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祖父の遺品整理をしていたら封印AIが起動したので、地球中の異星遺産を回収して成り上がる  作者: パラレル・ゲーマー
序編

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第3話 海鳴りの倉庫

 相原から追加注文のメッセージが届いたのは、昼を少し回った頃だった。


『例のやつ、もう一本いける?』

『次の現場でも使いたい』


 短い文面。だが、それだけで十分だった。


 売れた。

 しかも一度きりじゃない。使った上で、相手の方からもう一度欲しいと言ってきた。


 スマホの画面を見つめたまま、俺はソファに背を預けた。嬉しくないわけがない。正直に言えば、喉の奥が少し熱くなるくらいには嬉しかった。


 たった一本の再生バッテリーで、原稿何本分かの金が動く。

 その現実感は大きい。


 けれど、今の俺の頭を占めているのは、入金通知よりも別のものだった。


 ノートPCの画面に開いた地図。

 東京湾岸部に浮かぶ、赤い一点。


 相原が送ってきた異常ログ。

 祖父のノートに残されていた『海鳴りの倉庫』の断片。

 そして、セル・チューナーが見せた微かな発光。


 全部が一か所を指している。


【追加販売の準備は可能です】


 イヴの声が、机の上のスマホから淡々と響いた。


【ただし、候補地点の調査を優先することを推奨します】


「分かってるよ」


 俺はそう答えながら、視線を地図から外せなかった。


「分かってるけど、こういう時に限って現実の金もちゃんと動くのが嫌なんだよな。どっちも大事だと逃げ場がない」


【優先順位を整理してください】


「お前は整理が好きだな」


【混乱は効率を下げます】


 それは正論だ。


 俺は相原に短く返信を打つ。


『いける。二、三日くれ』

『あと、この前の倉庫街の件、詳しく聞きたい』


 送信。


 すぐに『なんか気になるの?』と返ってくる。

 当然の疑問だ。だが、説明できるはずがない。


『ちょっと場所が気になって』

『今度コーヒー奢るから』


 そう返して会話を切り上げると、俺は椅子から立ち上がった。


「行くか」


【準備を推奨します】


     ◇


 祖父のノートは相変わらず読みにくかった。


 読書用の本じゃない。記録ですら怪しい。走り書き、記号、地図の端切れ、数字、矢印、丸で囲まれた単語。正気で整理されたものとは思えないのに、確かに一つの意思は通っている。


『種を起こしてから向かえ』

『通常電源では沈黙』

『潮位の高い夜』

『扉は見えない』

『鳴る日と鳴らぬ日がある』


 祖父の字を指で追いながら、俺は息を吐いた。


「種ってのは、やっぱりセル・チューナーだよな」


【可能性は高いです】


「通常電源では沈黙、ってのも分かる。問題は“潮位の高い夜”だ」


【東京湾の潮汐データを参照します】


 ノートPCの画面が切り替わり、グラフが表示される。今日は夜に向けて潮位が上がるらしい。完全な満潮ではないが、条件としては悪くない。


【宗玄の記録と照合した場合、本日二十一時前後が適合率最大です】


「よし。だったら今夜だな」


 準備といっても、大したことはできない。

 相手が異星文明の秘密基地だろうと、こちらはただのフリーライターだ。


 バックパックに入れたのは、改質済みバッテリー二本、セル・チューナー、スマホ、ライト、祖父のノートのコピー、簡単な工具、モバイルルーター、手袋、小型カメラ。ついでにペットボトルの水とカロリーバーも押し込む。


 どれも、冒険者の装備というより夜間取材の持ち物だ。だが今の俺には、それで十分だった。


「で、最後に聞くけど」


 バックパックのファスナーを閉めながら、俺は机の上のスマホを見る。


「ほんとに、あるんだろうな」


【存在確率は七十二パーセントです】


「数字で言われると不安が残るな……」


【残り二十八パーセントは、恒一が無駄足を踏む確率です】


「もうちょっと慰める気はないのか」


【その機能は限定的です】


 知ってたよ。


     ◇


 夜の東京湾岸は、昼間とは別の街みたいだった。


 都心の明かりを背にして車道を外れ、倉庫街の方へ歩いていくと、空気が変わる。潮の匂いと油の匂い、遠くで鳴る金属音、時折すれ違うトラックの低いエンジン音。再開発された綺麗なエリアからほんの少し外れただけなのに、そこには使われなくなった時間が溜まっていた。


