第1話:魔境の真ん中で理想のログハウスを作ることにした
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ホームセンターとDIYを愛する男が、異世界で「住み心地」を極めていくお話です。
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静寂が、唐突に耳を破った。
「――は?」
八島匠は、自分が立っている場所を見回し、思わず間抜けな声を漏らした。
さっきまで、勤務先である大型ホームセンター『メガホームズ習志野店』の木材カット場で、パネルソーのメンテナンスをしていたはずだった。
だが、目の前に広がっているのは店舗のコンクリート床ではなく、見上げるほど巨大な黒い樹木が鬱蒼と生い茂る、見たこともない深緑の森だった。
空を仰ぐと、歪な紫色の雲が流れ、空気はむっと重く湿っている。どこか遠くで、地鳴りのような獣の咆哮が聞こえた。
(夢……いや、この丸ノコのオイルの匂いと、手に残る木の感触は本物だ)
三十代半ば、休日はもっぱら自作家具の制作に費やし、仕事でもDIYアドバイザーの資格を活かしてお客の住まいの悩みを解決してきたタクミだ。突然の環境変化に混乱しつつも、長年の接客で培った平常心が頭を冷やさせる。
その時、視界の隅に透明な文字のようなものが浮かび上がった。
『環境認識完了。適応能力【極限加工】および【万能資材目録】を付与します』
「……ステータス画面? まさかこれ、流行りの異世界転移ってやつか?」
頭の中に、二つの能力の情報が流れ込んでくる。
・【極限加工】:手工具や身近な道具を用い、あらゆる物質をミリ単位で高速かつ正確に加工・切削・接合する技能。
・【万能資材目録】:目視した物質の強度、耐候性、木目、水分量、建材としての適性を詳細に分析・鑑定する技能。
「……なるほど。戦闘用スキルじゃないな、これ完全に『大工・建築用』だ」
タクミは苦笑しつつ、足元に落ちていた黒い大樹の枝を拾い上げた。
即座に【万能資材目録】が起動する。
―――――――――――――――――
【資材名】黒神鉄の幹(枝部)
【耐久性】S+(鋼鉄の十倍の引っ張り強度)
【耐候性】神級(腐食、熱、冷気、酸、魔気を完全に遮断)
【備考】過酷な魔気を吸って育った超高密度木材。加工は極めて困難。
―――――――――――――――――
「凄まじいな……。鋼鉄の十倍の強度があって腐らない木材? DIY好きからしたら夢みたいな建材じゃないか」
試しに、作業着のポケットに入っていた愛用のノコギリを枝に当て、軽く引いてみる。
スキル【極限加工】が発動した瞬間、ガチガチのはずの黒神鉄が、まるで乾燥させたバナナの木でも切るかのようにスルスルと綺麗に切断できた。断面は鉋をかけたかのようにツルツルだ。
「すごい……! これならどんな硬い木でも正確にホゾ組みができる!」
タクミの胸が高鳴った。
周囲を見渡せば、どこまでも続く黒神鉄の森林。地面には平坦で広大なスペースがあり、風通しも悪くない。
「ここがどこで、どれくらい危険な場所かはわからない。だけど……これだけ極上の木材があって、広大な土地があるんだ。まずは身を守るためにも、居心地の良い家を建てるしかないだろう!」
ホームセンター店員の血が騒いだ。
命の危険に怯えるよりも先に、「どんな家を建てるか」という間取りの設計図が頭の中に出来上がっていく。
タクミは腕まくりをすると、さっそく「理想のマイホーム」の建築に取りかかった。
◇
作業は驚くほどスムーズだった。
【極限加工】のおかげで、基礎となる岩石の水平出し(レベル出し)は一瞬。
柱や梁となる黒神鉄の丸太を切り出し、伝統的な継手・仕口の技術で狂いなく組み上げていく。釘を使わない軸組構法だ。
