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祖父の遺品整理をしていたら封印AIが起動したので、地球中の異星遺産を回収して成り上がる  作者: パラレル・ゲーマー
遺産庫の白い円盤編

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第28話 列の先頭

 東都財閥本館に入るのは、これで二度目だった。


 一度目は圧倒された。

 建物の大きさや静けさに、というより、ここがただの本社ビルではなく、もっと長い時間を背負った場所なのだと肌で分かったからだ。


 二度目の今日は、少し違う。


 驚きは前回より薄い。

 その代わり、別の感覚があった。


 ――本当に、ここまで来てしまったんだな。


 祖父の遺品整理。

 イヴ。

 セル・チューナー。

 海鳴りの倉庫。

 そこから始まったはずの話が、今は財閥本館の会議室で、日本政府と向き合うところまで来ている。


 半年前の俺が見たら、間違いなく冗談だと思うだろう。

 たぶん、俺自身が一番信じない。


「緊張してますか?」


 隣を歩く天城澪が、前を向いたまま聞いてきた。


「してるように見えるか?」


「少しだけ」


「そりゃするだろ」


 俺は苦笑した。


「相手が日本政府で、場所がここで、議題がうちの膜だぞ。平然としてる方が変だ」


「健全ですね」


「褒めてる?」


「褒めています」


 珍しく、少しだけ声音が柔らかい。

 そのこと自体が、今日の面談の重さを物語っていた。


 受付を通り、静かな廊下を進む。

 磨き上げられた床。

 余計な装飾のない壁。

 窓の外に見える都心の景色。


 この建物は、派手に威圧してくるわけじゃない。

 だが、歩いているだけで分かる。

 ここは「会社の会議室」ではなく、「順番を決める側の場所」だ。


 案内された会議室には、既に東都側の人間が揃っていた。


 御影。

 戦略統括。

 国際渉外責任者。

 神代。

 東都E&L側の専務。

 そして俺と天城。


 御影がこちらへ目を向け、いつもの穏やかな声で言った。


「本日は、最初の対話です。大きなことは決まりません。その代わり、誰が何を見ているかはよく分かるでしょう」


「……何を見ておけばいいですか」


 俺が聞くと、御影はほんの少しだけ笑った。


「言葉の重さです」


 それだけ言って、彼は資料へ目を戻した。


 数分後、扉が静かに開いた。


 入ってきたのは三人。


 一人は、経済産業省の製造産業局から来た室長補佐。

 四十代後半、背筋が伸びていて、話す前から“官僚”の空気が出ている。


 二人目は、内閣官房の参事官補佐。

 柔らかい笑顔を作っているが、目だけがまったく緩まない。


 三人目は、国研の上席研究員。

 研究畑の人間特有の、静かだが油断しない顔をしていた。


 誰も高圧的ではない。

 むしろ、驚くほど丁寧だ。


 名刺交換が終わり、着席する。

 最初に口を開いたのは、経産省側だった。


「本日はお時間をいただき、ありがとうございます。東都マテリアルサイエンス様の最近の研究成果につきまして、我々としても大変高い関心を持っております。まずは率直に、技術的な可能性と、今後の国内連携の方向性について意見交換させていただければと思っております」


 驚くほど普通だ。

 だが、普通だからこそ分かる。


 この人たちは、最初から喧嘩を売りに来たわけではない。

 研究協力、国内連携、意見交換。

 そういう、どこまでも綺麗な言葉だけを机に置いてくる。


 御影が穏やかに応じる。


「こちらこそ、お越しいただきありがとうございます。弊グループとしても、今回の研究成果を単体の論文に留めず、どのような枠組みの中で扱うべきかは慎重に見ております。本日の対話が、今後の整理にとって有意義なものになると考えております」