 古い物流倉庫が並ぶ一角に出る。

 フェンス。色褪せた立入禁止の看板。錆びたシャッター。

 相原の送ってきた位置情報と、祖父のメモを見比べる。


「このへん、だよな」


【誤差は三十メートル以内です】


 三十メートル。

 倉庫街では遠いようで近く、近いようで遠い数字だった。


 俺は人通りを確認しながら、候補の建物の前を通り過ぎるふりをして歩いた。


 見た目は、本当にただのボロ倉庫だった。


 小さい。平屋。潮風で外壁が傷み、シャッターの一部は塗装が剥げている。管理会社らしき名前は消えかけていて読めない。周囲の倉庫と比べても、むしろ目立たない方だ。


「……これか?」


【外観のみでは判断できません】


「いや、分かるけどさ。もっとこう、あるだろ。秘密基地っぽい気配とか」


【宗玄の記録に“扉は見えない”とあります】


「そうでしたね……」


 正面は南京錠で閉じられていた。だが、完全な廃墟というわけでもない。時々、遠くを巡回車が通っていく。倉庫街らしい最低限の管理はされているらしい。


 不用意に正面突破はしたくない。


 俺は一度道を外れ、倉庫の裏手へ回った。海に近い側は風が強く、鉄板の柵が時々きしむ音を立てている。足元は荒れていたが、人が通れないほどではない。


【この面の反応が強いです】


「表より裏か」


【宗玄は目立つ入口を好みません】


「分かるような分からないような趣味だな……」


 倉庫の裏側の壁に手を触れる。冷たい鉄板。湿気を吸ってざらついている。特に変わったところはない。見た目だけなら、やはりただの倉庫だ。


 だが。


 バックパックの中に入れていた改質済みバッテリーを取り出した瞬間、違和感が走った。


 バッテリー側面のインジケーターが、一瞬だけ明滅したのだ。


「……今、点いたよな」


【はい。微弱応答を確認しました】


 直後、耳の奥に低い振動音のようなものが触れた。


 ゴォォ、と遠くで響くような、しかし確かに足元から伝わってくるような、不思議な音。海のすぐ近くで聞く、あの腹に響くような重い鳴り方に似ていた。


「これが……」


【海鳴り】


 イヴが静かに言った。


 潮風が強く吹き抜ける。

 目の前の倉庫は相変わらずボロい。

 なのに、その奥で何かが眠ったまま呼吸を始めたような気配がある。


 俺は祖父のノートのコピーを開く。


『鳴る日は近い』

『柱の影』

『鉄の裏に端子』


「柱の影……?」


 裏手の壁には補強用の鉄骨柱が何本か走っていた。そのうち一本、角の影になる場所だけ、わずかに錆び方が違う。よく見なければ気づかない程度だ。


 しゃがみ込み、ライトを当てる。


 鉄板の継ぎ目に見える部分に、ごく小さな刻印があった。

 祖父のノートに何度も出てきた、あの見慣れない幾何学記号だ。


「……あった」


【認証ノードの可能性が高いです】


「電源を入れればいいのか?」


【改質済み電源の接続を推奨します】


 俺は深く息を吸い、バッテリーの端子を刻印の下へ近づけた。

 ぱち、と小さな音がする。磁石でもないのに、バッテリーが吸い付くように固定された。


 次の瞬間。


 倉庫全体が、ごくわずかに震えた。


 ガコン、と鈍い音。

 続けて、壁の向こうからさっきよりはっきりした唸りが返ってくる。

 足元のコンクリートに、光の細い線が走った。


「お、おい……」


【接続を確認】

【位相格納拠点、応答開始】


 背筋が粟立つ。


 鉄板の壁だと思っていた場所に、見えない継ぎ目が浮かび上がる。

 縦に、横に、まるで元からそこに扉が埋まっていたかのように。


 低い海鳴りのような音が強まり、一瞬だけ周囲の空気が歪んだ。


 それは光の扉ではなかった。もっと生々しい。

 空間そのものが、そこだけ半歩ずれて、別の内側を覗かせるような感覚。


 鉄板の壁が、音もなく奥へ滑る。


 その向こうに現れたのは、闇ではなく、静かな白銀だった。


「……うそだろ」


【入口を確認しました】


 言われなくても見えている。


 俺は周囲を最後に一度だけ確認した。

 人影はない。車の音も遠い。

 戻るなら今だ、と理性が囁く。


「なあ、イヴ」


【はい】


「ここ入って、戻れなくなるとかないよな」


【その可能性は否定できません】


「否定しろよ!」


【ただし、現在の解析では帰還経路の喪失確率は低いです】


「そういうことを先に言え……」


 もう一度だけ深呼吸して、俺は扉の向こうへ足を踏み入れた。


