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祖父の遺品整理をしていたら封印AIが起動したので、地球中の異星遺産を回収して成り上がる  作者: パラレル・ゲーマー
還り箱編

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第31話 還り箱

 翌朝、東都マテリアルサイエンスの評価室に入った時、空気がいつもと少し違った。


 静かなのは同じだ。

 白い壁、均一な照明、薬品と樹脂と新しい機械の匂い。

 研究棟らしい乾いた空気は何一つ変わっていない。


 でも、その中心に置かれた黒い箱だけが、どうにも場違いだった。


 作業台の上。

 緩衝材を敷いた耐振動トレーの中央。

 黒檀色の小型箱――政府が“旧式保存容器”として持ち込んできた、名前のない箱。


 昨日は本館の簡易観察室でざっと見ただけだった。

 だがこうして研究棟の照明の下に置かれると、違和感はむしろ増して見える。


 木箱に見える。

 そう見えるのに、木箱として眺めようとした瞬間に、どこか一箇所ずつ理屈が滑る。

 木目の流れが綺麗すぎる。

 継ぎ目が少なすぎる。

 塗りの艶が木のそれではない。

 なのに、ぱっと見ではやっぱり「古い黒い箱」でしかない。


「おはようございます」


 柏木が先に来ていた。

 珍しく、声に少しだけ熱がある。


「早いな」


「気になりますからね。こういうのは」


 その“こういうの”の言い方が、かなり研究者らしかった。


 横では黒崎が既に端末を立ち上げ、観察記録のフォーマットを開いている。

 神代も奥で腕を組んだまま箱を見ていた。

 天城は、相変わらず何を考えているか分かりにくい顔で、資料をめくっている。


「まずは通常観察からです。材質、温度、表面反応、内部構造の簡易観察。そのあとで、持ち込まれた由来記録にある“生体試料の劣化遅延”が本当に見えるか確認します」


 柏木が言う。


「いきなり使うのか」


「使います。むしろ、使ってみないと分からないタイプでしょう、これは」


 その意見には同意だった。


 この手の物は、分析装置に入れて数字だけ眺めていても埒が明かない。

 現象を見て、初めて理解が追いついてくる。


「久世さん」


 天城が資料から目を上げずに言った。


「何か感じますか」


「“感じますか”って、随分ざっくり聞くな」


「ざっくりでいいです。たぶん、今の段階ではその方が正しい」


 俺は箱を見た。

 見て、少しだけ首を傾げる。


「見た目は箱。でも箱として見た時に、材質の印象が妙にずれる。あと……中身が軽くない気がする」


「軽くない?」


 神代が聞き返す。


「見た目のサイズのわりに、だ。木箱っぽいのに、もっと詰まってる感じがある」


 そこで骨伝導イヤホンの奥から、イヴの声が落ちた。


【認知フィルター継続確認】

【視覚・触覚・材質理解に軽度干渉】

【“保存箱”として認識させる誘導が優勢です】


 やっぱりそうだ。


「なるほどな……」


「何かありましたか」


 柏木が聞く。


「まだ直感の範囲だ。でも、普通の木箱じゃないのは確かだと思う」


「その意見は共有します」


 柏木は箱に近づき、手袋越しに表面へ触れた。


「温度が妙なんです。外気と同じはずなのに、触感だけ少し違う。冷たいというより、“止まってる”感じがある」


「止まってる、ね」


 神代が小さく繰り返す。


 その表現は、妙にしっくり来た。


     ◇


 最初の三十分は、本当に地味な観察だった。


 材質反応。

 表面導電性。

 非破壊スキャン。

 内部空洞の有無。

 蓋の機構。


 結果は、どれも少しずつ気持ちが悪かった。


 木材反応が出る。

 だが出方が安定しない。

 金属反応もわずかに出る。

 だが、金属箱と断定できるほど明確ではない。

 内部は空洞に見える。

 だが、ただの空洞と呼ぶには密度分布の座りが悪い。

 蓋の継ぎ目は見える。

 だが、工具痕がない。


「……嫌だなあ」


 柏木が率直にそう言った。


「嫌なのかよ」


