一人クライマックス
闇に塗りつぶされた街、雨に混じる錆鉄の匂い。
木造が目立つ市街地と違い旧市街地は石壁やレンガが壁に使われている。
西洋建築の集合住宅が多く、とても放棄された街には見えない。
「これだけしっかりした街を放棄する理由ってなんなんだ?」
「なんだろうね?ア〇ハ建築なのかもしんないけど、それでも放棄する事はあまりなさそうだよね」
真一が雨具のフードが風で飛ばされないよう頭を抑えながら話す。
「風はあんま吹いてねぇんだが視界が悪いな」
ランタンを路地に向けると背中を叩くように雨粒が吹き付けてくる。
実際にはわずかな隙間風くらいは流れていないのに脇道に近づこうとすると猛烈に雨粒が強さを増してくるから不思議だ。
《びおぉぁォぉぁぇぉぉ…》
筒型の雨樋に入り込んだ風が留め金の外れた管を震わせ音を鳴らす。
「風だかなんだかしらねぇがじゃまくせぇ感じだな…」
割れた樋から尺八みたいな音を鳴らし、屋根の板が不規則に揺れる様はハッキリ言って不気味の一言につきる。
因みに影丞は怪談や怖い話が大嫌いで有名遊園地D・Rのホーンなんちゃらなお化け屋敷にすら最後まで抵抗し、女子から音楽プレイヤー借りてイヤホンを音漏れさせアイマスクまでして文字通りアトラクションの乗り物を乗り切ったような、なりふり構わないレベルの怖がりだ。
同じ班になった女子はネタになると思ったから貸してやったみたいだけどな。
「あれだけの人が走ってったのに誰ともはち合わせないってのも変だよな」
「雨で視界は最悪だし、街もそれなりに広いみたいだからね」
確かに広いが、会わなすぎな気もする。
路地のほうが雨足が強いってのもあるが、なにか作為的な物を感じる。
最近の挙動を考えると間違いなく影丞は“迷子”になってんだろうけど、異世界で夜中の迷子とかダメージはとてつもなくデカそうだ。
こっちの成人男性は皆170を越えてにしても、150そこそこある影丞をロリッコ呼ばわりするとなると、影丞の身長がこのまま伸びにいれば現状維持できて安全でいいと思ってしまうのはダメなんだろうか。
おれも大概影丞を子供扱いしてるが、影丞的にも成人女性として扱われるよりよっぽどいいんじゃないか?
まぁ、フラフラ歩いたり迷子になったりとかして危なっかしい所があるから…。
「…影丞は間違いなく大人の女じゃない」
「健は何言ってんの、そりゃ、中身影丞なんだから大人じゃなくて当たり前でしょ?」
それもそうだが、真一おれがいいたかったのはそんな話じゃないんだ。
「最悪見つからなくても、一晩野宿するくらいなら影丞は大丈夫だと思うよ?」
「いや、一応身体は女子だべ?」
友達だとしても、予定外の事態に心配するくらい当然だろうと思うんだけどな。
「フラグまではいかなくても、髪の毛の長いヒロリンは生け贄とか事件に巻き込まれても大概は無事に帰ってくるみたいな?」
ロリータとヒロインでヒロリンだとしても、その自信がどこからくるのかわからねぇ。
「影丞だと、行けるとこまで真っ直ぐ歩いて突き当たりまで行っても来た道を戻ろうとしないで脇道に入ちゃうと思うんだよね」
「それで、真一は真っ直ぐ歩いてたのか」
「え、健は違ったの?」
「いや、真一が真っ直ぐ歩いてたから付いてきてただけ…みたいな」
「………」
真一が呆れたような顔してるんだが、迷わず進路取ってたしおれも一応周りを見ながら歩いてきたんだぞ??
「まあ、健はそんなもんだよね」
なんか納得された?
「俺は中二病だからどうしようもないけど、健はもう少し今の影丞と向き合ってあげてもよくない?」
「いや、十分向き合ってると思う。そもそも、お前が中二になった記憶なんかないんだが?」
ガキん時の遊びでさえ、カメハメハも伸びる腕もお前はやらなかっただろ?