     ◇


 最初の一歩で分かった。


 ここは、外から見た広さじゃない。


 倉庫の外観から想像すれば、奥行きはせいぜい十数メートルのはずだった。なのに、扉の向こうにはそれ以上の空間がある。ずっと広い。ずっと高い。


 白銀の壁面。

 薄く発光する床のライン。

 音が吸われるような静けさ。

 整列した保管ユニットのような箱が壁際に並び、中央には端末台らしき柱が立っている。


 空気は乾いて清浄だった。ついさっきまで潮風と錆の匂いに包まれていたのが嘘みたいだ。


「……秘密基地じゃねえか」


【分類としては概ね正しいです】


 思わず笑いが漏れた。

 恐怖もあった。だが、それ以上に、どうしようもなく男の子の部分を刺激する光景だった。


 ただし、全部が起動しているわけではない。


 照明が入っているのは前室らしい一角だけ。

 奥には大型の扉が三つ見えるが、そのうち二つは暗いまま沈黙している。

 右手の通路も途中で閉ざされ、左手の壁面は何かの設備らしい輪郭を持ちながら死んでいた。


【前室区画のみ起動を確認】

【供給電力不足のため、深層区画は休眠状態です】


「やっぱり全部は無理か」


【はい】


 端末台へ近づく。

 表面は滑らかで継ぎ目がなく、中央に掌を置けそうな窪みがあった。隣には、セル・チューナーと似た記号が刻まれている。


「これも触っていいのか?」


【推奨します】


 俺が手を置いた瞬間、端末の内部で光が走った。


 視界の前に、薄い表示が浮かぶ。スマホの画面とは違う。宙に直接文字が投影されている。


《仮管理権限照合》

《継承経路確認》

《宗玄ログ参照》

《恒一ログ生成》


「うわ……」


【正常です】


 この一言だけ妙に落ち着くのが腹立たしい。


 端末の正面に、ふっと別の表示が立ち上がった。

 文字だけではない。ノイズ混じりの簡易映像。

 そこに、見慣れた老人の顔が映る。


 久世宗玄だった。


 生前の祖父より少し若い。だが、間違いなくあの人だ。


 思わず息を呑む。


『……これが動いたなら、恒一。お前はちゃんと“種”を起こせたらしい』


 映像の祖父は、苦笑したような顔をしていた。


『まず言っておく。ここはまだ完成していない。ワシにも全部は開けられんかった』


 その口調に、少しだけ胸の奥が熱くなる。

 相変わらず説明は足りない。だが、これまで断片でしか見えなかった祖父の輪郭が、急に現実になった気がした。


『焦るな。全部を一度に開けようとするな。電力が足りん。鍵も足りん。順番を間違えると、たぶんロクなことにならん』


 たぶん、って何だよ。

 映像越しの祖父に対して、心の中で文句を言う。


『外には見せるな。信用する相手は選べ。便利なものほど、人を腐らせる』

『それと――』


 そこで映像が一瞬だけ乱れる。


『ここを手に入れたなら、お前は宝を見つけたんじゃない。これから宝を探すための“家”を見つけたんだ』


 そこで記録は終わった。


 しばらく、俺は端末の前に立ち尽くしていた。


「……じいちゃん」


【宗玄の記録データは部分欠損しています】


 イヴが静かに告げる。


【ただし、この拠点に対する管理権限の継承は有効です】


「仮管理って出てたけどな」


【現時点の供給電力では暫定権限に留まります】


 現実に戻すのが早い。


「で、何が使える」


【現時点の起動率は一七パーセントです】


「微妙な数字だな」


【起動中の機能を表示します】


 端末の上に簡易一覧が浮かぶ。


《起動中》

・前室照明

・基本端末

・簡易保管庫

・簡易作業台

・電力変換スロット

・最低限の空調維持

・仮管理権限


《休眠中》

・深層保管区画

・主制御室

・医療区画

・製造補助区画

・長距離転位機能

・外部観測遮断層

・防衛システム


 見れば見るほど、夢のある単語と嫌な単語が混ざっている。


「長距離転位って、やっぱりワープか」


【現在は使用不可です】


「そこは安心したような、残念なような……」


【供給電力と権限が不足しています】


「要するに、もっと稼げ、もっと集めろってことだろ」


【はい】


 端的すぎる。


 だが間違っていない。

 この基地は手に入った。

 けれど、使えるのはまだ一部だけ。

 電力も、鍵も、追加資産も足りない。


 その現実が、逆にこの場所を“これから育てるもの”に見せていた。


 前室を歩いてみる。


