

 新人枠を抜け出し、冒険者としてのキャリアを積むための絶好の機会。

 なら、飛び込まない手はない。

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