解体作業
ボルクに連れられて、分厚い木の扉を潜る。そこは屋外の作業場で、いま獲物を解体している現場だった。
何度も洗われて黒ずんだ木の作業台。床の染み。壁に立てかけられた無数の刃物。清潔に保とうとする努力は見えるが、それだけだと言える。
血と臓腑と油が飛び散り、強烈な匂いが立ち込めていた。
……これは辛い仕事になりそうだな。
「親方。今日の訓練枠だ。新入り二人を持ってきたぞ」
「おう? なんだそりゃ。お嬢ちゃんじゃないか」
白髪髭の中肉中背で老齢に差し掛かった男が親方らしい。
職人気質の雰囲気で、前掛けは血に染まっていた。
「見た目で分かるだろうが、お貴族様だ。だが、遠慮は無用。しっかり扱いてやってくれ」
「面倒がなければそれでいい。まずはあっちで話を聞こうか。お前たちはそのままやってろ!」
「ウッス!」
親方は休憩所のような区画へ向かった。ボルクが俺たちを一瞥し、ニヤリと口の端を上げる。
「口から出した言葉を引っ込めるのはなしだ。そういうのは冒険者界隈じゃ最も嫌われる」
「それって冒険者以外でも嫌われますよ。ちゃんと理解してます」
「ならいいさ。それじゃ頑張れよ」
そう言って、ボルクは扉を開けて戻っていった。
「圧倒されているようですが、この程度でそんな心持ちでは先が知れますよ」
「初めて見る現場だからね。身がすくんだのは認めるよ。とにかく親方さんと話してみようか」
休憩所に入ると、親方が椅子に座って待っていた。
親方が無言で指を示すのは荷物置き場だ。言われた通りそこにカバンを置いた。
そして、リゼと一緒に親方の対面へと座る。
「俺はアントン。だが、ここでは親方で通っている。呼ぶのはそっちでいい」
「私はリーネ。そしてこちらがリゼ。さきほど冒険者登録したばかりです」
「見れば分かる。そして俺の仕事はお前たちに魔獣の解体方法を叩きこむことだ。名前を覚えるつもりは今のところはない」
親方は俺を上から下へ覗き込む。
「冒険者になったというなら、その仕事で名を示せ。貴族だなんだというのは通用せん。それが嫌なら、とっとと帰ることだな」
手厳しいが、筋は通っている。遊び半分の連中を何人も見てきたのだろう。
「親方に名前を憶えて貰えるように努力しますよ」
「それでいい。で、そちらの女騎士様はどうなんだ? 多少の心得はある様だが」
親方の視線がリゼに移る。
「それなりには。ただ、いい機会なので基礎から学び直すつもりです。ここ数年は野外活動をしていないので」
「それなら儂の部下と一緒に作業をすればよかろう。お嬢ちゃんは特別に儂が面倒を見てやる。ボルクの奴が直接案内してきたってことは、それなりの期待があるようだからな」
こうして、俺は親方につき、リゼは作業員に混ざることになった。
「つーわけで、こいつをやるぞ。グリムパップだ」
グリムパップとは狼の魔獣だ。
狼と違う点として、牙が異様に長く、背の毛並みが逆立っている。
「まずは俺のやり方を見て一通り確認しろ。そのあとにお嬢ちゃんにやってもらう」
テーブルの上の魔獣を親方が捌いていく。
腹からナイフを入れて臓物を抜き、皮を剥ぎ、関節を割っていく。丁寧かつ、早い! まさに職人芸だ。
血抜きもされているし、その手際が目立ちグロさを感じさせない。
「こんな感じだな。ほれ、やってみろ」
「はい」
渡されたナイフで、目の前に回された獣を同じように解体する。
『集中』で手順を確認し、ワーキングメモリも強化済み。力が要るところは『身体強化』で押し切ればいい。
「初めてにしては上出来だ。だが、刃の向きの意識が足りんな。そして肉や筋の流れを追えていない。それを意識してやってみろ」
褒められるのは素直に嬉しい。魔法というズル込みだけど、俺の実力に変わりない。
このままどんどんいくぞ!