「嫌ですよ。木と金属と複合材の、全部っぽくて全部じゃない感じが一番落ち着きません」


「でも、由来不明の古い保存容器ってだけなら一応通るんだろ?」


「通ります。通るのがさらに嫌なんです」


 わかる。

 こういう“見ようによっては普通”なものほど、深いところで歯が立たない。


 やがて観察は、実際の試料評価へ移った。


 使うのは三種類。


 新鮮な組織片。

 わずかに劣化を始めた血液由来試料。

 そして対照として、すでに軽度変質が確認されている培養組織サンプル。


「普通の保存なら」


 柏木が言う。


「一番下は悪化を遅らせるだけです。改善まで見えたら、かなり話が変わります」


「記録上はそこが怪しいんだろ?」


「はい。ただ、過去記録は揺れが大きい。だから今ここで見る価値がある」


 箱の蓋が開けられる。


 中は、外見よりもさらに奇妙だった。


 黒ではない。

 わずかに青みを帯びた灰白色。

 布張りにも見えるし、石にも見えるし、陶材にも見える。

 でも、そのどれでもない。

 箱の“内部”というより、そこだけ薄く別の静けさが敷かれている感じがする。


【時間系干渉、内部で増大】

【低位巻き戻し場の可能性】


 イヴの言葉で、背筋が少しだけ伸びた。


 試料が入れられる。

 蓋が閉じる。


 そこから先は待ち時間だ。

 普通なら。


 だがこの箱に関しては、最初の十分で既に妙な兆候が出た。


「……待ってください」


 黒崎が声を上げた。


「外部センサの変化が速い」


「何が動いてる」


 神代が聞く。


「内部試料の揮発成分。普通の保存なら、こういう出方はしない。減り方が遅いというより……」


「戻ってる?」


 俺が何気なくそう言うと、室内が静かになった。


 黒崎がこちらを見た。


「まだ断定はできません。でも、少なくとも“悪化が止まっている”だけでは説明しにくい」


 十五分後。

 二十分後。

 三十分後。


 蓋が再び開けられた時、結果はかなりはっきりしていた。


 新鮮な組織片は、ほとんど変わっていない。

 それはまだ“すごい保存箱”で説明できる。


 問題は二番目と三番目だった。


 軽度劣化していた血液由来試料は、明らかに搬入時より状態が整っていた。

 そして、わずかに変質が始まっていた培養組織サンプルも、完全ではないが“悪化前へ少し戻った”ように見えた。


 柏木が、試料を見たまましばらく動かなかった。


「……これは」


「保存じゃないな」


 神代が低く言った。


 誰も異論を出さなかった。


「いや、待ってください」


 柏木がようやく口を開く。


「保存効果はある。でも、それだけじゃない。これ、悪化を止めてるんじゃない。進んだ分を……」


「少し前へ引いてる」


 天城が、静かな声でそう言った。


 会議室でも本館でもない、研究棟の評価室の真ん中で、その一言だけがやけに綺麗に落ちた。


「巻き戻し、か」


 神代が呟く。


「限定的には、そう見る方が自然です」


 天城の言葉に、柏木がすぐ頷く。


「完全な時間逆行ではありません。でも、損耗や劣化だけを選んで少し戻しているように見える。少なくとも“保存容器”という名前は、もう外れです」


「表向きは使えるけどな」


 俺が言うと、柏木が疲れた顔でこちらを見た。


「使えます。使えますが、その言葉のせいで余計に落ち着かなくなります」


 わかる。

 保存容器という言葉は便利だ。

 便利すぎて、本質から一番遠い。


【補足します】


 イヴの声が落ちる。


【当該器具の主機能は“生体由来物に発生した損耗の局所的帰還”です】

【保存は結果にすぎません】


 俺は小さく息を吐いた。


「……やっぱりそうか」


「久世さん?」


 天城が声を潜める。


「ちょっと確信が増しただけだ」


 ここで全部を話す必要はない。

 まだ早い。


 でも、少なくとも俺の中ではもう決まった。

 これは箱じゃない。

 箱の顔をした巻き戻し器だ。


     ◇


 そこから先は、研究室の空気が少し変わった。


 箱の正体が完全に分かったわけじゃない。