 柔らかい。

 だが、一歩も譲っていない。


 戦略統括が壁面モニターに論文の要約資料を映す。


 特殊処理無機多孔体。

 花崗岩由来アルミノシリケート骨格。

 高選択透過。

 高耐久。

 外部評価との整合。


 もちろん本質はその外側にある。

 だが、表では最後までこの顔で押し通す。


 国研の研究者が、最初の質問を投げた。


「まず確認ですが、外部評価機関に提供された限定試料につきましては、プレプリント記載の性能と整合的な挙動が概ね確認されている、という理解でよろしいでしょうか」


 神代が答える。


「はい。提供した評価用サンプルに関しては、論文記載範囲と整合的な結果が得られています」


「一方で」


 今度は内閣官房の女が引き取った。


「外部機関が論文記載情報を基に試作した類似材料では、同等挙動に至っていないとも伺っております」


「少なくとも、現時点ではそのように認識しています」


 天城が短く答えた。


「支給試料と自製試料の間に、明確な差があるという報告が複数あります」


 質問がうまい。


 “何を隠しているのですか”とは言わない。

 “そう理解してよろしいですか”と確認することで、こちらの口から認めさせる。


 だが、言葉はまだ材料と試料の範囲に収まっている。

 表の政府としては、その段階を崩していない。


 経産省側の男が続ける。


「その差について、現時点でどのように整理されていますか。組成起因なのか、前処理起因なのか、あるいは製造条件の最適化によるものなのか」


 前処理。

 製造条件。

 最適化。


 “異常”でも、“外来”でも、“理解不能”でもない。

あくまで、現代科学の言葉の中で、届かない差をどう呼ぶかという問いだ。


 天城は数秒置いてから答えた。


「現時点では、複数要因の重なりと見ています。組成、骨格制御、前処理条件、安定化プロセス。いずれか単独で説明できる段階にはありません」


 ほとんど何も言っていない。

 だが、それで十分だった。


 国研の研究者が、小さく頷いた。


「なるほど。つまり、材料そのものよりもプロセス側の比重が高い可能性がある、と」


 神代が返す。


「現時点では否定しません」


 認めもしない。

 否定もしない。

 この位置を守るのが、たぶん今日の会談の本質だ。


 内閣官房の女が、柔らかいままの声で言った。


「今後、国内の研究基盤と連携して評価を深めていく可能性は、どの程度ございますか」


 共同研究してください、ではない。

 国内研究基盤との連携可能性。

 つまり、日本政府としては“他国より先に国内枠を作れるか”を見ている。


 戦略統括が答える。


「国内連携の価値は、我々としても重く見ています。ただし現在は、材料評価・試料管理・グループ内検証の整合を優先しております。したがって、外部連携の拡張については段階的になる見込みです」


 断らない。

 受けない。

 綺麗に待たせる。


 財閥本館で決めた通りの返答だった。


 経産省側が、少しだけ身を乗り出した。


「差し支えない範囲で結構ですが、御社として今後の応用可能性をどの程度まで見ておられるか、伺えますか。水処理、化学プロセス、高純度化工程、さらには戦略的重要分野への接続可能性も含めて」


 戦略的重要分野。

 この言い方は、かなり綺麗だ。

 それでいて、十分に重い。


 南鳥島ともレアアース泥とも言わない。

 だが、ここまで来ると逆に見える。

 見えているのに、誰もそれを机の真ん中には置かない。


 天城が静かに答えた。


「選択分離技術は、用途の裾野が広い技術です。そのため、現時点では特定用途へ絞り込むより、まずは材料・プロセスとしての基盤性を見極める方針です。将来的な広がりについては、社内でも慎重に評価を進めています」


