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EX-4 少女の些細な望み

 休みの日。お盆の頃になって、私はとばりを連れて実家へと戻った。あの子との、約束を確かめる為にだ。

 でもそれだけじゃない。とばりを実家に連れていくという事は、即ち私の家族とも会う事になる訳で。

 そう、とばりを家族に直接紹介するのは初めてだ。電話口で、女の子とルームシェアをしてるという事は伝えたんだけど。

「とばり、本当大丈夫?」

 家への道中、それとなくとばりに訊いてみる。

 とばりは今回、私の親と初めて会う。義理の妹が出来ましたとまで伝えるつもりはないけど。

「そうですね。少し緊張はしています」

「だよね。まあ心配は不要だよ」

 我が親ながら結構な寛大さがあるし。とばりの事も、ある程度なら受け入れてくれよう。常識の範疇内ならな。

 実家の真ん前まで来て、玄関の呼び鈴を押す。少しして、奥の方から誰かがやって来る気配が。

 そして玄関が開かれる。見知った顔が、微笑みながら現れた。

「はーい。おかえり時子」

「ただいま、母さん」

 簡単な挨拶。だけどそれだけで昔とおんなじ空気に変わってくれる。

「あら、その子が言ってたルームメイト?」

 母さんの目が、とばりの方に向く。

「はい。浅木とばりと言います。宜しくお願いします」

「あらあら、苗字まで一緒なのね。そりゃあルームメイトですものねえ」

 そこ納得しちゃうか……まあ母さんはやや天然属性があるからなあ。

「どう? 時子とは仲良く出来てます?」

「はい、時子お姉さんとはとても楽しく過ごさせて貰っています」

「しっかり者ねえとばりちゃんは。時子を宜しくねえ」

「ちょっと私が頼りないみたいな言い方やめてよね」

 一応年上――でもないか。でもお姉さんなんだぞ立場上。

「大丈夫です。時子は頼れるお姉さんですから」

「うーん、ありがととばり。その一言であと十年は戦えるわ」

「……何と?」

「それは愚問だなあ。勿論とばりの為によ」

 とばりを守る、義務と責任。その自覚はしっかりと持っているつもりだ。まあ、それは十年と言わず、二人が離れる終の時までと思ってるけどな。


 そうして、とばりと母との面会が終わって、少し落ち着いてからまた外に出る。

 宝物。私はそれを見付けに来た。はせくらちゃんとの、思い出の品を。

 でも、それが今も生きているかどうかは解らない。なにせ五十八年も前の事だ。埋めた場所は解ってる。だけど掘り返されてしまったかも知れないし、五十八年の間にぼろぼろに風化してるかも知れない。

 ……でも、それでも、

 私ははせくらちゃんと約束したんだ。いつかまた一緒に遊ぶと。

「……ここが、時子の言っていた?」

「うん。夢の中のね」

 ――どうだろうか。あの時が夢か現実か。もうすぐはっきりと解る。

 スコップを持って、大きな木の下の所に。目的の場所を掘ると、硬い何かがスコップに当たった。

 アルミの箱。ちゃんとあった。あとは中身がちゃんとあれば――。

 箱を取り出し、振ってみる。がらがらと音がした。

「ちゃんと、入ってる?」

 箱の上、土を払ってふたを開ける。まず目に付いたのは、宝物の上に載せられていた古ぼけた紙が。

 最初はこんなの入ってなかった。とすると、私が居なくなったあとに入れられたものなんだろう。なら、少なくともあの空襲からは逃れられたらしいな。

 紙を取り出して、開き見る。


“ときこおねえちゃんへ だいじにあそべよー

               はせくら ゆいこ”


 微笑ましい文章だなあ。戦争っていう大変な時代を過ごしたっていうのに、この頃はまだ純真さが残っているんだ。その後の人生、どうなったのかっていうのも気にはなるところだけど――。

 と、気付いた。

「……はせくら ゆいこ?」

 何か。頭の中で引っ掛かるものがあった。あの時は下の名前は聞いてなかったけど、その名前――。

「覚えが、あるんですか?」

 とばりの声も、なんだかうわの空のように聞こえる。

「いや――」

 ついそこまで、頭の中から出て来ている。だけどそれは非常にもどかしい。

「うーん」

 考える。考えて、そして――、

 そして箱の底に、なにやらもう一枚、封筒らしきものがあるのを見付けた。

 拾い上げる。と、なんだか紙質がさっきのものより新しいっぽい事に気付いた。

“ときこお姉ちゃんへ”

 封筒にはそれだけが書かれていた。

 これは、なんだ。文字の達筆具合からして、つい最近に書かれたものだと解る。……という事は、これははせくらちゃんの、更に未来の文なのか?

