020話 経済活動あれこれ(やっぱりお金は大事)
▼大陸暦1015年、双頭蛇の月5日
セレスティナが王都入りして早くも4日目を迎えた朝。
この日の始まりは彼女がクロエに一つの道具を手渡すところからだった。
「クロエさん、確かクロスボウも得意でしたよね?」
「ん? まあ苦手じゃあないけど普通のロングボウの方が好きだわね。で、この変な道具と何か関係が?」
クロエが受け取ったのは新作の魔道具とのことで、銃身と銃握と引き金しか無いクロスボウの出来損ないのような形状をしていた。
現代日本の感覚だと拳銃そのものだ。但し素材は木製で金属光沢の代わりに美しい木目が目を引く。
「ちょっと小型化に挑戦してみました。《容量拡大》を使ってこの中に自動巻上げ式のクロスボウを丸々1個格納させているんです。街中だとあまり大きな武器は目立ちますから対策用に、と思いまして」
「事も無げに言うけど、ティナのこういう発想ってどこから来るのかしらね……」
半ば呆れ声になりつつ、その拳銃型の道具を手に取ってクルクル回したり架空のターゲットに狙いをつけてみたりと使用感を確かめるクロエ。
「矢はここから入れるのと、あと安全装置がこれになりますので誤発砲には重々お気を付けを。それから《容量拡大》は複数重なると相互干渉して不具合が起きますので拡大済みの鞄には入れないで下さいね」
「なるほどね、分かったわ」
矢の装填スペースもリボルバー式の弾倉になっていて芸が細かい。小さい穴にどう見てもサイズの合わない矢を入れると吸い込まれるように入っていくのが時空魔術の不思議の一つである。
「うん、まあまあじゃないかしら」
クロエの表情はクールぶってはいるが時折口の端がひくついており、思いの外気に入って貰えた事が見て取れる。
「じゃあ、街の外に出て試し撃ちとかしてみますか? いざという時に初使用なのもちょっと拙いですし」
「そ、そうね、ティナがそうまで言うんだったら付き合ってあげるわ」
「あははっ、では是非お願いしますね」
服の中で尻尾がぱたぱた揺れるのを気取られないようにしつつクロエが頷いた。
通常は一旦街の外に出ると再度入って来る際にまた入場税が取られたりするのだが、仕事等で一時的に街の外に出る場合は門で申請すれば格安で再入場許可証を発行してくれる。また馬車の定期便や探索者など一部の重要な職業に就いている者は完全フリーパスだ。
セレスティナの場合は魔術師らしく“魔術素材の採取や採掘”の名目で再入場許可証を取っているが、実際に街の外に出るのは今日が始めてだ。
出発前、鼻歌交じりにクロエが拳銃型クロスボウを侍女服のエプロンの裏にあるポケットに隠すのを見て、セレスティナが不満を口にした。
「そんな所に隠すのですか? 拳銃と言えば太ももホルスターって相場が決まってるのですが」
「何よそれ! そんな所に隠したら取り出す時に捲れて恥ずかしいじゃないの! ティナはおっさんなの!?」
「否定はしません!」
「しなさいよ!」
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午前中は街の近くにある森へ向かい、動かない的や野兎等を相手に新兵器のテストを行った。
威力はクロエが愛用している複合素材の長弓に比べると流石に劣るが、予め準備しておけば即座に撃てる即応性と狙いの付けやすさとが好評で、久しぶりに狩猟本能を満たしたクロエは幸せそうな笑顔になっていた。
王都に戻って昼食を取り、綺麗に解体した兎の毛皮と肉は探索者通りで売り払うと、その足で彼女達は2日前に入ったカールの道具屋に再び足を向ける。
「こんにちは。約束の容量拡大バッグを作ってきました」
「ああ。お嬢ちゃんか、いらっしゃい。っと、お師匠さんの試作品だね。どれどれ…………」
セレスティナから容量拡大バッグを受け取ると、カール店長は真剣な顔つきでその袋に煉瓦を入れたり出したり、袋の口を引っ張ったり、様々な角度から品質を確かめた。
