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祖父の遺品整理をしていたら封印AIが起動したので、地球中の異星遺産を回収して成り上がる  作者: パラレル・ゲーマー
永冷石編

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第9話 永冷石

 海鳴りの倉庫の前室に戻った時には、日付が変わっていた。


 表の工房からここへ物を運ぶ時、俺はいつも少しだけ気が楽になる。天城澪のいる工房は便利だ。法人の看板があり、搬入口があり、契約書があり、現代社会のルールで守られている。だがその一方で、現代社会の目線の延長線上にある。


 海鳴りの倉庫は違う。


 ここにあるのは、そういう“延長線上”から切り離された空気だ。白銀の壁面、静かな照明、音を飲み込む床、外より広い空間。起動率一七パーセントのままでも、ここにはまだ地球のどこにもない密度の秘密が詰まっている。


 作業台の上へ、オークションで落とした木箱を置く。


 千七百万。


 口に出してみると、やっぱりだいぶ狂った数字だ。

 しかも買ったのは、由来不明の冷たい石板。

 まともな人間の買い物ではない。


「……まあ、まともじゃないのは今さらか」


 俺は苦笑しながら木箱の金具を外した。


 中には、例の石板が収まっている。

 欠けた花崗岩の板。表面だけが不自然に滑らかで、見る角度によっては薄い霜でも張っているように見える。いや、霜ではない。実際に凍っているわけじゃない。だが、視覚がそう錯覚するほど、そこだけが周囲の熱の流れから浮いていた。


 ポケットからセル・チューナーを取り出す。


 銀色の小球は、石板へ近づける前から微かな光を脈打たせていた。


【解析環境は良好です】


 イヴの声が、前室の端末スピーカーから静かに流れる。

 倉庫の中なら、わざわざ骨伝導イヤホン越しに聞く必要はない。こういう時だけは、誰に聞かれる心配もなく、AIの声が空間に落ちる。


「じゃあ、始めようか」


【推奨します】


 俺はセル・チューナーを指先で転がし、一度深呼吸してから石板へ近づけた。


 接触した瞬間、前室の照明がごくわずかに揺らぐ。


 冷気、ではなかった。

 空気の温度が下がるのとは違う。もっと根本的な、“熱の居場所が移る”感覚。手の甲の毛が逆立つような、現実の法則が半歩だけずれる気配が走る。


 石板の表面へ、透明な文様が浮かび上がった。


 文字ではない。

 回路にも見えるし、呪文にも見える。

 だがそのどちらでもなく、俺にはただ「そういう性質を刻んだ痕跡」に見えた。


 セル・チューナーの脈動が一段強くなる。


【対象へのエネルギー補填を開始】

【劣化していた概念伝達層を再活性化】

【分類を確定します】


 数秒後、石板の表面に浮かんでいた文様が静かに沈んだ。

 代わりに、作業台の温度計の表示が、すとんと一度だけ落ちる。


「おいおい……」


 思わず漏れた声は、自分でも子供みたいだった。


 イヴはいつも通り平坦に告げる。


【俗称:永冷石】

【正式分類:冷却概念付与核】

【対象は花崗岩の表層へ“冷却物質”の概念を刻印する本体核です】


 俺は石板を見下ろした。


「冷却概念付与核……」


【はい】

【これは“冷たい石”ではありません】

【冷える性質を持つ特殊な石材でもありません】

【花崗岩を、冷媒として振る舞う物質へ書き換える技術です】


「相変わらず、分かるような分からないような説明だな」


【恒一の理解力に合わせています】


「喧嘩売ってる?」


【事実の整理です】


 こういうところだけ本当に遠慮がない。


 俺は石板の縁へ手を近づけた。皮膚がぴりっとする。触れていないのに、熱を持っていかれる感覚だけが先に来る。


「つまり、こいつ自体がめちゃくちゃ冷たいんじゃない。花崗岩を“冷媒”って概念で上書きする本体核、ってことか」


【概ね正しい理解です】


「で、熱はどうなる。冷えるってことは、吸った熱があるはずだろ」


 一番大事なところだ。


 この手の超技術は、何かが都合よく消えているように見える時ほど危ない。エネルギー保存則を無視する技術なんて、地球人類に渡した瞬間ろくなことにならない。


【吸収した熱は、別位相へ転送・補完されています】


「別位相?」


【対概念物質“永熱石”への熱移送が行われています】

【地球側観測者からは、熱が消失したように見えるでしょう】


「……永熱石ってのもあるのかよ」


【対になる技術が存在するのは自然です】


 そりゃそうかもしれないが、さらっと世界観を広げるな。


 俺は作業台の端に腰を預けた。


「じゃあ理論上は、どこまでも冷やせる?」


【理論上は可能です】

【絶対零度領域までの指向も成立します】


「は?」


【ただし、現実的ではありません】


 イヴの声は変わらない。

 だが内容だけがどんどん重くなる。


【必要な花崗岩質量が膨大です】

【また、地球環境では対象物や周辺系の破綻が先に発生します】

【要するに、理論限界と実用限界は別です】


「よかった……いや、よくないけど、少なくとも今すぐ地球を凍らせる話じゃなくて安心した」


【恒一単独では不可能です】


「最後の一言が不穏なんだよ」


 とはいえ、これで輪郭は見えた。


 永冷石。

 冷却概念付与核。

 花崗岩限定の、冷媒化技術。


 オークションでは供物台断片とかいう顔で並べられていたが、中身は完全に文明技術の欠片だ。しかもセル・チューナーで再活性化したことで、こいつはただの遺物から、使える道具へ変わった。