 でも、どの方向を見るべきかははっきりした。


 保存ではない。

 劣化遅延でもない。

 損耗帰還。

 あるいは、限定的巻き戻し。


「生きた個体はどうでしょう」


 黒崎が慎重に聞いた。


「やめた方がいい」


 俺は反射的にそう言った。


 室内が一斉にこちらを見る。


「根拠は?」


 神代が聞く。


「直感。いや、半分は経験則だ。こういう“状態を戻す”系って、完成した生体そのものにかけると大体ろくなことにならない」


 天城が少しだけ目を細めた。


「私も同意です。検体、組織、臓器、そういう単位ならまだしも、生きた個体は危険でしょうね」


 柏木がすぐ記録へ書き込む。


「生体個体への適用は保留。少なくとも現段階では禁止でいいと思います」


「賛成です」


 神代も即答した。


「下手な好奇心でやる案件ではない」


 そうやって方針が固まっていく一方で、俺の意識は少しずつ別の場所へ向いていた。


 海鳴りの倉庫。


 イヴが“時間系干渉”と言った時から、たぶんそうなるだろうと思っていた。

 この箱の本当の価値は、研究棟の装置だけでは最後まで読めない。


 もっと奥まで見るには、倉庫でスキャンするしかない。


【推奨します】


 イヴが言う。


【本器具は海鳴りの倉庫との接続価値が高いです】


「やっぱりか」


【はい】

【表向き評価だけでは、本質の半分も回収できません】


 そこだ。

 本質の半分も回収できない。

 この箱はたぶん、まだ“巻き戻す箱”以上の何かを持っている。


     ◇


 夕方、評価室を出たあと、俺は天城に声をかけた。


「少し話せるか」


「はい」


 研究棟の隅にある小さな打ち合わせブースへ移る。

 透明なパーティション。

 小机。

 外からは見えるが、声は拾いにくい程度の場所。


「さっきの箱」


「はい」


「東都側でしばらく預かる形になるんだよな」


「その予定です。少なくとも初期評価の間は」


「なら、一度工房側に回したい」


 天城の目が少しだけ細くなる。


「理由は?」


「研究棟の装置で見えるものは見えた。でも、あれはたぶんその先がある。俺の方でやれる比較観察がある」


 もちろん、それは海鳴りの倉庫のことだ。

 だが、そこまで口に出す必要はない。


 天城は数秒だけ黙ったあと、小さく息を吐いた。


「……分かりました」


「いいのか」


「良くはないです。でも、久世さんがそう言う時は、大体もう答えの半分を持っている」


 彼女はほんの少しだけ声を落とした。


「それに、今までの流れを見る限り、研究棟で見えるところだけを見ていると、いつも一歩足りない」


 その認識を共有できるのは助かる。


「じゃあ、今日の夜で動かす」


「記録は?」


「正規保管サイト間の追加比較観察。細かいログはこっちで整える」


「助かる」


「助けているつもりはありません。必要だからやるだけです」


 相変わらず可愛げがない。

 でも、そこがありがたい。


     ◇


 夜。

 工房のシャッターが下りたあと、名前のない保存箱は、黒い緩衝材ケースごと作業台の上へ置かれていた。


 昼間、研究棟で見た時よりも、ここではさらに静かに見える。

 工房の照明は研究棟より少し暖かい。

 そのせいか、黒い箱はますます“古い物”の顔を強くする。

 古い。

 だが、死んではいない。


「……行くか」


【はい】


 イヴの返事と同時に、俺はケースごと箱を抱え、海鳴りの倉庫の扉を開けた。


 白銀の通路。

 静かな前室。

 研究棟と違う空気。


 作業台の上へ箱を置くと、見え方がまた少し変わった。


 ここでは木箱に見えない。

 いや、見えようとはしている。

 だが、倉庫の白い光の下では、その“見せかけ”が少しだけ薄い。


 木目の流れが揺らぐ。

 銀の線が装飾ではなく、細い導路みたいに見える。

 蓋の継ぎ目も、箱の組み上げではなく“閉じた器官の境界”に近い。


「認知フィルター、薄くなってるな」


【海鳴りの倉庫は、同系統技術の認識疎外フィルターを一部相殺します】


「便利だな」