 これも上手い。


 用途が広いことは認める。

 でも、どこへ広げるかは言わない。

 その広がりの中身を、相手に言わせる。


 その時、内閣官房の女がこちらへ視線を向けた。


「久世様は、初期段階からこの技術の実証に関与されていると伺っています」


「はい」


「ご自身の感覚として、この技術は“優秀な材料”に近いと感じますか。それとも、“条件が揃って初めて成立する技術”に近いと感じますか」


 少しだけ息をついた。


 うまい聞き方だ。

 材料か。条件か。

 言い換えれば、素材なのか工程なのか。


 しかも、政治の言葉ではなく、現場の感覚として答えさせようとしている。

 こういう質問は、一番本音が出やすい。


 だから、慎重に答える必要がある。


「後者だと思っています」


 俺がそう言うと、会議室の空気がわずかに止まった。


「少なくとも今の理解では、良い素材を見つけたというより、条件を揃えた時に初めて意味を持つ技術だと感じています。単なる“当たり材料”として扱うと、見誤るだろうな、と」


 これは本音でもあった。


 本当は“条件”どころではない。

 セル・チューナーと、起動と、海鳴りの倉庫が絡んでいる。

 だが、今この世界の言葉で言うなら、このあたりが限界だ。


 国研の研究者が、少しだけ目を細めた。


「興味深いですね。実は外部評価側でも、近い認識が出ています。提供試料は論文通りに働く。だが、そこへ至る道筋が論文情報だけでは閉じない」


「ええ」


 神代が答える。


「その認識は、我々としても共有しております」


 共有している。

 だが、道筋の正体は出さない。


 それでいい。


     ◇


 会談は一時間を少し超えて続いた。


 テーマは最後まで“先端分離材料技術”だった。


 国内評価基盤。

 国研設備。

 共同研究の枠組み。

 機密保持。

 段階的な試料提供。

 国際連携。


 どこまでも普通だ。

 そして、その普通さがむしろ鋭い。


 最後の方で、経産省側がこう言った。


「我々としては、貴グループの技術が国内の産業競争力、資源安全保障、基盤研究の厚みに資する可能性を強く感じています。その上で、拙速に囲い込もうという意図はございません。ただ、国内として先に対話の基盤を持てるかどうかは、今後かなり大きいと考えています」