 封筒を開ける。それは糊付けもされてなくて、中にはまた、折り畳まれた一枚の紙が入っていた。

 折り目を開く。

 そこには、少し長めの文章があった。


“あの日の出会いが、まるで昨日の事のように思い出されています。

 私の知っている、あの時の名前を付けられた貴方がどんどんと大きく育っていくさまを見て、それが記憶の中のお姉ちゃんにどんどん近くなっていく。不思議な感じがしましたよ。

 多分貴方は、これを書いている時にはまだ幼い私には会った事はないんでしょうね。

 でもこれを見る時には、既に貴方は昔の私と出会っている事でしょう。

 その後の貴方に会えるのか。その時まで私は生きているのか。あの日の貴方の年齢を知らない事が、ずっと心残りでした。

 もしも。これを読む日が私の居なくなったあとだったとしたら、

 その時には、お盆の日にでもお墓にご報告に来てやって下さい。

 出来ればそうならない事を願います。もう一度会って、遊びましょう。

 時子お姉ちゃんへ。

                               浅木結子”


 ――そうだ。なんで思い至らなかったんだろう。

 浅木結子。その旧姓は、支倉。

 私の、婆ちゃんの名前だ。

「……そんな」

 足が崩れそうになる。木に、手を付けてなんとか身を留めた。

「時子」

 とばりが、私の身を支える。傍にこの子が居る、その現実が、ぐるぐるに回っていた頭を抑えている。

「……大丈夫」

 その言葉は、支えてくれているとばりに向けて。

「大丈夫」

 二度目の言葉は、私自身に。とばりの前で、気をしっかりと持たないと。

 聞いた事がある。婆ちゃんがまだ子供の頃の事。元々は家族と一緒に都会の方に居たんだけど、疎開して岩手の親戚の家に移り住んだんだ。そのまま終戦したはいいけど、都会に残った他の家族は――。

 うん。だから婆ちゃんは岩手にずっと住む事になったって。あの時私が居たのは、終戦宣言直前の、婆ちゃんの姿だったんだ。

 その婆ちゃんが亡くなって、今は四年くらい経っていた。最後の日。婆ちゃんは布団の上に横たわって、家族全員が揃うまでずっと目を見開いていた。そして、最後に息子である父さんが帰って来て、その姿を見て数分後に眠るように息を引き取った。

 家族みんなが居る事を、安堵するように。

 私の顔も、しっかりと見ていた。掠れるような声で、時子と名前を呼んでくれた。

 ……解ってたんだ。私の事を。

 だけど解ってないふりをして、ずっとずっと、私が育つ事を待ってたんだ。

 その日が来るまで。私が、あの幼い婆ちゃんと出会う日が来た、そのあとの日を。

 だけどそれは叶わなかった。婆ちゃんは、四年も前にもう――。

「……婆ちゃん」

 呆然と、空を仰ぐ。夏の青空に、蝉の鳴く声。全部が遠い、あの五十八年前と同じ風景だった。

 変わってない。だけどここには、もう結子婆ちゃんは居ない。

 解ってる。こんなのどうしようもないって事くらい。

 だけど、だけどなんてもどかしいんだ。この気持ちのやりようは。

「……ねえとばり、暑い中ごめんだけど、もう一か所寄っていっていいかな」

 かたわらに寄り添う、とばりに訊く。

「時子が行きたいなら」

 とばりは、私を見ながらそう了承の言葉を口にしてくれた。


 宝物の入った箱を持って、近くのお寺の小さな霊園、浅木家のお墓にやって来る。それはあの手紙の願い通りの事。婆ちゃんへの、報告に来たんだ。

「……結子婆ちゃん」

 お墓の前で、手を合わせて、目を閉じる。

「……ごめんね、五十八年も待たせて」

 宝物の入った箱を、墓前に供える。

「……ねえ。私、これを持ってていいのかな?」

 婆ちゃんが眠るお墓。それを見据えながら、帰って来ない問いをする。

 婆ちゃんは、私が来るまでずっと待っていてくれてたのに。

 私は、今更になって、やっとだ。遅いと怒られても、仕方ない。

「おー、いいぞー」

「え!」

 後ろからの声に、振り返る。そこには、モンペ姿で短髪の――。

「時子?」

 とばりが、何事かと不思議そうな声を掛ける。

 とばりには、見えてないんだ。後ろに居る、女の子の姿が。

 私には霊感体質がある。幽霊が見えたり、不可解な現象を察知出来たり。それは婆ちゃんも知ってた事。

 ……だから会いに来てくれたんだ。

 はせくらちゃんは、にへっと笑って、そして消えていった。

「……ありがとう。婆ちゃん――」

 心残りは、婆ちゃんにもあったんだろう。でも、それが叶ったのなら――。


 今ではこれら宝物は、結構な価値のする物らしい。そりゃそうだ。五十八年も前の遊び道具、殆ど損傷のない美品ともなれば。

 ……でも手放すつもりはないよ。

 五十八年前に、そしてつい数年前まで、あの子が――婆ちゃんがしっかりとここに居たっていう証だもの。

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