【適合環境です】


 セル・チューナーを取り出す。


 銀の小球を、箱の縁へ近づけた瞬間だった。


 黒い箱の表面を走っていた“木目”が、一瞬だけ崩れた。


 いや、崩れたというより、木目である必要をやめたように見えた。


 黒檀色の表層の奥に、別の何かがある。

 金属でも木でもない。

 柔らかくも硬くもない。

 少なくとも、地球の材料分類で名前をつけられるものではない。


「……おお」


【完全走査を推奨します】

【当該器具は海鳴りの倉庫への接続適性が高い】


「接続適性?」


【はい】

【時間系エネルギーの蓄積を確認】

【長期にわたり、損耗帰還の差分が内部へ蓄えられています】


 そこで、ようやく全部が一本につながった。


 巻き戻している。

 だから保存に見える。

 でも、本当はその“戻した差分”がどこかへ行っている。

 それを箱が溜めていたのか。


「つまりこれ、保存箱じゃなくて……」


【損耗限定巻き戻し器であり、生体時間エネルギー蓄積器でもあります】


 イヴの言葉は平坦だった。

 だが内容は平坦じゃない。


「時間エネルギー、ね」


【はい】


 セル・チューナーを起動させる。

 海鳴りの倉庫の床に埋め込まれた細い線が、白く、薄く光り始めた。


 箱の銀線が応じるように淡く輝く。

 いや、輝いているのは銀線ではない。

 銀線に“見えていたもの”の本当の形だ。


【海鳴りの倉庫、外部高次蓄積資源を検出】

【吸収を開始します】


 その瞬間、箱の中で何かがゆっくりとほどける気配がした。


 光は強くない。

 音もない。

 派手な演出は何一つない。


 ただ、倉庫の壁が少しだけ深く呼吸したように見えた。


 床の線が白から薄い青へ変わる。

 前室の空気が、ほんのわずかに“広く”なる。

 言葉にしにくい変化だ。

 でも、確かに何かが増えた。


【海鳴りの倉庫、稼働率上昇】

【0.00%から1.00%へ到達】


 俺はその表示を見て、思わず息を呑んだ。


「一パーセント……」


【還り箱内部へ長期蓄積されていた生体時間エネルギーを回収しました】


「そんなに溜まってたのか」


【長年にわたり、小規模ながら継続して蓄積されていました】

【過去保管者は取り出し方法を持たなかったため、未回収資源として残存していたものと推定されます】


 なるほど。

 旧家。

 医大。

 研究機関。

 整理室。


 いろんなところを渡る間に、箱はずっと少しずつ“戻し”、少しずつ蓄え続けていた。

 誰にも知られないまま。


「……祖父が見たら喜びそうだな」


【宗玄は高確率で興味を示したでしょう】


「だよなあ」


 その時、前室の壁面に今までなかった表示が浮かんだ。


 白い文字。

 地球のUIに似せているのに、どこか少しだけ角度が違う。


 新機能解放

 低位走査複製機能:利用可能


「……は?」


【海鳴りの倉庫の最低稼働閾値を突破しました】


 イヴが説明する。


【これにより、走査済み異星文明テクノロジーの低位複製が一部可能となります。ただし、低位階・小型・単機能物品に限ります】


 笑いそうになった。

 いや、笑うしかなかった。


「いきなりすごいこと言うな」


【稼働率1%相当の基礎解放です】


「1%でこれかよ」


【海鳴りの倉庫は基幹設備です】


 やっぱりこの倉庫、スケールがいちいち狂っている。


「待て、整理する。走査複製ってことは、スキャンしたやつを複製できる?」


【はい】

【ただし制約があります】


「言ってみろ」


【現物の完全走査が必要】

【複製可能なのは低位階・小型・単機能物品のみ】

【複製体は本物より性能がやや劣ります】

【素材スロットと稼働資源を消費します】


「なるほどな……」


 無限コピーではない。

 それならいい。


 いや、良くはないか。

 十分におかしい。

 でも、壊れすぎない位置には収まっている。


「で、この箱は?」


【完全走査可能】

【複製可能候補に登録しますか】


 白い表示の中に、名前が浮かんでいた。


 R-21系統識別:還帰保存器/損耗帰還箱


