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魔物の国の外交官  作者: TAM-TAM
第2章 西の王国での初仕事
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021話 正しいマンティコアの倒し方(素材的な意味で)

▼その日の夕刻


 正しい心があれば、何でもできると思っていた。

 頑張ればいつか必ず、自分達も勇者になれると信じていた。


「――クソっ! どうしろってんだ!」


 探索や戦闘にも慣れてきて、そろそろ中堅の座が見え始めた探索者(クエスター)パーティ『トライデント』は、目下最大のピンチを迎えているところだった。

 毒づき、剣を構えるアルフだが、その顔にはいつもの向こう見ずギリギリ半歩手前の勇敢さは無く、焦りの色が濃い。掌にも汗がにじみ、剣を取り落とさないよう気を張る。


 横手には盾役のバートが倒れ伏している。猛毒が滴る牙の一撃で意識を刈られたのだ。

 後ろには遠隔攻撃役のシアが蹲っている。尾から飛ばした毒針で動けなくなったのだ。


 日が沈みかけた時間帯、深い森の奥では一足早く闇が降りかけており、その中で凶暴な肉食獣の瞳が爛々と輝いた。


 毒の魔獣、マンティコア。獅子の体に蝙蝠のような翼、そしてサソリのような尻尾の先に24本もの毒針を生やす、今回の討伐対象だ。

 森の中にこの魔獣が現れたせいで、住処を追いやられた他の獣が街道の近くにも出没しているらしい。思えば数日前の熊もその類だったのだろう。

 街の人々の為、そして彼ら自身のステップアップの為、彼らはこの依頼を受けることにした。そしていつもどおり、皆で力を合わせて勝つ予定だった。


 だが戦況は一瞬で、狩る側から狩られる側に回った。剣と矢で奴の胴体に僅かながらの傷はつけたが、致命傷には程遠い。


「畜生! やってやろうじゃねえかっ!」


 撤退可能な時期は既に逸した。動けない2人を背負ってこの相手から逃げ切れるとは到底思えない。自分一人だけで逃げ出すなど論外だ。


「勇者リュークよ! オレに力と勇気をっ!」


 引き絞った四肢をバネのように弾けさせ一気に飛び掛かってくるマンティコア。それに対しアルフは、無策にも真っ正面から立ち向かう。


「うおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 恐怖を気合でねじ伏せ、突進を仕掛けてきた魔獣の額に相打ち覚悟で剣を振り下ろす。


 激突。そして――


 筋力と体重の差か、押し負けたのはアルフの方だった。強烈な体当たりを受け、真後ろへと吹き飛ばされる。


「ぐっはァ!!」


 地面を2度、3度と跳ね、土の上へと横たわる。衝突の瞬間弾き飛ばされた剣が、魔獣の足元へと転がった。

 対する魔獣は、割れた額から血を流してはいるが、確かな足取りでゆっくりと近づいてくる。


「くっ……動け……オレの身体…………」


 絶望の二文字が場を支配しようとした、その時。

 アルフとマンティコアの中間ぐらいの位置に、上空から降り注いだ10本程の氷の槍が、立て続けに鋭く冷たい音を立てて突き刺さった。





「クロエさんは負傷者の手当てを! ポーションは必要なだけ使って下さい!」

「分かったわ!」


 杖に《飛空(フライト)》をかけて二人乗りで現場に急行し、上空から牽制の《氷槍(アイスジャベリン)》を降らせたセレスティナが、急いで着地する。

 クロエが素早く、毒にやられて最も危険そうなバートの側へと駆け寄り、セレスティナは杖をマンティコアの方に向け単独で相手をする様子を見せた。


「……む、無茶だ……逃げろ…………」


 アルフの発する掠れた声は聞こえたかどうか。いずれにしてもセレスティナはマイペースな口調で断りを入れる。


「すみません、横殴り失礼しますね。分け前については終わった後で相談しましょう」


 この世界ではどうだか分からないが、ネットゲームの常識では他者が交戦中の敵に部外者が無闇に攻撃を加えるのは“横殴り”と呼ばれるマナー違反行為の一つであり、それ故に一応断りを入れたということだ。

 見たところ緊急事態のようだったのと、先方からクレームが寄せられなかったこととで、彼女は正式に選手交代することにした。


 ついでに補足しておくなら、魔獣とは動物が魔力で変質して生まれたものだとの見解が最近は強く、その仮説が正しいとするなら魔力の濃い魔国テネブラの国土で大抵の魔獣は生まれることになる。