影丞はたまに昼寝すると、夢でUFOと遭遇したり、恐竜をカメハメハで吹き飛ばしたりしたからドキドキしながら寝言聞いてたけどな。
「わかってないなー。脳内変換すれば十分影丞でイケちゃうんだよ?」
「わざわざ脳内変換せんでもあの容姿なら普通にイケると思うぞ」
「いや、それはそれで問題あるよ?俺は脳内変換で大人にしてエットュィーな下着姿にしてるだけだし…」
「なお酷いわ。なにが悲しくてわざわざアレを大人にしてまでオカズにせにゃならんのだ?
「それが出来るから、中二だと…」
「それ、ただエロいだけだら?」
「…………」
―そこで黙るなよ。
※“だら”方言です。
そんな事を話ながら歩いていたら、バシャバシャと音を立てて走ってくる一団があった。
「冒険者か?」
「そうみたいだけど、なんか様子が変な感じだね」
変な感じって言うか、何かから逃げてきてるみたいな感じだな。
…こんな街中で冒険者が逃げるような事態ってなんだよって考えていたら先頭を走っていた男がすれ違い様に話しかけてきた。
「おい、お前らこの先には行くな!ウィルオウィブスかレイスかわからんがこの先にいるヤツには関わらん方がいいっ!!」
「はぁ!?」
男おれ達にそう告げながらなお後退りしている。
「リーダー!それよりギルドに応援を」
「わかってる!ロクなめに合わねえからいくんじゃねぇぞ」
男は怒鳴り散らすような言葉を残し、仲間に引っ張られながら再び走り出した。
「…なんだってんだ?」
「さぁ?」
冒険者らしからぬ剣幕に二人して顔を見合わせる。
「レイスってモンスターだっけ?」
「死霊とかだったと思うけど、廃墟だったらそれくらい居てもおかしくないのにね?」
「いや、おかしくないってのはおかしいけど、エラい剣幕だったな」
「お化け屋敷に入る前の影丞みたいな…」
「あぁ、わかるわかる」
大人でも怖がりな奴が居るんだなと結論付けておれ達は再び歩き出す。
「なにがいたんだろうね?」
真一が、おれに聞いてくるけどモンスター系の名前だけ出されても困るよな…。
「なんだろうな?とりあえず行ってみなきゃわかんないし、用心の為に武器だけガチャにしてみような?」
「あ、さっきの人達に影丞見なかったか聞けば良かったね」
―!?
「…雨だし音鳴らしてもバレないだろ?」
「いや、そんな“しまった”みたいな顔しながらごまかさないでくれる?」
そう言いながらも真一はガチャ槍に持ち替えて“ピ~プ~”と柄を咥えて吹き始めた。
「豆腐屋さ~んって、真一何でわざわざそんなの吹いた?」
「影丞プリン好きだったから豆腐屋でも反応するんじゃないかなって…」
いや、連想ゲームでも豆腐がいきなりプリンにはならないだろ。
「…後は、チャルメラとかしかも吹けないし」
「いやわかるけど、夕飯食べてないから豆腐屋の音でも腹に響くからよ…」
「健のほうが燃費はアメ車なみに悪いね」
「夕飯の時間に腹が減るのは仕方ないだろ」
だいたい影丞だってハイブリッドって訳じゃなくて入る容量減っただけだろ?
今のおれ達からすると、なんでそれで足りるのかって思うくらい少ない量しかたべないんだからな。
まぁ、日本にいた時は屋台ラーメンにやたら反応してたから影丞なら反応するかもしれないけど、“夕飯食べれなくなる”からって遠目に眺めてるだけで絶対買ったりしなかったけどな。
―ピロピーロピ、ぴろぴろぴろ~。
◇
…どうしよう、お腹空いたけどポンポン痛い。
誰も居ないみたいだから物陰行かなくても関係無さそうな感じだけど、拭くものとかないのにどうしろというのさ?
お漏らし属性ならまだしま、大でやらかすのだけは勘弁願いたい。
お腹を押さえながらアレコレ考えていたら、フードの隙間から何故かポケットティッシュが落ちてきた。
―なにこれ記憶にない。
なにはともあれ天の助けか。
ちょっと離れた場所に急いで移動する。
雨樋の先にあった側溝の水が勢いよく流れていて、致した後が残らず助かりました。
大自然に感謝だけど雨止んでくれませんですかね?
まだまだ続く