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祖父の遺品整理をしていたら封印AIが起動したので、地球中の異星遺産を回収して成り上がる  作者: パラレル・ゲーマー
遺産庫の白い円盤編

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第22話 再現しきれない成功

 最初の報告が返ってきた時、俺は工房のシャッターを半分だけ開けたまま、作業台の上で端末を見下ろしていた。


 時間は朝の九時を少し回ったところ。

 外は曇りで、光が鈍い。

 工房の中だけが妙に白く、静かだった。


 天城澪から届いたメッセージは短い。


「来ました。研究棟へ」


 それだけ。


 余計な説明がない時の天城は、たいてい本題が大きい。

 俺はすぐに端末を閉じ、シャッターを下ろし、鍵を掛けた。


 配った試料は三つ。

 国内、ドイツ、シンガポール。

 数は少ない。だが、少ないからこそ意味がある。


 そして、あの試料に関しては結果も最初から分かっていた。


 配布した本物は、論文通りに動く。

 問題はその後だ。

 向こうが論文を読み、同じような材料を作り、同じような条件で回した時に何が起きるのか。


 いや、何が起きないのか。


 その答えが、ようやく返ってきたのだろう。


     ◇


 東都マテリアルサイエンスの研究棟に入ると、いつもより空気が張っていた。


 騒がしくはない。

 研究所だから、もともと大声は出ない。

 だが、静かな場所ほど、空気の硬さはよく分かる。


 会議室A-2の扉を開けた瞬間、それがさらに濃くなった。


 神代室長が立っている。

 柏木は椅子に座っているが、背中がまったく椅子に預かっていない。

 黒崎は画面に向かって腕を組み、吉峰はいつもの無表情に近い顔で資料をめくっていた。

 天城だけが、普段と変わらない平坦な顔をしている。


「来ましたか」


 神代がそう言う。

 その声は落ち着いていたが、落ち着いているからこそ逆に分かる。かなりきている。


「どうだった」


 俺が聞くと、柏木が先に口を開いた。


「論文は、本物でした」


 その言い方は、研究者としてかなり重い。


 俺は一瞬だけ笑いそうになった。

 笑うところじゃないのは分かっているが、どうしても少し可笑しい。

 俺たちが知っていることを、ようやく向こうが確認しただけなのに、その一文だけで空気が一段変わるのだから。


「“本物でした”って、すごい言い方だな」


「そういう言い方になります」


 柏木は真顔のままだった。


「少なくとも、こちらが配布した評価試料に関しては論文に記載した選択透過挙動は、外部研究機関でも再現されました。しかも、かなり安定して」


 黒崎が画面をこちらへ向ける。


 まずドイツ。

 無機分離膜のラボ。

 評価条件、測定窓、繰り返し数、比較対象。数字が並んでいる。


 論文記載と整合。

 それどころか、一部の条件では論文データより少し綺麗な値すら出ている。


「……ちゃんと出てるな」


「出ています」


 神代が低く答えた。


「“論文条件で評価すれば、論文通りの性能が出る”。まずここが確定しました」


 次に国内。

 こっちはもっと分かりやすい。

 評価コメントの文面が妙に堅いが、その堅さの中に混じる違和感がむしろ強い。


ご提供いただいた試料については、記載条件下で高い選択透過性および安定性を確認した。

試料そのものの性能に関しては、プレプリント記載内容と概ね整合的である。


「“概ね整合的”」


 俺がその表現を読むと、柏木が小さく鼻で笑った。


「研究者が本当に認めた時の言い方です」


「そうなのか?」


「ええ。もっと疑う余地があるなら、もっと濁します。これは、かなりちゃんと認めています」


 そして三件目。

 シンガポール。


 ここも同じだ。

 試料は動く。

 論文の性能は再現される。

 しかも向こうは、最初から用途の方へ目が行っている。


 高純度化。

 連続処理条件。

 選択分離。

 “もし大判試料があるなら”という一文までついていた。


「配布試料の成功は確定」


 天城が静かに言った。


「問題は、その先です」


 そう。

 問題はそこじゃない。


