85.王宮への道は大渋滞中!
花子たちを乗せた馬車は白の宮殿を出るとまっすぐに王宮へ向かった。
いつもは馬車ではなく車なので地下にある専用通路を通って王宮の傍に出るが今回は就任式のため、決められたルートで王宮に向かわねばならない。
このため王都の中央を走る大通りを通って王宮に向かった。
先ほどまでは運河沿いの通りを何本も並行している道があったのでさほど渋滞はしていなかったが、王宮に近づくに連れだんだんと道が混み始め、今ではほぼ止まった状態になっていた。
花子はぼんやりと窓の外を見ながら、こんなことなら馬車に乗っている時に読める本を持ってくるべきだったとものすっごく後悔していた。
「何があったの、セバス」
花子がそんなアホな後悔をしている隣では祖母がもっていた扇子をパタンパタンと開け閉めしながら、すぐ目の前に座っているセバスにイライラした様子で問いただしていた。
「少々お待ちください。」
セバスはそう言うと目を閉じた。
数分後、セバスは目を瞑ったまま、祖母に道路が止まっている状況を説明し始めた。
「マリア様、申し訳ございません。原因がまだ特定できませんが数十台先でも動いていないようです。」
セバスがさらに目を瞑ったまま意識を前方に飛ばし、もっと詳しい原因をつきとめてくれた。
「王宮の門の前で車同士の接触があったようです。そこがブロックとなり、車が全く動かず、このような渋滞になっています。」
「それなら、運河沿いの道に迂回して正面の門ではない脇道の方に進めば早くつけるのではありませんか。」
花子が馬車から見える運河沿いの道に視線を向けた。
そちらはゆっくりだが動いており、渋滞もしていない。
少し遠回りになるが、今の場所を迂回すれば問題なく先に進めるだろう。
「いつもならそうするのですが、就任式に向かうときは必ず王宮に向かう中央のこの道を通り、正面の門を通る習わしになっておりますので、このまま待つしか方法がございません。」
「なんてことかしら、この広い通りが事故で塞がるなんて、門番は何をやっているの。就任式に遅れてしまうわ。セバス。事故処理状況はどうなっているの?」
セバスは再度目を瞑って、しばらく無言で何かに集中していた。
馬車内を重苦しい空気が支配する。
数分後、セバスはめったにない表情で状況を説明し始めた。
「お待たせしました。どうやらこの事故はいやがらせのようです。」
「いやがらせ!」
祖母が扇子を壊れるほど握りしめながら立ち上がろうとして、セバスに止められた。
「落ち着いてください。」
「落ち着けですって、こんな状況なのよ。落ち着けるわけがないでしょう。それに妨害工作って!黒幕は誰だっていうの。」
「はい、門の前で事故を起こした車から出てきた運転手が先ほど王子妃の名前を呟いて、門番に何かの袋を渡しておりました。」
「王子妃ですって、なんで彼らがそんな妨害をする必要があるの?」
「さすがに妨害工作をしている彼らが何を目的にと言われますと心当たりがありすぎて、絞り込めません。」
「そうだったわね。王子妃との因縁はありすぎるほどあるわね。でも困ったわ。このままだと間に合わなくなる。」
祖母は持っていた扇子をギシッという音を立てて握り潰した。
扇子って握り潰せるものなのか。
その様子を見ていたフレッドの表情がだんだんと強張っていった。
花子は目の前に座っているフレッドの様子にはまったく気づかず違うことを考えていた。
確かに馬車がこのまま止まったままだと就任式に行くのが遅くなって、式が終わる時間が延々と後ろ倒しになる。
ということは、すべてが終わって白の宮殿に戻る時間も当初の予定より遅くなるわけで・・・。
そうなると必然的に帰ってからの読書時間が大幅に減ってしまうことに。
なんてこと!
前回読んでいた本の続きが気になっているのに、それを読むのが遅くなるなんて許せない!
すぐになんとかしなくっちゃ。
花子は席を立ってドアノブに手をかけた。
「花子様どちらへ行かれるのですか?」
ドアノブにかけられた花子の手をフレッドが慌てて抑えた。
「ちょっと外に出て直接外の様子を見たいのよ。」
「花子様。焦る気持ちはわかりますが外に出るのはお待ちください。今、アインとキサラギを向かわせて対処させますので。」
セバスがそういうと御者席にいる二人に声をかけようとしたので、花子は慌てて止めた。
「待って必要ないわ。」
「必要ない?」
「ええ。外の景色が見えれば何とかできると思うの。」
「外の景色でございますか?」
「ええ、前方の様子がはっきり見えればこの状況をなんとか出来るわ。」
花子の要望にセバスは首を傾げながらも、花子の手を取ると意識を集中するために目を瞑った。
数秒で花子の頭の中に前方に止まっている車の景色が鮮明に浮かびあがった。
「すごいわ。馬車の中にいるのにこんなに鮮明に見えるなんて。」
「恐れ入ります。これで先ほど言われていた外の様子がはっきりわかると思うのですがいかがでしょうか。」
「ええ、ここままで鮮明に見えるならば問題ないわ。」
花子はそういうと目の前に映る車に意識を集中した。
魔法はイメージ。
魔法はイメージ。
魔法はイメージが大事なのよ。
花子は心の中でそう唱えながら、目の前にある車が浮き上がるイメージを思い描いた。
花子がイメージする度に、何度かすぐ前に止まっている車のタイヤが数センチ浮かび上がっては下がりを数回繰り返した後、突然ガタンと少し大きな音がして、前方の車が花子が乗っている馬車の前にあった障害物がなくなった。
花子の体感ではかなりの時間がかかったように感じられたが、実際は数分で目の前にあった車は浮き上がっていた。
「花子様。これは・・・。」
セバスが思わず声を上げ、目の前の景色に固まった。
「画像が乱れているわ。」
「失礼しました。花子様。」
セバスが重い車がふわりと浮き上がる状況に集中が切れ、画像が一瞬乱れてしまった。
慌ててセバスは意識を集中すると景色もすぐに鮮明な状態に戻った。
花子は今の1台で要領がつかめたので、次々に目の前に見えた車を浮き上がらせた。
数分で花子たちの行く手を阻んでいた障害物はきれいになくなっていた。
「素晴らしいわ。」
祖母は目をキラキラさせて隣に座っている花子を褒めたたえる。
「アイン。すぐに馬車を動かしなさい。」
花子を褒めながらも、すぐに動かない馬車にイラっとした祖母が声を上げた。
いつもなら祖母より先に声を上げるセバスだが今回は冷静に前方の様子を鮮明に伝えることで精いっぱいだった。
「はっ、畏まりました。」
祖母の声にアインは慌てて馬車を進めた。
現実離れした状況にアインも意識が固まり馬車を動かすのが遅れたが、祖母の声に我に返ると慌てて馬車を進めた。
馬車は軽快な音を立てて王宮の門を通るとその先の王宮まで駆け抜けた。
花子たちが乗る馬車が門を通り抜けた後に、お辞儀をするように空中で止まっていた車はガタンと派手な音を立てて、地面に降ろされた。
車の中にいた人々も王宮の門を守っていた門番もしばらく唖然とした状態ですっかり辺りは静まり返っていた。




