第35話 ―王蜂騎士団回顧録
退職、資格勉強、退職に伴う引っ越しとかで更新できませんでしたが、再来週辺りからボチボチ再開できそうです。お待ちいただいている方がいらっしゃいましたら、もう少々お待ちください。
今後ともよろしくお願いいたします。 2026 1103
―街を守るということ
※防犯対策を始めてから半年以上が経過したその後。
あの男の言う通り、隊を分けて各新興街への警備は繰り返し行われている。
あれから半年以上経ったが、今のところ野盗が街を襲ったという報告もない。それどころか、毎日のようにあった窃盗事件や傷害事件なども大きく激減したとの声さえあがっている。
そして、なにより一番驚いたのは街の人々による我々への態度が急変した事だ。
以前ならば何かがあって駆け付けても、その目に敬意が宿る事などなかった。だが、今は誰もが我々に対し、視線があれば挨拶や礼をしてくれるようになった。ここで初めて、私たちはようやく街を守れているのだと実感した。
「・・・にわかには信じられない変化だな。心なしかこの街も少しずつ活気づいてきている気がする」
「ええ、私なんてこの前子供に――いつも見守りしてくれてありがとう!って言われました」
私とルッツが見回りに参加したのはここ最近の事だが、それだけに、ここまで大きな効果があったのは改めて驚かされた。
他に変わった事と言えば―――
「皆、プリシア様に敬礼!!」
そう叫ぶと総勢数十名の市民のみで構成された自警団、新興守備隊が隊列を組み一斉にこちらへ向けて敬礼を行なった。その一糸乱れぬ隊列を見ても、彼らが日頃からどれほど真面目に訓練しているのかが窺える。
「休め!新興守備隊の諸君、貴殿らの勇気ある行動に敬意を表す!!」
「いえ、プリシア様。自分の身を、そして街を守る事は当然でありますから」
「私たち、守備隊である事に誇りを持っています!!」
「プリシア様!共に街を守りましょう!!」
声をかけてくれた隊員たちは、どれもまだ二十にも満たない若者ばかりだったが、その眼差しには強い意志が宿っていた。
……私があれだけ苦悩していた大きな問題を、あの男は物の数時間でここまで解決してしまったのだ。ある意味、それは一つのキッカケに過ぎなかったのかもしれない。
だが、私にはそれが、まるで種も仕掛けも分からない神業のように思えたのである。
―その後の王蜂騎士団
「ぬおおおおおおお!!!!!」
ガルドの真っ直ぐな剣を正面から受け、私はその姿勢のまま後方へ体ごと押し戻される。こんなバカ筋肉ともついにここまで張り合えるようになった。
私は木剣を握り直し、正面から切り崩しにかかる。
カンッ!!
カンッカンッ!
木剣の乾いた音が訓練場にこだまする。
剣の腕でガルドに勝とうなど思った事は無い。だが、当然やるからには全力でいく。この男を前に手を抜くなど、愚行でしかない。
「がははは!!姫の太刀筋、大分腕をあげられましたな!!」
「ぬかせ!!今度こそ貴様から一本取ってくれるわ!!」
「それにはまだ早い!!どれもっと手数を増やすと致そう」
そう言うと重く、鈍い連続の剣撃がさらに数を増してこちらに斬りかかる。
こちらも負けじと、必死に応戦するも…。
ガルドの剣先はしっかりと私の太ももを捕らえていた。
「視線を向けた方向だけに剣があるとも限らない! 足一つ貰いましたぞ」
「チッ、私の負けだ…ルッツ、次はお前がいけ!!」
「えっ…私がガルド様にですか!?」
「当たり前だ、ガルドにみっちりと鍛えて貰え」
「がっはっは!!!さぁこいルッツよ!!手取り足取りお前の剣を鍛えてやろう」
そんなやり取りを見ながら、私は壁際に持たれかけ滝のように吹き出す汗を布で拭う。この王蜂騎士団も、一つの大きな成果を得た事でより一層活気がついたようにも見えた。
「おいルッツ!!!こっちを向け、剣を構えろ!!!逃げてばかりでは俺には勝てんぞ!!!」
「ひぃいいい!!無理無理無理無理ですって!!!ガルド様少しは加減してください!!!」
「馬鹿者!加減などしたら訓練の意味がないでは無いか!!」
「その前に死んでしまいますよ!」
ルッツは訓練場内を全力で逃亡している。そしてそれをガルドが追いかける。足の速さだけなら、ルッツに追いつくことは決してできない。
「ふふふ、なんだか平和になったものだ」
私は誰に言うでもなく、そう独り言を言った。
「ふあああー…本当に平和で何より…みなさん、朝から元気がいいですねぇ」
「・・・フックス、珍しいな。お前も朝の訓練か」
気づけば、私の隣にフックスが立っていた。声をかけられるまでそこに居たのかも分からなかった。相変わらず気配を消すのが上手い男だ。
「昨日は遅くまで仕事しておりましてね。昼までぐっすり寝ておこうと思ったのですが、煩い怒号がベッドまで響いてきましてね・・・」
「そうか、それはさぞ良い目覚ましになったであろうな」
「まったく…ところで姫。城内ではそろそろ慌ただしい動きが出始めているようですよ」
「ああ、知ってるさ。御父君がいよいよ跡継ぎを決めるとの噂だ」
「・・・そうなると姫もさすがに無関心という訳にはいきませんねぇ」
「そうだな…一応、私も王位継承権を持つ者の一人ではあったな」
「無難にいくなら、次の王は第一王子であられるアレウス殿下でしょうねぇ」