そのまま作業を回し、血抜きも含めて数頭を解体した。
途中で食事を挟むが、出たのは魔獣肉だ。親方いわく解体屋の特権で、一番うまいところを焼いているらしい。
臭さは残るが、柔らかくて食べやすい。うま味もそこそこだ。
食事の後も手を動かし続け、日が傾いた頃に今日の解体作業は終了した。
「正直言って驚いている。一日でここまで上達するとはな」
最後の骨を外したところで、親方が近づいてきた。手元を見て、感心するように頷く。
「頑張りましたよ。かなり疲れました」
「頑張るのは当然だ。だが、それが難しくもある。この臭いを気にしないくらい作業に熱中できる奴はそうはおらん」
魔法で匂いへの感度を落としているから、実際は耐えているというより誤魔化している。
試しに魔法を解除すれば眩暈がするほど臭い。嗅覚疲労していてこれか……へばる奴も当然出るわな。
「今日はこれで終わりだ。さっきの休憩所で待ってろ。日当を出す。それと荷物の確認もしておけ。儂の部下が常に見張ってはいるが、万が一もあるからな」
言われるまま休憩所へ戻ると、そこにはリゼがいた。先に終わっていたらしい。
「今日は終わりだって。あと親方から荷物を確認しろって言われたよ」
「お疲れ様です。私の荷物は確認は終わっているので、リーネは自分の荷物を」
「分かった」
荷物は無事。そもそも代官家の荷物に手を出す度胸がある奴は多くないだろう。
「私も久しぶりに解体作業をしましたが、やはり骨が折れますね。思っていた以上にたるんでいたのかもしれません」
淡々と言うのがリゼらしい。
まだ二十歳前の女の子だろ? それでこの精神性はすごいよな。
「おう、揃ってるな。手を出せ。これが今日の仕事の対価だ」
親方が現れ、銅貨を数枚汚れた掌に落とす。
チャリ、と硬貨の音。重さは笑えるほど軽い。これでは安宿一泊にも届かない。
「これだけ? って顔だな。理由としては、儂が付きっ切りで面倒を見てやったことだ。一人で仕事ができるなら、その倍は出してやれる」
続けてリゼの手にも銅貨が落とされる。そちらは俺の二倍以上だった。
「魔獣討伐に出るにしても、今のままでは皮剥ぎが雑になり減額されるだろう。儂としては、もう少し解体作業に慣れることを勧めるぜ」
「それなら、慣れるまでここに通おうかな。親方、また教えてくれる?」
「いいぜ。本当に来るなら、儂が手取り足取り教えてやる」
「ホント? 頑張ります!」
言質は取れた。効率よく学ぶなら、親方に教えて貰って回数を積むのが一番だぜ。
そして身体強化と精神操作の組み合わせだ。こういう地味で重い作業には相性がいい。疲れを抑えつつ集中を維持できるからな。
日本にいた頃こそ欲しかった能力だぜ……。
解体場を出てギルドホールへ向かう。
すれ違う人が鼻を摘まんで避ける。仕方ないが、どれだけ臭いんだと少し怖くなる。
「リゼ。私たちって臭いっぽいね」
「ええ、臭いですね。リーネの臭さは相当なものですよ。無論私もですが」
「もし私たちにちょっかいを掛けてくる男が出てきたら、解体作業の仕事をすればいいかな? いい男避けになる」
「男避けなど必要ありません。見たところ、私以上に強い者たちはホールにはいませんでした。どうとでも対処できます」
雑談しながら歩いているが、リゼは結構脳筋寄りの考え方らしい。
騎士団が男所帯なら、上手くあしらうより力で押さえるほうが早い。そういう環境で鍛えられたのかもしれない。
ホールに戻ると、ボルクが受付で腕を組んでいた。
俺たちの姿を見た瞬間、鼻をひくつかせる。
「おう。くせえな」
「酷いですよボルクさん! 頑張ってきた証拠です!」
「分かっとるわ! 褒めているんだよ!」
評価されているなら、まあいいか。
「銅貨は受け取ったか?」
「少ないけど、ちゃんともらったよ」
「最初はそんなもんだ。で、これからも続けられるか? 他の雑務の稼ぎはもっと低いぞ」
「魔獣討伐の前に、剥ぎ取りをマスターしたいからね。なんとか頑張ってみるよ」
「それならいいさ。だが、その臭いを放置するわけにはいかん。ということで風呂に入ってこい、女騎士様共々な」
「えっ! 風呂なんてあるの!?」
屋敷でも風呂なんて高価なものはなかったぞ! 大きな街だから設備面では整っているってことかな?
「お前さんの想像するようなもんじゃない。蒸し風呂さ」
「……なんだ、そっちか」
「そうがっかりするな。体があったまるし、汗を水で流すのは気持ちがいいぜ。ギルドの公衆衛生のためにやっているサービスみたいなもんだ。ほら、これを持っていけ」
ボルクが渡してきたのは木の札だった。解体作業を終えた証明らしい文言がある。
「それがあればタダで使える。風呂場はあっちだ」
通路の先に風呂と書かれた看板が見えた。
「混浴で女にはきついだろうが、冒険者をやるならその程度は慣れないといかんぞ。そのあたりは騎士様から教えてやってくれ」
「無論、そのつもりです。節度さえ保たれているなら文句はありません」
「番頭が見回りをしている。騒ぎを起こすような奴らは即追放だ」
「それならいいでしょう」
リゼが納得するように頷く。混浴でも文句なしか……。
なんちゃって女騎士ではこうならない。リゼって、思った以上にガチの騎士として歩んできたんだな。
「とにかく行ってみます。裸を見られるよりも、臭いを取りたいですから」
「その心意気だ。風呂から上がったら、またカウンターに来い。宿についても案内してやる」
ということで混浴の蒸し風呂に入ることになった。
サウナとも違うと思うが、どんな感じだろうか?