暫く作業した後、笑顔で「良い仕事だね。これなら十分売りに出せると思うよ」とお墨付きを頂いた。
「ありがとうございます。次も頑張って作りますね……えっと、師匠が」
卸値の金貨12枚を受け取りながらセレスティナも笑顔で応える。これだけでお給料数ヶ月分なのはちょっと微妙な気持ちになるが、需要と供給の仕組みもあるので気にしないことにした。
ちなみに彼女達が泊まっている『栄光の朝陽亭』は2人部屋で1泊が銀貨2枚。5日毎に金貨を1枚支払って延長する形態で部屋を取っていてその宿代に換算しても2ヶ月は何もせずに暮らせる計算だ。
「では次は、1週間か10日ぐらいしたらまた納品に来ますね」
「ああ。楽しみに待ってるよ」
大量納入の目処が立ったので次回に向けて今度は素体の背負い袋を5袋買うことにした。
頑張れば1日で5袋の作成も可能だが、そんなにお金に困っていないのとこれがきっかけで価格破壊が起きたりすると結局自分の利益が減ってしまうのとで適度に生産調整する構えだ。
▼
それからあちこちのお店を見て回った後、セレスティナ達は探索者ギルドの扉を潜った。王都入りした初日以来だ。
「おう、何しに来たんだお嬢ちゃん? まさかそんな細腕で探索者になろうとか思ってるのか? おうちに帰ってお友だちと茶会でも開いてなよ」
「ええと、依頼人として来ました」
「そ、そうか……」
スキンヘッドに筋骨隆々な、新人に因縁つける係の人(推定)がすごすごと引き下がる。
考えてみれば当たり前だがドレス姿の少女が侍女を伴って入ってきたらまず依頼人側の立場を疑うべきだ。
そのままセレスティナ達は依頼発行用のカウンターへと進み、ギルドの受付嬢に話しかける。
「いらっしゃいませー。探索者ギルド王都本部へようこそー。本日はどのようなお困りごとですか?」
「あのですね、法や良識に違反しなければどんな依頼でも張り出して下さるとお聞きしたのですが」
「はいー。ただ難易度に対して依頼料が釣り合ってない場合なんかは貼るだけ貼って誰も受けて下さらないなんてことも結構ありますのでご注意下さいー」
ピカピカに輝くような笑顔で意外とストレートな物言いをする受付嬢。荒くれの男達が多いこの業界で働くにはこれくらいの胆力が必要なのだろうか。
「承知しました。ではですね、人身売買絡みで情報が欲しいのですが。どこで売り買いされてるとか誰が買ってるとか、どの探索者のパーティが攫いに行ってるとか……そういった情報を例えば項目毎に値段をつけて集めたいって可能ですか?」
そんなセレスティナの言葉に反応して、ぴしっ、とギルドの建物内の時が凍りついた。
「あ、あれ……?」
思わず周囲の様子を伺うセレスティナ。館内の男達は皆彼女から目を逸らすようにそっぽを向く。
「もしかして、ギルドでも『金鹿の尖角』関連は触れてはならない事柄なんですか……?」
セレスティナの疑問に、受付嬢は引きつった笑顔で答えた。
「そ、そうですねえ。そういう依頼を出しても多分誰も受けないし、依頼人とかギルドとかに悪質な嫌がらせがあったりするし、きっと誰も幸せになれないから止めた方が良いんじゃないでしょうかー? あはは、あははははー……」
「これは相当に裏の力が強そうですね」
クロエと二人で頷き合い、この場は依頼を取り下げることにしたセレスティナ。
と、その時、別のカウンターで怒声が響いた。
「バカヤロウッ! 魔物の脅威度を間違えただと!? どうしてこんな初歩的なミスをしやがるんだ!」
「ひゃああ! ご、ごめんなさーい!」
探索者向けの依頼受け付けと達成報告用カウンターの方からだった。ギルド職員の上司だろうか、貫禄のある中年男性がまだまだ新米っぽい受付嬢を怒鳴りつけている。
「謝る相手が違うだろうが! マンティコアって言ったら駆け出しには荷が重い相手だって常識じゃねえか! トライデントの連中をみすみす死地に向かわせたのか!?」