 論文の通りに動く試料を配ったのだから、論文通りに動くのは当然だ。

 いや、当然ではないか。普通はそこでも崩れる可能性がある。

 でも、少なくとも今回はそこは越えた。


 だから本当に重要なのは、その次だ。


 向こうが自分たちで似たものを作った時、どうなったのか。


「出してください」


 天城の言葉で、黒崎が画面を切り替えた。


 そこから先の空気が、少し変わった。


     ◇


 ドイツの報告は率直だった。


Provided samples reproduce the reported performance.

Our own membranes, fabricated based on the reported composition and inferred processing, show acceptable permeability but do not exhibit the reported selective behavior.

In particular, the stability-performance balance remains entirely out of reach.


ご提供いただいた試料においては、報告されている性能が再現されることを確認いたしました。

一方、報告された組成および推測される作製プロセスに基づき当研究チームで独自に製膜した膜は、許容範囲内の透過性を示すものの、報告にあるような選択分離挙動は発現しておりません。

とりわけ、安定性と性能の均衡状態の達成に至っては、全く目途が立っていないのが現状です。


 黒崎が簡単に要約する。


「支給試料は論文通りに動く。だが、自作コピーは論文の異常な選択透過性をまったく示さない。せいぜい、少し出来のいい無機膜です」


「“少し出来のいい無機膜”」


 俺はその言い方を繰り返した。


 それが、一番正確な表現だと思った。


 論文を読んで、花崗岩由来アルミノシリケート骨格を真似る。

 細孔分布を寄せる。

 焼結条件を詰める。

 洗浄や前処理を工夫する。


 そこまでやっても、できるのは多少まともな無機膜だ。

 浄化材としては悪くない。

 でも、俺たちが配った本物の試料にある“異常な選択性”はまるで出ない。


 核心が、そっくり抜け落ちている。


「国内も似ています」


 柏木が続ける。


 国内大の報告はもっと慎重だった。

 だが内容は同じだ。


試料提供品については論文記載と整合的な選択透過性を確認した。

一方、同一組成を志向した自製試料では一般的な高性能無機膜としての挙動は得られるものの、記載された特異な選択透過性は発現しない。


「これ、かなりはっきり書いてるな」


「はい」


 柏木は真顔で頷いた。


「かなり親切です。要するに、“もらった本物はすごい。でも自分たちで作ると普通の優秀膜しかできない”と言っている」


「優秀膜、ね」


「そこは大事です」


 神代がそこで口を挟む。


「まったくの無価値なゴミしかできないなら、論文の材料情報すら疑われます。だが、そうではない。論文に書いた花崗岩由来アルミノシリケート多孔体という材料情報自体は、ちゃんとそれなりの性能に繋がる。だからこそ、外部研究者は余計に落ち着かなくなる。土台は本当だ。だが、核心だけがない」


 それは、たしかに一番嫌なやつだ。


 全部嘘なら、切り捨てられる。

 全部再現できるなら、吸収される。

 でも、土台だけ本当で、一番大事な何かだけが欠けているなら、誰だってそこに執着する。


「シンガポールは?」


 俺が聞くと、天城が答えた。


「一番露骨です」


 画面に出た文面は、確かにそうだった。


The supplied membrane demonstrates a separation profile that cannot be reconstructed from the reported material parameters alone.

Our internally prepared analogues function as respectable ceramic membranes, but they do not display the manuscript’s defining behavior.