 つまり魔国から国境を越えて大陸中に広がった魔獣を魔国の民であるセレスティナが責任持って退治することは、国際的観点としても正しい姿だと言えよう。


 そんな彼女が戦闘モードに入った直後にマンティコアは尾を大きく振り、尻尾の先から鋭い毒針を数本撃ち出す。麻痺毒が仕込まれており、これでダウンした獲物を生きたまま丸齧りするのをマンティコアは好むのだと言う。


「《防壁(シールド)》」


 だが毒針はいずれも、彼女が張った《防壁(シールド)》の魔術に真ん中程まで突き刺さり、動きを止めた。防御魔術を解除すると軽い音を立てて針が地面に落ちる。

 続いて爪と牙で切り裂こうと飛び掛かってくるのを華麗なステップで避けつつ距離を置き、再び飛んできた尾針を再度《防壁(シールド)》で防いだ。そのような動きを幾度か繰り返し、セレスティナは防戦一方に見える。


 その間にクロエはスタンプラリーの如くトライデントのメンバーを順次回復させる。まずバートに毒消しのポーションを飲ませ、続いてシアに刺さった毒針を皮手袋を装着してから引き抜き同じく毒消しを飲ませ、最後にアルフに傷薬のポーションを飲ませた。

 余談であるがこれらのポーションは全て学友のマーリン謹製の物である。一応セレスティナもポーションの調合は高い水準でこなせるが、マーリンが調合する薬の方が味が良く飲みやすいのである。この分野においては魔力より女子力が重要になることもあるのだ。


「やっぱり、無理だ! 反撃もできない! 早く、一緒に逃げよう! オレ達みたいに手遅れになる前に!」


 何とか動けるようになったトライデントの3人が一箇所に集まり、逃走の算段を立てる。その様子にクロエは申し訳なさげな口調で応えた。


「うん。なんかゴメン。先に謝っておくわ。ティナは苦戦中なんかじゃなくて養殖中なのよ……」

「……は?」

「その、毒針の回収ね。……いや、ほんとゴメン」


 決してクロエが悪い訳ではないがなんかもう謝るしかない気分だ。マンティコアの尾針は毒矢等に極めて適性が高く、味方に飛び道具使いが居れば何本でも欲しい素材になる。

 そして魔力や体力が余っていればその尾針は再生可能だ。つまり戦闘初期はなるべく無駄なダメージを与えずに尾針の回収に専念するのが、素材的には正解なのである。

 尾針を受けるのに彼女が使っている《防壁(シールド)》も、意図的に柔らかくして適度に突き刺さるよう調整してある。硬い防壁で弾き返すと針の先が潰れて使い物にならなくなるからだ。


「……そろそろでしょうか」


 尾針の再生速度が鈍くなってきたのを見計らって、セレスティナが攻勢に移る。


「えっと、横殴りのお詫びに有用な情報をお知らせしますね。マンティコアに真正面から攻撃するのは実は下策と言われています。何故だかご存知ですか?」

「そ、それは、(デコ)が硬いから……?」

(たてがみ)は素材として重要な部位なので、無傷で取れるようにです。剣、お借りしますね。《飛空(フライト)》っ!」


 マンティコアと睨み合ったまま杖を斜め下方向に伸ばし、先の激突でアルフが手放して地面に転がっていた剣を叩いた。

 これまでの攻防の合間に時間をかけて準備していた術式が剣の刀身へと流れ込み、飛翔の力を得た武器が発射台から飛び出す弾丸のように、マンティコアの死角から襲い掛かる。

 魔獣から見て左斜め下の方向から飛来した剣は、反応する暇すら与えずに翼の付け根の辺りに深々と突き刺さった。


「最後です、《雷撃(サンダー)》!」


 止めにセレスティナが放った《雷撃(サンダーボルト)》が、まず杖から放たれて剣を討ち、その鋼の刀身を伝ってマンティコアの体内へと伝達、内臓を焼き尽くして足から地面へと抜ける。