トライデント、という聞き覚えのある単語にセレスティナの耳が反応する。ここ王都グロリアスフォートに向かう馬車の道中で一緒になった、若い3人組の探索者のパーティ名だ。
「トライデントですか? アルフさん、バートさん、シアさんの3人組ですよね。何かありましたか?」
そう言ってギルド職員達の会話に入り込むセレスティナ。涙目の受付嬢は追及から逃れるチャンスと見たか彼女に向けて一気にまくし立てた。
「き、聞いてください~。今朝、トライデントの3人がこの依頼を受けると言って来ましたので受理したんですよぉ」
受付嬢が取り出した依頼書には、『街の近くの森を荒らす魔物マンティコア退治、達成報酬金貨100枚』とあった。
背後では上司も溜息混じりに「本当は誰がどの依頼を受けたとかは秘密にするべき情報なんだがな」と零している。今回ばかりは緊急事態なのでお目こぼしされるようだ。
「ええ。彼らが、自分の意志で、この依頼を、受けたので、あたしも、受理、したんですよぉ」
「はい。職務に忠実だったんですね」
自分に責任は無いぞと力説する受付嬢の頭をセレスティナが優しく撫でる。
実際、街から滅多に外に出ないデスクワークの女の子に魔獣の名前と特性と脅威度を全て覚えろというのも酷な事かも知れない。例えばマンティコアとキマイラの違いを説明できる一般人は一体どれほど居るだろうか。
「それでな。ギルドの規定では自分の力量を超える依頼についてはギルド側の権限で受理しないことが通例な訳なんだが……」
確かに依頼書を見ても、マンティコアは極めて強力な魔物につき熟練の探索者で事に当たること、と赤文字で注意書きが書かれている。
「トライデントの皆さんは依頼料に目が眩むタイプじゃあなさそうなんですが……この依頼、結構長く貼ってました?」
「は、はい。最近は熟練者パーティの不在が多いこともあって、かれこれ2週間程……」
「依頼主の王城側に差し戻しして、勇者パーティに出て貰おうかとそろそろ考えていた矢先だったんだがな……」
ギルド職員2人の言葉に、セレスティナも馬車の中での彼らの言葉を思い出しながら考える。
――オレ達は困ってる人を助ける為に探索者になったんだ。
――いつか必ず勇者パーティみたいに王城の専属探索者になって、都市を襲う魔物達を薙ぎ倒してやるぜ!
正義感が暴走したか功を焦ったか、いずれにしても道中で見た彼らの実力でマンティコアを仕留めるのは控えめに言ってやや難しいと思う。
「依頼を受けられたのは、今朝の事なんですよね?」
「は、はい」
セレスティナが確認の為に尋ねると、受付嬢も大きく頷いた。
「えっとですね、クロエさんや」
「はいはい何かしら、ティナさんや」
「私、今無性にマンティコアの素材が欲しい気持ちなんですけど」
「うん。行けば良いんじゃないかしら?」
「良いんですか? クロエさん、『あたしと人間とどっちが大事なのよー』って怒ったりしませんか?」
クロエの、と言うか魔族全般の人間嫌いを心配していたのもあって、ティナの瞳に驚きの色が浮かぶ。
「あたしだって、まあ、あいつらみたいな連中には積極的に死んで欲しいとか思わないし……」
「ありがとうございます! では、時は一刻を争いますから!」
クロエの手をぎゅっと握ると、そのままセレスティナは彼女を引っ張ってギルドの入り口まで駆ける。
「え? あ、あのっ、素人さんが出て行って勝てる相手じゃあ……っ!」
「そうだぜ! お嬢ちゃん達じゃあ森の奥に辿り着く前に狼に喰われちまうのが関の山だ!」
「友達を心配するのは分かるが、命を粗末にするなっ!」
受付嬢や探索者達が揃って引きとめようとするのにセレスティナは律儀に振り返って、そしてノルマを果たすような台詞を一言。
「か、勘違いしないで下さいねっ! べ、別に人助けとかじゃないんですからっ! マンティコアの素材が欲しいだけなんですっ!」
そんな彼女の言い草に、ギルド職員達が揃って噴き出した。