供与された膜試料は、報告されている材料パラメータのみからは再現困難な分離プロファイルを示しております。

当研究チームにて独自に調製した類似膜は、良好なセラミック分離膜としては機能するものの、当該論文の核心となる特異的な分離挙動を発現するには至っておりません。



「“respectable ceramic membranes”」


 俺は思わず笑った。


「ちゃんと出来のいいセラミック膜にはなってる、ってことか」


「ええ」


 天城は表情を変えない。


「でも、論文の定義的挙動は出ない。つまり、“論文の外に決定的な何かがある”と、向こうはもうかなり強く認識しています」


 会議室が静かになった。


 そこにあるのは、成功と失敗が同時に成立した奇妙な感触だった。


 外部研究機関は失敗していない。

 支給試料の評価では成功している。

 論文は本物だったと認めた。


 だが同時に、彼らは完全に失敗している。

 自分たちでは、その本物を再構成できない。


「……気持ち悪いな」


 俺がぽつりと言うと、柏木がすぐ答えた。


「研究者からすると最悪です」


「そこまでか」


「はい。最初から全然届かないなら、“未知の別技術だ”で片づけられます。でも今回は違う。材料の顔は見えている。組成も大筋では理解できる。自分たちのコピーも一応動く。なのに、論文で見せられた核心性能だけが一切出ない」