「で、これが“使える”っていうのは、どの程度だ?」


【転写能力を試すべきです】


「やっぱりそう来るか」


 予感はしていた。


 冷える石、というだけでも十分に厄介だが、イヴの言い方だと本質はそこじゃない。

 “概念を刻む本体核”というなら、次にやるべきは当然それだ。


【小型の花崗岩試料を用意してください】


「さっき買ってきた」


 俺は作業台下のケースから、昼間ホームセンターと石材店を回って集めた花崗岩片を取り出す。庭石加工の端材、プレート材、小さなブロック。人生でこんなに真剣に花崗岩を選んだのは初めてだ。


「対象は花崗岩限定なんだよな?」


【はい】

【冷却概念は花崗岩格子との相性を前提に設計されています】

【他素材では転写効率が著しく低下、または不安定化します】


「なるほど。万能じゃないのはありがたい」


【文明技術は万能である必要がありません】

【用途に対して十分であれば良いのです】


「言ってることは正しいのに、なんか腹立つな……」


 俺は一番小さな花崗岩片を一つ、作業台の中央へ置いた。手のひらに収まるサイズだ。灰色で、何の変哲もない、ただの石。


 それへ永冷石本体を近づける。


「手順は?」


【接触】

【認識補助用のトリガーを与える】

【“増えよ”と意識してください】


「言葉自体に意味は?」


【ありません】

【恒一の認識を安定させるための補助です】


「じゃあ本当に儀式ごっこだな」


 俺は少しだけ笑ってから、石板の縁を小さな花崗岩片へ軽く当てた。


「増えよ」


 拍子抜けするほど、何も起こらなかった。


 ――ように見えたのは、ほんの一瞬だけだ。


 花崗岩片の表面が、薄く白く曇る。

 空気が鳴ったような気がした。

 そして次の瞬間、作業台の上の温度計がじわりと数値を落とし始める。


「うわ」


 俺は思わず身を乗り出した。


 石の表面に触れてみる。冷たい。普通の石の冷たさじゃない。冷蔵庫に入れておいた金属の冷え方とも違う。周囲から熱を奪っている、“機能している冷たさ”だ。


「本当に冷媒になったのか……」


【転写成功】

【二次永冷石を確認】


 成功した、という言葉の軽さに対して、現象の方が重すぎる。


 俺は新しく生まれた冷却花崗岩を持ち上げた。小さい。だが十分に冷たい。いや、“冷たい”というより、冷媒として動いている。そこにあるだけで周囲の熱が流れ込んでいく。


「これ、やばいだろ」


【はい】


「いや、毎回そんな即答されても困るんだが」


【事実です】


 俺は思わず笑ってしまった。


 やばい。

 そして面白い。

 その二つが同時に来る時、だいたいロクなことにならない。今までの経験上、それはかなり正しい。


 だが、まだ大事な確認が残っている。


「これさ」


 俺は新しくできた二次永冷石を見下ろす。


「こいつも、他の花崗岩を増やせるのか?」


【可能です】


「マジか」


【ただし、無制限ではありません】


 だろうと思った。


【永冷石化した花崗岩も、他の花崗岩を永冷石化できます】

【しかし転写のたびに概念密度は低下します】

【世代が下るごとに、冷却効率・安定性・持続性は落ちます】

【また、薄くスライスした加工材や小型化しすぎた冷媒片は再転写能力を持ちません】


「つまり」


 俺は整理する。


「一次核から作った二次石は使える。けど、三次、四次って下るほど性能が落ちる」

「しかも、製品として薄板にした時点でそれ以上は増やせない」


【正しいです】


「じゃあ無限増殖ではないのか」


【無限増殖には、セル・チューナー由来の外部エネルギーも必要です】

【さらに本体核側にも転写回数と概念密度維持の限界があります】

【要するに、文明級技術であっても無限複製機ではありません】


「安心したような、残念なような」


【恒一に無限複製能力を与える判断は推奨されません】


「ひどい言われようだな……」


 だが、十分だった。


 永冷石は増やせる。

 ただし品質は世代ごとに落ちる。

 製品化した薄板には増殖能力がない。

 そして転写にはセル・チューナーの補助が要る。


 このルールなら、技術としては十分に強い。

 しかも、強すぎて即世界が壊れるほどではない。


 つまり――


「商売になるな」


 口に出した瞬間、自分でも思考がそっちへ寄っているのが分かった。


 イヴは当然のように答える。


【はい】


「いや、でも待てよ」


 俺は新しい二次永冷石をくるくると指先で転がした。もちろん素手で長く触るのは危険だから、途中で断熱手袋を挟む。


「すごいのは分かる。けど、これって“冷える石”だろ?」