 右手には引き出し式の保管ラック。金属とも樹脂とも違う質感だ。

 左手には作業台。表面はつるりとしているが、側面に細かなインターフェースが並んでいる。

 奥にはベンチのような簡易スペースと、壁に埋め込まれた棚。

 派手ではない。だが、明らかに人が長時間ここを使うことを前提にしている。


 シェルター。

 保管基地。

 秘密基地。


 どの言葉も間違っていない気がした。


「……これ、祖父の家よりよっぽど作業向きだな」


【安全性、秘匿性、保管適性に優れています】


「生活は?」


【最低限なら可能です】


「ほんとに秘密基地じゃねえか……」


 作業台の端に、細長いスロットがひとつあるのに気づく。

 その上に、鍵のような刻印。


【アクセス媒体が生成されます】


「アクセス媒体?」


 端末台の一部が開き、小さな金属片がせり上がってきた。

 指サイズの薄いタグ。セル・チューナーほどではないが、同じ系統の記号が刻まれている。


 手に取ると、ひんやりとしていた。


【前室区画への再接続キーです】

【恒一に紐づけられています】


「つまり、次からはこれで入れる?」


【はい。ただし、現時点ではこの拠点への接続に限定されます】


「十分だよ」


 それだけで、妙な安心感があった。

 ここはたまたま一度だけ開いた奇跡じゃない。

 次も戻って来られる。

 少なくとも、戻って来るための権利を今の俺は持っている。


 前室の照明がゆっくりと安定していく。

 壁の発光ラインが、心臓の鼓動みたいに弱く脈打っている。


「ここを、本拠地にできるな」


【推奨します】


 祖父の家は手がかりの保管場所としては良かった。

 だが、異星文明の遺産を運び込み、イヴと堂々と話し、商売用の試作まで行うには危うい。


 その点、この前室は違う。

 見つからない。

 干渉されにくい。

 設備がある。

 しかも今後拡張できる。


 宝を見つけた、というより、宝探しの本部を手に入れた。

 祖父の言葉は、たしかにその通りだった。


【外部の反応に変化はありません】


「じゃあ、今のうちに出るか」


【妥当です】


 名残惜しさを感じながらも、俺は前室を見回した。

 まだ暗いままの扉。

 開かない区画。

 休眠している機能一覧。


 全部が、今後の目標に見えた。


 扉を抜け、外へ出る。

 海鳴りみたいな低音は、数秒後に静かに途絶えた。

 振り返ると、そこにはまた、ただの古い倉庫の壁しかない。


 扉があった場所なんて、初めから存在しなかったみたいに。


「……誰も信じないだろうな」


【説明の仕方にもよります】


「お前、たまに変なところで希望持たせるよな」


【誤認かもしれません】


 潮風が頬を打つ。

 遠くをトラックの音が通り過ぎる。

 世界は何も変わっていない顔をしている。


 なのに、俺のポケットにはアクセスキーが入っていた。

 バックパックにはセル・チューナー。

 頭の中には、外見より遥かに広い秘密基地の光景が焼き付いている。


 今まで俺が持っていたのは、祖父の家に眠っていた“種”だけだった。

 そこから商売の糸口を作って、やっと最初の金を動かした。

 そして今、ようやく分かった。


 あれは本当に“種”だったのだ。


 バッテリーを売るためだけの道具じゃない。

 もっと大きなものを起こすための最初の鍵。


「……やること、増えたな」


【整理しますか】


「やめろ。今はちょっと余韻に浸らせろ」


【了解しました】


 珍しく素直だった。


 湾岸の夜風の中で、俺は小さく笑う。


 海鳴りの倉庫は本当にあった。

 しかもただの倉庫じゃない。

 中が外より広い、異星文明の秘密基地。

 まだ一七パーセントしか起動していない、不完全で、だからこそ育てがいのある本拠地。


 金もいる。

 電力もいる。

 追加の遺産も必要だ。

 財力も、人手も、そのうち要るだろう。


 でも少なくとも、帰る場所は手に入った。


 世界のどこかに埋まっている次の遺産を探しに行くとしても、

 もう俺は、祖父の遺品を抱えて右往左往するだけの男じゃない。


 秘密を隠し、育て、積み上げていくための場所がある。


 海鳴りの向こう側にある、俺だけの基地が。


 そのことが、何よりも心強かった。


最後までお付き合いいただき感謝します。


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