2話
光子は神田博が苦手だ。
その切れ長の目をした甘いマスクで一体何人の女性達をたぶらかしたのだろうか。
そもそもなぜ自分にそれほど付きまとうのか。
彼の美貌なら寄ってくる女は星の数ほど居るだろう。
彼は29歳。光子は16歳。
年の差13歳!
…彼は幼女趣味と言う事か?
いや、年上女性との噂も聞いたことはある!…つまり…。
(…やっぱりからかわれているんだわ!)
神田博にとってはゲームのようなものなのだろう。
『光子は手強い敵で中々自分の手中に入らんなー』と神田博は考えているからいろいろ仕掛けて来るのだ。
「ふ、ふふふふ。」
光子は下を向いて低い声で笑った。
(これは私と神田博とのゲームよ!絶対にあいつの思い通りになんてしてやらないんだから!!)
「おい!みっちゃん!何1人不気味な声で笑ってんの?」
その声にはっと光子は現実に戻った。
小川を見つめながらしゃがみこみ現実逃避をしていた所を声かけられたようだ。
「…あ、あはは。風馬か。気にしないで。」
声の主は幼馴染の風馬だった。
幼馴染と言っても兄の小太郎と同い年なので光子の1つ上だ。
昔から力持ちで男らしい。その反面、中身は温和な性格で面倒見がよい。
なので光子にとってはもう一人の兄のような存在だ。
「まー。いいけど…。みっちゃんの顔恐ろしい悪魔の顔だったぞ!」
そう言って風馬が先ほどの光子の真似をした。
光子はぷっと吹き出す。
「風馬~。私そんな顔してないってば~。」
ひとしきり笑って光子はなぜ風馬がここにいるのか尋ねた。
「あー。豊作祭りの準備で竹を切りに来たんだよ。」
ーー10月。
米の収穫を終えた感謝を込めて豊作祭りが毎年行われるのだ。
「そっかー。祭かー。」
光子はすっかり祭を忘れていた。
豊作祭りはお酒がたくさん飲めるのだ。
13歳でお酒の味を占めた光子はお酒が大好きになった。
…しかし両親はまだ若い光子に酒を飲ませることを禁じた。
祭りの時ぐらいは許可は下りるだろう。
「今年も小太郎と3人で祭り行くかー!」
毎年3人で豊作祭りを楽しむ。
風馬はいつも光子に綿あめなどを勝ってくれるのだ。
「うん!兄様にも言っておくわ!」
ほくほくと自然に顔がほころび、祭りが待ち遠しい光子だった。
※※※
ーー豊作祭り当日。
「…な、なんで貴方がいるんですかッ!!??」
目の前にはにこにこ笑みを浮かべる男。
「やぁ!今日はこの村が祭りと聞いて遊びに来たのですよ!光子さん、一緒に行きましょう☆」
「帰ってくださいッ!私、兄と行きますからッ!」
使用人から『お客様です』と言われて客間に行けば神田博が待っていた。
光子は軽く眩暈を覚える。
「光子さん。君はもう16歳で成人したんですよ。いつまでも兄様の後ばかりついて行っては嫁の貰い手がありませんよ。…まあ私が貰いますから良いのですが。」
飄々(ひょうひょう)とした口調で神田博は言う。
「…ッ誰が貴方なんかと結婚なんかッ!!」
「それにしても今日の光子さんは一段と美しいですね。」
光子は白地にピンクと橙色の花が描かれた浴衣を身につけていた。
髪は結い上げ赤い花の簪を付けている。
「私以外の男性には見せないように閉じ込めてしまいたいほどですよ。」
(またこの男は、キザな台詞を~!!)
「お世辞ありがとうございますわ。しかし私は先約がありますので、ご機嫌よう。絶対についてこないでくださいねッ!!!!ついてきたら"大嫌い"になりますからッ!!」
神田博を軽く睨むとくるっと向きを変えて部屋を出て行った。
※※※
"大嫌いになる"と言われた神田博はむぅと顔をしかめ、光子の出て行った部屋を睨みつけていた。
(どうして光子に自分の愛が伝わらないのだろう。)
ーーあの日。自分は光子に恋をした。
今まで本気の恋をしたことがなかった。
何もしなくても女から擦り寄ってきた。また少し自分が甘い言葉を呟けば女はすぐに堕ちた。
金と身体の快楽を自由に弄んで好き勝手遊んでいた。
ーー光子に惚れて以降、女遊びはすっかり辞めた。光子以外は誰もいらない。
父親の仕事も手伝い、今では重要な仕事も任されているまでになった。着々と光子に相応しい男になってきたはずだ。
…しかし光子は全く自分に振り向いてくれない。
(…3年待ったんだ。)
光子が16歳で成人するまで待った。本当は会う度に光子に触れたい衝動が爆発しそうだった。しかしまだ若い光子に無理維持しては怖がらせてしまう。
だから技と軽い口調で話しかけ、光子と仲良くなろうと試みた。…でもなぜか空回りばかり…。
いつでも光子が嫁に来てもいいように準備もした。後は光子が頷いてくれるだけでいい。
(なぜ振り向いてくれないのだろう。)
博はもどかしさで顔を歪めた。
そこへ扉がすーっと開き、中から光子によく似た女性が入ってきた。
「こんにちは。私、光子の姉の聡子です。」
「あー。貴方が…。」
本当は政略結婚で夫婦になるはずだった2人。
だが、聡子は逃げ出していたため、以外にも2人は初対面だった。
「まずは3年前の私の無礼な行為について謝りますわ。ごめんなさい。」
「いえ。気にしないでください。結婚して幸せそうですね。」
『はい』と微笑みながら聡子は大きなお腹を優しく触る。そして博に目を向けて言った。
「…光子の事なんですが…貴方は本気で光子を愛しているのですか?」
「本気ですよ。私は彼女を愛しています。今までの私の軽はずみな行動がいけなかったのですが中々彼女に誠実な気持ちが伝わらないのです。」
博は苦痛な顔で落胆してため息をついた。
「貴方の今の噂は耳にしています。仕事も真面目で夜遊びもすっかり止めてしまったとか。」
「ええ。」
「ごめんなさいね。あの子恋とかそういう事に疎いみたいで…。」
決めたわ!と聡子が手をポンと打った。
「私は神田博さんを気に入ったわ。貴方に協力します。」
「ほ、本当ですか!?」
思わぬ味方が自分についた。
「そのためにも博さんの誤解を解かなきゃね。こうしちゃいられないわ。今すぐ光子の後を追いかけないと!」
よっこらしょっと大きなお腹を持ち上げながら聡子は起き上がる。
「でも聡子さん。お腹が大きいから家で休んでいたんではないのですか?無理しなくても!」
「『決めたら即実行』が私の性格なんですの。」
「妊婦が1人で行くのは危ないですよ!…なら自分もお供します。」
「あら、ではお言葉に甘えてありがとうございます。」
こうして聡子と神田博と言う異例な組合せの2人が連れ立って祭に向かったのだった。