「昔ならありがたがるだろうけど、現代だと冷蔵庫も冷凍庫も高性能冷媒もある。単純な冷却だけなら、そんなに革命か?」


【その認識は浅いです】


「言い方」


【これは“冷える石”ではありません】

【花崗岩を冷媒として運用可能な素材へ変換する技術です】

【素材である以上、装置の内部、壁面、輸送容器、断熱層、熱安定化機構など、応用範囲は極めて広い】

【加えて外部電力への依存が薄い】


「……なるほど」


 言われてみればそうだ。


 冷蔵庫は装置だ。

 だがこれは素材になる。


 保冷箱の内壁。

 機材ケースのパネル。

 高温環境の機器保護。

 バッテリーの熱管理。

 医薬品輸送。

 検体保管。

 港湾の低温物流。


 装置を一つ売るんじゃない。

 “冷える性質を持った部材”そのものを作れるなら、使い道はたしかに一気に増える。


「……天城が聞いたら喜ぶだろうな」


【即座に市場規模を試算するでしょう】


「目に浮かぶ」


 俺は作業台の上へ、永冷石本体と二次永冷石を並べた。


 片方は元の石板の欠片。

 もう片方は、さっきまでただの花崗岩だった石。


 たったそれだけの違いなのに、そこには文明の厚みがある。

 オークション会場では“冷気を帯びる供物台断片”なんて曖昧な顔をしていた代物が、ここでは冷却概念付与核としてはっきりと輪郭を持つ。


「一応、もう少し実験するか」


【推奨します】


 そこから数時間、俺は夢中になって試した。


 花崗岩のサイズ差による冷却性能。

 厚みと面積のトレードオフ。

 スライス加工した場合の表面温度の落ち方。

 断熱箱の内壁へ貼った時の温度維持。

 金属ケースへ密着させた場合の熱の流れ。


 面白いくらいに、性質が出る。


 厚い塊は強い。だが重い。

 薄く広げれば扱いやすいが、絶対的な冷却力は落ちる。

 小型片でも保冷材としては優秀だが、熱流入が大きい環境ではあっさり押し切られる。

 つまり、ちゃんと工学だ。魔法の万能石じゃない。制約があり、用途があり、設計がいる。


 それが逆に良かった。


 使い道を考えられる。

 誤魔化し方を考えられる。

 製品としての顔を作れる。


 夜明け前、さすがに疲れて椅子へ座り込んだ俺は、作業台の上の冷却花崗岩を見て笑った。


「千七百万、安かったかもな」


【現時点では妥当です】


「夢がない言い方だな」


【転写による増殖と商品化を考慮すれば、費用対効果は良好です】


「だから、そういう生々しい換算をするなよ……」


 だが、心のどこかでは同意していた。


 これは次の柱になる。

 バッテリーに続く、第二の商売。

 しかも、ただ売れるだけじゃない。海鳴りの倉庫の内部運用にも使えるし、未知の資産を保管するにも役立つ。異星文明の技術同士が、少しずつ噛み合い始めている感じがあった。


「よし」


 俺は立ち上がる。


「天城に見せる」


【妥当です】


「ただし、見せるのはここまでだ」

「イヴ、お前のことはまだ伏せる」


【了解しました】


「あと、倉庫の全貌も当然まだ出さない」

「表の工房で扱える範囲に落として話す」


【それが適切です】


 この距離感は大事だった。


 天城は有能だ。もう十分すぎるほど分かっている。

 だが、有能だからこそ全部は見せない。

 共同責任者ではあるが、まだすべての秘密を共有する段階じゃない。


 その線を守ったまま、しかし商売の話は前に進める。

 今の俺たちには、それがちょうどいい。


 前室の照明が、夜明け前の静かな白さの中で揺らめく。


 作業台の上には、冷却概念を刻まれた花崗岩が並んでいる。

 冷える石。

 いや、冷媒を作る石。

 もっと言えば、“冷却”という機能を素材へ落とし込む技術。


 また一つ、世界の見え方が変わった。


 バッテリーの次は熱だ。

 電源と冷却。文明の根幹を支える二本柱。そのうちの一本を、俺は今、花崗岩の欠片というふざけた形で握っている。


「……ほんと、面倒なものばっかり増えるな」


【恒一が拾っています】


「正論やめろ」


 俺は笑って、冷却花崗岩を一つケースへ収めた。


 天城がこれを見た時、どんな顔をするかはもうだいたい想像がつく。

 最初に引く。

 次に理解する。

 最後に計算を始める。


 そういう意味では、俺たちはかなり良いチームなのかもしれない。


 まあ、その“チーム”にAI一機と異次元基地が含まれてる時点で、普通じゃないのは確かなんだけど。


最後までお付き合いいただき感謝します。


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