【閑話㉑】主のいない聖なる館と、集いし人々
タクミたちが遠く離れた風谷の村や大赤砂漠へ向けて旅を続けている頃。
かつてタクミたちが手作りで建て、快適な暮らしのためのDIY施策を施したあの「ログハウス」周囲では、主たちのあ知らぬところで驚くべき変化が起きていました。
魔素の浄化、清浄な空気、そして豊かな水――過酷な魔境で奇跡のような環境を保ち続けるログハウスを中心に、導かれるように人々が集まり始めるほのぼの発展回です。
大樹の森の奥深くに建つ、一軒のログハウス。
丸太を丁寧に組み上げて作られたその家は、主であるタクミたちが旅に出てからかなりの年月が経っているにもかかわらず、まるで昨日建てられたかのように新しく、温かな佇まいを保っていた。
その理由は、家全体を包み込む目に見えない『結界』にある。
タクミが日々の生活を快適にするために設置した【破邪の魔導結界】と【空気清浄・魔素還元装置】。
本来ならば凶暴な魔物が徘徊し、濃い魔素のせいで人が住むには過酷すぎるこの森の中で、ログハウスの半径数百メートル圏内だけは、まるで聖域のように澄み切った気が満ちあふれていた。
「――ふぅ、今日もいい水が汲めたぞ」
ログハウスの敷地内にある木製の井戸から、バケツ一杯の水を汲み上げた男が汗を拭った。
彼の名はガルノ。かつて魔物の襲撃で故郷を追われ、森を彷徨っていたところをこの「結界の範囲」に拾われた元開拓民の男だ。
「ガルノさん、朝のスープが煮えましたよ! お井戸のお水、ありがとうございます」
少し離れた木立ちの間から、エプロン姿の女性が声をかける。
ふと周りを見渡せば、ログハウスを取り囲むように、素朴だがしっかりとした作りの木造住宅が十数軒も建ち並んでいた。
――そう、主のいないログハウスの周囲には、いつの間にか小さな『村』ができあがっていたのだ。
始まりは、怪我を負った一人の冒険者がログハウスの敷地に迷い込んだことだった。
敷地内に入った瞬間、苦しんでいた魔素中毒が和らぎ、傷の治りが劇的に早まったことに驚いた冒険者は、そこを「神聖な場所」として崇めた。
やがて口コミで噂が広まり、魔物に追われた旅人や行き場を失った難民たちが吸い寄せられるように集まってきたのだ。
「それにしても……本当に不思議な館だ」
ガルノは憧憬の眼差しでログハウスを見上げた。
「これだけの人が周囲で暮らしていても、誰ひとりとしてあのログハウスの中に足を踏み入れようとはしない。……いや、踏み入れられないと言うべきか」
そう、タクミが設置したセキュリティ結界は完璧だった。
悪意を持つ者を弾くだけでなく、鍵を持たない者が無断で入ろうとすると、優しくも絶対的な力で押し返される。
だからこそ、集まってきた人々はここを『神聖な主の館』と呼び、決して汚さぬよう大切に守りながら、そのおこぼれ――清浄な空気や湧き出る聖水(ただの高性能浄水井戸の水)、結界が弾いてくれる安全な領域――に感謝して周囲で暮らし始めたのだ。
「ガルノ長老! 本日の畑の収穫、見てください! 巨大なトマトとナスがこんなに!」
若い開拓民の青年が、抱えきれないほどの野菜を運んでくる。
ログハウスから溢れ出る微弱な魔素還元エネルギーのおかげで、周囲の土壌は超・高品質な作物が育つ特等地に化けていた。
「おお、実に見事だ。半分は村の皆で分けて、もう半分は……例の『納屋』へ納めさせてもらうとしよう」
ガルノたちが向かったのは、ログハウスの横にある外部納屋だった。
ここは唯一、村人たちが「感謝の奉納品」を置くことができるようにと、ガルノたちが心を込めて手入れしている場所だ。
扉を開けると、そこには村で採れた特級の作物や、森で拾った珍しい魔導鉱石、美しく織られた布などがぎっしりと並べられていた。
「いつか、この聖域を創り出してくださった『お方』が戻られた時に……僕たちの感謝が伝わるといいですね」
「ああ。ここでの穏やかな暮らしは、すべてあのお方のおかげだからな」
ガルノたちはそっと手を合わせ、ログハウスに向かって深く頭を下げた。
自分たちが快適に暮らすために施したDIYが、めぐり巡って身寄りのない人々を救い、新しい村の『聖域』として愛されているなどとは――遠く大赤砂漠へと向かうタクミたちは、まだ知る由もないのだった。
【閑話㉑】をお読みいただきありがとうございました!
タクミたちの留守中に、ログハウスの強力なDIY設備(結界・浄水・環境改善)がきっかけで「聖域村」が作られていくほのぼの勘違い発展回でした。