 ここで初めて、“資源安全保障”という言葉がはっきり出た。


 やはり、見ている。

 だが、それでもまだ綺麗な顔のままだ。


 御影が穏やかに頷く。


「その点は、我々も同じ認識です。拙速でないことが、何より重要でしょう。特に、技術の意味が大きいほど」


 意味が大きい。

 この言葉も、綺麗で、重い。


 結局、その場で何かが決まることはなかった。

 今後も継続して対話の場を持つこと。

 段階的な情報交換を続けること。

 共同研究の可能性は閉じないこと。


 それだけ。


 だが、充分だった。


 日本政府は列の先頭に立った。

 それだけで、かなり大きい。


     ◇


 政府側の三人が退室し、扉が閉まったあと、会議室には短い沈黙が落ちた。


 最初に口を開いたのは戦略統括だった。


「綺麗でしたね」


 御影が微笑む。


「ええ。かなり綺麗でした」


「どう見ます?」


「表の認識としては健全です」


 御影は迷わない。


「異常技術とも、外来技術とも見ていない。見ているのは、再現条件に強い独占性を持つ戦略材料技術。だからこそ、国内優先の対話枠を先に作りに来た」


 神代が腕を組んだ。


「つまり、真相からはまだ遠い」


「遠いですね」


 国際渉外責任者が答えた。


「ただし、欲しがる方向はかなり鋭い。少なくとも日本政府は、材料だけではなく条件の独占性をもう見ています」


「こっちが持ってるのを、当たり材料じゃなくて独占工程だと思ってるわけか」


 俺が言うと、天城が頷く。


「そうですね。ただし、それを“高度な製造条件”として理解している。そこはまだ、こちらとの間に厚い壁があります」


 それは少し安心でもあった。

 表の政府はまだ、あくまで現代技術の延長線で見ている。

 だから交渉の余地がある。


 御影が静かに続けた。


「本日の収穫は一つです。国内の列が先頭に立った。それだけで十分でしょう」


 その“それだけ”が、かなり大きいのだろう。


     ◇


 帰りの車の中で、天城はしばらく黙っていた。


 俺も黙っていた。

 窓の外に、夕方の街が流れる。

 普通の東京だ。

 でも、その普通の街のどこかで、今みたいな会談の延長線上にあるものが少しずつ形を取り始めている。


 しばらくして、天城が言った。


「思ったより、かなり正面から来ましたね」


「そうか?」


「もっと遠回しに来るかと思っていました。でも、条件の独占性までかなり早い段階で見ていた」


「じゃあ、本気ってことか」


「本気です。ただし、本気だからこそ礼儀を崩さない」


 なるほどな、と思う。


 相手が東都財閥だから、いきなり剥き出しでは来られない。

 だから全員、まずは綺麗な顔で並ぶ。


「全員待ちぼうけか」


「ええ」


 天城は窓の外を見たまま答えた。


「だから今は、こちらが順番を決める側です」


 それは、少しだけ気持ちが良かった。


 日本政府。

 たぶん次はアメリカ。

 中国も、ロシアも、いずれ来るだろう。

 みんな欲しがる。

 でもすぐには届かない。


「面白いな」


 俺が言うと、天城が小さく息を吐いた。


「その言い方、好きですね」


「好きだよ。だって、政府が“まずはお話を”って来るんだぞ。だいぶおかしい」


「おかしいですね」


 そこで、珍しく天城が少しだけ笑った。


     ◇


 夜、工房に戻ってから、俺は一人でシャッターの隙間から外を見た。


 道路。

 コンビニの灯り。

 タクシー。

 自転車のブレーキ音。


 どこまでも普通の東京だ。


 なのに、その普通の街の裏側で、日本政府が財閥本館まで来て、俺たちの膜について丁寧に探りを入れていく。

 妙な話だ。


 しかも向こうは、まだ異星文明テクノロジーなんてものは想像していない。

 見えているのは、せいぜい“異常に強い独占条件を持った危険な先端技術”くらいだろう。

 それでも十分に重い。


「なあ、イヴ」


【はい】


「表向きの政府、思ったよりちゃんとしてたな」


【はい】


「もっと露骨に来るかと思ってた」


【表向きの政府窓口としては妥当です】


「表向き、ね」


 少しだけ間を置いてから、イヴが続けた。


【異星文明テクノロジーを収集・監視している機関が別に存在する可能性はあります。その場合、表の政府窓口とは別ラインで接触してくることも考えられます】


「……やっぱり、そういうのもあるのか」


【断定はできません。ただし、可能性としては自然です】


「まあ、だろうな」


 それ以上は言わなかった。


 今の俺に分かるのは、今日来たのはあくまで表の政府の顔だ、ということだけだ。

 それ以上を勝手に決めつけるのは違う。


 ただ、異星文明テクノロジーなんてものが本当にこの世界に散らばっているなら、それを探している連中が別にいてもおかしくはない。


 そのくらいの感覚だけが、静かに残った。


「……でも、今はこれで十分か」


【何がですか】


「日本政府が、かなり丁寧に列の先頭へ来たこと。それが分かっただけでも、だいぶ大きい」


【はい】


 俺は笑って、机の上のメモを閉じた。


 国内連携。

 戦略資源。

 条件の独占性。

 段階的対話。


 全部綺麗な言葉だ。

 でも、その綺麗な言葉の向こうで、本当に欲しがっているものはちゃんと見えている。


 列の先頭には、日本政府が立った。

 それでいい。


 あとはその列が、どこまで伸びるかの話だ。

 アメリカか。

 中国か。

 ロシアか。

 あるいは、もっと別の何かか。


「……次は誰が来るかな」


【高い確率で、複数主体がほぼ同時に動きます】


「夢がないな」


【効率的です】


「はいはい」


 少し笑って、シャッターを完全に閉めた。


 研究の顔。

 財閥の壁。

 政府の順番待ち。


 ここまで来たなら、もうしばらくは退屈しない。

 むしろ、ここからが本番なのだろう。


 列の先頭が立った。

 次は、その後ろの顔が見えてくる番だ。

最後までお付き合いいただき感謝します。


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