 “還り箱”という響きが、そこでやっとしっくり来た。


「……還り箱、か」


【便宜名として適切です】


「じゃあそれで行こう」


 俺は箱を見下ろした。


 黒檀色の小箱。

 あるいは木箱。

 あるいは保存容器。


 でも、その本質は違う。

 これは少し前へ還す器で、同時に時間エネルギーを溜める器だった。


 そしてその蓄積が、海鳴りの倉庫を1%動かした。


「すげえな……」


【はい】


「これで終わりじゃないんだよな」


【はい】

【還り箱の完全走査により、倉庫は今後、同系統低位物品の複製を検討可能となります】


 複製。

 その一言の重さを噛みしめる。


 今までは、拾ったものを使うだけだった。

 増やすことはできなかった。

 セル・チューナーで起動し、天城の頭脳で工業化の顔を作り、社会へ押し込む。

 それが今までのやり方だ。


 でも、ここからは違う。

 少なくとも、小型で単機能の異星文明テクノロジーなら、倉庫側で“複製”という手札が増える。


「……悪くないな」


【何がですか】


「海鳴りの倉庫、ちゃんと成長するんだなってこと」


【外部高次資源の回収により、基幹設備は段階的に機能解放されます】


「ゲームみたいだな」


【恒一はその比喩を好みます】


「好きだよ」


 笑いながら、俺は還り箱をもう一度見た。


 政府はこれを、説明しにくい保存容器として持ってきた。

 東都側は、状態安定化技術の延長として評価する顔をしている。

 でも、その本質を知っているのは今のところ、俺とイヴと、海鳴りの倉庫だけだ。


 この差は大きい。


 しかも、還り箱そのものの価値だけで終わらない。

 この箱のおかげで、倉庫は新しい段階へ入った。


「……天城に何て言うかな」


【表向きには“保存ではなく微弱な巻き戻し挙動が見える”程度で十分です】


「だよな」


【複製機能と倉庫稼働率については秘匿推奨です】


「まあ、そうなるか」


 そこは当然だ。


 全部を共有する必要はない。

 少なくとも今は。


 還り箱は表では“旧式保存容器”のままでいい。

 研究棟では“損耗帰還的な何か”としてざわつけばいい。

 その裏で、海鳴りの倉庫が一歩進んだことだけが、今は本当に大きい。


「……次、面白くなるぞ。還り箱もそうだけど、これからは、異星文明テクノロジーを見つける意味そのものが変わる」


【正確です】


 俺は還り箱の蓋を静かに閉じた。


 黒い木箱の顔が戻る。

 銀線もまた、ただの装飾へ見え直す。

 認知フィルターはまだ働いている。

 でももう騙されない。


 こいつは箱じゃない。

 巻き戻し器で、蓄積器で、海鳴りの倉庫を食わせる餌でもある。


 しかも、政府が自分から持ってきた。


「……日本政府、いいの持ってくるな」


【表の政府窓口が本質を理解しているとは限りません】


「分かってる。でも、結果としてはこっちに最高の手札を渡したわけだ」


【はい】


 照明の白い光の中で、還り箱は何も言わずに静かに置かれていた。


 でもその静けさは、もう最初に見た時の静けさとは違う。

 正体を知ったあとの沈黙だ。

 それはただの無音じゃない。

 次の手札が増えた時の、重みのある静けさだった。


「……よし」


 俺は箱を持ち上げた。


「明日はまず、研究棟で“保存じゃなくて少し戻ってる”を共有する。その次に、どこまで商品の顔が作れるか考える。その裏で、倉庫の複製枠を確認する」


【妥当です】


「忙しくなるな」


【既に忙しいです】


「知ってるよ」


 笑ってそう返しながら、俺は前室の照明を少し落とした。


 還り箱。

 海鳴りの倉庫1%。

 走査複製解放。


 たった一つ箱が増えただけで、だいぶ世界の見え方が変わった。


 次に来るのは、研究者のざわめきか。

 政府の追加接触か。

 それとも、還り箱そのものの商品化か。


 どれでもいい。

 少なくとも、もう退屈だけはしなさそうだった。



最後までお付き合いいただき感謝します。


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