「フックス、今のところ王位継承の候補には、何人ほど名が挙がっているのだ?」
「主だったところでは三名、といったところでしょうかねぇ」
「アレウス兄上とアルデバラン兄上、それから……カンセリオ兄上か」
「王は、公明正大に、実績と王に足る能力があれば、年長や性別は問わないとおっしゃっていたようですが……」
「そうか、3人とも幼い頃に少し話した程度だ。だが、私も派閥に属せねばなるまいのだろうな」
「ええ、それは姫様も…姫、ですからねぇ。そのうちどちらかの陣営が声をかけてくるんじゃないかな」
「・・・面倒な事だ」
・・・別にこの歳になってまで王宮で孤立しているという訳でもないし、相談に乗ってくれそうな人物は何名かいる。だが、今しがた口に漏らした面倒という言葉が正直な本音でもあった。
誰が王になったとて、この国がどうなる訳でもないのだから。
「あ、そうだ姫。あの青年に相談を持ち掛けてみては?」
「あの青年…?もしやあやつの事か?」
「ええ、最近はよく姫の元にも出入りをしているそうで」
「・・・貴様、何故そのことを…」
「ふふふ、王都は狭いところです。聞けば誰がどこで何をしているかなんて割とすぐに分かってしまうものなのですよ」
そんな訳無いだろ!と言ってしまいたい所だったが、どうせ適当にはぐらかされるに決まっている。だが、逆にこうも謎が多いとこの男の素性も何となくだが予想はつく。
「ふっ、そうか・・・それではまずは、お前がどうやってそれを調べたのかを聞くとしよう」
「おっ?それは名案ですね。まぁ別に僕も隠しているつもりはありませんし、こうして直接聞いて貰っても構わないのですけどねぇ」
・・・よくもぬけぬけと言えたものだ。
「ふぁああ…では、私めはもう一度、ベッドの中で雑務に励むといたしましょう…姫、それで…」
「ぬおおおおおおおおおお!!!!フックス!!!!珍しいなこんな朝早くから!!!!!」
「プ、プリシア様…助けてぇ」
むさ苦しい怒声がここまで響き渡る。振り返ると、遠くからフックスを見つけたガルドが凄まじい勢いでこちらに向かってくるのが見えた。片手には先ほど鍛えていたはずのルッツを捕まえたまま引きずっている。
「やぁおはよう、シュタインハルト卿」
「フックス!!!丁度良いわ、今から打ち合いをするぞ!!」
「どうして?」
「どうして?だと?…それは俺がお前に一度も剣で勝ったことが無いからだ!!!」
「それで、今日は勝てると?」
「勝てる!!というよりお前に勝つ秘訣は色々と練ってきたつもりだ!!そして今日こそ貴様に勝ち!この俺こそが真の副団長であるという事を世に知らしめてやる!!!」
「今でも副団長ですよね?」
「うるさい!!御託はいい、これは副団長命令だフックス!!さっさと剣を取れ!!!」
そう言うとガルドはルッツから奪った木剣をフックスに突きつける。
「正直、誰かさんのおかげで寝起きは最悪…言い訳しますけど今の僕は絶不調ですので」
そう言うとフックスはガルドから剣を受け取り、訓練場の中央に向って歩く。
「がははは!!それでも勝てれば俺の勝ちだ!!今までの俺と思うなよ!!」
「はぁ、はぁ、はぁ…プリシア様、改めて敬服致します。副団長と対等に剣を交える事ができるなんて」
「そこはただひたすらに鍛えて鍛えて、要は慣れだな。ところでルッツよ、これから面白いものが見れるぞ」
「ええ、実はあのお二人が対峙する所を見るのは初めてです」
「フックスがそもその乗り気じゃないし、訓練場にも来ないからな」
「あの副団長ですら一回も勝ったことがないなんて…それにフックス様がそこまで強いというのも初耳でした」
「強い…か。まぁそれに関しては実際に見れば分かるだろう」
剣に生きる身であるからこそ分かる事もある。
私とガルドの剣は潔く真っすぐに伸び、力と気合で相手を圧倒していく。
それに対しフックスの剣はその真逆で相手を翻弄し、その隙を付いて急所を狙う一撃必殺の剣。
私は決して、どちらの剣が正しいのかなどとは問わない。剣術こそは千差万別にして古今無双である。どの剣が最強であろうとも、その答えは未だに見つかってない。
ただ、一つ言える事。
それは私もガルドも、フックスが嫌いだという事だ。
―鉄壁 対 狐智
鉄壁のガルドと、狐智のフックスが打ち合いをすると聞いて他の騎士団員達も訓練場に集まってきた。なにせこの戦いは事実上、この王蜂騎士団における頂上決戦なのだ。
――当然、見逃すわけにはいかない。
私もフックスとは何度か打ち合った事はある。だからこそ分かるが奴の間合いは相当にやりにくい。
ガルドの方も何か作戦があるようだが…はたしてどう出てくるか。
「姫、すまぬが合図をお願いしてもよろしいか?」
「うむ、立ち合い承る」
私は向き合う二人の間に立ち、手を構えて開始の時を計る。
「出たぞ!!!あれこそがフックス殿の得意とする突きの構え!!」
「対するガルド副隊長は…なんだあの構えは!!!」
突きの構えそのものは別に珍しいものじゃない。だが、フックスのそれは前に立つだけでも相当やりにくさを感じる。何処を攻めても剣先がこちらを狙っているかのように見え、逆に後ろへ下がろうものなら蛇のように執拗に追いかけまわるような動きをする。
では、誰もがその構えをすれば有効か?