 体内の臓器全ての活動を停止させる強力な電撃により悲鳴すら出すこともなく、傷口から煙を噴き上げた魔獣は息絶えて地面へと崩れ落ちた。


「と、まあ、こんな感じです。ポイントは素材になる鬣と翼と尻尾と顎の所にある毒袋をなるべく傷つけないこと。攻撃の初手は空を飛んで逃げられないように翼の付け根が理想です。皮はやっぱり毒を含んでますから衣類にも敷物にもなりませんので需要が低くて、最悪捨てても良いと思います」

「えっと、何て言うか、こんな子でゴメン……」


 早速鼻歌交じりにマンティコアの解体を始めるセレスティナとは裏腹に、沈痛な表情のクロエ。対するトライデントの3人は自分達の理解と常識を超えたことが立て続けに起きたショックからか、しばし脳が活動停止したかのように無言で佇むのだった。





 街に戻った頃には、すっかり日が暮れていた。

 まずは探索者(クエスター)ギルドに生還報告と討伐報告を行い、依頼報酬を山分けした。証拠にとセレスティナがマンティコアの素材の一部を出して見せたところ、その場で宴会が始まりそうな勢いで盛り上がったのは印象深い。


「なぁ、やっぱり依頼料全部渡した方が良くないか? オレ達結局何もできなかったし……」


 ギルドを出て、星明りの下を岐路に就く。今日のことが余程堪えたか、思い詰めた顔つきでアルフが口にした。


「いえいえ、元はトライデントの皆さんが受けた依頼ですし、それに私達は探索者(クエスター)じゃないですので本来は依頼料受け取る権利もありませんから」


 依頼料の金貨100枚は等分ということで、双方のパーティが50枚ずつ受け取った。その際にセレスティナは「クロエさんもそろそろ大金を扱うのに慣れておいた方が良いですよ」と25枚押し付けたりしたので、豪遊慣れしていないクロエは懐が不自然に重くて困り顔だ。


「それに、こういう敗北はこれからじわじわ効いてくると思いますので、当面の生活費は確保しておくと心の余裕が違うと思います」


 このような稼業ならよくあることだが、一度手痛い敗戦を経験するとまずはその恐怖を克服するところから始めなければならない。

 人によって個人差はあるが、今まで戦えていた敵相手にも動きが鈍ったり、今まで行けていた場所に踏み出せなくなったりして、最悪廃業を選びパーティを解散することさえもある。


 トライデントの3人も、無理せずまずは軽い依頼から少しずつ感覚を取り戻す必要があるだろう。その際には貧乏に追われて危険な依頼を受けなければならない状況を排除できれば余裕を持って仕事を選べるのでリスクも下がる。その為にもこの討伐報酬は有用な財産となるだろう。


「あとあの場所には、土の中に大きな魔力が溜まりましたので少し待てば希少(レア)な薬草が採れそうです。機会があれば行ってみて下さい」


 あの場所とはマンティコアとの戦闘を行った地点のことだ。毒の魔獣の屍骸をそのまま放置するのは危険なので素材を回収した後は炭になるまで燃やして穴に埋めた。


「そうだな。今はまだ行きたくないがいつかもっと強くなったら見てみるぜ」

「そうなるには、やはり3人だと少ないか……魔術師か錬金術師を誘ってみるのも有りか……?」

「良いかもねそれ。あ、でも人数が変わると三叉矛(トライデント)じゃなくなるからパーティ名も改名しないとかな?」


 アルフの決意に、バートとシアも会話に加わる。少しずつ元気も戻って来たようだ。


「じゃ、オレ達は向こうだからここでお別れだな。今日は色々とありがとう! 本当に感謝してるぜ!」

「ああ。ティナ達は命の恩人だ。この恩をいつか返せれば良いのだが……」

「だからそれまで死ぬんじゃないわよ! アタシらも頑張って生き延びるからさ!」

「はい。ではまたいつか」


 トライデントの3人と別れ、セレスティナ達も高級宿の点在する通りへと向かう。色々あって今日は妙に懐が暖かくなったが、本業以外にあまりかまけすぎるのも良くない気がする。

 一つの事に没入しすぎて周囲が見えなくなるのが技術者の業ではあるが、そろそろ外交官としての仕事にも何か成果が欲しいところだ。


「さて、明日は何をしましょうか」

「それじゃあ、明日は早朝の魚屋さんに行って、新鮮な魚を物色したいわ」


 手の中の金貨の輝きを眺めながら、珍しく自分の欲望を口にするクロエ。

 所持金の割にスケールの小さな“豪遊”に、セレスティナも生暖かい笑顔で頷くのだった。



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