 そこで彼女は少しだけ息を吐いた。


「こういう時、研究者は一番執着します」


     ◇


 後半は、もはや“外部報告をどう読むか”の会議になった。


 吉峰がホワイトボードに、簡潔な見出しを書いた。


 論文:真

 試料:真

 コピー:偽


「乱暴だな」


 俺が言うと、吉峰は肩をすくめた。


「本質はこれです」


 たしかに乱暴だが、分かりやすい。


「少し丁寧に言うと」


 天城が続ける。


「論文に書いた材料情報は本当です。配布した評価試料も本物です。ただし、外部研究機関が論文情報だけを基に作るコピーは、核心性能を持たない」


「つまり」


 神代が低く言う。


「学術界はここで、初めて同じ結論に到達する。未記載工程がある」


 その一言で、部屋の空気がさらに一段締まった。


 そう。

 ここでようやく、みんな同じ認識へ辿り着く。


 材料ではない。

 少なくとも、材料だけではない。


 組成ではない。

 細孔構造でもない。

 洗浄履歴や焼成温度をいじった程度でもない。


 論文の外に、決定的な工程がある。

 あるいは、そう思うしかない。


「問い合わせの文面も変わるでしょうね」


 黒崎が言う。


「これまでは、“面白い論文なので試料を見たい”でした。でもここから先は違う。“何を省いたのか教えてくれ”になります」


「共同研究の顔で、工程を探りに来るわけか」


 俺が言うと、天城は頷いた。


「ええ。そして一番面倒なのは、その要求が学術的には正当だという点です」


 それはそうだ。

 論文の条件だけでは届かない。

 なら、追加工程や初期活性化条件を知りたい。

 研究者としては当然の反応だ。


 ただ、こちらが出せるわけがない。


「返答方針は?」


 神代が聞く。


 吉峰が資料をめくる。


「従来通りです。追加工程情報なし。前処理条件は論文記載範囲まで。製造工程詳細は非開示。追加試料は段階的判断」


「感じ悪いな」


 また俺が言うと、今度は神代まで笑った。


「感じは悪いですが、企業としては模範的です」


「模範的って言葉、便利だな」


「便利ですよ。特に、真実を全部は書けない時には」


 その返しは、少しだけ好きだった。


     ◇


 会議が終わる頃には、全員の認識がかなりはっきり揃っていた。


 配布試料は本物。

 コピーは死ぬ。

 ただし、土台だけは本物だから、外部はそこにしがみつく。

 結論として、学術界はこれから


「東都マテリアルサイエンスは、論文の外にある決定的工程を握っている」


 と見なし始める。


 それはたぶん、かなり強い。


 単なる当たり材料ではない。

 単なる加工条件の妙でもない。

 企業が、まだ書いていない何かを独占している。

 そう認識された時、論文はもう論文だけでは済まなくなる。


「……で」


 俺は椅子にもたれながら言った。


「ここから先、どこが一番早く反応すると思う?」


 柏木が少し考えたあと、答えた。


「学術クラスタです」


「やっぱりか」


「ええ。しかもかなり嫌な方向で」


「嫌な方向?」


「“面白い論文”じゃなくなります。“論文の外に何かある”論文になります」


 その言い方が妙にしっくり来た。


 神代も頷く。


「X、技術ブログ、研究者同士のメーリングリスト、学会周辺の雑談。そういうところから空気が変わるでしょうね」


「最初から政府じゃないんだな」


「まだ一段あります」


 天城が静かに言う。


「まずは学術界が言語化します。材料ではなく工程だ、と。そこまで行って初めて、産業や政府が“これはそういう話か”と理解する」


 つまり次に来るのは、研究者のざわめきだ。

 配布試料は動く。

 論文は本物だった。

 なのに自分で作ると、ただの少し出来のいいセラミック膜にしかならない。


 そりゃ、ざわつく。


「面白い顔が見られそうだな」


 思わず呟くと、天城が横目で見た。


「性格が悪いですよ」


「今さらだろ」


「それもそうですね」


 珍しく、そこはすぐ認めた。


     ◇


 夜、工房へ戻ってからも、頭の中ではさっきの会議の言葉が残っていた。


 論文は本物。

 試料も本物。

 でもコピーは死ぬ。


 この三つが並ぶと、異様に気持ち悪い。

 そして気持ち悪いからこそ、人はそこへ目を向ける。


 机の上へ端末を置き、工房の椅子へ腰を下ろす。

 骨伝導イヤホンの奥で、イヴが平坦に告げた。


【外部研究機関の反応は想定範囲内です】


「想定範囲内、ね」


【はい。論文と配布試料の整合が確立したため、次は工程探索へ関心が移行します】


「やっぱりそこか」


【当然です。地球科学の文脈では、“材料は理解できるのに挙動だけ届かない”場合、未記載工程が疑われます】


「でも本当は違う」


【厳密には、未記載工程という理解も誤りではありません】


「そうか?」


【選択透過概念付与核による転写は、地球側から見れば工程の一種として観測されうるためです】


「……便利な言い換えだな」


【社会実装には有効です】


 笑ってしまった。

 イヴのこういうところは本当に容赦がない。


 でも事実でもある。

 概念付与だろうが、起動だろうが、外から見れば“何かよく分からない決定的前処理”だ。


 問題は、その正体が地球文明の科学から見て一段上にあることだ。


「なあ」


【はい】


「これ、学術クラスタが一番気持ち悪がるだろうな」


【その可能性は高いです】


「どんな言い方になると思う?」


 少し間があった。


【“論文の外に何かある”“材料ではなく工程が本体”“配布試料だけが生きている”。そのような表現に収束する可能性があります】


「嫌な言い方ばっかりだな」


【事実を反映しています】


「ほんと、そればっかりだなお前」


 でも、たぶんその通りだ。


 研究者たちはこれから、自分たちの言葉でこの気持ち悪さを整理し始める。

 論文の外。

 未記載工程。

 活性化条件。

 ブラックボックス。

 材料ではなく工程。


 そうやって言葉が揃った時、空気はもう一段変わる。


「……次はネットか」


【学術クラスタが最初に反応するでしょう】


「だろうな」


 俺は少しだけ笑った。


 一般のネットはまだ静かだ。

 でも、材料科学や分離膜や水処理や半導体材料の連中は、たぶん今ちょうど嫌そうな顔で端末を睨んでいる。


 論文通りに動く試料。

 でも、自分のコピーは死ぬ。


 その矛盾を言語化し始めた時、たぶん次の波が来る。


「面白くなってきた」


【知っています】


 いつも通りの返事だった。


 でも、それで十分だった。

 試料は届き、数字は出て、コピーは死んだ。

 ここから先は、その事実をどうやって世界が飲み込むかの話になる。

最後までお付き合いいただき感謝します。


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