否、あれはフックスが独自に生みだした鍛錬のなせる領域なのである。
そして、対するガルドの構えにも驚かされた。
ガルドは通常、剣を両手に握り真正面から向き合う構えを取る。だが、今回は肩口から剣を突きつけるような構え、つまり、突きに対して突きで応戦する構えだ。
それを見て私も思わず頬に一筋の汗が流れる。
――この戦い、どう転ぶか分からなくなってきたぞ。
「始め!!!」
私は開始の合図をする。
普段なら、ガルドが馬鹿正直に真正面から突っ込み、それをフックスが難なく避けてカウンターでガルドに強烈な突きをお見舞いして一本…と、言う流れだが今回はどちらも微動だにしない。
いや…ガルドの奴め、少しずつだがじりじりと間合いを詰めてきている。なるほど…これはこれで相当の威圧感がある。
ガルドめ、考えたな。
攻めて勝てないなら迎え撃つ、この勝負―――
先に打って出た方が負ける。
そう考えていたその時だった。
私の目の前からフックスが消えた。そして次の瞬間、フックスはガルドに飛びこみ、低い体勢から上段を狙った強烈な振り下ろしがガルドの頭を見事に打ち込む。練習は基本寸止めだが、フックスは木剣を面の向きに変えて思いっきり叩いていた。
あまりの一瞬の出来事――ガルドは泡を吹いて倒れていた。
「はい、一本」
「い、一本!!!!」
私はフックスに促されるように一本を宣言する。
結局ガルドは、またしてもフックスに対し黒星を喫す。
「まぁ、相手の素性が分からないのであれば有効な構えだったけど、僕はガルドさんがそこまで早くないのは知っていたからね」
なるほど、ガルドのあの構えが一瞬で付け焼刃である事を見抜いたということか…フックス、やはり末恐ろしい男である。それにしても、大の筋肉ダルマがこうもあっけなくのされているのは見てて悲しいものさえ感じる。
「フックス!本打ちは禁止のはずだぞ!」
「ふふふ、大丈夫大丈夫。みね打ちというやつです。それに僕も絶不調でしたし、これはまぁ意趣返しみたいなものです」
それを言うなら絶不調じゃなくて超不機嫌だろう…。
「それじゃ僕はもう寝ます。あ、姫。副隊長の始末はよろしくお願いしますね」
そう言うとフックスは飄々と訓練場を後にする。そして、その後ろにいつの間にいたのか、アンナの姿もあった。私はそれを見て思わず舌打ちをする。
「全く、神聖な騎士団の場であのような振る舞いは感心せぬな」
「・・・プリシア様、もしかして嫉妬されて」
「してないっ!!ルッツ、さっさとこの筋肉バカを片付けるぞ!!」
「え?ええええ?二人でですか!?」
「これも訓練だと思えば良い、それにしても…こやつ本当に重いな!まるで鉄の塊だっ!!」
「ぐぬぬぬ…いっそのこと川に投げ込めば目を覚ますのでは?」
「名案と言いたいが、さすがにこやつが翌日川辺で水死体になるのは目覚めが悪い」
結局、ガルドの巨体は私とルッツが何故か治療室まで運び込むことになった。
しかし、改めて先ほどの戦いを振り返ると――もし、あそこに立っているのがガルドじゃなく、私だったとしても同じ結果を辿っていただろう。それだけに、今この巨体を運ぶ様は私対する戒めのようにも感じ取れた。
いや、違う。
何故か異様にムカついてくるのである。
フックス・リスティガー
やっぱり私はあの男が相当嫌いらしい。




