【閑話⑫】記されなかった頁と、古びた羊皮紙(前編)
本編の合間の閑話をお届けします!
今回は一風変わり、いつも解説役として一行を支える記録官アルヴィスにスポットを当てた感動回(前編)です。
夜の静かな焚き火の傍らで明かされる、彼がかつて経験した「魔法使いとしての挫折」と、タクミのDIYに出会った日のお話です。
南の湿地帯を目指す道中、一行は風の静かな小高い丘の上で野営を張っていた。
パチパチと爆ぜる焚き火の灯りに照らされ、仲間の誰もが穏やかな寝息を立て始める中――アルヴィスだけが、一人静かに月を見上げていた。
その膝の上には、タクミの偉業を記しているいつもの手帳とは違う、擦り切れ、表紙の剥げかけた古い一冊の羊皮紙のノートが抱えられていた。
「アルヴィスさん、まだ起きていらしたんですね」
温かいハーブティーの入った木製マグカップを手に、タクミが歩み寄ってきた。
アルヴィスは少し驚いたように目を瞬かせると、恥ずかしそうに苦笑いを浮かべて古いノートを収めた。
「タクミ様……起こしてしまいましたか。いえ、昔のことを少し思い出しておりまして」
「そのノート……かなり使い込まれているようですが、アルヴィスさんが昔書いていたものですか?」
「……はい」
アルヴィスはハーブティーの湯気を見つめながら、静かにぽつりぽつりと語り始めた。
「私はかつて、王立学院で『神童』ともてはやされた魔法研究者でした。高位の攻撃魔法や防御障壁をいくつも修得し、己の力で世界を救い、歴史に名を残せると思い上がっていたのです」
だが、彼のプライドは数年前の大規模な自然災害によってあっけなく打ち砕かれたという。
「目の前で崩れ去る建造物や押し寄せる脅威に対し、私は必死で魔法の障壁を張りました。しかし……魔力は数分で底を突き、障壁は破られ、人々の暮らしを守ることはできませんでした。高度な大魔法など、圧倒的な現実の前では何の役にも立たなかったのです」
自分の無力さに絶望し、ペンを折り、研究書を全て焼き捨てて学院を去ったアルヴィス。
失意のまま世界を放浪していた彼が辿り着いたのが、王都郊外の森で静かに建っていた、あの『タクミ様のログハウス』でした。
「あのログハウスで、私は衝撃を受けました。高度な魔導書も大魔法の呪文も使わず、ただ木材やビス、断熱材や知恵、そして手先を動かす『DIY』によって、誰もが安心・快適に暮らせる住まいが生み出されていた……」
アルヴィスは目を細め、静かに熱を帯びた声でタクミを見つめた。
「魔法は一瞬の奇跡を起こせても、人々の生活を永続的に支えることはできません。ですが、タクミ様のDIYは違った。一つひとつ手作業で組み上げられるその技術と工夫こそが、本当の『希望』だったのです」
「アルヴィスさん……」
「私はあの時、救われたのです。もう二度と持たないと誓ったペンを再び握り、決意しました。この大賢者タクミという人の生み出す『希望の軌跡』を、後世に語り継ぐために私の人生を捧げよう、と」
焚き火の火光に照らされるアルヴィスの瞳には、うっすらと光るものがあった。
【閑話⑫】をお読みいただきありがとうございました!
解説役アルヴィスがかつて経験した挫折と、王都郊外のログハウスでタクミの「DIY」に出会い、救われて再びペンを取った日の回想(前編)でした。