「やっぱり木造の基本は『気密性』と『断熱性』だな。魔気だか何だか知らんが、すきま風が入る家なんて耐えられない」
壁には厚みのある板を隙間なく張り合わせ、二重構造にして間に空気層を作る。
さらに窓枠には、滑らかな加工でぴったり噛み合う二重サッシ(防音・断熱仕様)を自作してはめ込んだ。
最後に、木製の玄関ドアを取り付ける。
枠とドアのわずかな隙間を埋めるため、ポケットに入っていたDIY用の『高密度ウレタン隙間テープ』をドア枠の全周に丁寧に貼り付けた。
「よし、これで気密性は完璧だ」
タクミは満足げに頷くと、完成したログハウスの玄関ドアをパタン、と閉めた。
――その瞬間。
『条件達成:完全気密および極限施工の達成』
『【居住域絶対補正】が発動します』
ドウン! と、かすかな振動が家全体を包んだ。
ドアを閉めた途端、外で吹き荒れていた不気味な風の音や、遠くの猛獣の咆哮が完全なゼロになった。室内には、切りたての黒神鉄の上品な木の香りと、静寂だけが満ちている。
「うわ、すごい遮音性だな……。隙間テープの効果てきめんだ」
タクミは「防音バッチリだな」と一人で納得し、出来上がったばかりの床に寝転がった。
だが、彼自身はまだ知らなかった。
彼が今ドアを閉めたその瞬間、家を中心に半径数百メートルの「魔力」「気圧」「衝撃」の一切を弾き返す、異世界史上最強の『絶対不可侵領域(神聖結界)』が完成してしまったということを。
◇
一方、その頃――。
「ハァ……ハァ……っ! ガルドさん、くじけてはなりません……! 何としてでも神託の地へ……!」
全身傷だらけの白い法衣を纏った少女――エルディニア聖王国の大聖女・フィオナは、杖を支えに青ざめた顔で歩いていた。
ここは人間が足を踏み入れれば数分で死に至るという、世界最悪の魔境『死の樹海』。
周囲には凄まじい濃度の瘴気が渦巻き、Sランクの魔物が闊歩する地獄だ。護衛の最高峰冒険者・ガルドも、剣を構えたまま吐血しそうになっていた。
「くそっ、大聖女様……! 瘴気が強すぎる! もう限界だ、このままだと二人とも……!」
死を覚悟したその時だった。
ふっと、周囲の圧迫感が消えた。
「え……?」
二人が顔を上げると、そこには異様な光景が広がっていた。
荒れ狂う瘴気と樹海の渦の中に、ぽっかりと開いた「無風の空間」。
そしてその中央に――見たこともない、美しく洗練された木の館が佇んでいた。
「な……なんですか、あの建物は……!? 死の樹海の中心に、家……!?」
「待て、フィオナ様! 見るんだ、あの壁材を……! あれは伝説の【黒神鉄】だぞ!? ドラゴンの一撃すら傷つかない神木が、寸分の狂いもなく組み上げられている……!」
ガルドが戦慄の声を発する。
さらに二人が衝撃を受けたのは、その館の前に到達した時だった。
館の玄関前には、ただの扉が一つ。
しかし二人の眼精魔術には見えていた。その扉の周囲には、この世のあらゆる物理・魔法攻撃を遮断する幾重もの『神級圧縮結界』が張られているのが。
(あの扉の縁についている、謎の黒い弾力性のある帯(※隙間テープ)……! あの帯によって空間そのものが圧着され、世界の理が遮断されている……!?)
「戸を一筋閉めただけで、世界の瘴気を完全に遮断したというのですか……!? あれは……古代の神聖魔術を超えた『絶対不可侵の神殿』……!」
フィオナは大粒の涙をこぼし、その場に膝をついた。
「神よ……お救いいただき、ありがとうございます……!」
神殿の主が、単に「すきま風が嫌だから隙間テープを貼っただけ」だとは、二人には知る由もなかった。
お読みいただきありがとうございました!
隙間テープ一枚で異世界の英雄たちを驚かせてしまったタクミですが、次回はさらに「スリッパ」や「網戸」で無自覚に無双していきます。
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